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小中高一貫校でスクールカウンセラーとして働く奥貫千早のもとに現れた高校1年の生徒・野津秋成は、ごく普通の悩みを打ち明けるように、こう語りだす。「ぼくは人を殺してみたい。できるなら、殺すべき人間を殺したい」千早の住む町に、連続一家監禁事件を起こした入壱要が暮らしていることがわかる。入壱は、複数の女子高生を強姦のうえ執拗に暴行。それでも死に至らなかったことで、懲役15年の刑となり刑期を終えていた。「悪はある。悪としか呼びようのないものが」殺人衝動を抱える少年、犯罪加害者、職場の仲間、地域住民、家族……そして、夫婦。はたして人間は、どこまで「他人」を受け入れられるのか。社会が抱える悪を問う、祈りに溢れた渾身の書き下ろし長編。
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Posted by ブクログ
「誰か、先生にとって邪魔な人間はいませんか?」
「え?」
「ぼくに、その人を殺させてくれませんか?」
「答えは出た?」
「はい。『美しい』は、自分より上位のものに向けられる気持ちなんだと気づきました」
「上位?」
「そうです。芸術作品も、大自然も、動物も、ぼくたちより強いものだと思うんです。自分では届かないもの、かなわないもの。ひれ伏す感じ、というか」
「たしかに、神様に向かって『かわいい』とは言わないかもね」
「神は『美しい」ですよね。だって、ぼくらの生殺与奪を握っているから。だったら『かわいい』は、自分より下位なんじゃないかって思うんです。自分の支配下にあって、自分には害がなくて、その気になれば、自分の思い通りにできる。 ー 奥貫先生」
ふいに、秋成がまっすぐ、千早を見つめてくる。
「先生は、かわいいですね」
「専門家だってそれを見抜くのは簡単じゃない。学校もそう。建物はバリアフリーでも、心は違う。わからないのよ。特異な個性をもった生徒に、どう対応すればいいのか。正解はないのに責任はある。無難な道を選んでしまうのは、当然なの」
「けど、それを少しでも正解に近づけるために、わたしたちがいるのではないですか」
登美子が笑う。きっと本心から。
「あなたはまっすぐね。うらやましい」
「青臭いと思われるでしょうけど…」
「いえいえ、いいの。初めはそれくらいで。ううん。初めというか、ずつとそう思えるなら、世の中がよくなっている証拠かもしれない。わたしは古い人間だから、信じられなくなっちゃってる」
「特異な個性の持ち主をですか」
「そしてその彼を、受け入れる側もね」
〈もう少し柔らかく言えば、契約ということになるでしょうか。相互契約です。あなたの人権を守るから、わたしの人権も守ってくれ。違いますか?〉
紀文は明言を避け、ううん、と唸り声で応じている。
〈犯罪者は、いわば契約不履行者なわけです。特に殺人や重度の傷害罪というのは、相手の人権を完全に奪う行為ですから、当然、奪った側の人権もいったんキャンセルされる。逮捕や収監がこれにあたりますが、この「いったん」というのがポイントで十年なのか。十五年ではどうか。もう時間がないですか?では一つだけ。わたしたちには、彼と再契約を結ばないという権利はないのか。再契約は、いったい何によって強制されるのか〉
「勝手に入ってもいいんですか?」
「怒られる?」
「はい」
「平気よ。怒られたら、謝ればいい」
そんなものなのか、という顔をしている。そうだ。そんなものなんだ。世の中のいい加減さを、あなたはもっと知るべきだ。
「入壱が、過ちを迎した人間であるのと、紛うことなき悪魔であるのと、人々はどちらを望むのだろうな」
「悪魔の定義がわかりません」
「定義のない言葉こそ力をもつ。変幻自在に、希望通りの形をなすのだからな」
皮肉だった。もしも紀文が精神疾患者であったなら、こうは思わないだろう。考えの違いは当たり前で、わずかでもわかり合える瞬間を見つけては喜びを感じるはずだ。
自分は紀文に対して、わたしと同様であれ、と求めてしまっている。
紀文を「特別な他人」と認めるゆえの傲慢だ。違うのが当たり前。互いに歩み寄るしかない。理性ではわかっているのに、心の反発が抑えられない。不寛容な自分を、千早は虚しく思った。包摂の限界。異常心理や殺人術動を持ち出さずとも、そんなものは道端にだって転がっている。
「君に何ができる? 覚悟もなく他人を救いたいと口にする傲慢さを知りなさい。誰かを救うなどと語って許されるのは宗教だけだ」
「わたしは受け入れたいだけです。社会が包摂できないのなら、せめてわたしが」
「受け入れる ー か。いったいそれは、何を指しているのか」
「何…?」
「まさか性的充足を与えてやろうというのではあるまいな」
かっと頭に血が上った。「ふざけないでくださいっ」
「ならば金を与えることか?仕事を世話することか?飯を食わせてやることか?
当たり障りのない優しさを演じることが、君の目指す『受け入れる』なのか?」
「それは決して、彼の安全性を保証するものではない。犯した罪が赦されるわけでもない。わたしだって、彼が怖い。だけど ー 無理じゃない」
この世の中で、生きていくこと。
「だから、許してあげましょう。被害者は彼を憎み続けるかもしれない。わたしたちは彼を恐れ続けるかもしれない。けれどあなたが、いてもいいよ、ってそう思えるなら、あなたはそう思ってもいいんだから。みんながそうするのは無理でも、あなたから始めることはできるから」
「かもね。でも、あなたもそうでしょ? 殺したいのに、殺したくなくて悩んでいた」
「それは違います。殺したいのは衝動で、殺したくないのは損得です」
「本当に、殺したくないという気持ちが損得なのだと言いきれる?」
「生きたいという衝動、死にたいという衝動、殺したいという衝動。たくさんの矛盾し合った衝動があって、わたしたちは、その全部を持っている」
殺したくないという衝動も。
生きてほしいと願う、衝動も。
「持っているはずなのよ」
世界を閉じることが不幸せだと決めつけるのは、広い世界に住める人間の微慢だ。
無理だと認め、諦めることが悪いのじゃない。その中にだって、幸せはあるに違いない。
けれど、さみしい。
あなたのいない、その場所は。
相容れない他人同士が、この街で暮らしている。たった数メートル先で寝起きをしている。喧嘩もすれば、愛し合いもする。その全員を「特別な他人」とは思えなくとも、そうやって生きていくしかないのだから、疑うことをやめられないように、信じることだってやめられないのだ。
Posted by ブクログ
心理学用語の独特な言い回しがあるので飲み込むまで時間のかかるページも多かった。
『人を殺したいもの』対『人を虐げたもの』だと思っていたら、そんな単純な話ではなかった。
誰の中にも存在する『悪』をどう扱い、向き合い、消化するか。
人は知らず知らずに行っているのにその衝動を止められないものがいるわけですね。
では、止められなくて犯罪をおかし、刑に服したものは『止められない』のだろうか。
そして加害者側の人権。
加害者自身ではないものが、加害者側というだけで『被害者』にはならない。
言われなくても分かっているが、それをまざまざと見せつけてくるようなストーリーでした。
少しずつ紐解かれ、繋がっていく飽きさせない作りは他の作品も期待させます
Posted by ブクログ
どう感想を書くか…とても悩む。
新人というか研究者ベースの追求心がある、初期のカウンセラーに近いカウンセラーにベテランカウンセラーの対比。それは理想と現実の対比だと思う。
『異端』を理解できないのは、人として当然だろう。なぜならみな『異端』を持っていて、飼い慣らそうと必死だからだ。『異端』が無ければ、虐待も虐めも起きないのではないか、と個人的に思う。『異端』というか自分の中の『悪』に気づき、対話し続けている人がその『悪』をコントロールできている。それには『愛情を受けれる存在である』という実感も必要だと思う。だからこそ包摂は必要でありしかし難しい。そして『悪』のコントロールに困っている人は『自分は理解されない』と殻に閉じこもり、余計に『悪』を助長させる。自分だけの哲学を追求する。
困っている人に手を差し伸べるのはカウンセラーだけの仕事ではない。そして簡単なことではないが、必要なことだ。
自分の考えを押し付けてはいけないのは当たり前だが、大人はやりがちだ。かといって全てを受け入れることは本人の成長には繋がらないし、無責任だ。大人だからといって完璧じゃない。親はスーパーマンじゃない。だから、大人も自分の哲学だけですべてを決めつけないよう、誰かを頼れるといい。
本書はカウンセラーとしての本質について考えさせてくれる話だと思うと同時に、『向き合うこととは何か』を考えさせるものと思った。
『悪』側にはおそらくもっと背景があると思うが、私がそう思いたいだけなのかもしれない。
個人的に、カウンセラーが報道関係者をパートナーに選ぶのはしんどいと思った。
Posted by ブクログ
理解できない、したくない、そんな他人をそれでも信じたいと思ってしまう。その純粋な衝動に立ち向かっていく話。
人は異物を排除する。何か揚げ足を取れるものがあれば躊躇なく実行する。それは自己を安全に保ちたいという当然の欲求ながらも少しでも客観視できればその醜さには気づける程度の衝動だ。
しかしながら、その衝動に突き動かされ続けるのもまた人間ということをじんわりと教えてくれる。正直まったく共感をできるような話の展開ではない。それでも没頭できたのはそこに不可解以外の真の人がいたのかもしれない。
熱中して読めた。人間の心理をえぐるだけではないミステリー要素もまた読み進める手が取らない理由の1つだったと思う
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