松永美穂のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
親子ほどの歳が離れた二人の情愛と突然の別れ、そして戦争の影を伴う再会のお話
以下、公式のあらすじ
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過去に犯した罪をどのように裁き、どのように受け入れるか――。
数々の賛辞に迎えられて、ドイツでの刊行後5年間に25カ国で翻訳され、
アメリカでは200万部を超えるベストセラーに。
15歳のぼくは、母親といってもおかしくないほど年上の女性と恋に落ちた。「なにか朗読してよ、坊や!」──ハンナは、なぜかいつも本を朗読して聞かせて欲しいと求める。人知れず逢瀬を重ねる二人。だが、ハンナは突然失踪してしまう。彼女の隠していた秘密とは何か。二人の愛に、終わったはずの戦争が影を落していた。
現代ドイツ文学の旗手による、世界中を感動させた大ベストセラー。
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15歳の主人公ミヒャエルが病み上がりの不調を介抱してくれるという偶然出会った36歳のハンナ
ミヒャエルはハンナと恋に落ち、学業に復帰した傍ら、彼女の家を訪ねては逢瀬を重ねる
出会う度に朗読をせがむハンナ
ただ、二人の関係はハンナの突然の引っ越しによって終わりを告げる
その後、大学で法律を専攻したミヒャエルは、ゼミで傍聴した裁判でハンナを見つける
彼女は、ユダヤ人の大量殺害事件に関わっていた疑いで告発されていた
真摯に受け答えをするハンナだが、何かを隠すようにやってもいない罪を認める
彼女が隠したかった事を察したミヒャエルは裁判長に進言しようとするが……
そして、その後のハンナとの再会
36歳と15歳のお姉ねショタはどうなんだ?
まぁ、ハンナはミヒャエルを17歳だと思っていたようだけど、それでも19歳差
20歳と41歳だとしたら許容できなくもないけど、これは流石にいけないのではなかろうか?
物語の序盤でハンナの隠し事は察しが付く
名前を敢えて尋ねるところとか、そもそものタイトルの朗読をせがむあたりはそうなんだろうなぁと容易に思い至る
失踪に至る過程にしても、もっとやりようはあったと思うけれども、彼女にとってはそうするしかなかったのだろうなぁとも思う
そして裁判所での再会というか、発見と彼女の過去の罪の発覚
ユダヤ人をアウシュビッツ収容所に送った罪
囚人の移送中に起こった火事で、教会の鍵を開けずに見殺しにした罪
他の看守達はハンナに罪を被せるような発言をする
事実とは異なる証言でも、隠し事を暴かれたくなくて受け入れるハンナ
彼女の隠し事を察し、その事を裁判長に進言すれば罪は軽くなるかも知れない
しかし、彼女が隠したがっている事を自分が暴露してもよいのかという葛藤
無実の罪を被ろうとしてでも隠したいという想いを汲み取るミヒャエル
大学に入学した頃は、まだハンナへの想いはあっただろうけど
裁判所でハンナを見つけた際には、明らかに気持ちが醒めているように思う
なので、既にこの時点で彼女への想いはとっくになくなっている
もし彼女と今後も何等かの形で関係を持とうと思うのであれば、裁判長に言っていたと思う
その後もコンタクトを取ろうとしないし、刑務所にも朗読のテープは送っていたのに、手紙は頑なに送っていない
なぜ手紙を書かなかったのか?という疑問もあるけど
恐らく、ハンナに対して疚しい気持ちや負い目、もしくは見下した感情があったのではなかろうか
ハンナが出所する際に所長から相談されたときの反応もそう
ハンナの面倒を自分が見るという事に対する戸惑いや困惑、もしくはある種の嫌悪感も読み取れる
だからこそ、ハンナの最終的な選択に至ったようにも思える
ただ、ハンナはその前から食べ過ぎであったり体を洗わなかったりと、自分を顧みない行動を取っているわけで
ミヒャエルの態度だけではない可能性もあるけど、それでもやはり最後の引き金であったように感じる
物語として読んでいるからこそハンナの隠し事には容易に気づく事ができるけど
実生活でこんな人に出会っていたら、私は気付けるだろうか?
ハンナの特徴に限らず、人は何か隠し事をしていても察する事ができないかもしれない
なので、周りから見て愚かな行動をしている人は、もしかしたら何か隠したいものがある人かもしれない」んだよな
前半の歳の差恋愛という雰囲気から、後半は戦争犯罪と世代間の問題がテーマになっている
戦争当時に生まれてすらいなかった世代に、罪や責任はあるのか?
若い世代に「罪」はないが、「責任」はあるというのがドイツの認識のようだけど
果たしてこれもどうなのだろうね?
日本でも同じ事が言えるだろうか?
特に、既に戦後80年が経過した現在において……
もちろん、当時の日本が犯した罪から目を背けてはいけないけれども
戦勝国に反省する要素はひと欠片もないのか?という疑問もある
そして、当時生まれていなかった世代の人間が背負わなければいけないのか?
国としての罪と責任はあるけど、ただその国の人として生まれただけの個人にそこまで責任を負わせる必要はないと思う
ただ、その国で生まれ育ち、どんな思想を持つのかというのは個人の問題だし
その結果、培われた思想はその人の責任だろうな -
Posted by ブクログ
ネタバレ高校の時に、「俺本読むわ、でも何から始めていいかわからんし」って言った時に母が買ってきてくれた本がこれ。積み本にしてそのまま捨てて、買ってくれた母は今は亡き。
思い出して大いに猛省し、再度読む機会を得た。
これはヘルマンヘッセの自伝でもあるという事だったけど、ええ!?主人公最後....オイ
これは今でいう鬱になっちゃった時期があったんだろうか、神学校から戻ってきてからの話がぶっとぎ過ぎて学生時代こんなむつかしい本理解できんやろうって思いながらも、でもやっぱりこれは学生時代に読んでおきたかったなぁとつくづく思った。
タイトルの車輪の下って意味が文中に登場し、ああ、そういうことなんだぁって納得した。もとは”車輪の下”だったのを、この新訳時に”車輪の下で”と接続助詞を付けることでよりその意味を分かりやすくしたとあとがきに書かれている。この光文社古典新訳文庫シリーズは全体的に読みやすく書かれているので敬遠しがちなトルストイなどの文学書などもとっつきやすい。また今後もお世話になるシリーズ文庫だ。 -
Posted by ブクログ
そうなのよ
なんで『車輪の下で』ってタイトルにしたの?って気になるよね
はい、ヘルマン・ヘッセの代表作『車輪の下で』です
みなさんご存知の通り、これまでの翻訳本のタイトルは圧倒的に『車輪の下』なのよ
なんで「で」をくっつけたのか?って気になるよね
ならいない?いや、わいはなるの!
でね、そもそも『車輪の下』ってなんなのよ?って話ですよ
「車輪」って言われるとさ、なんかものすごいでかいのが思い浮かぶのはわいだけ?馬車に付いてるやつ
馬車にひかれてんのよ
しかも「下」にいるってことはひかれた状態キープですからね
腹の上に馬車乗った状態で小一時間です
でもって馬車にひかれたってことはその前に馬にも踏まれてますからね
ギューってされてますからね
ギューのドーンのムギューですからね
『車輪の下』ってそういうことですからね
あ、なんか『車輪の下』ってドイツ語で「落ちぶれた」「落ちこぼれた」って意味があるみたい
それを最初に言いなさいよ
馬車とか言っちゃって、いらん恥じかいたやないか
でもって「車輪」には色んな意味が込められているみたいなんよね
「運命」とか「社会」とか
で訳者の松永さんは「で」という助詞を付けることで、現在進行中のイメージを持たせたかったみたい(直球な理由)
「社会」に押し潰される中でもがく主人公
でもなー
こういう悲しい物語はやっぱあんまり好きじゃないんよなー
色んな教訓を込めたかったんやろうけどさ
ギューのドーンのムギューな物語でした
そんなところで小一時間も考える前に救急車呼びなさいよっていう物語でした(だから馬車じゃないって) -
Posted by ブクログ
前半の青年の妄想小説のような展開はなかなかインパクトがあるが、中盤以降、ムードは打って変わり、過去の隠された事実、ハンナを取り巻く悍ましい事実が明らかになる。前半が濃密な生の時間だとすれば、裁判以降の章は死の時間のような。時間は前に進んでいるはずなのに、主人公の意識は後ろへ後ろへと遡り続けている。ハンナを愛することは、先代の大きな過ちを肯定することになるのか?次代の子は過去にどのように対峙すればよいのか?もはや歳の差恋愛の物語にはとうに収まらず、加害の歴史をその直接の経験がない世代はいかに受け止めることができるかという、歴史認識のあり方を読者に問う物語だった。この問いは、日本人にも投げかけ考えさせるべきものだと思う。
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Posted by ブクログ
赦しと別れ
癒しと別れ
目覚めと別れ
裏切りと別れ
若い時に絡まった糸は、歳をとってからでも解すことはできる。それはまるで、深いところにしまってあったものをもう一度表に出すように、別れ、離れていく。
死は別れのプロセスの終着点
その時点で別れられなかった事は、もうずっと離れない。
作者の淡麗でどこか妖艶な文章が彩る九つの物語は、確かに男目線である事は否定できないし、歳を取っても男性なんだなぁ。
自分が歳を取ってしまうと、老齢期を描いた物語は、古い日記を覗き見されたような妙な生々しさが伴ってしまう。
なんともいえず恥ずかしい。
でも、「老いたるがゆえのシミ」……現実では、こんな結末は滅多にないから……。