村井理子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
「兄の終い」「村井さんちの生活」に続き、村井理子さん3冊目。
エッセイ集で読みやすいけれど、「はやく一人になりたい!」というタイトルにはちょっとだけ裏切られた感…
一人になりたいという思いは、子ども達の独立とか離婚などを想像したけれど、村井さんは全くそうは思っていない。
村井さんが一人になりたいのは翻訳という仕事が楽しくて集中したいから。
家族や犬の世話を済ませて、「はやく一人になりたい」そして仕事に没頭したいということなのだ。在宅ワークだからこその願いだ。
庭に作業場を作ったり、中古住宅を購入することも夢みながら、リビングの片隅で仕事しているという。
自分の仕事が楽しくて仕方がないという村井さんの翻訳本がますます読みたくなる。
そんな村井さんも双子の息子達が幼い頃の子育ては想像を絶する過酷な毎日だったようだ。
「母親になって後悔してる」というタイトルの本を読んだ彼女は、「もし子どもを生まない人生だったら…」と考えることすら許されない社会への違和感と母業への過度な期待に懸念を示している。
それでも、彼女自身は母親になって後悔はしていないようだ。
子育てをしたからこその様々な出会いが人生を豊かにしてくれたと感じているに違いない。
私自身も母親になったことで出来なかったことへの後悔はあまりなく、むしろ三人を育てたからこそ知ることができたことや出会うことができた人々への感謝ばかりだ。
村井さんが母親だからこそ書けたエッセイは、人々を共感させひとときの癒しとなっている。
子育て経験は翻訳にも活かされているだろう。
「はやく一人になりたい」といいながらも、家族との時間を一番大切にする姿には共感ばかりだ。
私自身も母親という経験を様々な場所で活かしながら、自分や家族を大切にしつつ楽しんで仕事しようと思う。
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Posted by ブクログ
ハリウッドのプロデューサーとして
セレブ寄りの生活をしていた著者。
母方の祖父の苗字を名前としてもらったが
その名は実は英国の由緒ある貴族を
ルーツに持つものだった。
ネットサーフィンでエゴサに近いことをして
その事実を見つけるのが現代っ子だなぁ。
ちょうど父親を亡くして気落ちしている
家族の心を癒すためにも
遠く離れた英国のお城をリノベするぞ!
と、息込んだのは良かったけど
日本の古民家再生でも大変なのに
あちらさんはデカい「お城」ですから。
常駐して少しずつ補修してくれるボブや
歴史を紐解いてくれる郷土史家のジェフ
そして古いものを守りたい地域の人々の
愛やらチャリティ資金やらやらで
なんとか計画は進んでいきます。
アメリカ人の目から見た英国の要素もあり
それも含めておもしろい本でした。 -
Posted by ブクログ
ワイン片手に家系図サイトをながめていた著者は、自分の祖先がイギリスのお屋敷(お城)に住んでいた事を知る。ポップウッドという珍しい名前だった事で、たどり着いたお屋敷だ。
以降、今では崩れかけたお屋敷を文化財としてよみがえらせようと、東奔西走する事になる。
イギリスとアメリカ、同じ英語という言語を使う国ではあるけれど、大英帝国の歴史とハリウッドのプロデューサーという立場は、まったく違う常識と価値観のようだ。ある意味、同じ言語でであることが余計に違いを感じさせるのかもしれない。
歴史あるものを大事に後世に伝えていこうと協力を惜しまない英国人。ようやく軌道に乗りかけた時に、コロナによる世界的なパンデミック。それを乗り越え、ポップウッド・ホールのリノベーションは続いているようだ。
楽しんで読んだ -
Posted by ブクログ
話のテンポがあってよかったが、読後感がよくない作品だった。作品が悪いという意味ではない。
どこの身内にも1人や2人、「困ったなぁ」と思う人はいる。その「困ったなぁ」の種類はいろいろで、病気だったり、経済的なことだったりする。読みだすと他人事ではないと感じる人が多いと思う。
作品中に兄が発達障害だったことをにおわせる記述がある。発達障害や鬱の人の周囲には、必ずといっていいほどその人のことを「優しい人」、「真面目で誠実な人」、「一生懸命な人」、「本当にいい人」と言う人がいる。しかし、この言葉で傷つく人がいることはあまり知られていない。私は昔はその言葉を真に受けていたが、最近は「普通の人なんだけど、どうしてこうなるのか」と言っていると受け取るようにしている。
筆者は優しいと言われる兄と比べられ悶々として生きてきた。本書では、筆者は最後に兄を許し認める心境になって終わっているが、兄が一命をとりとめた場合でも同じ心境になっただろうか。私は筆者が兄を許し認めたというよりは、兄が亡くなり兄から開放されたことから出た言葉だと思う。 -
Posted by ブクログ
短く纏まっている各章の内容は、非常に基本的で当たり前のことが書かれており、正直なところ「何を今さら」という思いを持ちながら読んでいました。この本を手に取る様な女性の権利問題についてアンテナを高く張っている男性にとっては、尚のことそう思われるのではないかと思います。ただし、日本でそういった問題が全く無いということは決してないと思います。実際、中絶は日々行われていますし、中絶を取り巻く数々の負担は、経済的・精神的・肉体的負担のいずれも女性に偏っていると思います。そういう文脈で、「大事な当たり前のことが書かれているけれど、結局、届くべきところには届かない本なのかな…」と悔しい思いも生まれてきます。
そんな訳で、少々退屈な気持ちで読み進めていましたが、最後の巻末の解説は非常に興味深かったです(個人的に一番面白かったのがココでした)。
中絶を取り巻く状況が、本書が刊行されたアメリカと日本ではかなり違っているのですね。巻末にある解説では、アメリカにおける中絶の歴史と政治との関連について書かれており、本書の行間を補うような内容となっているだけでなく、教養としても非常に興味深い内容でした。
望まぬ妊娠と中絶の問題について考える時、なぜ女性がその責任を一身に受けなければならないのかーー今の世の中の仕組みは未熟で、一番大事なところで男性の存在は透明化されており、日本もアメリカの置かれている状況と同様の問題が残されていると思います。中絶問題の根本的な解消のため、性教育の整備の必要性を改めて強く感じます。 -
Posted by ブクログ
『射精責任』『エデュケーション』など話題作の脚本家が書いた日記風エッセイ。神経質な義父、認知症が進んだ義母、家のことにあまり関心がなさそうな夫、性格の違う仲のいい双子の兄弟の世話をしながら、大量の英文と格闘する日常を描いている。
全てのノンフィクションに言える事だが、自分を含めた他人の人生も切り売りしているというネガティブな印象が多少ある。実際、この著者ではないが、著者が作中に登場する第三者から訴えられたという事例もある。読者からすれば他人の人生を知ることができる数少ない手段なのでありがたいのだが。
この本の中にも、「看護師が自分のことを書かれていると知ったらどう思うだろう」みたいなことが書いてあって、著者もある程度その危険性は自覚してるんだなと思った。
しかし、この著者だいぶケアラーとしての生き方が染み付いてしまっているようで、明らかに過剰な介護や家事を担ってしまっていてオーバーワークになっている。それでも続けているのは責任感か、放棄する方がリスクが高いという判断なのか。大変な人生背負ってんなーと思いながら読んでた。
分厚いが読みやすい文章なのでサラッと読める。さすが異なる言語を行き来する人なだけあって、言葉の並べ方が上手い。