村井理子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
短く纏まっている各章の内容は、非常に基本的で当たり前のことが書かれており、正直なところ「何を今さら」という思いを持ちながら読んでいました。この本を手に取る様な女性の権利問題についてアンテナを高く張っている男性にとっては、尚のことそう思われるのではないかと思います。ただし、日本でそういった問題が全く無いということは決してないと思います。実際、中絶は日々行われていますし、中絶を取り巻く数々の負担は、経済的・精神的・肉体的負担のいずれも女性に偏っていると思います。そういう文脈で、「大事な当たり前のことが書かれているけれど、結局、届くべきところには届かない本なのかな…」と悔しい思いも生まれてきます。
そんな訳で、少々退屈な気持ちで読み進めていましたが、最後の巻末の解説は非常に興味深かったです(個人的に一番面白かったのがココでした)。
中絶を取り巻く状況が、本書が刊行されたアメリカと日本ではかなり違っているのですね。巻末にある解説では、アメリカにおける中絶の歴史と政治との関連について書かれており、本書の行間を補うような内容となっているだけでなく、教養としても非常に興味深い内容でした。
望まぬ妊娠と中絶の問題について考える時、なぜ女性がその責任を一身に受けなければならないのかーー今の世の中の仕組みは未熟で、一番大事なところで男性の存在は透明化されており、日本もアメリカの置かれている状況と同様の問題が残されていると思います。中絶問題の根本的な解消のため、性教育の整備の必要性を改めて強く感じます。 -
Posted by ブクログ
『射精責任』『エデュケーション』など話題作の脚本家が書いた日記風エッセイ。神経質な義父、認知症が進んだ義母、家のことにあまり関心がなさそうな夫、性格の違う仲のいい双子の兄弟の世話をしながら、大量の英文と格闘する日常を描いている。
全てのノンフィクションに言える事だが、自分を含めた他人の人生も切り売りしているというネガティブな印象が多少ある。実際、この著者ではないが、著者が作中に登場する第三者から訴えられたという事例もある。読者からすれば他人の人生を知ることができる数少ない手段なのでありがたいのだが。
この本の中にも、「看護師が自分のことを書かれていると知ったらどう思うだろう」みたいなことが書いてあって、著者もある程度その危険性は自覚してるんだなと思った。
しかし、この著者だいぶケアラーとしての生き方が染み付いてしまっているようで、明らかに過剰な介護や家事を担ってしまっていてオーバーワークになっている。それでも続けているのは責任感か、放棄する方がリスクが高いという判断なのか。大変な人生背負ってんなーと思いながら読んでた。
分厚いが読みやすい文章なのでサラッと読める。さすが異なる言語を行き来する人なだけあって、言葉の並べ方が上手い。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ殺人事件の調査となるとちょっと腰が引ける感じはするのだけれど、特定の情報にたどり着くためにひたすらコツコツ調べる(身元不明遺体の似顔絵をもとに、該当時期の高校卒業アルバムを地道に調べるみたいな)作業に没頭する感じは理解できる。
しかもこの場合、未解決の事件を解決するという、社会的意義までついてくる。
こういうノンフィクションはあまり興味がないのに、これを手に取ったのは、村井理子さんが翻訳していたから。エッセイで何度も触れられていて、人の興味を引くのがすごくうまいよなぁと思いつつ、読んだけれども、村井さんが訳したものすべてが手に取るところまでいったわけではないので、自分のなかにもやっぱりこういう領域に興味を掻き立てられるなにかがあったんだろうと思う。
それにしても、日本ではこういう市民探偵みたいな話、聞かないなぁと思うのだけれど、興味のレーダーに引っかからないだけなんだろうか。それとも凶悪犯罪の検挙率の高さとかが関係しているのだろうか。
あったら参加したいかと言われると、悩んでやめそうな気はするけれど。
ここで取り上げられている方は、なにかしらの実績をあげているので、「趣味だよね」とはもう言えないくらいの時間を割いているし、プロフェッショナルだったりもして、見知らぬ被害者に、そこまで想いを持って取り組めるのは尊敬と同時に、ちょっと怖くもなる。
最後の章では、“市民探偵”の暴走とも言えるような件も取り上げられているように、この時代、誰かの個人情報を追いかけるという怖さとセットなようにも思える。
凄惨な事件も多く、そもそもこんな怖い事件が世の中で起きていいのかと、背筋が寒くもなる。
事実として読む価値は大きいけれど、事件の詳細な描写もなかにはあるので、苦手な方はご注意を。 -
Posted by ブクログ
“母の晩年を、義母の老後を目撃し、私の価値観も変化した。誰かを守るため、あるいは誰かを支えるために自分を削ることは、得策ではないと思えるようになった。それが家族を守るという自分にとって大切な目的のためだとしても、自分を削っては意味がない。他にやり方はたくさんあるはずなのだ。”(p.82)
“子育ては、最近になって俄然面白くなってきた。いいことばかりではないが、成長した息子たちは立派な話し相手になってくれているし、彼らの成長を感じる瞬間が増えてきたことがうれしい。幼少期の彼らとの生活を心から楽しむことができなかったのは残念だったが、今があるからそれでいい。”(p.95)
“結局、本当の意味で和解することはなかったし、彼女と心を通わせることができたとは思っていない。育ててくれてありがとうとも、今まで迷惑をかけてごめんなさいとも、言えてはいない。”(p.191)