川上未映子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
こういうノワール小説は柚木麻子のバターを想起させて面白い。冒頭で黄美子という女が捕まった事から始まり花の回想シーンからどのようにしてそうなっていくのかが明らかになっていく構図で引き込まれるようにして読んだ。上巻では40前後の黄美子はまだ穏やかだが、下巻になるにつれて豹変していくのだろうな。登場人物がどれも描写の詳細が素晴らしい。映水の語る話が金の成る木の話が夜の世界に住む人々を的確に現していたのが印象的。花が置かれた環境の中で精一杯生きているのに報われないのは読んでいて少し辛くなる。多分下巻でもっといろんな事件が起こるのだろうなと続きを読みたくなる。
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以下ネタバレ含む
黄美子:
最初に黄美子の罪状の記事で、被害者の所持品や交友関係を管理するなど行動を監視したり、外に出てもどうせ生きていけないと脅迫を繰り返して恐怖心を与え女性が逃げようとする意思を喪失させた、不法監禁、マインドコントロールしたという内容から始まる。どんだけヤバいやつが出てくるのかと思って2章からの回想シーンに入るが、むしろ40手前頃の黄美子は花と共同生活をしても特に制限するでもなく自由放任というかあっけらかんとした、無頓着な印象すら受ける。お金にも無頓着だし。ただあまり語られないが母親が収監されていたり過去に何かある様子。
母に金を取られてこれからの人生を不安に思っている花とのやりとりが印象的だ。「337 お前の人生どうなんだって訊かれたらなんて答えられるんだろうって。誰に訊かれるの?誰も訊かなくない?自分で自分に訊くのもやめればいいじゃんか。困りはしないならいいじゃん。親のことはしょうがないよ。なんだっていつか終わるまで待つしかないよ。」
これから下巻に向けてどのように黄美子が豹変していくのかその過程が楽しみでもある。
花の母:不動産屋と不倫して花を置いて出て捨てられた後にはネズミ講に引っかかって200万円の借金を背負い、花に金をせがみにくる。花はやはり母からの愛情に飢えていたのではなかったのだろうか?突然会いに来た時も一緒に住もうという話なのだろうかとと想像したら金のことかと失望している。母がもっとしっかりしていれば、花ももう少し楽をさせてあげれただろうに、、と読んでいて辛くなるシーンだ。
映水:在日3世。日本で生まれて日本語しか話せないのに日本人ではない韓国人で小学校や近所の子供と少し違う枠にいると感じる。219かろうじて友達と言えるかもしれないと思っていた相手とちょっとした事で言い合いになった時に韓国人のくせにと吐き捨てられたり、何か問題があるとこれだから韓国人はと何度言われたかわからない。たまたま日本人であったことと親の金に守られて何不自由なく生きて来た連中とできる話はもうなさそうだった。自分や仲間を守らなければならなかった。強くなる必要があった。強いとは金を持つことであり、自分たちがその一部であることを示すだけで相手が手出しをすることを躊躇うような大人と繋がることだと考えた。
黄美子みたいなのは、悪い人間からしたら金の成る木だ。家族もいない、昼の世界とも繋がっていない、身元も適当で今日突然いなくなっても何の問題もない。夜の世界にはそういうのが使い勝手のいちものになって、飛ばすのにも沈めるにも一番都合がいい。そういう世界なんだよ。何も言えねえし、誰も聞く耳持たないし、元々世間ではそういう奴らを存在しない事になっているからな。ふらふらしてるとこをちょっと優しくして甘い言葉でつけこんだらあっという間に思い通りにできる。親身なふりして借金つかませて利子だなんて言ってあとは無限にむしり取るだけ。花、あまり家出してるとか親と連絡取ってないとか自分のことあんまり言わないようにしろよ。誰がどんな絵を描いてるかわかんねえし金の成る木と思われないように目つけられるなよ。
黄美子母:
敢えて相手の店側も了承の下で保険金目的に放火をするなんて事が本当にあるのか。10歳の黄美子も一緒に火をつけに行ったってどれだけ修羅場なんだろう。映水の言う、使い勝手のいい金の成る木にされてしまって抜け出せなくなったのだろうな。
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Posted by ブクログ
『ヘヴン』に響く、痛みの哲学
第一章:出会いと「しるし」
学校という閉ざされた地獄の中で、理由のない「いじめ」を受け続ける「僕」と「コジマ」。二人の出会いは、必然だったのかもしれません。
コジマは、自分が受ける苦痛を、他者とは違う特別な「しるし」なのだと言いました。痛みをただ恐れるのではなく、傷つくことでしか手に入らない「優しさ」がある。それを気高く「受け入れる」彼女の姿には、圧倒的な「強さ」が宿っていました。
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第二章:初めての外出、そしてハサミ
二人だけの初めての外出。現実の苦痛から逃れたあの美術館で、僕たちは確かに「ヘヴン」を見ていました。
僕は、彼女の拠り所、切るという行為をサポートします。
僕は、コジマに髪の毛を差し出したのでした。
少しずつ、2人の距離は近くなりました。
しかし、現実は容赦なく押し寄せます。クラスメイトの手によって、いじめはエスカレートするばかりです。
僕は、鼻が曲がるほどの重症を負うのでした。
僕は、いじめの取り巻きである、二宮に質問します。
なぜ、いじめるのか?
二宮の答えは、「そこに意味なんてない」という冷徹なものでした。
嫌ならば、逃げろ、怖いならば、声をあげろ!
僕の中で、何が壊れ、再構築がされ始めます。
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第三章:別れを乗り越えて、見えてくること
やがて訪れる、コジマとの決定的な別れです。
「僕」は斜視の手術を受け、コジマと共有していた外見的な「しるし」を失います。
コジマも去り、二人だけの季節は終わりを告げました。
ラスト。
包帯を解いた「僕」の目に飛び込んできたのは、まばゆいばかりに輝く緑の並木道でした。
過酷な日々を「乗り越えてわかる」、新しく見えてくること。
それは、世界は残酷であると同時に、息をのむほど「美しい」という事実です。
たとえ傷が癒え、すべてが過去になっても、コジマの想いは胸に込み上げ、彼らの意味は永遠に変わりません。
そう、読者のひとりとして、信じてやみません。 -
Posted by ブクログ
母娘もの?ガチでおもろい。
夏休みの間、姉巻子はその娘緑子とともに、はるばる関西から東京に住まう私のアパートへ泊まりに来ることになっていた。豊胸手術について饒舌に語る巻子、母のその様子に言い得ぬ不安感を覚えている緑子、噛み合わないふたりを観察する私。みたいな話。
地の文にもわたる関西弁が良すぎてすぐ読み切ってしまった。クライマックスの心情吐露シーンが、内容は本当に辻褄があっているんだけど、ビジュアルを想像するに派手でえらいこっちゃすぎてめちゃくちゃ笑ってしまった。たぶん楽しみ方は間違っている。大人になるとは、とか、ジェンダーとは、みたいな論点があって面白かった。途中で出てきた、ツイッターでよく見るジェンダー論大喧嘩みたいのがめちゃくちゃ面白かった。関西弁はやっぱり面白い。
面白かった。 -
購入済み
好きな芸能人のお勧めの本だったか、何かのきっかけで購入して積んでた本を長期休暇に読んだ。
純文学を普段読まないこともあり、ずっとモヤモヤしたようなもどかしい気持ちだった。
同じ年齢のまったく反対の友人への憧れと嫉妬とか、自分の気持ちを伝えず行動に移さない他人への苛立ちとか、共感できる感覚はいくつもあった。 -
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面白くてあっという間に読み終わった!
昔一緒に暮らしていた女性が捕まったことをニュースで知る主人公。
上巻は捕まった女性と一緒に暮らしていた主人公の少女時代が描かれていた。
母親と2人暮らしでお金のない生活を送っていた主人公が、女性と出会い家を出て、一緒に暮らしながら懸命に働くことでお金を稼ぐが、そのお金もまた母親の都合で失ってしまう。主人公が苦しい経済状況の中でも懸命に働き、女性やそこで出会った仲間と過ごす日々は主人公にとってら青春のように読んでいて思えた。
主人公が大金を手にするようになり、どうなっていくのか、後半がとても気になる!
お金がないと人はどう感じ、どうやって生活していくのか。筆者の実体験であるかのようなリアルな描写にとても引きこまれた。 -
Posted by ブクログ
ネタバレSNSで話題になっていたのとジャケットのインパクトと帯の「人はなぜ、金に狂い、罪を犯すのか」というフレーズがとても気になって購入しました。
第一章の内容は主人公の花の現在から始まっていて一緒に住んでいたという黄美子さんが何故捕まったのか?
古い携帯に電話番号が残っていた蘭とはどういう関係だったのか?
桃子は何故行方不明になったのか?
等の伏線回収を感じる内容で徐々に興味を惹かれていきました。
第二章からは主人公が15歳の時に戻ってそこから過去の話が始まり黄美子さんとの出会い等が明かされます。
黄色い家の(上)はとにかく心が痛くなる内容で主人公に感情移入してしまうと胃痛がしてしまう様な内容でした。
主人公の花がアルバイトで貯めたお金が盗まれたり黄美子さんと続けてきた「れもん」で貯めたお金を母親に殆ど貸してしまって貯金がほぼ無くなってしまったりれもんが火事になってしまったりとコツコツ頑張って積み上げてきた物が何の前触れもなく壊されてしまう事の残酷さはとてつもなく辛いなと…
とにかく続きの下巻が気になってしまう内容でした。 -
Posted by ブクログ
小学6年生が主人公のお話し。
川上未映子さんって、こんなに幅広いんだ!
本当に小6の目線な気がしました。
子どもたちはこんな風に悩んで、こんな風に乗り越えていくんだなぁと、我が子を思いながら、しみじみと読みました。
子供たちに辛いことや嫌な気持ちを味わってほしくないと思うけど、そんなことはきっと無理で、どうしても大人になっていく過程では、涙が出る経験ってあるよなぁ。
それが怒りだったり、悲しみだったり、悔しさだったり、色々ある。
親が、我が子にふってくる嫌なことの全てから守ることはできない。
でもそんな辛い気持ちを味わって、それでも乗り越えていく子どもたちの方が、人に優しくなれたり、深みのある大人になっていくのかなぁと思うと、親が守りすぎるのも良くない。
そしてどっちみち全てからは守れない。
周りのせいで子どもが嫌な経験することもあるだろうけど、そもそも意図していなくても親自身のせいで、嫌な経験をしてしまうこともあるんだろうなぁと思うと、胸がギュッとなります。
『夏物語』もそうですが、
川上未映子さんが
どれだけ子どもを尊重しているかが、
作品を通して伝わってくる。
ドストエフスキーもそうだけど、
文学の中での子どもの描かれ方の影響で、
私はどんどん子どもへの見方が
変わっていっている気がします。
頭ではね。
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Posted by ブクログ
この方の作品は『黄色い家』に続き2作品目。
すごく良かった。
心理描写がすごく細かく巧みで、誰もが味わったことのあるような感情を比喩を交えながら文章にしていて、登場人物に自分を重ねてしまう場面がたくさんあった。
特に物語の終盤、ヘガティのお母さんへの想いが溢れ出す描写は切なくて涙が溢れた。
「私が小さい時にお母さんはいなくなったから、お母さんのことで思い出せることはないのに、お母さんを思いだすと涙が出る」というところ。子どもはみんな、「お母さん」という存在が恋しい、大好きな対象なんだよね、ととても腑に落ちる文章だった。
子ども向けの本なのかもしれないが、私にとってはとても心に刺さる素敵な物語だった。
これから川上未映子さんの小説を読み漁ろうと思う。 -
Posted by ブクログ
ふたつの物語があって、最初のは、小学校4年生の、近所に住む、男の子麦くんと女の子ヘガティーのお話。次のお話では、2人が6年生になっている。
4年生の麦君は、まだまだ子供で、ヘガティーのほうがしっかり者って感じだけど、6年生の麦くんは、だいぶ思慮深い感じになってて、素敵だ。
ヘガティーは、徐々に思春期にさしかかって、いろいろに思い悩むんだけど、お父さんには言えないっていうところが、ああ、自分もそうだったなあ、と思った。
大人になってしまうと、泣きたくても、泣けなかったり、誰かに何かを相談したくても、誰にも言えずじまいだったり。なんとか自分の中で折り合いをつけてしまいがちだ。
この本の2人は、自分の中にある疑問やつらい気持ちをお互いに共有して、2人で乗り越えていく。それは、もう大人にはなかなか難しく、かけがえのない時間だなあ、と思った。
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Posted by ブクログ
ネタバレ短編集。それぞれに心に響くポイントが異なる作品が並んでいる。
『いちご畑が永遠につづいてゆくのだから』
幻想的。文章構成の妙。表題を提示しそのあとに続く文章はまるで連作詞編をよんでいるよう。二人の関係性はいかに。個人的には30代前半の夫婦で子作りに関する話題で大ゲンカ。ブチぎれる妻と黙秘と苛立ちを醸し出す夫の一幕。
『日曜日はどこへ』
淡い青春への憧憬。大人になって日々を惰性で貪る感覚が高頻度で襲う私の人生。そうではないパラレルワールドを夢見みながら日常の平凡さに押しつぶされそう。
『三月の毛糸』
ファンタジーなラスト。テーマはわかり味が一番強い。
凄惨な世界に取り囲まれている生活の危うさ。一歩選択を間違えると奈落に落ちるという不安。そんなどうしよもなく救いのない世界に強制的に参加をさせるなんてどうしようもなく残酷な仕打ちではないか。そんな世界と一体となって溶け合い惑い個が持つ精神から解放された安らかな世界へ。そんな祈りのようなメッセージを受け取った。
表題作『愛の夢とか』をはじめ、その他作品も秀逸。川上作品の特徴は夜更けから夜、夜明けから曙光という世界の移ろいをロマンティックに切りとることろにある。魅力の一部ではあるけど、そういう物語の紡ぎ方にロマンティックがとまりません。