安西水丸のレビュー一覧
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8.ONE STEP DOWN
ネーミングセンスって、才能なんだろうか。
必要以上に凝った名前は、たしかに暑苦しい。
深く考えないくらいがちょうどいいらしいけど、それが一番難しい。
身近なところで言えば、ラジオネームなんかまさにそれだ。
25.ランゲルハンス島の午後
川辺で過ごした時の記憶って、なぜか残り続ける。
学校の帰り道、友達とは帰らず、ひとりで川を見るのがすきだった。
MDプレーヤーで音楽を聴きながら、小一時間。
あのときの情景は、不思議と忘れられない。
安西水丸さんのイラストには、どこか静けさがある。
特に、グラスと氷とお酒、カップとコーヒーの絵は、飲みたくなってしまう何かがある。 -
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ネタバレ特に印象に残った箇所は以下の通り
・僕は高校時代にこのモームの文章を読んで「うーむ、人生とはそういうものか」となり素直に関心してしまった。それで大人になってバーのカウンターで働いていたあいだも、「どんなオン・ザ・ロックにも哲学はあるのだ」と思いながら八年間毎日オン・ザ・ロックを作っていた(p.67)
・「ウォークマン」は果たしてそこまで進歩する必要があったのだろうかという疑問を僕は抱いてしまう。そりゃひとつの機械が安くて小さくて便利になること自体にまったく異論はないけれど、引退した初代ウォークマンをじっと見ていると、「べつにこのまま進歩なんかしなくったってとりたてて不便はなかったんじゃないか」とふと考えてしまうのである。しかしそういう風に考えだすと、その中の進歩の95パーセントまではとりたてて必要のないものであるようにも思えるから、これはたぶんいけない考え方なのだろう(p.95) -
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村上春樹と安西水丸による、工場見学記。見学は1986年に行われている。見学先の工場は7つ。
①人体標本工場②結婚式場③消しゴム工場④小岩井農場⑤洋服(コム・デ・ギャルソン)工場⑥CD工場⑦アデランス
残念ながら、工場見学をして、それを村上春樹が文章を書き、安西水丸がイラストを書くという企画は、成功していない。この本を読んで、「面白いな」と感じるには、訪問した工場自体が興味深いものであることが必須だと思うが、7つの工場の選択が、あまり良い選択だったとは思えないのだ。
私個人の感想で言えば、「人体標本工場」「アデランス」は興味深かった。「へぇ~っ」と思うこともたくさんあった。「小岩井農場」は、農場・農園に興味のない人には退屈な話だし、「コム・デ・ギャルソン」も、洋服に興味のない人には退屈であり、私は両方に興味がない。「消しゴム工場」は普通の化学工場であり、何が面白いのか?「CD」は、当時は物珍しかったものだろうが、今となっては、若い人は「それ何?」という人も多いのではないか。工場自体も、普通の工場であり、興味をひくものは何もなかった。「結婚式場」は、結婚式を挙げたり、あるいは、友人・知人の結婚式・披露宴に参加したことのある人にとっては、別に珍しくも何ともない話だった。
というわけで、工場見学記を読んで面白く感じるかどうかは、その工場自体が面白いか、興味深いか次第であろうと思うが、そういう意味で、工場の選択に失敗し、企画としても成立しなかったという感じ。 -
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2部構成のエッセイ。パートⅠは、J・プレスの、パートⅡはパーカー万年筆の雑誌広告のために書かれたもの、ということだ。本書の「あとがき」の日付は、1995年の4月のこととなっているので、今から30年前に最初に発行された本であることが分かる。
J・プレスは、アイビースタイルの洋服屋さん。ブルックス・ブラザーズとともに、アイビーを代表するブランドだった(私はファッションに知見があるわけではないので、私のファッションに関する乏しい知識によれば、という前提)。ファッションにさほど興味のなかった私ですら、J・プレスとブルックス・ブラザーズのスーツやブレザーを(数は少ないけれども)持っていた。
というようなことを書いていると、時代は変ったな、と思う。
まず、世の中全体で見ると、スーツを着る人が少なくなったような気がする。ホワイトカラーのサラリーマンの数は減った訳でもないだろうけれども、もう少しカジュアルなブレザー・ジャケットを着ている人が多い気がする。また、スーツの安いお店が沢山できているし、ユニクロやGU等でも、ビジネスカジュアルというか、それでも、通勤・勤務に使えるビジネス服が求めやすい価格で求められるようになっている。ということは、J・プレスやブルックス・ブラザーズでビジネス服を求める人は相当に減っているのではないかと思う。実際、ブルックス・ブラザーズの本家のアメリカでは経営破綻をしているし、日本でも、青山のお店は閉じてしまっている(だよね)。
万年筆についても時代の波を受けているはずだ。私が子供の頃は、高校に入学する時に、お祝いに親戚から万年筆をもらったり、あるいは、雑誌(高1時代とか)の付録に万年筆がついていたような記憶がある(付録の方の記憶は曖昧だけれども)。私が会社に入った40年以上前だと、管理職の人たちは、まだ万年筆を持っていたし、時に使っていたような記憶もある。ところが今では、万年筆というよりも、PCの普及のおかげで、万年筆ばかりではなく、筆記用具を使うこと自体が少なくなってしまっている。
だからどうした、と言われると困るし、当たり前の話なのだけれども、30年間で物事は変り得るということ。 -
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安西水丸のイラストは好きだけれども、本書の中で好きな村上春樹の文章は少なかった。好きだったのは、「ジョン・アプダイクを読むための最良の場所」「マイ・ネーム・イズ・アーチャー」の2つくらい。
前者は、村上春樹が(とは限らないけれども)郷里から大学入学のために東京に出て来た際、郷里から東京のアパート宛に送った荷物がまだ届いておらず、何もない部屋で、煙草を吸いながらジョン・アプダイクを読み、それは悪い経験ではなかった、と回想する話。悪い経験ではなかったと感じた理由を説明することは難しいだろうけれども、確かにそれは悪くないよね、と思わせるのは作家としての力量なのかな。
後者は、ミステリー作家のロス・マクドナルドが亡くなった時の、村上春樹の私的な追悼文。リュウ・アーチャーというのが、ロス・マクドナルドのシリーズの主人公の探偵の名前で、代表作の一つに「わが名はアーチャー」という作品があるのだ。本書の初版は1986年。私は、1980年代後半から1990年代にかけて、多くのミステリー・探偵小説(あるいは、その中でも、ハード・ボイルドもの)を読み、ロス・マクドナルドのアーチャーシリーズも懐かしいシリーズの1つだ。最近では、自分自身もミステリー、ハード・ボイルド小説を読まなくなったし、書店に行っても、あまりこの手の本は置いていなくなったな、とふと思った。おそらく、今読んでも面白い本が多いと思うのだが、何故だろう? -
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34才、まだ熟してゐないエッセー
ビーフ・カツレツの話を読む。
すると、丸谷才一の『食通知つたかぶり』を思ひだしたりする。実際、「旅行先で映画を見ることについて」も、多分に丸谷才一っぽい。
ただ、私は食通ではないので、関心がない。(大江や司馬もさうだったらしい。)
エッセーの文体も、『いかにして鍛えられたか』『村上T』ほど、洗練されてゐない。《である》《である》《である》がつづいて単調だ。
このとき、34才である。いまでは考へられない村上の様子もみえる。
椎名誠の名前も飛びだすし、豆腐(4)でカストリ雑誌的な未亡人とふける妄想もおこなふのである。女性にたいする時代劇拷問でいいねとか。いまなら、え? って感覚。戸塚ヨットスクールに入れておくとか。そんなランボーな。
いまでは考へられない。
あとからかういった自分すらも隠蔽しだすことを考へると、その意味ではたいへん貴重なエッセー集である。
きらりと光るエッセーももちろんある。ギリシャのはなしなんかがさうだ。 -
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ネタバレ日刊アルバイトニュースに連載されたコラム集。
三十代の若き春樹さんのエッセイ。相変わらず自由でのびのび。安西水丸さんのイラストでさらに脱力感。
お気に入りは、
タクシードライバーがわけわからない民族音楽をかけて、「どこのくにの音楽かわかる?」と質問されるエピソード。スーダンの○○地方の音楽を当てるお客がいたなんて本当かな?
早稲田の映画演劇科卒業だったのか。映画を年間200本以上観ていたことにビックリ!お金がない時は、演劇博物館でシナリオをかたはしから読んだという。自分の頭の中だけの映画を作り出せるから。
知らない土地に行くと映画が観たくなるというのも面白い。
パートナーとの馴れ初めまで書いてあって若き日の素顔が垣間見えた。