エマニュエル・トッドのレビュー一覧
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文春新書は本の題名と中身の落差が激しいと思うのは私だけでしょうか。この本は日本のメディアに載ったトッド氏のインタビューや対談などが集められており、老人支配国家や日本の危機というキーワードも外れてはいないものの、それだけではないという読後感です。時事ネタというか、その時々のトピックスが中心となりますが、トッド氏の発言は示唆に富んでおり、当代一級の知識人が見ている世界感をキャッチーに垣間見ることができます。文集的なものだけにちょっと重複感がありますけどね。あと、時系列が滅茶苦茶なのは不満でした。今後、文春新書のトッドシリーズは題名に惑わされずに買いたいと思いました。
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Posted by ブクログ
■読む目的
・ウクライナ侵攻関するエマニュエル・トッドの見方に、佐藤優が非常に評価していたためどのような主張なのかを確認する
・家族構造をメインの研究テーマとしている歴史人類学者がどのように地政学や国際情勢を見るのか気になる
■感想
世界の各国・各地域の家族構成という視点からここまで世界情勢を俯瞰できることにとても驚かされた。
日本もヨーロッパも、ロシアよりもアメリカとの繋がりの方が濃厚であり、NATOを通じて同サイドに居ることから、いかんせんNATO側の情報圏に包まれ、NATO側の視点が基本フィルターとなってしまう。
そんな中、著者のエマニュエル・トッド氏は、沸き立つ怒りや悲しみのような感情は一旦脇に置いておき、中立的・俯瞰的にロシアのウクライナ侵攻を分析する。
ロシアやロシア寄りの国々は「共同体家族」の構成を取り、ヨーロッパやアメリカ、そしてウクライナは「核家族」の構成をとる。
ロシアがこの度ウクライナに想定外に苦戦しているのは、ウクライナはロシアと同じ共同体家族的な考え方をするものだと誤算していたから、という見方、というかその発見、がまさにトッド氏ならではの研究、慧眼からくるものだろう。
翻って、日本はおそらくかつては共同体家族的なベースを持ち、近代以降は核家族化が進み、核家族、個人主義的な考え方が浸透してきていると僕は考えている。
日本人の根っこには、「天皇や政府といった「お上」には従う、だから下々は勝手にやってますね」、という風潮があるように感じるが、このバランスこそが日本人らしい思考法ではなかろうか。
そうであれば、共同体家族的国家と核家族的国家の間でバランスを取ってやっていくのがベストなのではと思う。
ただ、抽象度を上げると、日本国家という要素の外側に、もう一段階「お上」がいて、それに従う、という構造が、政府単位としては、居心地が良いのかもしれない。
しかし地政学的にも歴史的にも大国に挟まれた位置にいる以上、いずれかの軍門に下るという判断は常に敵を生む形となり、味方側のお上の情報に包まれるのは避けられない。
情報や思想の自由、主体性をより保持できるのはどの派閥か、ということを考えれば、結果的にはアメリカ側に着くという今の状況は落ち着くべきところに落ち着いていると言える。
フィンランドは「フィンランド化」という物言いを嬉しく思っていないとのことだが、僕はそのフィンランド化的な舵取りはとても合理的で良いものとポジティブに受け取っている。
その考え方の上で、日本は戦略的にフィンランド化を進めても良いと思う。
トッド氏にように「感情を脇に置いて、中立的に現況を見定める」というのはとても難しいものではあるが、そのスキルは常に持っておきたい。
ベースとなる価値観や譲れない主張は各国にあるが、その構成分子たる国民一人一人は多様で、かつ彼ら一人一人と自分は直接的なネガティブな因果はなく、情を育める隣人・友人となり得るのだから。
ウクライナ情勢が落ち着けば、今度は台湾有事や、イランや北朝鮮の情勢が表に浮上してくる。
日本が主体的に戦争に雪崩れ込まないようにするためにも、イデオロギーを理解した上で、感情に翻弄されないようになろう。
そう考えさせてくれる良書だった。 -
Posted by ブクログ
題名の「トッド」とは、フランスのエマニュエル・トッドのことである。独自な研究で世界を語るという感のエマニュエル・トッドである。近年『我々はどこから来て、今どこにいるのか?』という人類の歴史を鳥瞰しながら、幾分掘り下げて行くという、長きに亘る研究の集大成的な本を上梓している。日本語版も登場して然程の時日が経っていない。この本の内容を念頭に、片山杜秀、佐藤優の両氏が「トッドの論点」で最近の話題等も掘り下げて論じるという感の一冊である。
本書は、トッド自身のインタビュー、トッド、片山杜秀、佐藤優の3氏による鼎談、片山杜秀、佐藤優の両氏による対談というような体裁の各部、5つの纏まりから成っている。各々に興味深い。が、個人的には「ウクライナ戦争と西洋の没落」、「第三次世界大戦が始まった」という部分に殊に引き込まれた。
「ウクライナ戦争と西洋の没落」、「第三次世界大戦が始まった」という部分に在る論点は、これまでにエマニュエル・トッド関係の本で論じられているモノに触れている内容と被る。それに佐藤優関係の本で論じられているモノも加わり、鼎談として内容が交差しながら掘り下げられている。
色々な経過を辿った人類の経過の中、現在に至って「第三次世界大戦」とでも呼ばれるようになって行くかもしれない事態に「踏み込んでしまっている?」ということに「気付かなければならない?」ということが本書では示唆されていると思う。
ウクライナの戦争に関して、本書の中では「思いも掛けぬ長期化」という見立てが色濃いかもしれない。他方に、1年程度の期間で何らかの収束が図られるかもしれないという見立ても在るのかもしれない。「あんた個人が如何思おうと、何ら関係無い…」とでも言われてしまうかもしれないが、それでも個人的には「人々の生命が擦り減らされるようなことを少しでも早く停めて頂きたい…」というように思いながら、この事案に纏わる情報に触れている。
そしてトッドの研究の出発点でもあるような「家族」という問題を論じた部分も興味深い。表層的に然程の影響が無い様で在りながら、しぶとく影響力を行使し続けるような文化を「ゾンビ〇〇」と本書の中では呼んでいる。「ゾンビ儒教」とでも呼ぶべき、深く浸透した儒教の影響を免れ悪い地域の国々では、「子どもの面倒を」、「親の面倒を」と何でも背負い込むような感が在り、現に要る老いた親の面倒を見る関係で、未来を担う子どもに関する事柄を推し進め悪い側面が否定出来なくなるという論が展開されていた。日本もここで言う「ゾンビ儒教」という域内に入ってしまう。少し考えさせられた。
初出が雑誌という部分が殆どなのだが、本書は何か「読み応えが在る記事を集めて一気に通読」という感じでもあると思う。本書のような、大著の内容を念頭に、その「触りの議論」へ一般読者を誘うような本は、なかなかに好いと思う。 -
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第一次世界大戦の時のように起きてしまった事態に皆が驚いている
アメリカとイギリスはウクライナ人を人間の盾にしてロシアと戦っている
戦争がアメリカ文化の一部になっている
アメリカは他国を侵略することも普通のことだと考える基盤がある
ロシアにとっても予想外
共同体家族。結婚後も親と同居、親子関係は権威主義的兄弟関係は平等の社会
核家族。結婚後親から独立の社会
ヨーロッパとロシアの接近、日本とロシアの接近、ユーラシアの再統一はアメリカの戦略的利益に反するのです。そこで平和的関係が築かれてしまえばアメリカ自身が用済みになってしまうからです。
世界の不安定がアメリカには必要
NATO と日米安保の目的は日本とドイツの封じ込め。ドイツと日本をロシアから遠ざけるため。
ゼレンスキー大統領の演説はヨーロッパを戦争に引きずり込むこと
ポーランドの動きに注意せよ。ポーランドはロシアに対する攻撃的な態度に慣れすぎていてそこから脱することができない
本書では書かれていませんがポーランドは歴史的にロシアもドイツも恨んでいると聞いたことがあります。
西洋は世界の一部でしかない。世界の大半の国は西洋の傲慢さにうんざりしているのです。
感情的にならざるを得ない状況の中でも決して見失ってはならないのは、長期的に見て国益はどこにあるかです。
南欧の市民は人間以下の存在になり下がり。
ロシアは出生率死亡率平均寿命など人口動態から見て復活しつつある。
ウクライナのことは第二次世界大戦よりも第一次世界大戦と似ている
今起きてる戦争の原因はアメリカとNATOにある
アメリカはヨーロッパ経済、特にドイツ経済が疲弊していくことに満足感を味わっている
裁判が多いアメリカは法律系の人材が多い、しかし法律系はエンジニアとは違いある種虚業。
中国はさらにロシアを支援することになるでしょう。ロシアが倒れたら次は自らが単独でアメリカに対峙しなければならないことを承知しているからです。戦略上の選択肢は他にないわけです
もしロシアがこの戦争に耐えて生き延びるとすれば、それ自体が世界の経済的支配力をアメリカを失うことを意味するからです
西側諸国のロシアに関する言説は現実離れしたもので合理性を欠いています
ウクライナで起きていることをアメリカもイギリスも把握していて、ウクライナ軍をコントロールしていたが、ドイツとフランスは把握していなかった
軍事的な意味での真の NATO とは、アメリカイギリスポーランドウクライナそしておそらくスウェーデンそこにドイツとフランスは入っていないのです
アメリカイギリスオーストラリアはいずれもアングロサクソンなので同盟関係を築くのは自然な流れ
戦争が長引けば高度な軍事技術よりも兵器の生産力
マリウポリから脱出したフランス人の証言によれば、ウクライナ軍が民間人を人間の盾として利用している
「ウクライナに兵器を送るべきだ」の冷酷さ
「もうこの戦争は終えるべきだ」「交渉するべきだ」と誰も言わない
アメリカが参戦国として全面に
背後でこの戦争を主導しているのはアメリカとイギリス
アメリカはウクライナ人を人間の盾にしてロシアと戦争をしている
アメリカは支援することで実はウクライナを破壊している
戦争が終わった時、生き残ったウクライナ人たちはアメリカに対して激しい憎悪を抱くはずです。アメリカは血まみれの玩具のようにウクライナを利用したということが明らかな歴史的真実だからです
トッドさんが指摘しているウクライナのことは第一次世界大戦の時と似ている、という指摘はとても考えなくてはいけないことだと思います。
日本はその後第二次世界大戦まで多大な被害損失を出していき、現在まで続いているわけなのですから。 -
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こういう見方もあるのかと感心しました。
ドイツについて、EU内の位置、ロシア、そして、アメリカや、日本との対比を語っています。
ドイツは、すでに二度にわたってヨーロッパ大陸を決定的な危機に晒した国であり、人間の非合理性の集積地の一つだ。
ドイツというのは、計り知れないほどに巨大な文化だが、人間存在の複雑さを視野から失いがちで、アンバランスであるがゆえに、恐ろしい文化である。
ヨーロッパは、20世紀の初め以来、ドイツのリーダシップの下で定期的に自殺する大陸なのではないか。
ドイツはグローバリゼーションに対して、特殊なやり方で適応しました。部品製造を部分的にユーロ圏の外の東ヨーロッパへ移転して、非常に安い労働力を利用したのです。
ユーロのせいで、スペイン、フランス、イタリア、その他のEU諸国は、平価切下げを構造的に妨げられ、ユーロ圏はどいつからの輸出だけが一方的に伸びる空間となりました。
ヨーロッパのリアルな問題は、ユーロ圏の内部の貿易赤字です。
エマニュアル・ドット氏は、ドイツが再びヨーロッパを自殺に追い込むのではないかと危惧をしているのです。
気になったことは、以下です。
・EUはもともと、ソ連に対抗して生まれた。ロシアというライバルなしでは済まないのだ。
・ごく単純に、紛争が起こっているのは昔からドイツとロシアが衝突してきたゾーンだということに気付く。
・ドイツが台頭してきたプロセスは驚異的だ。東西再統一の頃の経済的困難を克服し、そして、ここ五年間でヨーロッパ大陸のコントロール権を握った。
・ドイツが持つ組織力と経済的規律の途轍もない質の高さを、そしてそれにも劣らないくらいに、途轍もない政治的非合理のポテンシアルがドイツにはひそんでいることをわれわれは認めなければならない。
・もし、ロシアが崩れたら、あるいは譲歩しただけでも、ウクライナまで広がるドイツシステムとアメリカとの間の人口と産業の上での力の不均衡が拡大して、おそらく西洋世界の重心の大きな変更に、そしてアメリカシステムの崩壊に行き着くだろう。アメリカが最も恐れなければいけないのは、今日ロシアの崩壊なのである。
・果たして、ワシントンの連中は覚えているだろうか。1930年代のドイツが長い間、中国との同盟か、日本との同盟かで迷い、ヒットラーは蒋介石に軍備を与えて彼の軍隊を育成し始めた事があったということを。
・イギリス人は、ある種のフランス人とは違い、ドイツ人に従う習慣を持っていないのだ。「英語圏」つまり、アメリカや、カナダや旧イギリス植民地に属している。
・エネルギー的、軍事的観点から見て、日本にとって、ロシアとの接近はまったく論理的なのであって、安倍首相が選択した政治方針の重要な要素でもある。
・乳児死亡率の再上昇は、社会システムの一般的劣化の証拠なのです。ソビエト体制の崩壊が間近だという結論をひきだしたのです。人口学的データはきわめて捏造しにくいのです。
・ロシアでは、ソ連時代から、継承された高い教育水準が保たれていて、男子よりも女子のほうが多く大学に進学しています。また、人口流出よりも、流入のほうが多いことからも、ロシア社会とその文化が、周辺の国にとって魅力的なのだということが分かります。
・KGBとその現代版である、FSBはロシアのエリート育成機関なのです。
・日本社会とドイツ社会は元来の家族構造も似ており、経済面でも非常に類似しています。産業力が逞しく、貿易収支が黒字だということですね、差異もあります。この二国は、世界でも最も高齢化した人口の国です。人口構成の中央値が44歳なのです。
・ビスマルクに関して言えば、私はここで告白しておかなくちゃなりません。あれは実に見上げた人物だと思っているのです。いったんドイツ統一を成し遂げたとき彼はそこで止まりましたね。限定的な目標を達成して、そこで止まる器量のあった稀有の征服者です。
・EUの喫緊の問題は、ユーロではなく、債務危機です。明晰になろうではありませんか。主権国家の政府債務が返済されることは絶対にないのです。
・今日大陸全体にひろがる怒りのタネである単一通貨は、初めからヨーロッパなるものの否定だったのです。だから私は、はじめから単一通貨に反対でした。ユーロを救う必要が欧州レベルの保護主義を促すだろうと考えたのです。ですから、現段階で、私の選択は、ヨーロッパ保護主義によるユーロの救出ということになります。
・社会構造がすでに個人単位となり、いわば原子化sれているため、集団行動にブレーキがかかるのです。集団的な異議申し立ての持つパワーを私は信じません。
目次は次の通りです。
1.ドイツがヨーロッパ大陸を牛耳る
自ら進んでドイツに隷属するようになったフランス
ウクライナ問題の原因はロシアでなくドイツ
ドイツがヨーロッパ大陸を牛耳る
アメリカとEUの産業上の不均衡
アメリカと「ドイツ帝国」の衝突
2 ロシアを見くびってはいけない
3 ウクライナと戦争の誘惑
4 ユーロを打ち砕くことができる唯一の国、フランス
5 オランドよ、さらば! 銀行に支配されるフランス国家
6 ドイツとは何か
7 富裕層に仕える国家
8 ユーロが陥落する日
編集後記 -
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タイトルからは「シルバー民主主義」とも揶揄されるようになってしまった日本の政治体制への批判やらが散りばめられた本かと思っていたがさにあらず。
人口学者である筆者が、家族と相続という観点から、なぜここに至ったか、これからなにを重要視して軌道修正を図るべきか、を「愛する国、日本」にたいして示唆するような内容。なぜ日本は欧米と異なるのかをアカデミックに分析されており、初めて地政学というものに触れた時並みに「目から鱗」というか、非常にタメになった。
内容が、過去の文藝春秋などへの寄稿の再録が殆どで、最新の情勢によるものではないところがやや残念ではあるが、これからも氏の研究等は気にしていきたい。 -
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教育は社会的階級を再生産し格差を拡大させるものになっている が論旨です。
高度教育が分断の根本であり民主主義を崩壊させているという驚くべき内容になっております。
気になった点は以下の通りです。
・高度教育を受けたかといって、能力主義、優秀であるとはかぎらない
・高等教育の発展や不平等の拡大によって集団の道徳的な枠組みが崩壊している
・識字率が向上しているにもかからわず、教育レベルが低下している
・女性が自分より社会的地位が高い男性と結婚する、従来モデルが崩壊している
・民主主義は3種
①アメリカ・イギリス型 核家族・個人主義
②ドイツ・日本型 直径家族・長男継承型
③ロシア型 権威主義・平等主義
・日本型民主主義は、自民族中心主義、能力主義なので、教育格差を広げない
・グローバリゼーションと、世界化は違う
・ドイツは移民を増やしていて、ドイツ帝国をめざしている
・EU諸国は、通貨の発行権限を失い、財政の自立化を失って弱体化している。
・弱体化しつつあるアメリカは、いまほど、日本を必要にしているときはない
・最後に、「新しい事象はよく真実とは反対の見かけで立ち現れる」と述べています。
構成は以下です。
はじめに
第1章 教育が格差をもたらした
第2章 「能力主義」という矛盾
第3章 教育の階層化と民主主義の崩壊
第4章 日本の課題と教育格差
第5章 グローバリゼーションの未来
第6章 ポスト民主主義に突入したヨーロッパ
第7章 アメリカ社会の変質と冷戦後の世界 -
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エマニュエル・トッドの思考地図
個人的には、思考という部分では、かなり共感した。
トッドは思考するということは、じっくり椅子に座って考えるということではなく、本やデータを読みながら考えるというスタイルである。これは一般的な思考論とはやや異なるが、個人的にも納得できる。
確かに、基本的に自分も読みながら常に考えている。内田樹が何かを分析したりする前に、マルクスを数ページ読むという具合に、誰かが思考している形跡に触れることで、自分自身の脳もドライブされる感覚というものがある。本を読んでいるうちに、心の中にあったもやもやや、課題認識していたことがクリアになり、読み終わったころには、その本の内容のインプットはもちろんのこと、その他の心配事が解決し、アイデアが浮かんでメモするということはよくあることである。
さらに、思考することの本質は、現象と現象の間にある偶然の一致や関連性を見出すことと言っている。
トッドの仕事で言えば、変数間の一致を読み解くというのである。最近ではアナロジー思考という言葉で紹介されているが、この部分も非常に納得できた。大学時代、様々な分野の授業に潜って、経営学におけるケイパビリティ派とポジショニング派の対立の構造と、実存主義と構造主義の対立構造が似ていることなど、さまざまな分野における偶然の一致や変数間の一致を愉しみにしていたことを思い出した。
「これってこれと似ているよね」という偶然の一致を見つけた時には、その知的快感というものは最高潮になるのである。私はバレーボール部に所属していたが、スポーツや身体運動と人類学や哲学とのつながりや、映画のある種の深読み的な考察なども、この類の楽しみの一つだろう。
トッドの場合、膨大なデータを読み解き、家族構造と政治形態の一致を導きだすなど、純粋なデータオリエンテッドな思考力の叡智であるが、こうした愉しみは、多くの人も体感できるものだろう。
また、何か新しい味方をするうえで、外在性というものを意識しているとも記述があった。トクヴィルもそうであるが、自国の社会を考える上では、必ずや外の世界を見ることは重要である。共時的な部分もそうであるが、時間軸で考えても、古典を読むことはある種の外在性の獲得にもつながるのである。
両利きの経営でも紹介されていた知の探索とは、古典を読むことや自分の世界から脱出することも一つとしてカウントできるであろう。
社会には複数の教会が必要であるという記述もおもしろい。個人を束縛する枠組みがいくつもあると、強制を強いる複数の枠組みと個人が折衝して、逆説的ながらエアポケット的に個人の居場所ができるというものである。一つの思考の枠組みの虜囚となると、そこに完全に染まるか、まったく染まらないかしかないが、複数に枠組みがまたがることにより、逆に自分のスタンスが際立つという発想は面白い。 -
Posted by ブクログ
筆者は、フランスの歴史家、文化人類学者、人口学者。書名では、教育に関しての論説のように思えるが、そればかりではなく、色々なトピックで、広く世界情勢について論じている。日本についても論じられてはいるが、あくまでも中心は、フランス、ヨーロッパである。
日本でも教育格差の問題が取り上げられることがあるが、それは、例えば東京大学入学者の親の年収は平均を大きく超えていて、良い教育を受けるためには、家庭が裕福である必要があり、結局は、親の所得格差が再生産されるのではないか、というような取り上げられ方である。すなわち、所得格差・階級格差の結果としての教育の機会の格差という捉えられ方だ。
本書の主張は、もっとラジカルだ。すなわち、受けている教育そのものが階級格差を生み出し、固定化しているのだという主張。高等教育を受けた者は、そうでない者のことを理解出来ないし、理解しようとも思わない。逆も然りという主張。あまりピンと来ないな、と思ったが、筆者も、日本はそんな状態にはなっていないと書いていたので、まぁ、そうだよねと思った。
本書の中で、虚をつかれた部分があった。それはテーマである教育とは関係のないところ。
「日本は経済成長を諦めたように見える」という趣旨のことが書かれている部分がある。
ある国の経済規模は、単純に言えば、一人当たりの生産性と人口のかけ算だ。ご存知の通り、日本は既に人口減少社会に突入している。筆者から見ると、一人当たりの生産性はともかく、日本は人口を増やす試みを諦めたように見えるということだ。少子化対策を政府はやっているのでは?と思うのだが、日本以外の先進国は基本的に多くの移民を受け入れて人口を増やそうとしているのに、日本にはそのような動きが全くなく、従って、経済規模を大きくする試みを諦めたように見えるという論旨だ。
そうなの?と思って、ネットで、各国の人口に占める移民比率を調べてみた。
アメリカ・ドイツ・イギリスは14-15%、カナダは20%強、オーストラリアは30%強。他のヨーロッパ諸国も、軒並み10%を超えているのに対して、日本は2%。確かに先進国の中では圧倒的に少ない。
日本経済が停滞している理由でよく議論されるのは、上述の生産性。それはそれで問題なのだろうけれども、確かに経済規模は、生産性が一定であれば人口で決まるというのは、誰が考えても分かることで、そういう意味で虚をつかれた気がした。 -
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大分断 教育がもたらす新たな階
すいすい読めます。
普段なかなか伺えない、ヨーロッパ人からの視点で書かれていて参考になります。
今後の世界の方向性を決定する上で、教育のあり方は重要。避けて通れない道。
そのことを痛感させられる一冊です。