中野好夫のレビュー一覧
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ポーランド生まれのイギリス作家・ジョセフ・コンラッドによる実体験に基づいた著作。コンゴー河上流開拓会社の船乗りマーロウが語り手となって、闇黒アフリカの奥地にて象牙蒐集に明け暮れる天才クルツの救出の顛末を語る。
コンラッドの作風として特徴的なものは、大自然を写実的に描くのではなく常に暗示的であり、この「闇の奥」もまた未開の地としてのアフリカの奥地のことだけではなく、人間の持つ心の深淵のことも示唆していることは想像に難くありません。
白人による土人の搾取、文明とはかけ離れた黒人たちの原始の叫び…正常な人間でさえも闇黒の大陸では寂寥と孤独に蝕まれ、クルツのように人が持つ「人間性」も崩壊してしまう。臨終の彼が放った「地獄だ、地獄だ!」の台詞は、私にはその真意をとても理解できないであろうと感じさせると同時に戦慄と不気味な感覚を私に与えました。マーロウがクルツとの接見で感じたことについての描写は、やや晦渋でしたが、クルツを通して「闇の奥」のほんの一部分を垣間見ることができました。 -
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ネタバレ『黒猫』
妻が飼っていて黒猫の眼をえぐり殺害してしまった男。一度は後悔し似た黒猫を手に入れ再び飼い始めた夫婦。黒猫に恐怖を感じる男。猫を殺そうとし誤って妻を殺害してしまう。壁に塗りこまれた妻の死体。消えた黒猫。警察の捜査。
『ウィリアム・ウィルソン』
自分と同姓同名の「ウィリアム・ウィルソン」という男に悩まされる男。一度は追放することに成功するが・・・。「ウィリアム・ウィルソン」二暴かれたカードのいかさま。
『裏切る心臓』
老人の遺産を狙って老人を殺害した男。警察の捜査を受けるが・・・。聞こえてくる不思議な音。
『天邪鬼』
『モルグ街の殺人事件』
オーギュスト・デュパン・シリーズ
準密室で殺害されたレスパネェ夫人親子。道に投げ出された夫人の死体。暖炉に押し込まれた娘の死体。証言者によって変わる口論の会話の謎。
『マリー・ロジェーの失踪』
オーギュスト・デュパン・シリーズ
マーリー・ロジェーの失踪。一度は姿を現すが一週間後再びの失踪。川に浮かんだ遺体。新聞による事件の解説。新聞の情報によるデュパンの推理。
『盗まれた手紙』
オーギュスト・デュパン・シリーズ
警視総監Gの依頼。大臣Dによって奪われたある婦人のスキャンダルに関する手紙。警察の捜査の行き詰まり。変装し大臣の家で議論を持ちかけるディパン。 -
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舞台は1890年代のアフリカ。
船乗りマーロウはアフリカ奥地に出張所を持つイギリスの貿易会社に就職する。
最奥部の出張所を預かる、腕ききの象牙採集人クルツが病に伏しているという噂が流れ、マーロウはクルツの迎えに赴く…。
この小説はアフリカから戻ったマーロウが仲間の船乗りである「私」に語ってきかせる、というかたちで進められる。
クルツの存在も常に伝聞・噂のかたちを取ってあらわれる。
人から人へ語り伝えられ、そのイメージはふくらみ、ゆがみながら変化していく。
クルツの言葉はマーロウによる翻訳と解釈を経て読者に届く。
クルツ自身は切れ切れのイメージを作品の各部に浮遊させながらも、自身は空白、意味づけのできないものとしてテクストの「闇」の部分を担っているのではないか。 -
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ガリバーと言えば巨人を連想される方も多いでしょう。第1章のリリパット、いわゆる小人の国のお話です。
ただ、スウィフトの作品の本質は人間社会への痛烈な批判にこそあります。しかし、小人の国(第1章)や巨人の国(第2章)が注目され、ガリバーの単なる冒険譚として見なされがちであることは、スウィフトにとってはなんとも皮肉なことです。
まずは第3章。「空飛ぶ島・ラピュタ」のお話から。ラピュタは島国バルニバービの領空域を自在に移動することができる飛島です。
ラピュタの民は誰もが科学者であり、常に科学について沈思黙考しています。そのために心はいつも上の空。ときどき、正気に戻るために頭を叩く「叩き役」なる者を連れています。
ラピュタの科学は優れていながら、それが実用に活かされることはなく、「学問のための学問」に過ぎませんでした。スウィフトは「科学は人類に貢献すべきもの」と考えていたため、人類に貢献しないラピュタ人のような科学知識は、まったく無用の学問と見なしました。
また、地上のバルニバービは豊かな国でしたが、空に浮かぶラピュタ国に常に搾取される存在でした。そのため、バルニバービの住民には生気がなく、街は荒れ果てています。
仮に、バルニバービで反乱が起きれば、ラピュタの国王は島を反乱の起こっている場所の上空に移動させ、太陽や雨を遮り、その地域の農業を破滅させ、飢餓と病を与えます。酷いときには、ラピュタを島ごと下降させ、街を力任せに押し潰して鎮圧させます。
ラピュタを後にしたガリバーは、グラブダブドリッブという小島を旅し、魔法使いの種族と遭遇します。
彼らは降霊術を心得ており、ガリバーは歴史上の偉人を呼び出しました。その結果、彼らがいかに堕落した不快な人物であったかを知ることになります。スウィフトはここで、幾世代間もの人間性の堕落がいかに根強いものであるかを、示そうとしています。
高貴な時代からの退化という形で人類の進歩を示すことにより、現在の人類は堕落しています。しかし、かつてはその堕落も甚だしくはなく、まだ救いようがあったことを伝えようとしているのです。
次にラグナグという島にたどり着いたガリバーは、この島国に不死の人間がいることを聞かされます。ガリバーは自分も不死であったなら、いかに輝かしい人生を送ることができるだろうと夢想します。しかし、彼らは不死であるものの、不老ではありません。そのため、老衰から逃れることはできず、80歳を過ぎると法的に死者として扱われ、以後、永遠に老いさらばえたままで、世間から厄介者扱いされるのです。悲惨な境涯を知らされたガリバーは、むしろ
死とは人間に与えられた救済なのだと考えるようになりました。
そして最終章のフウイヌム国(馬の国)。フウイヌムは、平和で非常に合理的な社会を持つ、高貴かつ知的な馬の種族です。この国では、戦争や疫病や大きな悲嘆を持つことはありません。
そしてこの国には、フウイヌムを悩ませている、ヤフーと呼ばれる生物が住んでいます。ヤフーは、人類を否定的に歪曲した野蛮な種族であり、ヤフーの中には退化した人間性が存在しています。
ヤフーは酩酊性のある植物の根によるアルコール中毒に似た症状を持っていて、絶えず争い、輝く石をむやみに求めています。ガリバーはヤフーの行動に、特に理由もないのに同種族で争いあう習性と戦争を引き起こす醜さとは、まるで人間そっくりだという発見をします。
そしてガリバーは、自分は人間ではなく、ヤフーであり、また自分の住む世界にいる人間たちもヤフーであると信じるようになります。以来、ガリバーは(自分は俗世間に塗れた故郷には戻りたくない。自分はフウイヌムでありたい)と切望し、己がいかにフウイヌムによって啓蒙されたかを語るのです。
しかし、ガリバーは故国に帰ることになります。それでもガリバーは、自分の「人間性」から遠ざかろうと考え、最後は半ば、厭人的になります。これは、ガリバーという虚構の世界に仮託した、スウィフト自身の姿でもありました。
スウィフトは『ガリバー旅行記』をとおして、人間の醜さや愚かさを徹底的に暴こうとしました。この作品が書かれたのは、今からおよそ300年前ですが、それでも今なお、この『ガリバー旅行記』が読み継がれているのは、偏に「人間にある普遍的な人間の心の不純さ」を鋭く指摘しているところにあります。この負の普遍性に気付いたスウィフトの眼差しは、現代に生きる僕たちにまで、鋭く射抜かれていると言えるでしょう。 -
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下巻に収録されているお話は「アリ・ババと40人の盗賊」と「漁師と魔物」以外は多分初読みの物語ばかりのような気がするんだけど、物語のプロット的には同じような物語を西洋もので読んだことがあるような気がしたり、「シナの女王」のシナはおよそシナ(中国)的じゃなかったりして、こちらも結構楽しめました。 個人的には「初読み」の感動も手伝ってか、結構好きだなぁ、この下巻。 物語としての完成度は結構高い! そんな印象です。 でね、この物語が成立した時代のペルシアでは、インドぐらいまではそこそこの精度の情報があったような雰囲気ですね~。 で、「インドから向こうはみ~んなシナ」っていう感覚だったんじゃないかなと思われる記述が結構多いのも東洋人にとっては楽しいところだと思います。 「シナ」 ≒ 「正体不明の遠い異国」 ≒ 「ろまんちっく~ 」っていう感じがそこはかとな~く漂っています。
(全文はブログにて) -
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シンドバッドの物語は漠然とは覚えていたんだけど、都合7回も航海したことはすっかり忘れていました。 強烈に覚えていたのはダイヤモンドがゴロゴロ(ついでに大蛇もウヨウヨ)している山にロックに置き去りにされたシーンとか、ヘビと人食い族のダブル責め苦を味わうシーンとか、人の背中に乗ったきりの迷惑じいさんとか だったんだけど、久々に読んでみると「あれ? こんな冒険もあったんだっけ?」と童心に帰ってのめりこんで読む耽ってしまいました。 さすが女に恨みをもったシャフリヤール王が「次の物語を聞くまではシャフラザードを殺すまい」「次も」「次も」と思っただけのことはあってやっぱり面白いなぁ!
(全文はブログにて) -
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シェイクスピアの劇作
内容も面白いが、これがつくられた当時の時代背景もうかかがえる。
高利貸しのユダヤ人が非常に悪者として、またキリスト教徒が慈悲深く描かれている。また最後に高利貸しがキリスト教徒に改宗させられているのもユダヤ人からしたら非常に屈辱的であろう。
驚きは解説にあった。
この物語はシェイクスピアが考えたものではなく、もともと1300年代にあった3つの話をつなげたような内容らしい。しかし、今でも古典として多くの人に読まれれるのは、劇作として非常に完成しているからであろう。
古典はその内容だけでなく解説部分で多く背景にあるものなどを理解することができるのでこちらも一見の価値あり。
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染まりました。黒く染まりました。300年くらい前の作品なのにひきこまれます。著者スウィフトの黒い怒りと、それを包み隠すブラックユーモアの一大傑作。人間嫌いになることうけあいです。おすすめ。
(---★前回の紹介文)一度目は、世間一般が誤解しているように、おとぎばなしとして愉快に。 二度目は、一見害のなさそうにみえるこの本にこめられた著者スウィフトの、絶望と怒り、それを入念に味わいつつ、きわめて陰気に。 三度目は、300年も前のイギリスにも「クソだよね、人間って」と考えていた人がいたのだな、いえー、とて、歴史の重みと人類への冷笑を噛み締めて、爆笑しながら。 という風に違った視点で三回読めました。ダークないえーです。