川上未映子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
妊娠7ヶ月の時に読んだ。日常をすごくリアルに書いてあり、読んでいて共感する点も多かった。また笑ってしまうような表現によりとても読みやすい。赤ちゃんに会えるのが楽しみになった。産後にもまた読んでみたいなと思う本。
中でも好きだったフレーズや内容
p155:わたしはきみに会うために生まれてきたんじゃないかと思うくらいに、きみに会えて本当にうれしい。
p277:赤ちゃんと過ごしてきた時間を分かり合えるのは世界中で旦那、たったひとりなのだ
p283:誕生日おめでとうっていうのはきっと、この一年無事にみんなが一緒に生きることができたっていうことに対するおめでとう、そして来年も同じようにみんなでこの日を迎えられたらいいよね、というおめでとう
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Posted by ブクログ
ネタバレやっぱり良い、川上未映子さんの文章は本当に良い。「正しい」とされる教科書のような日本語ではなくて、歌うような、言葉が流れるスピード感が素晴らしい。正しさに囚われていては決して辿り着けない、彼女の感性が織りなすオリジナリティがある。
「愛の夢とか」は7つのお話からなる短編集。ご近所さんのピアノの練習に付き合う表題作や、愛着のある自宅を手放さざるを得なかった女性とその家を購入した若い女性の話も面白かったのだけど、なんと言っても十三月怪談が素晴らしかった。
夜寝る前に読んだのが間違いで、泣きすぎて翌朝目が五重くらいに腫れていた。若くして亡くなってしまう女性、時子と、そして残された夫、潤一。時子の魂は夫を見守り、潤一は人生を立て直していく。ここにも「人は見たいものを見る」という人生観が表れていて、ちょっとひねりが効いているのも良かったな。時子の魂が一人称で語る部分があるのだけど、その胸が潰れそうな切なさの描写がリアルで、ボロボロに泣いてしまった。
川上未映子さんの本を読むと素敵な表現がたくさんあって線を引きまくってしまう。もっともっと彼女の言葉を聞きたい。 -
Posted by ブクログ
まだ読み終えた直後であまり感想がまとまってないけど、とにかく綺麗な物語だった。
肉体に刻まれた象徴は物語でありアイデンティティであること、それはひとつの美的であるが、そこに囚われる必要もない。肉体のひとつが変わろうが変わるまいが、長い人生において些細なことで、そんなことで人の大切な部分は変わらない。
新たな世界に飛び込めるならば、その行動は正しいのだから。
二ノ宮を中心とした奥行きのない空虚な彼らは何も変わらず、美しい世界を見ることはないだろう。それは自身のニヒルな感情に酔いしれる百瀬も同様に。一瞬のカタルシスに作品を委ねず書き上げた作家さん、ほんと偉いと思う。。。僕なら暴力に屈します。
コジマの、これは意味がある苦しみである、という考えは、断固拒否していきたい。
そのキリスト的思考は世界の都合でしかなくて、個人の都合じゃないと思ってる。
彼女は最後に完全にキリストになる。確かに彼女はあの場を納めた救いの神であり、発言に頷けるところは多くあるけれど、耐え忍び続け朽ち果てる世界がヘヴンであるはずないから。
肉体は改造してなんぼじゃい!ふざけんな!
めちゃめちゃ宗教モノでした、大好きです。 -
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ネタバレ川上未映子さんは、ヘブンや黄色い家の、生き方や人生観を考えさせてくれるゴリゴリの純文学感が好きなのだが、あこがれはやわらかい、優しいお話だった。で、それはそれですごくよかった。
麦くんとヘガティーがそれぞれ少しずつ大人になっていく様子を眺めることができた。麦くんもヘガティーもお互いを思いやることができて、優しくて読んでいて好きなキャラクターだなと思った。きっと川上未映子さんが優しい人だから、そんな人柄がキャラクターにも意図せず投影されている(滲み出ている)のかなと思った。
文体がとても読みやすいんだよなぁ、リズムがいいのかなんなのか。 -
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あぁー、面白かった!共感した!
女友達と、飲みながら、男にはどうやったってわからない妊娠や出産や子育てのしんどさを、
自分でもどうしようもないイライラを、命を守るという見えないプレッシャーを語り合ったような、そんな気持ちで読み終えた。
著者のエピソードがリアルで、そして意外と楽だったーではなくちゃんと大変なことが多くて、「あーみんな大変なんだ」「世のママたちほんまに頑張ってるなぁ」と思えた。
関西弁なのも、良かった(自分が関西人だから)
これからパパになる後輩くんや、パパになったばかりの男性に読んでほしい一冊。
特にうんうんと頷けたのがここの一文▼
俺だっておなじくらい家事をやってるよ、という旦那さんにたいして、
こっちはおなかを切ってオニを生んでからこっち、まったく眠っていないのにくわえてホルモンの崩れで頭が半分おかしくなっているのに、おなじくらいって、それはいったいどうなんだろう。
こっちは1年近くもおなかで人間を大きくして、切腹して、生んで、そして不眠不休で世話をして、いまもこんな状態で仕事までしてるのやから、ほかのことはぜんぶ、ぜんぶ男(あべちゃん)がするくらいでちょうどなんじゃないだろうか。ちがうのだろうか。わたしまちがっているのだろうか。っていうか、それ以外に、いったい男に「なにができる」というのだろう。私は心からそう思った。すべて、なにもかものすべてを男にむこう2年間やってもらってもまだ足りないくらいだ…わたしの産後クライシスは、このようにくる日もくる日もときに激しく爆発しつづけた。
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寝てなさすぎてほんとうに半分頭がおかしくなって、何してもされても、ちょっとした一言にさえもイライラしているその感じまでありありと伝わってくる一節だった。笑 -
Posted by ブクログ
長っ、ていう文章はそれでも読みやすい。すらすら入ってくるのは著者と自分のリズムが合うからなのか、単純に口語に近いからなのか。
自身の性(とそれに付随する身体)に社会が貼り付けた役割に対して嫌悪感を抱いている緑子。女性の身体の中には、生まれる前からたくさんの卵子がすでにあるらしい。
考えは煮込まれていって反出生主義的な考えにまで至っている様子。
母・巻子は、いくつも仕事を掛け持ちして緑子を養っている。スナックでの仕事ではお酒をお腹いっぱい飲んで、客の相手をする。ママからも足元を見られて雑用まで押し付けられるが、それで給料が上がるわけでもない。決して裕福ではない暮らし。
そんな中、豊胸手術をすると言い出す巻子。体にメスを入れてまで大きくしようとする胸は、緑子が生まれたことによってなくなったもの。それを取り戻したいのは何のため?男を喜ばせるため?
母が、自分を(そして緑子を)捨てた男に会いに行った夜、緑子は泣いて問いかける。冷蔵庫から取り出した卵を手当たり次第に潰して、自分を汚しながら。
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いじめを題材にした作品だが、読後に残ったのは暴力そのものではなく、人が何を正しいと信じて生きるかという問いだった。
二ノ宮や百瀬の考え方は一見もっともらしく聞こえる部分もある。しかし結局のところ、あいつらはまだ子供だったのだと思う。
一方で主人公とコジマは苦しみながらも、自分なりの正しさを見失わない。途中で何度も考えさせられたが、自分がなりたいのはお母さんや鼻のお医者さんのような大人だと感じた。
いじめられる側に原因はない。今も昔もそこは変わらない。
ラストからのコジマのこれからだけは少し気になったが、それも含めて忘れられない読書になった。 -
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急に再読したくなった「深く、しっかり息をして」。
川上未映子さんの文章に触れたくなる時がある。
どこまでもまっすぐで、丁寧な言葉たち。めっちゃ忙しい時に、一節だけ読んで「穏やかでいよう」となる本。
カバー外した時の装丁が好き。
エッセイは特に装丁に遊び心があることが多くて、紙の単行本を買ってしまう..。
そもそもエッセイは一節が短めだから、ついつい買ってしまうし、読んでしまう(?)..。
"だから、本当に大切な人とは、できれば離れないほうがいいと思う。一緒にいることがすべていい結果を連れてくるとは思わないけれど、わたしたちはとにかく忘れてしまう生き物だから「今」で繋がっていないと、すぐに見えなくなってしまう。あっけないほどに忘れてしまう。"
"過去や未来の不自由さに比べて、「今」だけは、自分の努力で少しぐらいは何とかできそうだって思わない?大切なものを守ってゆく、たくさんある努力の中の、これはひとつだと思うんだよね。"
"個であるひとつひとつが、ある法則の光のもとでは個であることをひょいっと超えて、何か大きなルールで結びついているんだなって思いこみじゃなくて科学的にいえるようなこの感じ。" -
Posted by ブクログ
ネタバレ上巻読んだ後1週間くらい下巻を楽しみに待って、手に入れてから1日でのめり込んで一気読みした。
さあ、いつ黄美子は豹変するのか?と今か今かと待ち構えるも、あれっ、おかしいな、下巻の黄美子は上巻の黄美子のまま。残りページ数が少なくなって、これからどうやって風呂敷を畳むんじゃーと思っていると、なんと黄美子、豹変しないまま終わってしまった。と言うより上巻の花の視点で見ていた得体の知れない存在感すらなくなっており物語の中心人物なのかと疑わしい程に影が薄い。出てきても横になってテレビ見てるか無駄に掃除してるからだし。花との会話シーンも少ない。
冒頭の記事は何だったのか?もう一度読み返してみるとまるで桃子が脱走を試みた時に言った事に似てる。つまりそう言うことか。桃子や蘭だって未成年だったとは言えある意味自分の意思でそこにいたのに行き詰まって先が見えなくなると都合の良いように勝手に解釈して何も無かったことにした。黄美子はそういう風にさせられたむしろある意味では被害者だったのかもしれない。善悪の判断や先の見通しをつけるのが難しかったり、豹変していく花の手下みたいに動く姿はヒトラーの下のアイヒマンのよう。成長過程での発達障害や知的障害などがあるのだろうか、と疑ってしまう。
黄美子は逮捕されて記事にされるが、実際の所の真実は密室であるが故に闇の中。ある意味言ったもん勝ちなところもあるよな。先日の某プロ野球監督の家庭内暴力の件だって擁護する声もあるけど、娘の事後の反省文の表明で本当は普段は何もないのです、というのが本当かどうかなんか他人には分からない。もしかしたら日常的に家庭内暴力がなされていたのかも知れないし、他人から見るととんでもないことをその家では大したことないと日常的なことだったりもする訳だし。
ビビさんのバカラをやるやつらは既にちょっとずつ死んでる、っていう所が印象的だった。何かが起こる時っていきなり起こるのではなくてそうなる要素が少しずつ積み重なって積み重なってそして最後に溢れてしまう、そんなイメージ。
花の猶予の話。そうか…と納得してしまった。金や時間や人間関係は貯蓄として最初にあればその分猶予がある。立ち止まったり、転んだり、たまには後退したって猶予があれば、またやり直せる。
でも最初から猶予がない場合、立ち止まることも転ぶこともましてや後退する事も許されず、後ろからどんどん崖が自分の方向に迫ってくる感じなのかな。
花のお母さんが、花にお金を返すためにひっそりと千円札を貯めていたのを死後に発見するシーン、花が母からの電話を無視した事を悔いて泣くシーンにもらい泣きした。
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68 金以上の何か。バカラをやるやつって最初からちょっとずつ死んでる、自分を殺してる。そう言うやつがバカラをやりにくる、金の奥に行こうとする。死にながら生きてるのは辛いからさっさと白黒つけたいのかもね。本気でバカラやるやつはちゃんと死ねるから。バカラやってもやらなくても、病気でも事故でもわたしらみんな死ぬからね。呼び方が違うだけでいくか何かに殺されてるのと同じだよ。
頭を使える奴が全部やることになってんだよ。でも苦労できない馬鹿よっかましでしょ。あいつら幸せかもしれないけど馬鹿だよ。あいつらは考えないから幸せなんだよ。
知恵絞って体使って自分で掴んだ金を持つとね、最初から何の苦労もなく金を持ってるやつの醜さがよく分かる。
89 ヤクザは実態があるからどんなにデカくても秩序があってブレーキがある。でも暴対ができて力が弱くなって暴走族上がりとか中国上がりとか守るものが何もないから何でもやる、顔が見えない、分からない。
106 生きててもしょうがないのかなって思っていたけど花ちゃんがいるから大丈夫だって思えるの。
(上巻の冒頭で蘭は久しぶりに再開した花にもう連絡しないで欲しいと言っていたのに)
113 「は」目の前のひらがなを発音するかのような感じで声を出した。何の感情もない無機質な音でしかないような声で、でもその視線にはわたしを向こう側まで射抜くような妙な威圧感があった。
130 これからのこと、お金のこと家賃のこと、話さなければならない事はたくさんあってどれも切羽詰まっていたけどそれを話した瞬間に、今こうして皆が黙っている事でかろうじて保っている全てがそこで本当に終わってしまうようなぎりぎりの感じがあった。
134 今日を生きて明日もその続きを生きる事ができる人はどうやって生活してるのだろう。私が分からなかったのはその人達がどうやってそのまともな世界でまともに生きていく資格のようなものを手に入れたのかと言う事だった。ねえお母さん、生きていくのって難しくない?お金を稼ぎ続ける事ってすごくすごく難しくない?ねえお母さん、私分からないんだよ、どうしていいか分からないんだよ。
200 三茶を歩いているとみんな顔からはみ出しそうな屈託のない笑顔を見せて幸せそうに見えた。その幸せは多分親なのか家族なのか彼氏なのかは知らないけれど自分より強い誰かに守ってもらえているという自信と安心感から滲み出る何かであるように思えた。そんな光景を見た後には胸の辺りにどす黒いものな渦巻くのを感じた。
201 金はいろんな猶予をくれる。考えるための猶予、眠るための猶予、病気になる猶予、何かを待つための猶予、世間の多くの人はその猶予を作り出す必要がないのかもしれない。ほとんどの人間にはその猶予がある程度与えられているのかもしれない。誰だってみんな金が必要で汗水垂らして働いている。誰の汗水がいい汗水で、誰の汗水が悪い汗水なのかを決める事ができるあなたは一体どこでその汗水をかいているんですか?多分とても素敵な場所なんでしょうね。
263 2165万9千円。紙の束でもあり両手で掴もうと思えば掴めるくらいの大きさしかなくただのものでもあった。私たちはこの数年目の前のこれを集めるのに必死だった。誰かが望むものに速やかに形を変えるもの。自分や大事な人を守り満たし時間と可能性そのものになるもの。未来、安心、強さ、怖さ、ちから。頭にやってくる言葉の全てが真実だと言う気もしたし全てが的外れだとも思えてきた。
291 全部黄美子さんがやった。いい?私たちの事実はこれだからね。この家のことなんか誰も知らないし私らは何にもしていない。全部やらされてただけ。利用されてただけ。歯向かったらなにされるかわからなかった。それが事実だからね。
全てはあそこにいた頭のおかしい大人達が自分達のためにしでかしたことであり、私たちは判断のつかない子供で酒を飲まされ働かされ生活を支配されてどうしようもなかった。
自分を自分に繋ぎ止めるためには2人の言う通りそう思うしかなかった。
私は黄美子さんが怖かった?
303 白い封筒に鉛筆の薄い小さな文字で花ちゃんにわたす用と書かれており中にはほとんどが皺のよった千円札で全部で7万3千円が入れてあった。私はきつく目を閉じた。最後に会ったのはいつだったか。最後に話したのはいつだったか。何度か着信があったのにわざと出ないこともあった。私に何か話したい事があったかもしれないのに。声を聞きたいと思ったかもしれないのに。笑顔ばかりが思い出されて私は膝を抱えて泣いた。
307 あの家を出た私たち3人が私たちのための事実を創り上げたように十数行の文字で書かれた事件の記事の後ろあるもの、あったかもしれないものと、20年前の私たちが過ごした日々の区別がつかなくなっていた。