三宅香帆のレビュー一覧
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前作「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」は私個人の感想は世間の評判とは随分と異なり、論点が上手く掴めなかった。本作は書籍のタイトルと内容のギャップがあまりにも大きく、著者に対してではなく、出版社の責任を大いに感じた。
縮小が続く出版業界において流行作家を利用したある程度の商業主義は已むを得ないとしても、連載コラムの寄せ集めにあとがきの作者コメントを切り抜いて付したタイトルはあまりに杜撰で読者を裏切る行為にも思える。
多くのベストセラー作品の引用と要約があり、巻末に一覧が付されていることで、新しい読書の機会が創出される可能性を引き出したことが唯一の救い。 -
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若手文芸評論家である著者による「働いていると本を読む気力がなくなる」原因と対策について述べた本。
2024年刊行。
著者は冒頭で「本が読めなくなったから働くのをやめた」という自己体験を述べ、「働いているだけで本が読めなくなるのはおかしくないですか?」と問いを投げかける。
そしてこの問いに答えるため、本書ではまず明治以降の「労働と読書」の関係を整理していく。
その上で終盤に、冒頭の問いに対して原因と解決策を展開するという構成になっている。
明治維新後、文明国として成熟するために日本政府が国民に読書を推奨した。
さらに、印刷技術の発展により本が手に入りやすくなり、「黙読」の文化が生まれた。同 -
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◾️感想
全10章のうち、1〜6章までは主に働く人と読書の歴史を書いている。ここは本書タイトルのなぜ働いていると本が読めなくなるかというテーマと関連性が薄く、読み進めるのが退屈だった。
7章以降はタイトルに沿った考察がされており、興味を持って読むことができた。本書の結論である、人生の時間を100%仕事や家事や推しなどに使わず、バランスよく働くこと(本書では半身で働くと表現している)は自己実現や個人の成長を重視する現代社会においては抜け落ちやすい考えであり、日々意識する必要があると感じた。
近年、AIが台頭し、人の仕事が少しづつ代替されつつある中では、経済的にも本職にフルコミットではなく、仕事、 -
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考察ブームを「タイパ、コスパ」や「ドーパミン中毒」などの理屈ではなく、情緒的な「報われる行為」としたところが著者の優しさと時代性を感じる。新書の読者を広げる意味でも安心して読める優しい文章が求められているのだろう。誰もが批判できる時代は批判されることに敏感な時代でもある。気を使える人が求められているということは、気を使うことが苦手な人や敏感な人はSNSに息苦しさを感じていると思う。時代を読み解きながら「考察」を否定せず「批評」も”推める”著者の姿勢が、「推し」という対立を避ける今の時代を表していると感じた。今のSNSのアルゴリズムではどうしても対立が目につくが、誰かを否定せず異なる意見を尊重で
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ネタバレ労働と読書の変遷を両者の相互関係を俯瞰しながら追った現代史、と言えばいいのかな。最終的に半身社会をどう実現していくか、という論理展開。労働と読書が度移り変わっていくか、という変遷については大変面白く読んだ。
半身社会はよく分からなかったのが率直なところ。“半身”で“全身”分(普通に生きていける分)の稼ぎの実現がもっともハードルが高かったりするわけで。そんなこと言ったら元も子もないのだけれど。
一番面白かったのは『ファスト教養』において、レジー氏と田端信太郎氏の考え方の違いを取り上げ、どちらかというと田端氏の論調に共感を示していたこと。そっちなんだ!という。やはり思想の根底にあるのは新自由主 -
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物語の鑑賞5つの技術
①比較
他の作品と比べる
②抽象
テーマを言葉にする
③発見
書かれていないものを見つける
④流行
時代の共通点として語る
⑤普遍
普遍的なテーマとして語る
鑑賞ノートを付ける
54ページ
青春=教室=学校
この国のムラ社会的なものの象徴
閉鎖的で同調圧力が強く、ヒエラルキーは固定されているが、逃げることも許されない空間。それが教室であり、日本という国を表現したものそのものであった。
ここに生きなきゃ行けないけど、ここから出たい
でも、出られない
それが教室が比喩として表現されている
桐島、部活辞めるってよや君の名は
桐島=部活
君の名は=自分の住んでいる土地 -
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自分が読んだ本を他の人に興味を持ってもらえるよう紹介するのはなかなか難しいと普段から感じていたので、ベストセラー作家である著者から何か得られるものはないかと考えたのが、本書を手に取った動機です。
作品鑑賞の技術として、①比較(ほかの作品と比べる)、②抽象(テーマを言葉にする)、➂発見(書かれていないものを見つける)、④流行(時代の共通点として語る)、⑤不易(普遍的なテーマとして語る)の5つの観点が紹介されており、これまで本を読みながら、頭の中で無意識に想起していたことが明確に言語化されたように思います。
ただ、この本のほぼ大半が、上記5つの技術の具体例として、著者の過去の鑑賞記録が並べられ -
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題名そのものにトリックがある。
働いていると本が読めなくなるなんてことはない。働いているからこそ、情報を欲したり、自己啓発に取り組みたいと思ったり、人間関係を良くするためのヒントが欲しかったり……、そういった問題解決の手法として「本を読む」という行為が選択される。
やはり、「本を読めなくなる=時間的制約」といった印象に導かれてしまうが、「本を読まなくなる=他に問題解決の手段があるから」というのが現実だろう。
本書の内容は時代ごとの本にまつわる世情をわかりやすく記すことに力を注いでいるようでもあるが、肝心の題名から本旨がズレてしまっているように感じられる。
ところが、最終章に至って題名のトリッ -
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古典文学については中高の歴史の授業で、タイトルと著者を試験のために覚えた程度。
実際の内容や著者の人生、背景については知らないことが多く、楽しく読めました。
・方丈記ってタワマン文学だったのか…
・徒然草のくだらなさ/オチのなさ、逆に令和で受け入れられそう
・和歌の流れと芭蕉の俳句の新しさ、井原西鶴との対比
・本居宣長が作った古典への読み方の態度
本書で一貫して書かれているのは、文学においても、イノベーションはその時勢、伝統を捉えつつ新しい試みをする人達によって生み出されているということ。だからこそ晩年や没後に評価される人もいる。
三宅さんは「怒られ」の歴史と書いているのも、ズバリその通り