サン・テグジュペリのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
KiKi の子供時代、とあるコマーシャルで「大きなことはいいことだ」というフレーズが使われたことがありました。 でもその後の価値観の変動の中で「大きけりゃいいってもんじゃない」という風潮が生まれてきて、今はその延長線上にあるように感じます。 でも、一度は大きい方に舵をとったこの社会はこの「大きい」と「小さい」のひずみの中で喘いでいる・・・・・そんな気もしないじゃないんですよね~。
でね、今回、この「小さな」「大きな」という対比の中に、KiKi は「大きな組織で動く効率的・合理的社会」というものを感じ取りました。 もちろんそれが「悪いこと」とは言い切れないんだけど(特に落ちこぼれながら会計人感覚からすると 苦笑)、それでもその「効率性」「合理性」追及の陰に、王子が自分の星から地球に至るまでに立ち寄ったいくつかの星に住む不思議な住民の姿がダブって感じられるんですよ。 「支配だけしたがる王さま」、「ただ目立ちたがる男」、「自分を見失い酒ばかり飲んでいる男」、「ひたすら忙しがるビジネスマン」、「点灯だけを仕事とする男」、「フィールドワークをしない机にかじりついている学者」・・・・・・。
今更ながら・・・・・ではあるけれど、この物語ってひょっとしたら「人間性の喪失」に対する危機感の物語であり、どんどん近代化していく世界への警鐘の文学だったのかもしれません。 そう・・・・、言ってみれば「怜悧な社会風刺の物語」。 そしてもう一つ感じたのは、ここ何年か KiKi 自身もず~っと考え続けていることなんだけど「グローバル・スタンダードって本当のところ何???」という命題について扱っている物語でもあるんだなぁということでした。
(全文はブログにて) -
Posted by ブクログ
ネタバレ優しい語り口でありながら、なにか人間の核心を鋭く突いているような物語だなと思いました。
特に「いちばんたいせつなものは目に見えない」という言葉は、印象に残りました。
終盤、王子さまがどこかの星で笑っていると思えるだけで、見上げる星空全体が愛おしく価値あるものに変わる感覚には「なるほど」と深く納得させられます。ただ星という物質を見ているのではなく、「自分にとって特別な存在がそこにいる」という思いが重なることで、世界そのものの見え方が変わる感覚は理解できます。
その「世界が価値あるものに変わったこと」自体が良いのか、それとも「そう思える自分の心」が良いのか。「目に見えないもの」については読後も深く考えさせられます。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ2017年3月頃、とある科学博物館の小さな売店に、読書を全くしてこなかった自分が珍しく聞いたことのある書名に出会い、手に取った。そこから10年弱読み返してこなかったが、気まぐれに読み返した理由はなぜなのかは自分にもわからない。
サハラ砂漠に不時着した僕が、突如空からやってきた星の王子さま("The little Prince")と数日間に渡って会話するお話。その内容は「大人について」であり、6歳の頃「大人」に言われて画家になるのを早々にやめた僕と、かけがえのないバラのある小さな星を飛び出し、6つの星で出会った変な「大人」の話をする星の王子さまは、徐々に「大人」たちが忘却の彼方に追いやった(ほんとうの)絆を育んでいくことになる。
"「きみはまだ、ぼくにとっては、ほかの十万の男の子となにも変わらない男の子だ。だからぼくは、べつにきみがいなくていい。きみも、べつにぼくがいなくていい。きみにとってもぼくは、ほかの十万のキツネとなんの変わりもない。でも、もしきみがぼくをなつかせたら、ぼくは互いになくてはならない存在になる。きみはぼくにとって、世界でひとりだけの人になる。ぼくもきみにとって、世界で一匹のキツネになる⋯⋯」"
"「例えば君が夕方の四時に来るなら、ぼくは三時からうれしくなってくる。そこから時間が進めば進むほど、どんどんうれしくなってくる。そうしてとうとう四時になると、もう、そわそわしたり、どきどきしたり。こうして、幸福の味を知るんだよ!でもきみが来るのが行きあたりばったりだと、何時に心の準備をすればいいのか、ちっともわからない⋯⋯ならわしって、大事なんだ」"
"「人間たちって」小さな王子さまが言った。「特急列車に乗ってるのに、なにをさがしているのかもうわからないんだね。だからせかせか動いたり、同じところをぐるぐるまわったり⋯⋯」"
"「ね⋯⋯ぼくの花⋯⋯ぼくはあの花に責任があるんだ!それにあの花、ほんとうに弱いんだもの!ものを知らないし。世界から身を守るのに、なんの役にも立たない四つのトゲしか持ってないし⋯⋯」"
"小さな王子さまが大好きなきみたちにとっても、僕にとっても、誰も知らないどこがで、僕らの知らないヒツジが、バラを一輪食べたか食べないかで、世界のなにもかもが、これまでとはすっかり変わってしまう"
"いちばんたいせつなことは、目に見えない"
子どもの頃を思い出そう。数字ばかり気にする大人はやっぱり嫌いだ。
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Posted by ブクログ
ネタバレ人には人の世界があってそれぞれ大切なものがある。そしてそれは特定の人やものでは無くてその間の関係性や年月のことで目に見えないのだと思った。
王さまは権威、大物気どりは自分への称賛、酒浸りの男は自分自身への恥、実業家は所有と有能さ、点灯人は指示を守ることと、前半の大人達は自分への興味や気持ちといった、アイデンティティへの固執とそれによる目的や意義の喪失が描かれているように感じた。
後半、地球に来てからの話の中で感じたのは、他者とのやり取りの中で生まれる愛着だった。
「きずな」には責任があり、その他大勢の名前が同じものとは違う、特別な存在になる。その分別れは辛いけれど、その人や物に関することやその人を思い出させるものは大切な存在になる。
色々つらつらと語った上で、純粋に、素朴に生きようと思えた作品だった! -
Posted by ブクログ
「肝心なものは目に見えない」
この本の大きなメッセージの一つ。
何かに対する愛情や情熱、想いというのはいつも目に見えるものじゃない。
それを可視化するのに数値を使ったりするわけだけれども、そんなのではわからない価値や感情があるものだとわかった。
冒頭、どんな屋根のどんな見た目の家なのかを言葉を尽くしても大人にはなかなか伝わらないけれど、10ポンドの家だと伝えたらすぐに大人は納得するというのを読んで、なんだか残念な気持ちになった。確かに数字や金というのはわかりやすくて便利なものだけれど、それだけではわからない美しさやよさがあるわけで、数字だけで言い表せてしまうのはなんとなく言葉が貧乏な気がしてしまったのだ。
数字というのは、わかりやすくていいけれど、時に不便なこともあるとわかった。
最初、題名からしてもっと童話の話なのかと思ったが、一文一文、星の王子さまの問いかけにはっとなって考えさせられるばかりで、難しかったけれど、変に爽快感があるわけではなく、ほどよくむず痒さを残すのはこの作品にとって、最高の感じ方なんじゃないかと思う。 -
Posted by ブクログ
郵便飛行士だったサン・テグジュペリが、自身や僚友たちの飛行体験を通して、「人間とは何か」「使命とは何か」「愛とは何か」を問いかける一冊のように思いました。
サン・テグジュペリやギヨメの遭難のくだりを読み、思い出したのがフランクルの『夜と霧』でした。フランクルは、収容所で生き延びたのは愛する人と再会したい、成し遂げたいことがあると思い描いた人だと書いています。
サン・テグジュペリも僚友のギヨメも同じで、極限状況で人を支えるのは体力だけでなく、愛する人への思いや使命感なのだと感じました。何かが起きてからではなく、人との関わりや使命感を日頃から大切にすること。その積み重ねが人を支える力になるのだと思います。
「愛するとは互いに見つめあうことではなく、一緒に同じ方向を見つめることだ」という一節も、心に残りました。
ラストの「一人一人の中にいる虐殺されたモーツアルト」という表現の意味がすぐには分からなかったのですが、モーツアルトを人間本来の可能性や魂の輝きの象徴と捉えると、貧困や戦争、不平等によってそれが奪われることへの苛立ちなのだと腑に落ちました。
それに続くラストの「精神の風が粘土の上を吹き渡るとき、初めて人間は創造される」という一文からは、旧約聖書の創世記の、神が土のちりから人を形づくり命の息を吹き込む場面が自然と重なりました。
「精神の風」とは、愛すること、真理を求めること、責任を引き受けること。そうした風が吹き込まれて、人は人間たらしめられるのだと思います。
『人間の大地』は、「人間とは何か」を問い続ける一冊でもあると思います。 -
Posted by ブクログ
10歳ごろに一度、15歳ごろに一度読んだことがありましたが、いずれも内容が理解できず...
20歳になってふと再読してみると、するすると頭に入ってきた。
王子様が「大切なものは目に見えないのだから」という言葉を繰り返し繰り返し呟いていて、子供から大人になる過程で見えなくなってしまうものは沢山あるなと考えさせられた。
とくに普段、わたしたちが「なんとなくさびしい」「なんとなくうれしい」と、言葉にすることを諦めてしまう感情を、ひとつひとつ拾って話す“きつね”が特に好きだった。
相手の評価軸にせよ、人生における見失ってはいけないものにせよ、私たちの普段感じている感情にせよ、「大切なものは目に見えない」。
大切な人たちに会いに行きたくなる物語。