『戦う操縦士』という邦題がおかしい。勇壮なパイロットを連想させるが、書かれているのは負け戦、それに任務は偵察飛行。むしろ、戦わない操縦士。原題は“Pilote de guerre”、戦うという行為のニュアンスは入っていない。最初に出た邦訳で、堀口大學が『戦う操縦士』と訳してしまった。このmisleadingなタイトルが有名になってしまったために、その後の山崎庸一郎訳も鈴木雅生訳もそれを踏襲せざるをえなかったのではないか。
書かれているのは、1940年5月下旬のフランス北部のアラス方面への偵察飛行。サン=テグジュペリの所属する偵察飛行大隊は、23組あったが、そのうち17組をすでに失っていた。飛べば、ほぼ死が待っていた。戦争の渦中にあっては、命令するほうも、されるほうも、思考停止。死が待っているとしても、進行する劇の役をただこなすしかない。『夜間飛行』や『人間の大地』とはまったく異なる世界が展開する。
原著は1942年刊、アメリカで執筆。英訳版がアメリカで出たものの、ドイツ占領下の本国フランスでは、出版は難航。ヒトラーについての一文を削除していったんは出たものの、すぐに発禁。フランス人が読んだとしても、生と死、人間についての省察は深まりはしても、士気は下がったに違いない。
(p.s. 同じく堀口大學訳『人間の土地』という邦題もおかしい。原題は“Terre des hommes”。リビア砂漠での墜落のエピソードが中心なのだから、「土地」じゃなくて、「大地」だと思う。光文社古典新訳文庫はそうなっている。)