フィリップ・K・ディックのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレめちゃくちゃ難解なカルト小説だった。チャットのグループの読書会で皆で考察し合えたのが楽しかった。自分の考察を書いておきます(正しいか間違えてるかは置いといて)。登場人物皆狂ってますが色んな解釈ができて楽しめる作品です。読むのキツいですけど。
ヴァリスとは生きた情報システムであり、時間の概念を持たず色んな時代、空間を行き来できるものだと思っています。時間だけでなく空間も存在しないとは、色んな場所を行き来できるということだと解釈しました。
個人的に思うことだけどファットによる世界の考察は割と始めに集約されていると思う。
この世界全体は非理性で構成されており、理性的なものはヴァリスだけ。多分我々人間が時間があって空間があるように感じられるのはこの世界が非理性で支配されているから。それから抜け出すためにはどうすればいいか?
全ての初期キリスト教徒が知っていたように、凡我一如。第三の目を開くことである。ヴァリスはその為に作られた生きた情報システム。そしてヴァリスのみが理性的であり、ヴァリスから色のついた光を放射されることによって世界の真理について気づくことができる(これは放射線でミニはピンクの光を受けすぎたことで癌疾患に罹ってしまった)。この非理性の迷路から抜け出すことができれば時間と空間を超越できるようになる。
ーーーーーーーーーーー
梵我一如(ぼんがいちにょ)とは、梵(ブラフマン:宇宙を支配する原理)と我(アートマン:個人を支配する原理)が同一であること、または、これらが同一であることを知ることにより、永遠の至福に到達しようとする思想。古代インドにおけるヴェーダの究極の悟りとされる。
宇宙の全てを司るブラフマンは不滅のものであり、それとアートマンが同一であるのなら、当然にアートマンも不滅のものである。すなわち個人の肉体が死を迎えても、アートマンは永遠に存続するということであり[1]、またアートマンが死後に新しい肉体を得る輪廻の根拠でもある。
Wikipedia「梵我一如」
ーーーーーーーーーーー -
Posted by ブクログ
2023/10/3再読
読み返してみて今回印象深いのは「聖なる争い」。
大統領の役割は情報分析し判断するコンピューターシステムが代替している。どうしてそのような判断が下されたかは人間側はわからない。敵が攻めてきているとの判断がくだされ一気に戦争状態になってしまうのを止めようとするFBI とコンピューターエンジニア。まるで現代の生成AIによる問題を予言しているかのようではないですか。この短編集にはある物をとんでもない物に代替させその存在価値を突き詰めて考えさせる作品が多く集められています。でもよく考えると今所属している社会にとっての価値であって、その社会そのものが正しいものかはわからないし保証もされていません。たまたま生まれたとろこの国であったり組織体での価値があるかないかなんてそんなに執着すべきものなのか?とも思えてきます。ディックの異常な思考から生み出された作品はこのような歪みを拡大して見せてくれます。価値や考え方の多様性をうたっておきながらある少数の考えにたやすく誘導されそれが大多数の考えであり、スタンダードだと思い込んでしまいがちな自分の傾向に楔を打ち込まれます。情報統制、思想統制は恐ろしいと思っていながら自らが進んで統制されてしまいがち。これにAIが生成する偽情報も加わって何が本物かわからない現代はまさにディック的悪夢が現実化した世界。恐ろしいではないですか。情報を鵜呑みにせず自分で検証できる思考力と想像力をつけていく事がこれからはますます大事だと痛感します。
2018/7/4
「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」の原型となった表題作。宗教的な話だったのか。でも、共感ボックスというガジェットを通じてしか他人と通じ合うことができないという、ある意味強烈な皮肉でまさに現代を描写していないか?人間がディックのいうアンドロイド化しているのか?そら恐ろしくなる短編集。 -
Posted by ブクログ
火星や金星に殖民するため、国連によって地球を追われ、過酷な環境下に強制移住させられた人々にとって、ドラッグ・キャンDは必需品であった。キャンDは目の前の模型セットに精神を投影させ、あたかも地球に居るかのごとくトリップすることができるのだ。P・P・レイアウト社の社長レオ・ビュレロは、流行予測コンサルタントとして働く優秀な予知能力者(プレコグ)バーニイ・メイヤスンらとともに順調にキャンDを売りさばいていたが、懸念すべきニュースが舞い込む。遥かプロキシマ星系から、謎の星間実業家パーマー・エルドリッチが新種のドラッグ・チューZを携えて太陽系に帰還したのだ!レオはパーマー・エルドリッチに対抗すべくバーニイの力を借りるが…
うーん、傑作。今回もディックお得意の現実崩壊。
「『さあ、これで現実の世界へもどれたぞ』と思った瞬間に、とつぜん幻覚世界からきた怪物が目の前を横切り、自分がまだもとの世界に帰っていないのに気づく、その恐怖だ」とは、訳者あとがきで引用されるディックの言葉ですが、本書では、この恐怖が迫真の筆致で描かれます。しかし、そんな恐怖で満たされた作品であるものの、決して救いのない物語ではなく、絶望にとらわれた主人公が、それでも暗闇の中で希望を捨てずに生きのびようと悪戦苦闘する物語です。なんといっても、冒頭で紹介される一文がそれを如実に表しています(というより、この一文を物語にしたのが、本書のようですね)。
「つまりこうなんだ結局。人間が塵から作られたことを、諸君はよく考えてみなくちゃいかん。たしかに、元がこれではたかが知れとるし、それを忘れるべきじゃない。しかしだな、そんなみじめな出だしのわりに、人間はまずまずうまくやってきたじゃないか。だから、われわれがいま直面しているこのひどい状況も、きっと切りぬけられるというのが、わたしの個人的信念だ。わかるか?」
うーん、よくよく考えると、ディックの長篇作品はそんな作品が多いかも。現実を疑い続けるディックの楽観とは少し異なる大雑把さに、なんだか励まされた気がします。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ新聞の懸賞クイズ「火星人はどこに?」に2年連続で勝ち続け、クイズの賞金で生計を立てているレイグル・ガム。片田舎の小さいのどかな町で、妹夫婦と共に穏やかな日々を送っているガムは、しばしば自分を取り囲む現実が「現実ではない」という感覚に囚われていた。ある日、甥っ子が遺棄された空き地から拾ってきた古びた電話帳と古雑誌。電話帳に掲載された電話番号はどこにも繋がらず、雑誌のグラビアでは見知らぬ女優について報道されていた。疑惑を確信に変えたガムは、クイズを始めてから一度も出たことの無い町を出て真相を確認しようとする。彼の動きを監視するかのように振る舞う隣家の夫婦、何かを知っているらしい市民活動家の老婦人・・・自分は騙されているのか、それとも自分が狂っているのか?何度も困難にぶつかりながら真相に近づいて行くガムが、最後に見たものとは?
表紙のアートワークで盛大にネタバレしているのはまぁご愛嬌として(^_^;
いやー、久々にやられました。やっぱりディックは面白い!
この作品がSFだという予備知識なしに読み始めると、前半で描かれる米国地方都市の日常の風景、その中でこじんまりと展開される市井の人々の日常が実に「普通」で、本当は主流文学を目指していたディックの筆力を感じさせます。お隣同士の交流とちょっとした確執とか、ちょっとしたアバンチュールとか、そんな本当に「普通」の風景の中から薄皮をはがすように立ち現れてくる「非現実」。この過程の背筋が薄ら寒くなる怖さは、前半の日常風景の丁寧な描き方があってこそ。
少しずつ少しずつ、足元の現実が崩れ落ちて行き、それに追われるように真実へと突き進んで行きつつも実は自分が狂っているだけとの考えからも抜けきれないガムの焦燥感は、読んでいるこちらも本当にヒリヒリするほどサスペンスフル。ガムを取り囲む謎めいた登場人物達もキャラが立っており、物語にメリハリを付けています。
物語全体のスケール感は他のディック作品と比べるとかなりこじんまりしており、SFのアイディアとしてもそれほど特筆すべきものはないのですが、無駄の無いストーリー展開で一気読み必至!の洗練された作品ですね。 -
Posted by ブクログ
ディックの諸作品はどれも印象的なタイトルだ。「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」や「ユービック」など、どれもインパクトのあるタイトル。そんな中で「火星のタイムスリップ」というある意味ベタなタイトルのこの作品。黒の背景にスタイリッシュなデザインを施した新装版ラインナップにもなかなか入ってこず、どうなのかと思ってました。
が、陳腐なタイトルにだまされてはいけない。傑作!
なんだ、この不安でいっぱいの居心地の悪さにもかかわらず、どうしても読んでしまうこの感覚。まるで本にとり憑かれてしまうようです。
ヤク中の変なおっさんなんて思っててごめん。ディック恐るべし!
この秋はディック祭りだな。 -
購入済み
壮大な悪夢
こんな未来には住みたくない!と思わされるような陰鬱な惑星植民地にもたらされる違法ドラッグ!という感じの、とても40年以上前の作品とは思えない面白さ!とはいえディック濃度200%なので、『ブレードランナー』くらいのつもりで読むと面食らうかも。
-
Posted by ブクログ
ネタバレ人類の植民が進みつつある火星。圧倒的な水不足を背景に絶大な権力を持つ水利組合の長アーニイ・コットは、火星の開発計画に伴う利権争いに出遅れ、地球の資産家達に先を越されてしまう。損失を取り返さんと憤怒に燃えるアーニイが目を付けたのは、常人と異なる時間感覚を有しているらしい自閉症の少年マンフレッドだった。マンフレッドの能力を利用して過去の改変を図るアーニイ、他者とコミュニケーションを取ることが全く出来ないマンフレッド、マンフレッドと意思疎通するための機械の開発をアーニイに命じられる技師のジャック、三者の異なる思惑が、火星の運命を思いがけぬ方向へと導いていくことになるが・・・。
うひゃー、やられた。面白いです。
タイトルで損をしている作品だと思います。アーニイがマンフレッドの能力によってタイム・スリップするに至るまでの話が、確かに物語の骨格を成しています。が、だからといってこの作品を、如何にもジャンルSF的な「時間SF」と頭から決めてかかると、かなりの衝撃を受けることになるのではないかと。
傲慢で人の話を聞かず、他者を自分の道具としてしか見ることが出来ないアーニイは、マンフレッドが時間改変能力を持つと決めつけて、周囲のキャラも巻き込みつつ強引に計画を進めていきます。しかし、マンフレッドが実際に時間改変能力を持ち、そしてそれを発揮してアーニイを過去に連れて行ったのか、本当のところは明確には描かれていません。
様々な解釈が可能だと思いますが、鴨は、アーニイが連れて行かれた「過去」は、マンフレッドの精神世界における幻想の過去であり、アーニイはマンフレッドを「使いこなす」ことができなかったのだろうと考えます。そもそも、マンフレッド自身は過去には何の興味も無く、自らの暗澹たる「未来」にのみ拘泥していたわけですから。一方、マンフレッド自身は未来の改変に成功し、彼に取って心置きなくコミュニケーションを取れる唯一の存在であるブリークマンと共に、新たな未来を生きることを選択します。しかし、それが現実世界と地続きの時間線に位置する未来なのかどうかは、誰にも判りません。
こうして、ストーリーのクライマックスでタイム・スリップ(らしきもの)は確かに行われるのですが、それはアーニイの死をもたらした以外、結局何の変化ももたらしません。それまでアーニイに振り回され続けた登場人物たちは、皆事件前の生活に立ち戻り、これまでと変わらぬ生活を続けていきます。地に足の着いた現実に目を向けようと務める、強い意志を有しながら。
ラストシーンは、新たな未来に生きるマンフレッドの変わり果てた姿にパニックを起こして家を飛び出した彼の母親を根気よく探し続けるジャックとその父親、そして彼らの帰りを待ちながら夕飯の支度をするジャックの妻の姿を淡々と描写して幕を閉じます。鴨はここに、「過去を変えたり未来を覗いたりすることは本当に有益なことなのか?」「現在を大切に生きることが、最も重要ではないのか?」という、強いメッセージを感じます。たとえその現在が、取るに足りない平凡なものであったとしても。
SFの枠を拡張して普遍的なメッセージを発し続ける、傑作だと思います。
と言いつつも、いかにもSFらしい、そしていかにもディックらしい緊迫感に満ちた描写、気色悪いガジェット、常人の理解の枠を軽く飛び越えるぶっ飛んだストーリー展開はこの作品でも存分に発揮されており、王道SFとしても充分に楽しめます。マンフレッドが自分にしか見えない未来のAM・WEBをスケッチし始め、その意味に気付いたジャックが愕然とするシーン・・・学校の中で姿を消したマンフレッドを探して全力疾走するジャックに向かって、学校中のティーチング・マシンが一斉に「ガブル、ガブル」と呟き始めるシーン・・・実にサスペンスフルで「絵になる」、映画化したら面白そうなシーンが中盤以降どんどん登場します。物語全体の緩急の付け方やスピード感も申し分無いし、鴨がこれまで読んだディック作品の中でも断トツに読みやすいかと。ディック初心者にも比較的オススメです。 -
Posted by ブクログ
ディックの中で一番好きな話です。今回新装版になっていたので再購入。
これはディックが友達への思いを込めて書いているのだと思います。
悲劇的、アンハッピーエンドとされることが多いようですが
あくまで私個人としては、ディック作品の中でも特に切なくも優しい話だと思います。
しかし、スクランブルスーツが象徴するように世の中が、自分自身が、どんどん
不確かで根拠のないものになる過程は自分の感じることと重なる部分があって
全体には優しさを感じつつ、その部分がドットとして浮き上がってきます。
訳は山形さんの方がヤレ感(すみません、うまく言えないです)があって好きです。 -
Posted by ブクログ
PKDの「ユービック」と並ぶ代表作の一つ。「ユービック」に時間の逆行というプロットの中の破綻があるというマイナスポイントを考えると、本作をPKDナンバー1に推す人も多いかも知れない。
謎に包まれ、カリスマも感じさせるパーマー・エルドリッチという存在、そして惑星開拓に伴う移民たちとドラッグ「キャンD」&パーキー・パットの模型セット、更にはエルドリッチが持ち込む新ドラッグ「チューZ]・・・、まさにサイケデリックSF。何度も読み返したくなる異常なまでの名作。
(ハヤカワ・オンライン 書籍紹介から)
謎につつまれた人物パーマー・エルドリッチが宇宙から持ち帰ったドラッグは、苦悶に喘ぐ人々に不死と安寧をもたらした。
だが、幻影にのめりこんで、酔い痴れる彼らを待ちうけていたのは、死よりも恐るべき陥穽だった!
ディックが、現実と白昼夢が交錯する戦慄の魔界を卓抜な着想と斬新な手法で描く傑作長篇! -
Posted by ブクログ
今回この短編集を購入したのは表題作である「アジャストメント」を読むためではなく(同作ももちろん面白いのですが)、巻末に収録されたディックの講演原稿「人間とアンドロイドと機械」を読むためです。
「人間とアンドロイドと機械」は、遺作となったヴァリス三部作の執筆中にディックがイギリスで行う予定だった講演の原稿に加筆したもの。体調不良のためディックが渡英を中止したためこの原稿が残された唯一のものとなりました。
ディックが終生作品のテーマとして持ち続けた「アンドロイド」という概念が一体何を意味しているのか。またディックの作品に共通してみられる記憶の改変、真実の隠蔽といったモチーフについてもディック自身の言葉で語られており、少しでも彼の作品を面白いと思ったことのある方なら必読です。
後半、ディックの語り口はかなりオカルトめいてきます。デュオニュソス、エッセネ派、死海文書、転生、夢といった言葉が、まるでカルト宗教の教祖が語るような口調で綴られており、これを読まれた方は「果たしてディックは正気だったのだろうか?」と感じるかもしれません。当時のディックは友人の死やドラッグ中毒などでかなり精神的においつめられており、その表れと受け取る方がいても不思議はありません。
しかし、私はこの部分に晩年のニーチェが書いたものとの強い関連を感じます。「私はインドにいた頃は仏陀でしたし、ギリシアではデュオニュソスでした」というあれです。ディックはユングに深く傾倒していたことで知られていますが、おそらくユングを通してニーチェを知り、それを引用した可能性が高いのではないでしょうか。ニーチェ、またその影響を受けたルドルフ・シュタイナーらの著作をフィルターとして読むとオカルト的要素の出所がはっきりしてきます。
ニーチェの晩年とディックが死の直前に置かれた状況はある意味よく似ています。ディックがニーチェに同一化しつつ、意識的にこの原稿を書いたということは十分に考えられると思います。