中野好夫のレビュー一覧
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「人生そのものが幻じゃないか」
「あるものは君だけなんだ」
人生や世界が自分自身がつくりだした幻にすぎないとして、それならどうして自分の人生の中身に喜びだけでなく悲しみなどの負の感情が多いのか。そのようなことは決して望んでいないはずだ。もしかしたら、悲しみは決して否定的な要素ではなく、あくまでも喜びを相対化させるために存するだけの要素なのかもしれない。そうすれば自分の作り出した自分の世界の悲しみにも何か積極的な意味を見出せるのかもしれない。というようにあっさりと最終的に自己を肯定してしまって完結していいとは思えず、肯定も否定も全てひっくるめて幻の人生であり、独我論なんだろう。そもそも独我論とい -
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物語というものは、あたかも自律した生命体のように、作者の意図を無視して、勝手に読み手に感銘を与えることがあるらしい。チェーホフは戯曲『桜の園』を喜劇のつもりで書いたが、役者たちはしばしばそれを悲劇と解釈して演じてしまい、作者を苛立たせたという。
『ヴェニスの商人』も、そういう作品のひとつである。シェイクスピアはこれを勧善懲悪の喜劇として書き、観客も当初は喜劇として楽しんだ。キリスト教の神がすべてを支配する中世西欧において、ユダヤ教徒の高利貸しシャイロックが駆逐されるべき「悪」であることは自明であり、ほとんど真理に等しかったのだろう。その「真理」に異議が申し立てられるのは19世紀。被差別民とい -
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ネタバレ主人公が第一章から第四章まで、それぞれ小人国、大人国、ラピュタ、フウイヌムの国を巡る話。
旅行記として、小人や巨人や空飛ぶ島などが登場し、それらの国での一風変わった生活も面白かったが、それよりも主人公にとって全くの異国で、人間の悪徳に貶められそうになったり、ことさら人間の悪い部分が強調されているのが印象的だった。
特に第四章ではフウイヌムという美徳のみを備えた生き物が登場し、それらと共に生活することによって主人公が人間への嫌悪感を強めていく様は強烈だった。
最後の解説には、作者は「この本は人を怒らせるために書いたのである」という旨の事を手紙に書いているとある。
一方で、作者は主人公ガリヴ -
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いわゆる良心や、宗教的価値観(著者はカソリック教会の価値観に対して述べている)、正義や善といったものが、いかに残酷にひとの命を奪ってきたか、不幸の種となってきかたを描きだしている。
人間社会にとって、良心は不要であり、むしろ害となるのだという論理は、一面では正しいが、他方では現に人間社会にはルールや規範が必要であり、それなくして集団生活は円滑に営み得ないという現実が軽視されているようにも思える。
著者の人間に対する絶望は、痛いほど伝わってくる。
救いはないが、忘れてはならない大切な事実を、著者は教えてくれている。正義では世界は救えない。 -
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【あらすじ】
ニコラウス、セピ、テオドールの3人の少年は、16世紀のオーストリアの小さな村に暮らしていた。そこにある日不思議な少年が現れた。一見感じの良い美少年の正体はなんと天使だった。その上彼の名前はサタン。3人の少年たちは、サタンの巧みな語り口、魅力的な魔法に誘われ不思議な世界へと惹きこまれていく……人間とは、良心とは何か。善悪、幸福は存在するのか。運命とはどのように決まるのか。人はなぜ戦争をするのか。ニコラウスは天使サタンと過ごすうちに、このような疑問にぶつかる。はたしてその答えは――
【解説】
作者は、『トム・ソーヤの冒険』、『ハックルベリー・フィンの冒険』などの著作で知られるマ -
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こうやって、絶望しか残してくれない作品が好きだ。何くそ!って皆で生きることについて考えるから。千絵はサタンの言っていること全て知っていたし、頷ける。未来が見えないからというより、未来に対する想像力が欠けているために幸運と不運の区別がつかなくなっている時がよくある。
こうやって俯瞰して達観しても、痛みは消えないんだよ。見方を変えなくてはきっと永劫人や社会に絶望し嘲笑するしかないだろう。もし幻に過ぎないのなら、いいじゃない!果しない想像力をパンプス箱の中に閉まって鍵をかけて、千絵は素晴らしい幻の中で生きていきたいと思うよ。
人間は少数の者に支配されていて、多数の者に支配されることは決してないってい