佐々木敦のレビュー一覧
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恐らく、それぞれの年代を代表させるのに、YMOやはっぴいえんど、ピチカート・ファイヴを持って来るのに、多くの音楽リスナーは不満を覚えるであろう。
しかし、はっぴいえんどやYMOの項は面白く読んだ。
が、以降、僕が興味がないのを割り引いても明らかにトーンダウンしていると思う。
はっぴいえんどから小室哲哉へのJ-Popを貫く流れは、この本では全く触れられていないが、天才少女と持て囃され、はっぴいえんどらのメンバーらと手作り感漂う良曲を発表しつつ、いつの間にか、売れる曲、ブームになる曲しか興味が無くなった感のあるユーミンこと松任谷由実の歴史と機を一にすることが理解できた。 -
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1970年8月 はっぴいえんど「はっぴいえんど」
1971年11月 はっぴいえんど「風街ろまん」
1972年5月 井上陽水「断絶」
1972年11月 大瀧詠一「大瀧詠一」
1973年2月 はっぴいえんど「HAPPY END」
1973年5月 細野晴臣「HOSONO HOUSE」(バック:キャラメルママ)
1973年11月 荒井由実「ひこうき雲」(バック:キャラメルママ)
1973年12月 井上陽水「氷の世界」
1974 サディスティック・ミカ・バンド「黒船」
1975年4月 シュガー・ベイブ「SONGS」(大瀧詠一プロデュース)
1975年6月 細野晴臣「トロピカル・ダンディー」
1975年11月 ティン・パン・アレー「キャラメルママ」
1976年3月 「NIAGARA TRIANGLE VOL.1」(坂本龍一がアレンジャーなどとして参加)
1976年7月 細野晴臣「泰安洋行」
1977年9月 ティン・パン・アレー「TIN PAN ALLEY 2」
1978年4月 細野晴臣「はらいそ」(「ファム・ファアール~妖婦」を坂本と高橋が演奏)
1978年5月 細野晴臣、鈴木茂、山下達郎「パシフィック」(「コズミック サーフィン」を坂本と高橋が演奏)
1978年6月 高橋幸宏「サラヴァ」
1978年10月 坂本龍一「千のナイフ」(松武秀樹が参加)
1978年11月 YMO「イエロー・マジック・オーケストラ」
小室哲哉は、小学6年生の時の大阪万博で冨田勲の作品に衝撃を受け、中学生でシンセサイザーを購入。1980年にSPEEDWAYに途中参加。1984年にTM NETWORKとしてデビュー。1992年に誕生した「TK RAVE FACTORY」の略であるtrfの総合プロデュースを担当。 -
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ネタバレ批評が忘れ去られようとしている世の中で、その忘れ去られようとしている過程を年代ごとに紐解いていき、悲観論で終わるわけでなく、時代の空気と格闘し、「観客=外部のアイデンティティ」の復興を模索する。まさに文中で東さんも述べている通り、スポーツと同じ構造だと思った。当事者性ばかりがクローズアップされるが、周囲にはプロになりたい人、アマチュアリズムでも持続する人(趣味の人とも言える)、熱狂的なファン、テレビなどでそれなりに楽しむ観客まで、さまざまな階層の人が世界を形成している。そういう息の長い哲学・理論で思考すること。それはどの世界に生きていても必要な事だと思う。教育の重要性、関わりの多様性、異質なものを受け入れる包容力、人間や組織としての器が試される時代である。
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「私は この小説を書くときに、読んでくださる人が小学六年生までの漢字を読む力があれば読んでもらえるものと思ってこの作品を書き始めました」
と「氷点」を書いた三浦綾子さんがいってらっしゃいました。
この本の中で出張授業をされる先生たちは
もちろん、その道のプロフェッショナルの方たちです
そして、聴いている対象者たちは 中学生、高校生たち
その語り口が そのまま 一冊の本にまとめられました
その「語り口」を読んでいて
冒頭の三浦綾子さんの言葉を思い起こしたのです
本当の専門家は
ただ感心させるだけでなく
それなら 僕も(私も) 何かやってみよう
そんな気にさせてくれる方なのです -
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2014年12月初版
佐々木敦著
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1970年代以降、日本近代史における音楽の展開と今に至るまでの系譜を、「はっぴいえんど」「YMO」「渋谷系・小室系」「中田ヤスタカ」の、それぞれの10年史の変わり目を創ったアーティストに焦点をあてて整理した一冊。
面白かった。全ての芸術はすべからく模倣から始まり、一部の天才を除いてはその模倣の量で(それを重ねることも天才だと思いますが)、生み出されるものが方向付けられるのだと改めて。
しかし細野晴臣さん。やっぱりこのおじさんはすごい人である。もっとその世の中に対するスタンスが知りたい。彼の著作である「分福茶釜」はかなりの名著なので、あわせてオススメします。 -
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60年代末から現在に至るまでの日本のポップスの変遷。
よくある歌謡曲論ではない。「ロック」のありようの話。日本語はロックに載るのか?と言う論争は昔からあった。
サザンが出てきたときには遂にこの問題にも終止符が打たれるのか!?と思ったが「何言ってるのか判らない」と言う意見も多く(谷村新司も、今何時?そうねだいたいね~、が文脈から繋がらず聴き取るのに苦労した、みたいなことをヤングタウンで言っていた)決着がつかないまま現在に至る、という処かしらん。
勿論主題はそれだけではなく、如何にロックは日本に取り込まれてきたか?を時代ごとにアーチスト1名にスポットをあてて説明している。
70年代の「はっぴいえんど」、80年代は「YMO」、90年代は「小室系と渋谷系」、00年代は「つんくプロデュース」、現在は「パフューム」が説明されていたけどプロデューサーは聞いたことが無い人だった、。時代を担う人物も随分小粒になってきている気がする。
日本のロックには興味が無かったせいもありYMO以降の歌謡曲の範疇でしか動きを知らないし実感もない。世の中的には70年代は歌謡曲の時代、80年代はディスコの時代(ディスコでライディーン掛かってました)、90年代はまさしく小室の時代、00年代以降はなんだったんだろう?大きな波は無かったような気がする。
読み物としては面白いし一つの切り口としても興味深い。「はっぴいえんど」や「大瀧詠一」はレココレでも特集してたね。「YMO」も特集してくれないかな~。 -
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年を取ることは悪いことばかりじゃなくて、自分が知っている時代が増えていくということで、それは語れる歴史が豊かになっていくことなのだな、と本書を一気読みしてしみじみ。「はっぴーえんど」「YMO」「渋谷系と小室系」「中田ヤスタカ」の4つの時代、4つのディケイドを駆け抜けます。Jポップという言葉を境にして前期、後期に区分されますが通底するのは「リスナー型ミュージシャン」というキーワードです。それは浴びるように音楽を吸収することにより生まれるものであり、音楽を作る環境が手に入ることにより生まれるものです。戦後の日本の高度経済成長が作った消費社会とテクノロジーの進展無しには成立しないという点で、サブカルチャー史という以上に社会史として読めるような気がしました。さらに、そこにアメリカとの複雑な関係性が影響を与えているので、今、盛んに語られる戦後史の反映にもなっています。1964年オリンピック以降のTOKYO「風街」がニッポン全国に広がり、金沢のシンセ少年をグローバルなCOOL JAPAN の旗手にしてきた40年。戦後70年、阪神・淡路大震災から20年目の夜。
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ネタバレ学校で習う歴史と同じように、時代の流れとして日本の音楽史を知ると年代ごとにヒットした曲やグループに一連の流れがあることを知る。
事の経緯を知ることで全体像が見えてくることは音楽に限ったことではないであろう。
個人的には80年代~90年代をもう少し掘り下げていきたい。
【備忘録】
・はっぴいえんど(大瀧詠一・細野晴臣・松本隆・鈴木茂)
・プロテストフォークからロックというアメリカの流れを日本で踏襲したのが岡林信康
・そのバックバンドとしてはっぴいえんど
・はっぴいえんどがVS内田裕也の「日本語ロック論争」
・はっぴいえんどがいなくなり、日本は4畳半フォーク全盛期
・YMO 細野晴臣・坂本龍一・高橋幸宏
・1978年 YMO ユーミン サザン アリスは同時代
・細野晴臣に影響を与えたヴァン・ダイク・パークス
・SF映画全盛の影響「未知との遭遇」「ブレードランナー」
・散開
・ピチカートファイヴ(小西康陽・高浪慶太郎・鴨宮諒・佐々木麻美子)
・渋谷系 海外音楽との時差が少なくなる
・外と内との区別が薄くなる
・フリッパーズギター 小沢健二 小山田圭吾
・セカンドサマーオブラブ(サマーオブラブ60年代末のアメリカでのヒッピームーブメント)
・セカンド~からストーンローゼズ、プライマルスクリームなどの誕生
・渋谷系とは当時のバンドブームへの反動・挑戦
・東京は夜の7時
・過去に差異化を求めるピトカートファイヴ
・小室哲哉の登場 TMNETWORK
・オールインワンタイプのプロデュース(篠原涼子・TRF・ダウンタウン浜田Hjungle with T・安室奈美恵・華原朋美・鈴木亜美
・小室の終焉↓
・宇多田ヒカルの登場 母藤圭子
・つんくの登場 モーニング娘
・伊秩弘将の登場 SPEED
・小林武史の登場 My little lover スワロウテイル Chara
・0年代中田やすたか(capsule)の登場 perfume・キャリー -
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80年以降この三十年を総括してみたいという欲求があって、良いテキストをさがしているが、まずこれは十分に期待にこたえてくれるものだ。浅田、中沢、ニューアカブームは横目で眺めていたし、蓮実本も途中で投げ出しているので、ここに登場する思想家たちの本は一つも読んでいない。というのは非常に私的だけれど、まあこの時代をもろに生活人、社会人として何とか適応して生きてきた平均的日本人にとって「思想」とは何だったのかということを考える。直接彼らの本にふれていないものにとってもどこかを経由して何らかの意味があったものなのだろうか?
歴史的な記述も、個別の思想家の読み解きも著者の力量をうかがわせるもので「思想家」のような言い切りがないところにも好感をもった。あとがきでも触れられていたが次はこの人の「思想」を見たくなる。 -
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80年代の『ニューアカ』ムーブメントの勃興から90年代を経て、ゼロ年代の東浩紀の活躍までに至る日本の思想の歴史を作者目線で切り取り、ひとまとめにした一冊。
「クラインの壺」「脱コード化」「脱構築化」「ポスト構造主義」「大きな物語/小さな物語」…自分には全く聞きなじみのない単語が飛び交っていますが、
落ち着いて(平静を装って)読んでいくと、
なんとなく、ほんの僅かなエッセンスですが、わかるような(わかった気になるような)。
「ニューアカ以降の現代思想の歴史教科書」として使えるように心がけたと作者はあとがきで書いていますが、
全く予備知識もない自分ですら、体系的な日本の思想の変遷を(かなりざっくりと、ですが)追体験出来ました。
ここを足がかりとして、文中で挙げられてる書籍に手を出してみようか、という気にもさせられました。
特に90年代、ゼロ年代は自分にとって「リアル」なテーマが数多く見受けられるみたいですし…。