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Posted by ブクログ
エマニュエル・トッドの思考地図
個人的には、思考という部分では、かなり共感した。
トッドは思考するということは、じっくり椅子に座って考えるということではなく、本やデータを読みながら考えるというスタイルである。これは一般的な思考論とはやや異なるが、個人的にも納得できる。
確かに、基本的に自分も読みながら常に考えている。内田樹が何かを分析したりする前に、マルクスを数ページ読むという具合に、誰かが思考している形跡に触れることで、自分自身の脳もドライブされる感覚というものがある。本を読んでいるうちに、心の中にあったもやもやや、課題認識していたことがクリアになり、読み終わったころには、その本の内容のインプットはもちろんのこと、その他の心配事が解決し、アイデアが浮かんでメモするということはよくあることである。
さらに、思考することの本質は、現象と現象の間にある偶然の一致や関連性を見出すことと言っている。
トッドの仕事で言えば、変数間の一致を読み解くというのである。最近ではアナロジー思考という言葉で紹介されているが、この部分も非常に納得できた。大学時代、様々な分野の授業に潜って、経営学におけるケイパビリティ派とポジショニング派の対立の構造と、実存主義と構造主義の対立構造が似ていることなど、さまざまな分野における偶然の一致や変数間の一致を愉しみにしていたことを思い出した。
「これってこれと似ているよね」という偶然の一致を見つけた時には、その知的快感というものは最高潮になるのである。私はバレーボール部に所属していたが、スポーツや身体運動と人類学や哲学とのつながりや、映画のある種の深読み的な考察なども、この類の楽しみの一つだろう。
トッドの場合、膨大なデータを読み解き、家族構造と政治形態の一致を導きだすなど、純粋なデータオリエンテッドな思考力の叡智であるが、こうした愉しみは、多くの人も体感できるものだろう。
また、何か新しい味方をするうえで、外在性というものを意識しているとも記述があった。トクヴィルもそうであるが、自国の社会を考える上では、必ずや外の世界を見ることは重要である。共時的な部分もそうであるが、時間軸で考えても、古典を読むことはある種の外在性の獲得にもつながるのである。
両利きの経営でも紹介されていた知の探索とは、古典を読むことや自分の世界から脱出することも一つとしてカウントできるであろう。
社会には複数の教会が必要であるという記述もおもしろい。個人を束縛する枠組みがいくつもあると、強制を強いる複数の枠組みと個人が折衝して、逆説的ながらエアポケット的に個人の居場所ができるというものである。一つの思考の枠組みの虜囚となると、そこに完全に染まるか、まったく染まらないかしかないが、複数に枠組みがまたがることにより、逆に自分のスタンスが際立つという発想は面白い。
Posted by ブクログ
筆者の経歴からしても歴史贔屓が強い面はあるとは思うが、他の学問やビジネスにも適応できるような思考法を、噛み砕いて記述している本だと思う。ただ、本の執筆テーマに沿って筆者の過去のエピソードの挿入が多く、主題がとっ散らかってかえって読みにくいところも。
筆者の主観的な要素が強い本という点は注意しつつ、総じて四章あたりまでの内容は、これから論文やレポートを初めて書くという大学一年生におすすめしたい本(ファクトファースト、思考から予測への三つのフェーズ等)。作成方法のヒントだけでなく、大学で論文やレポートを執筆する意味や価値を見い出すことができるかも。
p.197に登場した「Hours de moi」(理性を失うこと。直訳すると「自分の外にいる」)は、初めて知ったが、面白いフランス語のフレーズ。この本のここまでにいたる主張に基づくなら、理性を失う状況はむしろ、「自分の内に籠もり、外が見えていない状態」であるという気がするが、対比的にも見える表現をあえてここで登場させているのかな?
Posted by ブクログ
1.表紙をみて何となくの気持ちで購入しました。
2.歴史学者として名を馳せている著者が自身の思考についてどのように考えているかについて書かれた本です。著者は学者として数々の論文を執筆してきたり、メディアに出演してきましたがあくまでも自分の成果について述べたものです。しかし、今回は自身の思考についてです。普段はどのように思考をしているのか、習慣化しているものは何なのかなど、今までとは違った視点が書かれた本です。
3.一般的な学者世界からは敬遠されがちの著者がどのような思考をしているのかが気になりましたが、根本的には過去のデータを検証すること、日ごろからストックを増やしておくこと等を習慣化していることに変わりはありませんでした。ただ、一点違うところは過去の先輩たちに負けないところです。自身の論理をしっかりと自信をもって言語化していることでここまでのことが出来るのだと思います。
Posted by ブクログ
エマニュエル・トッドの日本限定の本で、彼の思考プロセスについての本。
エマニュエル・トッドは、日本では有名(?)だけど、どうもフランスではあまり評価されていない、あるいは批判の対象になってしまうような存在のようです。
日本では、ソ連の崩壊を始め、さまざまな予言のヒット率で評価されているようだけど、フランスでなにかと騒ぎを起こしてしまうのは、彼の思考のプロセスによるものが多いようだ。
この本によると彼の思考は、イギリス経験主義的な方法で具体的な事実、数字を丹念にもていくことを通じて浮かび上がる直感的な仮説をまた丁寧に実証していくというもの。ある意味、当たり前といえば、当たり前の方法論。
が、これがフランスの演繹的な思考法とはなかなか合わないらしい。
さらには、トッドの世界を見る目のベースは家族構造と人口統計。そうしたことから、国や地方ごとの文化や宗教的な傾向、イデオロギーを解釈していく。
人間の活動の「深い」ところをそういう構造で説明されると、なんだかちょっとバカにされた気がしなくもない。
そういう説明に対して、「個人主義」の強いフランスは気分を害するだろうし、そこまで個の主張の強くなく、なんとなくまわりとの関係で自分の考えを調整する日本では、そんなに違和感がないのかもしれない。
というエマニュエル・トッドの受容度の差も、家族構造で説明可能ということなのかな?
そんなエマニュエル・トッドは、同時代的に進行している事柄に対してコメントをするのだが、とくにそういう発言は今生きている人たちに関わることなるので、非難の対象になりやすいのだと思う。さらに、それは、個人の心情を超えて、集団としての目に見えない、無意識的な反応を含むものなので、個々人は、「自分はそうでない」と思ったりするし、無意識的なことは因果が証明できない、ということで、眉唾に思われるのだろう。
エマニュエル・トッドのコロナやウクライナに関するコメントについては、わたしも読んで、ちょっと苛立ちを感じた。
なんか、道徳的、倫理的に、なんだか違うんじゃないかと感覚。
この本を読んでわかったのは、エマニュエル・トッドの良い / 悪いの判断は、なんらかの倫理的な基準にもとづくものではないということ。現実を分析して、それがどういう方向に動きそうなのか、という分析にもとづいてのものである。
わたしは、現実の分析はそれはそれであって、それとは別に倫理的にどうあるのが望ましいのかという理念のようなものはまた別にあって、この2つを組み合わせたときに、どういうことが機能しそうなのか、というふうに考えるわけだが、トッドは、もっと現実派なのかな?
トッドは、ある意味、古典的・科学主義的な方法論ともいえて、その後のポスト・モダーン思想からすると、なんだかプリミティヴな感じもうけつつ、この本を読んで、彼の思考を理解すれば、トッドの言っていることから、自分にとって大事なものをすくい上げることが容易になるかもしれない。
Posted by ブクログ
著者の本は、いくつか読んできて、視点の鋭さと深さに感銘を受けてきました。
昨年は大分断を読み、次に読もうと思っていた本。
読者が本書を読んで、再現するのは難しいが、著者の考え方がよく分かる内容。
一般のビジネスパーソンにも必要な考え方が盛り込まれており、大局観や長期視点を得るために必要な要素が散りばめられている。
参考になった内容は下記の通り。
・直感やアイデアが浮かばない理由
①自分の中に無意識でランダムな考え方がない
②ある考えが許されない・出来ない社会となっている可能性がある
・グループシンク
小さなアトム化した信条を、拠り所にする人々が溢れている
・現実を直視する条件として「外在性」が必要
・マイケル・ヤング「メリトクラシーの法則」
・未来を見たいなら、歴史的な観察から考察するのは必要不可欠(長期的な傾向を捉える)
・相関係数が0.9となったら、重大な間違いを犯しているかもしれないと気づくべき
(社会科学では不完全な数値が含まれるため、相関関係を弱める)
・価値観ではなく、知性の戦いが重要(アウトプットでの戦い)
・大学では思考することを学ぶが、同時に、自由に思考することを阻止する
・人間というのは不穏な事態に目をそらす能力を備えている
・思考から予測のフェーズ
経験主義→対比→芸術
・知識人に必要なのは、プロフェッショナリズムである
・芸術的な学者の条件は、リスクを負う、思い切る勇気がある
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