サン・テグジュペリのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ自分は過去に一回この本を読んだことがあった。
結構小さいころに読んだのでその時は正直にいうとよく分からなかった。
でも「良かった」というのだけ頭にこびりついたのを覚えている。その事を急に思い出し、読み返してみるかと思い再読。
読み終わって思ったのは本当にいいセリフが多いなと感じた。
もうキリがないくらい、いいセリフがあるが特にキツネのセリフが良かった。
「ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。いちばんたいせつなことは、目に見えない。」
本当にその通りでしかないなと思った。
思いかえしてみれば、昔読んだときの
「良かった」という感情は目に見えない。
だけど、「良かった」と思うことが自体が大切だったのかもしれない。
色々と考えさせられる本だった。 -
Posted by ブクログ
『戦う操縦士』という邦題がおかしい。勇壮なパイロットを連想させるが、書かれているのは負け戦、それに任務は偵察飛行。むしろ、戦わない操縦士。原題は“Pilote de guerre”、戦うという行為のニュアンスは入っていない。最初に出た邦訳で、堀口大學が『戦う操縦士』と訳してしまった。このmisleadingなタイトルが有名になってしまったために、その後の山崎庸一郎訳も鈴木雅生訳もそれを踏襲せざるをえなかったのではないか。
書かれているのは、1940年5月下旬のフランス北部のアラス方面への偵察飛行。サン=テグジュペリの所属する偵察飛行大隊は、23組あったが、そのうち17組をすでに失っていた。飛べば、ほぼ死が待っていた。戦争の渦中にあっては、命令するほうも、されるほうも、思考停止。死が待っているとしても、進行する劇の役をただこなすしかない。『夜間飛行』や『人間の大地』とはまったく異なる世界が展開する。
原著は1942年刊、アメリカで執筆。英訳版がアメリカで出たものの、ドイツ占領下の本国フランスでは、出版は難航。ヒトラーについての一文を削除していったんは出たものの、すぐに発禁。フランス人が読んだとしても、生と死、人間についての省察は深まりはしても、士気は下がったに違いない。
(p.s. 同じく堀口大學訳『人間の土地』という邦題もおかしい。原題は“Terre des hommes”。リビア砂漠での墜落のエピソードが中心なのだから、「土地」じゃなくて、「大地」だと思う。光文社古典新訳文庫はそうなっている。) -
Posted by ブクログ
言葉で魅せる景色の美しさに、その尊さに思わず笑みが溢れたのは、初めてだったかも知れない。それは溢れた後に気がついた。そしてそれらの言葉は今の私の居場所をも、神秘なものにしてみせたのだ。それ以上私が望むものは何もなく、本書が与えてくれた美しい物であり、これから先の人生、私が本書を幾度も読み返すことになる理由である。
私が見上げることしか出来ない世界と、同じ世界に居る彼ら。違った世界は羨ましくあるが、見上げる事が、その世界を想像するのがちょうど良いとも思える。一言で言えば危険であり、夜のあわいであるその空は、生と死のあわいであるから。
飛ぶ事で手放してしまういくつかのこと。飛ぶ事で手に入れたいくつかのこと。飛ぶというのは人間ができるはずのなかったことであり、本来であれば一生かけても得られないはずのものを、彼らは手に入れる事ができたのだ。それはさぞ価値のあるものだろう。暴風雨の中でもがく飛行士。焦がれに焦がれた光も無い。そんな中で手にしようとしたのは、自らの全てである冷たい宝石のような美しい星々。死を宣告された身でありながら、彼らはその世界で笑っていたのだ。
パイロットも、指揮官も、地上で暮らす人々も、皆かっこいい。 -
Posted by ブクログ
何度でも読みたい!
挿絵も美しくて、寓話的で、読解というよりも味わって読み進められた。
王子様が旅の途中で出会う人々は、人間の愚かな側面を映し出していた。権威にしがみつく王様、称賛に酔う大物きどり、所有に執念を燃やす実業家、そして手段と目的の逆転を象徴する酒浸りの男。どの姿も、人間が陥りやすい愚かさを描いていて、滑稽ながら愛おしくも感じた。
作中に出てくるバラは、見栄っ張りで高飛車で嘘つきで、でも、王子様を愛していた。王子様はそのことを見抜くべきだったと後悔する。バラは矛盾を体現していた。矛盾を抱えたまま愛することが、生きていくうえで大切なのだと気づかされた。
キツネが王子様に「秘密」を教えてくれるシーンはとても印象深い。
「ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。いちばんたいせつなことは、目に見えない」
大人になっていく中で私たちが忘れてしまう大切なことを思い出させてくれた。心に刻む -
Posted by ブクログ
わたしは、結果や意義を求めて見出そうとする姿勢は必ずしも良いとは思わない。(が、基本的スタンスとしてそういう行動を取ってしまう矛盾がある)
だからこども時代の純粋さを取り戻せたら、と思うときがある。複雑化する必要はなく、そうしようとするから大人はどんどん頭の柔軟性を失うのではないか。
ちび王子くんはわたしたち大人に、生意気に、皮肉じみて語りかけてくれている気がする。
彼は薔薇やきつねとの出会いの中で、
だいじなものは目には見えないから、心でよく見る必要があると学んでいく。まさしくそのとおりで、
【なつかせた相手に対しては、ずっと責任がある】ということばにすごく考えさせられた。
相手の行動や態度だけから読み取れないものはたくさんあるだろうし、それを読み取り手次第でどうとでもなるだろう。
ただ、自分が時間をかけたぶんだけの関係性はその大切さに比例する。それが責任、という言葉にも繋がるのだろう。
最後はもとの星に戻るために死を選び、目には見えない存在となるが、それ(死)が終わりを表しているわけではない。。。
やさしく単純な文章かと思いきや、考えれば考えるほど深い一冊だった。
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Posted by ブクログ
子供の頃から名前だけは知っているけど読んだことの無い本!というイメージ。
きつね?星?王子様?なんの繋がりがあるの、、、?ふわふわファンタジー?と思いながら購入。
きっと読み終わる頃には心がフワンフワンと優しい気持ちになるような可愛い話なんだろうな〜あんなにグッズ出るくらい売れてるんだし!…くらいの気持ちで読み始めた本書。
読後。
子供の頃に読んでおけばよかった…と思うものの、きっとあの頃の自分が読んでも、何も分からず「花がしゃべってる〜」と鼻垂らしながらエヘエヘ言って本を置いて公園に走り出していそう。それも良い。
そう思うと共に、こういうお話しを読んで考える事ができる大人になれて良かったなと思う。ママンありがとう。
ちなみに、最近ガチャガチャで星の王子さまが出ているのを知り勢いで回した。
私のスマホには可愛い王子様がぶら下がっているよ^^ -
Posted by ブクログ
ネタバレ「銀河鉄道の夜」が好きなら好きになるだろう、日没時の不思議な色の柔らかい雲のような文章。名著故に様々な名シーンが沢山の人々に取り上げられている本書だが、私が印象に残ったのは以下。
飛行士のボアの絵の話で始まったこの物語は、中盤、王子様がバラの咲き乱れる庭園に着いて、“それから彼はこう考えた――特別な花を1本持っているから自分は豊かだと信じていたけれど、 ぼくが持っていたのは普通の花だった。(中略)これだけじゃぼくは立派な王子とは言えない・・・・・・草の中に倒れて、彼は泣いた。”(P93~94)
ここを読んで、ああ、わかるなあ、子供から少し大人になる頃、あるいは子供でいることが少し長くなって無理が来た頃に、私もこんなふうに悲しい思いをした気がする。あのなんとも言えない失望がこうも鮮やかで奥行きのある詩的な言葉で顕されているなんて、こういうことがあると名著だよな、と思うとともに何か勝手に共感された気持ちになって嬉しくなるのだ。
この物語は全体を通して、童心(子供の純粋な視点、価値観)と“心で見る”(P104)ことへの讃歌だと感じた。では上記のような失望に作者はどう答えたか?
そこで、そのすぐのちのキツネの話をとおして、王子様は「飼い慣らす」ことを知る。
“「きみがバラのために費やした時間の分だけ、バラはきみにとって大事なんだ」”(P104)
更に、転轍手とのシーンがすぐ後に続く。
“「子供だけが自分が何を探しているか、知っているんだ」と王子さまは言った。「ぼろきれの人形と時間をかけて遊ぶから、だから人形は大事なものになる。なくしたら、子供は泣くんだ……」”(P106)
「時間をかける」……単に言葉にすると簡単になってしまうけれども、本書に「時間をかける」とこの言葉に無限のニュアンスや含みを感じ取れる。
ところで、今回は「難解」「意味不明」との世間評に身構えながらこの年齢で初めて読んでみたのだった……。が、思ったほど、(そういう意味で)ひどい話ではなかった。
何か本を「ちゃんと読む」なら、作者の生い立ちみたいな情報が……海外の文学は特に、向こうの文化や時代背景や比喩への知識を求められる事がある。(それがないと通読しても、まるで歯抜けに読んだようになるような話も少なくないと思う)でもこの話で私が(私の知識が浅いだけかもしれないけど)その力を使ったのは「点灯夫」「転轍手」と言われてピンとくる、という程度のことだけだった。しかも、これは単にスムーズに読める以上の意味もさして、ない。むしろ作者はそういう読み方は「大人の読み方」って思うんじゃないか?そして、その必要のない書き方をしているんじゃないか。そういう意味でもなるほど、たしかにこの話は「小学校高学年」で適齢だと思った。
最後に王子様の体まで消えてしまったのは、王子様そのものが飛行士の見た幻だったのか?それとも?に対する私の解釈は、本当に、“そんなに重い身体ではなかった”(P134)から、飛行士の知らない間に体も取りに戻ったに違いない。王子様は、王子様の薔薇のために責任をもって、死を覚悟するくらい勇気を出したし、飛行士も無事に帰ったって言っているんだから。……私の心の中の子供がそういうハッピーエンドがいい、と言っているので。