三宅香帆のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
うーん、なんとも上手なしりとりを見せられたような気分。小説やマンガを例に引いて、正解のない批評よりも、正解のある考察が好まれるのは報われたさの表れだと言う導入、そこから萌えと推しの対比、ループものと転生もの対比、陰謀論、やりがいより成長、このあたりまでは良かった。とても読みやすいし先にあげた小説やマンガの例がいい。それぞれ現代は報われる方が受け入れられるのだ、と言う意見には説得力を感じた。
ただそこから後の章はどうも分析が甘く少ないサンプルなのに主語を大きく論じる点、粗さがすごく目についてガクッと面白くなくなった。特にプラットフォームやAIに対する理解のあたりは一面的な理解であって前半の分析とは質が違うなあと思って読んだ。あと、読むうちに段々と、そのマンガ2作品でそうなっていたからってそれが社会をどこまで映しているかは別の問題ではないか?定量的な分析になっていないのではないか?と言う危うさも感じた。まあ読みやすい新書なりの内容だな、と言う感想。
すごくポジティブな感想は2つあって、この人の本ははじめて読んだけど、94年生なのに97年のエヴァや03年のSMAPの曲をまるでリアルタイムで体験したような書きっぷりで、その知識の深さには驚いた。あと、俺も正解のある考察よりもそれぞれ違う意見になる批評・感想のほうが好きなので、そこにはすごく同意する。本章よりもあとがきの素の言葉のような感じのほうが好感が持てた。やりたいことを見つけるにはで、本を読もう、キャラじゃないことをしよう、一人で夜ふかしをしよう、感動を言葉にしよう、他人に憧れよう、これもすごく共感できた。人生は自分の価値観を作り上げていく旅なんだよ。
ああ、ここまで書いて、結構楽しんで読んだんだな俺ってのがわかった。 -
Posted by ブクログ
面白かった。
報われたい若者。正解を探す考察。萌えではない応援する推し。推しは理想、理想に向かう報われ。努力は嫌いではない、報われない努力が嫌い。やりがいではなく安定や成長。やりがいは就職理由でもこの20年で半減。50→28。界隈というジャンルのフラットな一員として没個性化。自分で選ぶことを忘れる。AIは楽して正解を示すツール。アルゴリズムとはパーソナライズされたリコメンド、パーソナライズだけども界隈としてのリコメンド。そこには固有名詞は解体される。自分で選ばなくなる。
若者の育成について参考になる。如何にして努力を報われると思わせるか。1on1が大切。マイナスをゼロにしてあげる気づき。そのためにも改めてヒアリングの重要性を説く。同期や周りの成長をどう感じているか?聞く。どれだけナレッジを見たか可視化される仕組みも報酬として有効か。その中で個性を気づかさ如何に成長を促せるか。マネジメントが問われる。
努力は嫌いではないことが大切。マイナスをゼロに。報われていると思わせる。 -
Posted by ブクログ
●感想、参考になったこと
素材(本)を、ああ、おもしろかった…
だけで終わらせず、料理方法(比較、抽象、発見、流行、不易)を知っておくことで楽しみ方が増える。
三宅さんがそれぞれの技法で料理したものを読めるのだが、こんなふうに自分なりの解釈を自由にやって楽しむっていいなと思った。
●本概要
「とっさに言葉が出てこない」「アイスブレイク的な雑談が苦手」「飲み会で昔の話ばかりする大人になりたくない」……そんな時、話題の本や漫画、最新の映画やドラマについて魅力的に語れる人は強い。社会や人生の「ネタバレ」が詰まったエンタメは、多くの人の興味も引く。ただ、作品を読み解き、その面白さを伝えるには、実は「コツ」がある。気鋭の文芸評論家が自ら実践する「『鑑賞』の技術」を徹底解説!
-
Posted by ブクログ
ヒップホップという自分目線の表現が好きで、他人から与えられた言葉で表現するアイドルの魅力が理解できないモヤモヤがずっとあり、アイドルカルチャーがどう発展してきたのか、理解したくて読んだ。
父性と母性を軸にした整理が面白かった。伝統的な、父なる権威による評価から、戦後ポストフォーディズムの中で母なる大衆に切り替わる。スターとの関わりは、トップダウンのベクトルのハレの場に限られていたのに対し、推しとの接点はケの日常に溶け込んでいる。共同体が解体され、ヴァーチャルな共同性が個人のアイデンティティを支える現代において、ちゃんと自分の言葉を大切にすることで、包摂する母性的な共同性や同調圧力に呑み込まれないようにする必要があると。
-
Posted by ブクログ
推しがいると「ハレ(非日常)」ができて、いつもの日常(ケ)がさらに充実する感覚にすごく納得した。推しの存在があるから普段の生活も頑張れるんだなと思った。
最近は推し活の期間が長くなっていて、みんな推しと一緒に歳をとっているという話に「たしかに!」となった。
タオルを回さない人が増えてほしい——あとがきのこの言葉がすごく印象的でした。
高校野球(甲子園)で、球場全体が片方のチームを応援してタオルを回し、後押しするような瞬間。
僕もそんな場面を観戦したことがあって、違和感を抱いていました。
「うがった見方なのかな、素直にみんなと一緒に応援すればいいのか」とも思ったけれど、応援されていないもう一方のチームの選手たちが気の毒だったし、みんなが一生懸命プレーして頑張っている姿を見たいと思っていました。
「推しの敵は敵」でもなければ、「推しを分かってくれない人も敵」でもない。
誰かに迷惑をかけないのであれば、自分が誰をどのように推すかは自由で、推しかたも自由なんだな、と改めて感じました。
最近、三宅香帆さんの書くもの・出演するものに惹かれています。
何に惹かれているのか、ひとつ分かりました。
それは三宅さんの「優しさ」です。
推されなかった高校球児の気持ちを想像できる、誰も傷つけない気持ちのいい言葉や表現……。
いつものように、三宅さんの本を読み終わったら、また読みたい本が増えてしまいました。
また積読が増えた……今年中には読み切れないな? -
Posted by ブクログ
本や映画をネタ探しの場として捉える。
生きていく上で何事にも経験が乏しいと、同じ話しかできない、同じ話ばかりする、つまらない人間になる。話の引き出しを増やすつもりで、「ネタを仕込むつもりで読む」
作者の感情、伝えたいこと、感じ方、全てにおいて正解はないから、臆せず自分で考えることが大事。
あとは、その考え方、比較、抽象的なテーマは何か、書かれてないものは何かを考えることで他者とは違った発想や感想になるというもの。
読んだことないジャンルの本が多く出てきて読みたい本が増えた。また、知っている本でもその観点で観てなかったな。と発見があって面白かった。
-
Posted by ブクログ
ともすれば無粋になるような文体のテクニックの解説だが、著書の軽快な語り口と各方面への配慮が素晴らしく、とても楽しく読めました。
三宅さんの文体は、距離感がちょうどよい。近いんだけど、近すぎなくて絶妙です(そう感じさせるテクニックが散りばめられているのでしょう…)。
なにか文章を書くときに手元に置いておきたい本です。仕事、プライベート、軽め、重め…いろんなシーンで役立ちそうなテクニックが満載。
エンタメコンテンツについて、私は結構隅から隅まで「分かりたい」タイプの人間だ。
この伏線はこうなんだ!この演出の効果は…そもそもこの作品はこういう文脈で生まれてきていて…等々。
書きすぎない・言い過ぎない美学に隠されている裏まで見つけ出したいという気持ちが先行してしまうが、そんなの無粋だよ、ただただその表現をそのまま受け取ろうよ…という気持ちもある(答えなんてなく、受け取り手の自由にゆだねられているのが正解なんだろうが)。
でも、やっぱりテクニックを知っていると、より作品を楽しめると思うのだ。
文体もそう。
特に印象に残ったのは【二人称語りかけモデル】で書かれていた書き手の心構えの話。
”読者のいない文章は存在しない。それなのに、なぜか文章を書いていると、読む人の顔が見えなくなっている時がある”
ここを読んだとき、敬愛する国民的バンドBUMPOFCHICKENの藤原基央さんが毎度毎度ライブやリリースのたびにで伝えてくれている「今ここにいる”あなた”に届ける」という姿勢が思い出されました。
私個人に語りかけてくる言葉って、誰もが実感したことありますよね。
テクニックももちろんだけど、こういう心構えや姿勢から「どう表現すれば伝わる?」という試行錯誤の中、文章術やその人の文体ってものが生まれてくるんだろなあ。 -
Posted by ブクログ
私を離さないで カズオイシグロ
私を離さないでを読むと、生きるってそもそも切ないことだったって気がつく。
すごく大事なものを見つけたり、帰りたい場所を知ったり、忘れたくない記憶を抱えたところで、私たちはいつかそれらと全部離れる。
だけど、同時にこうも感じる。
死にたくないと叫ぶ。誰かにぎゅっと寄り添う人がいるだけで、そこに温かい何かが生まれる。その寄り添ってくれる人のことをカズオイシグロは丁寧に描いてくれる。
生きるって素晴らしい、とか、愛は世界を救うなんて言われるよりも、死にたく無い、離さないで、なんて叫び声に人生を預けたくなる時もある。