呉勝浩のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
四月は残酷な季節だと、イギリスの詩人はうたった。わかるけれど不満もある。べつに残酷なのは、四月だけじゃない。
「そうだな。少しだけ理由はあるな。そう。いずみたちが、幸せそうにしているからさ。笑ったり喧嘩したり愛嬌をふりまいたり、手をつないだり。うっとうしかった。だから教えてやろうと思った。四月は残酷な季節だって」
呼吸を整える。目もとをぬぐう。洗面台で、ちゃんと湿らせてきたハンカチで。
「 ー わかりました」
そして、ゆっくり、顔を上げる。
「わたしは、あの日、十時過ぎに、湖名川駅に着いて ー 」
嘘がばれ、自分の物語を語りだす。
大丈夫。ここまでは、だいたい予定どおりだ。
「おれはこう思う。おれたちに必要なのは、秩序の回復なんだって。法律や治安のことじゃない。この世界は信頼できるという実感を、それを取り戻せないのなら、たとえ身体が健康に戻っても、あり余る金銭が支払われても、加害者が死刑になったって、それは悲劇の勝ちなんだ」
「それをたくさん集めて、読んで聞いて、知って考えて、ふり返ってみたりしてたら、あのときなかった選択肢が、まるであったかのように思えてくるんです。どうしてその選択肢を、正解を、わたしは選べなかったんだろうって。ちゃんと理由はあったはずなのに。どうしようもなかったり、気づくひまがなかったり、勘ちがいとか思い込みとか、いろんな原因があって、だから正解を選ぶことができなくて。でもそれは、あのときのわたしだけにわかることだから、いまのわたしにさえ、ちゃんと説明なんてできなくて。だから、それを誰かに伝えることが、むずかしすぎて、もどかしい」
わかってる。通じない。こちら側の言い分は通じない。彼らにとって事件は客席から眺める「物語」で、山路は「登場人物」で、記者会見は「場面」だった。表情やしゃべり方は「お芝居」とみなされ、カメラのフラッシュは「演出」だった。そしてこの「物語」は、観客が望むとおりに「改変」される。
「その場その場でさ、正しくてもまちがってても、決断をくだしていく以外、どうしようもないじゃない」
そのとおりだった。いずみも浜屋も、あの日あの場であの瞬間、自分が最善と感じた道を選んだのだ。熟考とはほど遠い、反射のような決断ではあったけど、でも少なくとも、誰かを犠牲にしようという悪意は、なかった。スカイラウンジでの処刑も、いずみは望んで見過ごしたわけじゃない。ただ無力だっただけだ。死にたくなかっただけなのだ。
できたかもしれないという可能性。やりようがあったんじゃないかという自分自身への疑い。
わたしたちが抱える割り切れない気持ち。ワイドショウや週刊誌では伝わらない、ぐるぐるした想い。いや、どんな方法を使っても、ほんとうを正しく伝えるなんて不可能で、だからわたしたちはこの先、とてもわかりやすく黒と白に塗られた世界で生きていくほかないのだ。
「わかってる。おまえに責任はない。どうしようもなかったんだろう。恨まれるのはいい迷惑だよな。だが、丹羽は死んじまった。大竹も。それじゃあ駄目なんだよ。誰かが、罪を背負ってくれなくちゃ駄目なんだ。じゃないと永遠に、片がつかないじゃないか」
だから羽を、まるごと白に塗り替えよう。しょせん真実なんてものが誰かを楽しませる物語でしかないのなら、せめてわたしたちはわたしたち自身のために演じることが許される。この世界への言頼を、つなぎとめておくために。 -
Posted by ブクログ
たくさんの悪意と恐怖がぐるぐるぐるぐるとひとつの鍋で醸成されている感じ
恐怖が人の本心を顕にして生々しい
事件に巻き込まれた人たちがそれぞれの目線で経験する恐怖、逃げ惑う様、加害者側の心理も妙にもリアル
恐怖から逃げ遂せても、生き延びたことから始まる心の浸食もなおリアル
さらに、当事者の恐怖とは裏腹に第三者の世間も、悪意に溢れている
事件は客席から見る物語、当事者たちは登場人物、物語は改変される。と主人公が表現しているけど、
自分の生きている現実世界はまさにそういう一面があり、これは事実だなと痛感させられた
とダーク、リアルに包まれていますが、純粋に謎解きも楽しいですし、読後のスッキリ感はないわけじゃない。バランスがいいです!!
どっちかと言うとうえのほうに書いたようなことを考えさせられてしまう作品!!
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Posted by ブクログ
「誰か、先生にとって邪魔な人間はいませんか?」
「え?」
「ぼくに、その人を殺させてくれませんか?」
「答えは出た?」
「はい。『美しい』は、自分より上位のものに向けられる気持ちなんだと気づきました」
「上位?」
「そうです。芸術作品も、大自然も、動物も、ぼくたちより強いものだと思うんです。自分では届かないもの、かなわないもの。ひれ伏す感じ、というか」
「たしかに、神様に向かって『かわいい』とは言わないかもね」
「神は『美しい」ですよね。だって、ぼくらの生殺与奪を握っているから。だったら『かわいい』は、自分より下位なんじゃないかって思うんです。自分の支配下にあって、自分には害がなくて、その気になれば、自分の思い通りにできる。 ー 奥貫先生」
ふいに、秋成がまっすぐ、千早を見つめてくる。
「先生は、かわいいですね」
「専門家だってそれを見抜くのは簡単じゃない。学校もそう。建物はバリアフリーでも、心は違う。わからないのよ。特異な個性をもった生徒に、どう対応すればいいのか。正解はないのに責任はある。無難な道を選んでしまうのは、当然なの」
「けど、それを少しでも正解に近づけるために、わたしたちがいるのではないですか」
登美子が笑う。きっと本心から。
「あなたはまっすぐね。うらやましい」
「青臭いと思われるでしょうけど…」
「いえいえ、いいの。初めはそれくらいで。ううん。初めというか、ずつとそう思えるなら、世の中がよくなっている証拠かもしれない。わたしは古い人間だから、信じられなくなっちゃってる」
「特異な個性の持ち主をですか」
「そしてその彼を、受け入れる側もね」
〈もう少し柔らかく言えば、契約ということになるでしょうか。相互契約です。あなたの人権を守るから、わたしの人権も守ってくれ。違いますか?〉
紀文は明言を避け、ううん、と唸り声で応じている。
〈犯罪者は、いわば契約不履行者なわけです。特に殺人や重度の傷害罪というのは、相手の人権を完全に奪う行為ですから、当然、奪った側の人権もいったんキャンセルされる。逮捕や収監がこれにあたりますが、この「いったん」というのがポイントで十年なのか。十五年ではどうか。もう時間がないですか?では一つだけ。わたしたちには、彼と再契約を結ばないという権利はないのか。再契約は、いったい何によって強制されるのか〉
「勝手に入ってもいいんですか?」
「怒られる?」
「はい」
「平気よ。怒られたら、謝ればいい」
そんなものなのか、という顔をしている。そうだ。そんなものなんだ。世の中のいい加減さを、あなたはもっと知るべきだ。
「入壱が、過ちを迎した人間であるのと、紛うことなき悪魔であるのと、人々はどちらを望むのだろうな」
「悪魔の定義がわかりません」
「定義のない言葉こそ力をもつ。変幻自在に、希望通りの形をなすのだからな」
皮肉だった。もしも紀文が精神疾患者であったなら、こうは思わないだろう。考えの違いは当たり前で、わずかでもわかり合える瞬間を見つけては喜びを感じるはずだ。
自分は紀文に対して、わたしと同様であれ、と求めてしまっている。
紀文を「特別な他人」と認めるゆえの傲慢だ。違うのが当たり前。互いに歩み寄るしかない。理性ではわかっているのに、心の反発が抑えられない。不寛容な自分を、千早は虚しく思った。包摂の限界。異常心理や殺人術動を持ち出さずとも、そんなものは道端にだって転がっている。
「君に何ができる? 覚悟もなく他人を救いたいと口にする傲慢さを知りなさい。誰かを救うなどと語って許されるのは宗教だけだ」
「わたしは受け入れたいだけです。社会が包摂できないのなら、せめてわたしが」
「受け入れる ー か。いったいそれは、何を指しているのか」
「何…?」
「まさか性的充足を与えてやろうというのではあるまいな」
かっと頭に血が上った。「ふざけないでくださいっ」
「ならば金を与えることか?仕事を世話することか?飯を食わせてやることか?
当たり障りのない優しさを演じることが、君の目指す『受け入れる』なのか?」
「それは決して、彼の安全性を保証するものではない。犯した罪が赦されるわけでもない。わたしだって、彼が怖い。だけど ー 無理じゃない」
この世の中で、生きていくこと。
「だから、許してあげましょう。被害者は彼を憎み続けるかもしれない。わたしたちは彼を恐れ続けるかもしれない。けれどあなたが、いてもいいよ、ってそう思えるなら、あなたはそう思ってもいいんだから。みんながそうするのは無理でも、あなたから始めることはできるから」
「かもね。でも、あなたもそうでしょ? 殺したいのに、殺したくなくて悩んでいた」
「それは違います。殺したいのは衝動で、殺したくないのは損得です」
「本当に、殺したくないという気持ちが損得なのだと言いきれる?」
「生きたいという衝動、死にたいという衝動、殺したいという衝動。たくさんの矛盾し合った衝動があって、わたしたちは、その全部を持っている」
殺したくないという衝動も。
生きてほしいと願う、衝動も。
「持っているはずなのよ」
世界を閉じることが不幸せだと決めつけるのは、広い世界に住める人間の微慢だ。
無理だと認め、諦めることが悪いのじゃない。その中にだって、幸せはあるに違いない。
けれど、さみしい。
あなたのいない、その場所は。
相容れない他人同士が、この街で暮らしている。たった数メートル先で寝起きをしている。喧嘩もすれば、愛し合いもする。その全員を「特別な他人」とは思えなくとも、そうやって生きていくしかないのだから、疑うことをやめられないように、信じることだってやめられないのだ。 -
購入済み
おもしろい
少し前に好評なSF小説に挫折したばっかりですが
こちらは完読
とても愉快痛快おもしろかったです
超オススメ
格ゲーはよくわかりません -
Posted by ブクログ
ネタバレ・あらすじ
13年前に鳴川第二小学校でカリスマ教育者刺殺事件が起こる。
犯人である向晴人は「これは道徳の問題なのです」という一言以外の黙秘を貫き、懲役15年の判決が下る。
伏見は世界中を飛び回るフリーカメラマンだったがある不祥事を起こし鳴川市で妻子と共に暮らしていた。
山奥で世捨て人同然に暮らしていた陶芸家青柳南房の自殺と市内で立て続けに起こる悪質な傷害事件。
それぞれの現場には13年前の事件を彷彿とさせるメッセージが残されていた。
ディレクター越智冬菜から13年前の鳴川事件のドキュメンタリー映画のカメラマンをしないかという打診を受けた伏見。
撮影を続ける中で彼女の映画にかける執念や自分の望む方向へ誘導しているように感じられる手法に疑問を抱き始める。
越智の真の目的、息子が関係しているかもしれない陶芸家の自殺、市内で起こる傷害事件のそれぞれの関係性とは?
・感想
やっぱり私は呉勝浩先生の作品が好きだ。
2/3辺りまでは作品の主題がいまいち分からなくて「先生…これ大丈夫ですか?ここからちゃんと着地しますか…?」と不安になったものだけども私好みの落着の仕方だった!
「俺は正義の面して、勝手に悪を作り上げてたんだ」というセリフからの流れから、呉先生の書きたいテーマというのはブレてないんだな、と感じた。
そして私はこの呉作品のブレないテーマ性が大好きなんだ。
「線の上」で行ったり来たりする人間、完全にはみ出た人間、絶対に踏み越えない人間を書くことを続けてる作家だと思う。
勝手にレッテル貼りして、決めつける人間。
独りよがりの正しさを信じこみ、自身の暴力性や加害性を認識できない人間。
相手を糾弾する権利は自分にだけあると酔ってる人間。
言ってることとやってることが違う人間。
みんなそんなもの、所詮愚民。
くさくさした気持ちになりつつ、呉先生は「それでも人間ってそんな捨てたもんじゃないよね。善くあろうとする人間の善性を信じたい」という終わりで締めるから好きだ。
作品発表当時(10年前)にはこの動機は理解されにくかったかもしれないけど、今ならこの炎上商法目当ての動機も納得されるのでは?
失うものなんてないんだし、モラルも道徳も倫理も捨て去って利用できるものは全部利用してやるよという人間に群がる興味本位の愚民たち…すごくイメージできる。
池井戸潤はこの動機が理解できなかったみたいだけどそこにアンテナの違いと世代間格差を感じた。
かなり改稿されたらしいし昨今のポリコレ()に配慮されてない剥き出しの「道徳の時間」を読んでみたいなー。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ第三部以降、かなりのスピード感。終盤にかけてのたたみかけがうまく、映画や漫画でもそうだが様々な伏線を飲み込んでいくうねりがある作品だった。
一部、細かい部分で言えば気になることもあるが、小さい事が全く気にならないほどストーリーに飲み込まれる。この作品は結局、ハチの物語なのか、キュウの物語なのか、それともロクの人生か、はたまたタテキが主人公なのかとそれぞれがそれぞれの役割をきちんと演じ切っている。
一方で問題が何も解決していないモヤモヤが残る。なんでも結論づける事が正しいとは思わないし、一定の不確定要素がある方が物語が深く、濃くなる事がある。今作は一瞬の熱量に充てられて誤魔化されているが、通り過ぎると正しく何も解決していない虚無感に襲われる(百鬼夜行にかかっているのなら衝撃だが)。侑九に魅せられた人々の百鬼夜行は見事だが、ハチ、ロクの物語に、キュウの真相に、登場人物達の生き様に一定の結末があっても良かったと思う。
キュウという人を惑わせるカリスマ性、才能を持った人間。エピローグこそ印象的だが、「彼」ももう少し掘り下げ、人間性がわかる部分が有ればさらに今作は面白くなった様に思う。本当の才能に出会って理性が崩れていく狂気は、今作内で表現されたらもっと衝撃があったと思う。
最後、少しネタバレになるが、ロクには圧倒的に魅力的な悪になって欲しかった。今作に出てくる「悪、欲」は物凄く印象的で、最後、ロクこそが全てを計算していた最大悪くらいのインパクトがあったら魅力的だった。結局、ロクの人間らしい部分が描写され、全ての登場人物達の結末は物足りない。
いずれにせよ不満点を書いているがラストに迫るまでの熱量、スピード感はずば抜けて面白い。 -
購入済み
爆弾シリーズから。
呉さんの作品は総じて群像劇だなと。
入れ替わり立ち替わりで視点が変わるので、より情報が煩雑になって面白い反面、おっちゃんが多いので何が何やらというところではあります(笑)あと本筋から外れますが大阪が舞台の作品なのに関西弁が少なくてちょっと物足りなさ感じたところもあります。
他作を引き合いに出して恐縮ですが、犯人の動機だったり事件にまつわる人々の心情など、他人や万人には理解し得ない感情とそれに対する葛藤が爆弾とも共通してるところであり、これこそ呉作品の真髄なのかなと思いました。
人間は多面的なものである、という。
他のコメントでもありましたが、三溝さんの「これからも事件は続いていく」というセリフがとても良かったです。 -
購入済み
ドリトス食べたくなりました
導入から占拠中の描写は緊張感があってめちゃくちゃ面白かったです。
徐々にあの人もこの人も登場してきて、今度は誰が出る?あの人は出るのか?と緊張でヒリヒリしながらもワクワクしながら読みました。
1番沸いたのはSSBCの彼が類家に電話をかけてきたとこですかね。
最後の爆破以降の流れはあっけない印象でちょっと拍子抜けだったのですが、次作への布石だと前向きに受け取りました。
前作の影の主人公は等々力だと思って読んでたんですが、今回は柴咲かなー。
ほんと「心の形」は人それぞれなんだなぁとしみじみしながら読了。次巻(あると確信してます)
が楽しみです。 -
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スズキタゴサクを憎めない悔しさ
映画からの原作です。
映画を見た際に、サスペンスというより群像劇だなと感じましたが、小説を読んでその印象はさらに強くなりました。
類家だけじゃなく、等々力、倖田、清宮、鶴久、それぞれエピソードを見せられて、誰しもがそれぞれの人生の主人公であり空っぽな人間なんていないのだと強く感じました。伊勢のエピソードもうちょっと深掘りしてほしかったー
そして誰しも主人公というのはスズキタゴサクにも当てはまることで、倫理観がぶっ壊れてること(それすら本当かわからないですが)をのぞけばとても人間味があり、ある意味魅力的な人物でした。
巻末の爆弾2の導入が良すぎてすでにキャスティングが気になっています(気が早い笑)
小説は購入済みなのでこのまま読みに行ってきます。