古川日出男のレビュー一覧
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映画を観てからこちらの小説に触れたので、犬王や友魚の台詞はあの声や抑揚で聞こえるし、もちろんビジュアルは映画そのものを想像して読んでいきました。けれど、それで違和感を感じないほど、しっくり馴染めてたのしく読めました。
それは、展開も結末もところどころ違う小説と映画だけれど、物語の根っこにある「犬王と友魚」という不運に遭いつつも前向きに生きるふたりの生き方や友情が篤く描かれている、その芯がまったく違っていなかったことが、まずひとつ大きいからだと感じました。
そしてもう一つは、小説そのものの文体。歌をうたいあげるように、切れ味の鋭い抑揚の波に載せられるがままに、人々の運命を紡ぎあげてゆく描きかたが、歌で物語を紡ぎあげる映画ととても近しいものだと思えたのです。そういう意味で、最高の原作と映画という関係なようにも思いました。
映画の結末の付け方もとても浪漫を感じるものでしたが、この原作の結末も、これはこれでとても好きです。知らず闇へ放りだされた二人の最期として、潔く、そして美しいものを感じました。 -
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アニメーション映画『犬王』原作
室町時代、時の将軍は足利義満のころ。猿楽の能の頂点を求めた父の呪詛によって犠牲になり、醜く穢れた姿で生まれ落ちた犬王。
平家と共に壇ノ浦に沈んだ草薙剣の光によって盲目となり、琵琶法師となる友魚。
2人が「平家物語」によって固くむすばれ、解放され、縛られていく。
リズム感を重視されているのか、出来るだけ短く区切られた文体でつづられていく物語です。
個人的に文章だけではイメージが追いつかないところがあって、わたしは先に映画を見ていて良かったとおもいます。
映画と原作と比較できて、演出方法に学べたのが何よりおもしろい。
犬王と友魚の関係性が好きです。
「さあ、お前、光だ」
互いが互いを照らす、その果てに。 -
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アニメ「平家物語」の元になったということで興味があり読んだ。
大変な長編で圧巻だったが、読んでいくにつれ、私はここまでのものを求めていたわけではないということに気づいた。なぜなら、アニメとはだいぶ違ったからだ。アニメでは、重盛や建礼門院徳子など描かれるのは数人ながら、その代わり心情などは細かく描写されていた。一方今回読んだ「平家物語」は文字どおり平家の物語。実にさまざまな登場人物とエピソードがある。これがあの有名な「平家物語」か、という満足感はあったものの、やっぱり私はアニメの方がわかりやすくて好き。幼い我が子を亡くし自分だけ助かってしまった徳子の悲しみや、次々と入水していく様子などは、アニメの方がダイレクトに伝わってきた(きっと短い回数に凝縮されていたから)。
とはいえ、これだけの長編が何年も語り継がれ写し継がれてきて、そして現代でもなお訳されていることは、大ベストセラーの証。
欲を言えば、もっともっと現代の言葉で訳してほしかった(人物が役職などで書かれているが、当時は確かにそうだけど、ずっと名前で書いてほしい、とか)けど、そんなことを言ってるようでは歴史物を読む前に勉強しなさいと言われちゃうかな。 -
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『池澤夏樹=個人編集 日本文学全集』は一冊も読んでいないし読む気もないが、現代語訳をした方々が何を思ったのか、そして単純に「平家物語」と付くものは何でも摂取したいという気持ちから手に取りました。
「平家物語」古川日出夫
…『平家物語』のなかで人は本当によく泣きますよね。…月を見て泣きます。風が鳴ると泣きます。…現代のわれわれは近代ヨーロッパ以降に教育された泣き方しか知らないんです…現代の教育が入ってくる前の人は別の感性をもっていて、別のことで泣いていたはずなんです…(p.48)
私は月を見て泣き、空の色が変わっていくのを見て泣く人間なので、そうか私は別の感性で生きている人間なのかと指摘された気分で目から鱗でした。
「能・狂言」岡田利規
能はまだまだ初心者なのだけれど、「松風」の最後「松風ばかりや残るらん、松風ばかりや残るらん」は原文の空間構築力というか、言葉の力がすごすぎて、やはり現代語ではどの話も読みたくないといういつもの結論に達しました笑
「説経節」伊藤比呂美
読んだことないので、さっそく読みたくなった。
小栗判官の話とかは知っていたのだけれど、これは説経節だったのだな。
「義経千本桜」いしいしんじ
歌舞伎でやる段はほとんど見ていると思うけど、読んでやはり文楽を見に行かないといけないですねという気持ちが強まりました。5月ちょうど国立劇場でやるんですよねえ。豊竹咲太夫と桐竹勘十郎…
私はこの本の中で「義経千本桜」パートが一番「私もそう思う」となったのですが、サブタイトル?になっている「思いどおりにならないかなしみ」という言葉が言い得て妙だなと。『平家物語』も基本はそうだと思っていて、私的には「なくしたくないけれど、なくしてしまうかなしさ」。『平家物語』パートにも書いてありましたが、人間は必ず死ぬということ、なんですよね。いつか死ぬ中で、どう生きるか?(死に方含む)、ということなのだなと改めしみじみ。 -
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めちゃ良かった……!賢治は詳しくないし、読んだことないお話もあったし、読んだはずやけどいまいち内容が思い出せないのもあったけど、読み直したくなった。なめとこ山の熊、鉄道のない「銀河 の夜」が好き。
手持ちの『銀河鉄道の夜』(新潮文庫)を読み直して、古川版すご……!ってなったし、後半の「グスコーブドリの伝記 魔の一千枚」もめちゃくちゃ良かったなって。グスコーブドリは自分的神作品である『プラネテス』でもたくさん触れられてたから筋は何となく知ってるけど未読で、未読なりにモヤってたことが整理されてた。
「一人の犠牲で大勢を助ける」シチュは王道ゆえに何度も何度も語られてるけど、物語とシチュとそこから導かれる結論が噛み合ってないと違和感のもとになってしまう。そのあたりの仕組みが腑に落ちた。原作と併せて読みたい本。 -
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こういっては何だが、本人の書いた源氏物語を材にとった小説『女たち三百人の裏切りの書』より面白かった。現代語訳とはいっても、本来語り物である『平家物語』を、カギ括弧でくくった会話を使用し、小説のように書き直したそれは、もはや別物だ。加筆した部分に作家自身の小説作法が顕わで、いかにも小説家らしい訳しぶりであることが評価の別れるところかもしれない。が、そのおかげで、この大部の物語を読み通せるのだから、ありがたいと思わないわけにはいかないだろう。
読み通した人は少ないだろうが、誰でも中学や高校の教科書でその一部は読んだことがあるはず。冒頭部分の「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす」を暗記している人も多いだろう。那須与一の「扇の的」や、義仲の死を描く「木曽最期」など、授業で教わったことを今でも覚えている。また、歌舞伎にも『熊谷陣屋』、『平家女護島』など、熊谷次郎直実や俊寛僧都といった『平家物語』に登場する人物にスポットを当てた芝居も多い。
そうした有名な合戦の様子や武士たちの戦いぶりばかりが目に留まりがちだが、冒頭部分にあるように、『平家物語』は、諸行無常、盛者必衰といった仏教的無常観にどっぷり浸かった物語だ。また、祇王、祇女と仏御前の悲話からはじまり、後白河法王が草深い大原の里に建礼門院を訪ねる「大原御幸」で終わる、そのことからもわかるように、戦いに明け暮れる男たちだけでなく、その陰で夫や子、孫、想い人と別れなければならない女たちの物語でもある。
もちろん、「平家にあらずんば人にあらず」とまで言わせた栄耀栄華の暮らしから、清盛の死を契機に凋落、源氏の旗揚げにより、西国に落ち延び、壇ノ浦で滅びるまで平家一門の姿を追った部分が主たる筋となる。それを太い幹としつつ、幾つもの挿話が枝分かれし、時には本邦を遠く離れ、中国にまでおよぶ。項羽と劉邦、蘇武に李陵、玄奘三蔵まで登場するにぎやかさだ。おそらく、琵琶法師によって語り継がれてゆくうちに、増殖していったものでもあろうが、その雑多な物語群の入れ子状態にこそ『平家物語』の魅力があるように思われる。
数多く登場する武士や公達のなかでも特筆すべきは、頭領である平清盛ではなく、嫡子重盛。清盛が尋常ではない悪人として一目置かれながらも、高熱を発しての有り得ない死の有様を見ても分かるように、どこかカリカチュアライズされて描かれているのに対し、重盛の方は、その学識、物腰、人に対する配慮、朝廷を敬う態度、とどれをとっても申し分のない人物として最大級の扱いを受けている。平家の凋落は、重盛が神意によって病を得て、父より先に死ぬことがその遠因となっている。
しかし、聖人君子のような重盛では物語の主人公はつとまらない。そこで、登場するのが朝日将軍木曽義仲や九郎判官義経といった武人たちだ。現役バリバリの小説家による現代語訳最大の成果は、人物造形の力強さにある。特に義仲は、奔放なエネルギーを持て余す豪傑として出色の出来。「だぜい」を語尾につけるところは、どこかの芸人みたいだが、都流の雅など知らぬと言いたいばかりの無礼千万な振る舞いは、いっそ小気味よく、墨をたっぷり含ませた太筆で一気に描き切ったといった感じ。剛毅であって、稚気溢れる人物像が粟津の松原での最期のあわれをいっそう掻き立てる。
それに比べると、反っ歯で小男という外見もそうだが、奇手奇策を用いて相手の隙を突く戦法を得意とする義経は、あまり英雄豪傑らしくない。搦め手の大将という位置にありながら、功名手柄を独り占めしたがり、配下の梶原平蔵相手に先陣争いをしてやり込められるなど、梶原の言う通り将たる者の器量ではない。扇の的を射た後、船上で舞い踊る人物を必要もないのに射させるなど残虐なところもある。性狷介固陋にして子飼いの者にしか心許すことがない。後に先陣を許されなかったことを恨みに思う梶原の讒訴により兄との仲を割かれるが、あながち梶原ばかりが悪くはないと思わせる人物として描かれている。
意外に思うのは、重盛をはじめとする当時の政治家たちが自分の国をどう見ていたかという点である。幼帝の践祚や還俗しての重祚など、何かというと中国の先例を引いて、その正当性を確かめようとするところに、中華文明圏の一員としての自覚を見ることができる。自分の国は粟粒ほどのちっぽけな島であるという言葉さえ見られる。また、自分の置かれた状況を図るのに、『史記』にある蘇武や李陵の例を引くなど、中国文化をモデルにして生きていたことをうかがわせる。自分の国の小さいことや歴史の浅さをよく知り、中華文明を生きていく上での規範としていた訳だ。
多くの作者によって語られた物語群の統合としてある『平家物語』。そのなかに、何人かは知らないが、世界を俯瞰できる眼の持ち主がいたのだろう。今でこそ『平家物語』は軍記物の古典である。しかし、当時これだけのものを書こうと思えば、中国古典に習うしかない。そして、そのなかに仏教的無常観を招じ入れ、独特の語り物文学をつくり上げた。訳者は、そこに諸国放浪の琵琶法師はもとより、皇族、公家や武士、多くの女人たちの声を聴きとり、ポリフォニックな語りの文体を採用した。かなりの長さだが、単調になることなく最後まで面白く読み通すことができたのは、その工夫によること大である。古川本で『平家物語』を読んだ、という人が増えることはまちがいない。 -
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ネタバレ『お前のことは忘れていないよバッハ』
家族崩壊、象徴、ハムスターの脱走、ハムスターの生存
『カノン』
ザマウスの王国を爆破しようとする男の子と、ザマウスで働くことを生きがいにしている女の子。埋立地、この世界は全て作り物、喪失、陰、違和感、愛、カノン
『ストーリーライター、ストーリーダンサー、ストーリーファイター』
幽体離脱により同級生3人を観察するサカリの男子高校生。
幽霊ビル、その解体、3人+1人の新たな出会い
『飲み物はいるかい』
離婚したばかりの主人公、神楽坂で旅に出る
『物語卵』
自分の中の何人
『一九九一年、埋め立て地がお台場になる前』
湾岸戦争終結を祝うドラッグパーティー、狂気、暴徒、予知夢、生存
『メロウ』
エリート小学生、ジオラマ、狙撃、らしく、報復
『ルート350』
やり直せないかな、と僕はフミにいった
あとがきにこれらの短編の発表は2003年に集中されているとあった。
作家がそれを何年に書いているかと言うのは特に重要なので、文庫でもどこかに明記してあると良い。
失ったもの、損なわれたものを埋める行為、それを埋めるきっかけ。
損傷と再生 -
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40代も半ばを過ぎた頃から、突如ランニングにハマりました。気分転換、ストレス解消、心身の健康のために自分のペースで続けています。
走ることに飽きやマンネリが来ているわけではないのですが、走りに行きたくなるような本(How toものでなく)が読みたいなぁと探していたところ、この本にたどり着きました。
アンソロジー形式の作品集を読むのは初めて。
1冊でバリエーション豊かな作風に触れることができ、自分の好みに合う・合わないが分かるのがおもしろかった。
個人的に刺さった作品をいくつか。
『パン、買ってこい』
ちょっと歪んだ使命感から「パシリ道」を極めた高校生のランと精神の成長物語。
爽やかなラストシーンが印象的。
『飛田姉妹の話』
人間が翼を手に入れ、空を飛ぶようになった未来のお話。
ヒトの脚は見る影もなく、すっかり退化してしまった。そんな時代にも自分の脚で走ることの意味や価値を見出そうとする。
『リスタート』
ブラックな職場と不摂生からメタボになり、体の不調に悩まされていたサラリーマンが健康指導をきっかけに一念発起する物語。
「精神的偏食」という言葉が印象的。