あらすじ
「『ミューズ』の美名のもとに、男性から社会的・創造的搾取を受けてきた女性たちを呪縛から解き放つ名著、待望の復刊!」
鴻巣友季子さん(翻訳家)推薦!
トルストイ、シューマン、ロダン、アインシュタイン、フィッツジェラルド……
歴史に名を残した男たちの傍らで、才能に溢れた女性たちが過ごした波乱の生涯、苦悩の日々。
かつて女性は就くことのできる職業も限られ、チャンスを与えられず、正当な評価を受けることもできない……そのような時代が長らく続きました。「偉人」と呼ばれ、後世に名を残した多くの人々が男性であることからも、彼女たちの犠牲の大きさを推しはかることは容易でしょう。そしてこれらの風潮は現代においても、すべてが是正されたとは言えません。
本書で紡がれるのは歴史に名を残す「偉人」のパートナーとして翻弄されながら、それでもなお自らの創造性を発揮しようとした女性たちの物語です。
彼女たちはそれぞれの分野で特異な才能の持ち主でしたが、家庭に入ることで夫や子どもの身の回りの世話に忙殺され、社会的な規範に押し込められ、あるいはパートナーの身勝手さに振り回されることで、自身の夢が閉ざされることを余儀なくされました。
ジェンダーの問題が社会全体の課題として強く認識されるようになった今日でも、同じような状況はあらゆるところに存在しているはずです。25年ぶりの復刊となった本書は、そのような状況に屈することをよしとしなかった気高き女性たちの孤独な闘いと魂の記録を通じ、人がその性差に束縛されず個人として生きることの価値、そしてそれを守ることの義務を問い直す一冊です。
【本書で取り上げる“才女”たち】
◎レフ・トルストイの妻 ソフィア(文学者)
◎カール・マルクスの妻 イェニー(政治活動家)
◎ロベルト・シューマンの妻 クララ(作曲家・演奏家)
◎オーギュスト・ロダンの愛人、ポール・クローデルの姉 カミーユ(彫刻家)
◎アルベルト・アインシュタインの最初の妻 ミレヴァ(物理学者)
◎ライナー・マリア・リルケの妻 クララ(彫刻家)
◎ロヴィス・コリントの妻 シャルロッテ(画家)
◎オットー・ヒンツェの妻 ヘートヴィヒ(歴史学者)
◎カール・バルトの妻 シャルロッテ(神学者)
◎スコット・フィッツジェラルドの妻 ゼルダ(小説家)
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
伝記が出ているレベルの偉人の裏にいた、才女たちの生涯を静かな筆致で描いた本。まず、”偉人”になっている男性(ドストエフスキー、マルクス、アインシュタイン・・・)の方は知っていたが、その妻、また妻やその他女性とどう接していたかに関しては全く知らなったことに気付かされた。才気あふれる彼女たちの記録(日記、手紙など)は少ないが、著者の調査によってあぶりだされた才女たちの人生は、あくまで”偉人”たる男性を支えるサポーター役に収まらせようとする圧力によって潰されてしまっていた。また多産によって気力が吸い取られているケースも多い。
このあたりの描写は、なぜか結婚すると「主人と奥さん」という言葉で描写されるようになったり、経口避妊薬が今だ承認されない現代日本と無縁ではないと思う。
女性を吸血鬼のように吸い取って犠牲にしないと作れない男の作品やアート、業績をどう受け止めたらいいのだろうか?ロダンのブロンズ像は素晴らしいけれど、その像はカミーユ・クローデルを「活用して」作られたのだということも記しておかなければいけない。
Posted by ブクログ
金のある家に生まれて父親に愛され才能にも恵まれたとしても、女、というただそれだけのことで尊厳は奪われ男の肥やしにされたり心身を潰されたりしてしまうのだ、という救いのない話。そのような女の影を無視して男どもは男を讃え続ける。厭世が増す。しかし教育機会や選挙権の歴史を考えれば女の人権の歴史はやっと始まったばかりだ。ただ私は女はこれからだと期待をするよりは、人類はさっさと滅びるべきではないかと思ってしまう。人類はこれまでの犠牲を考えればあまりにも学習ができない動物だからである。
私は、私は恵まれない家庭で育ったけれども努力して仕事を持ち家庭を持つのだとずっと頑張ってきたけれど、結局は金も家族も得られずに死ぬことになりそうである。私なんかが納得できる仕事をして愛する家族を持ちたいなんて到底無理な話だったのだなあ…とうんざりする気持ちが深まる。
「自分自身の役割を内省し、男性たちとの関係のなかで自分自身のアイデンティティの獲得のために闘い、自己表現の方法を求め、男性優位のヒエラルキーに基づいた関係を拒否し、パートナーとの「対等」な人生をめざした」当然のことのようだがこれを達成できるのはいまだ奇跡の女である。
Posted by ブクログ
最近、ワシリー・カンディンスキーの愛人、ガブリエレ・ミュンターについて知ったが、完全に『才女の運命』案件だった。カンディンスキーはミュンターから影響を受けた時期さえあったが、長年の愛人関係の末、カンディンスキーは国外移動後すぐに他の女性と結婚してミュンターとの関係を切っている。この本を読んだ後だったので、これも才能ある女性が搾取され、捨てられて、才能を吹き返すことなく次世代にその才能を残すこともできないという一例であり、何ら特殊な事例ではないということが分かった。
歴史に名を残す男性が多くいる一方で、傍で埋められてきた女性がたくさんいることを認識し、少なくとも実績が残っている女性については再評価の流れができているのは良いことだ…
Posted by ブクログ
読後はドッシリずっしりとした重苦しい気持ちになる。
1人の女性について20ページ程度にまとめられており、読みやすい。
結婚や、結婚でなくとも男性との繋がりによって才能や時間、人生を搾取され、そして男性の見方によって歴史からも排除されてきた、才能豊かで努力家でもあった、稀有な女性の先輩方。
過去の話だけど、今の日本でも個人差はあれど続いているのではないか。
結婚という契約により、女性は男性の帰属下になり、女性の人生をコントロールできる、より口出しできると無意識下に思っているのは現代にも繋がっていないか。
事実婚を選ぶ一因は、こういうこともあるのだと思う。
シャルロッテ・ベーレント=コリントの章の最後、コーリントの回想録からの一節
「いまの男性はそこまで成熟していません!本当に必要なのは女性の解放ではなくて、男性が成長してくれることを望むしかないのです。」
Posted by ブクログ
大学時代、「青年期の病理」という講座で、「芸術的才能がある人から芸術を取り上げるとやばい。病気になる」と聞きました。
この本に出てくる女性たちの多くが病に向かっていったこと、その事実に切ないものを感じました。
Posted by ブクログ
「男たちの名声の陰で」の副題通り、豊かな才能や野心を抱きながら、その仕事すべてが有名な夫または愛人のものになってしまった女性たちの生きようを記した一冊。読んでいて何度も腹が立ち、やるせなくなり、家父長制くたばれと悪態をついた。いっそグウィンの短篇小説ーー男は城に閉じ込めて身体ゲームに興じさせ、優位に立っているかに思わせ、受精の時だけ女に買われる。そのじつ研究などの分野はなべて女のものであるーーのごとくになってしまえと呪いそうにもなった。これは現在もいちぶを除いて女性に降り掛かりつづけているできごとなのだから! ……けれどまちがいなく「女性」である我が身を振り返って、たれかの助けが必要なのは自分も変わらない、加害者になりうることもあるのだとため息をついた。男も女もなく、互いが互いの共生相手として、認め尊重しあって高め合える、そんなモデルはないのだろうか?
しかしもう一度言ってしまうが、家父長制くたばれ案件ではある。それを許しながら女性に「輝け」という政府の罪も重いだろう。
Posted by ブクログ
偉人や天才と呼ばれた男性たちの傍らで様々な形でstruggleした女性の生涯が各20頁程で綴られ、読みやすい。
タイトルから想像される通り、「女性として」の困難だけでなく、ユダヤ系の生まれであったことによる難しさを背負わされた人物も多く、重たい。
丁度正月に放送された某人気ドラマのSPでざっくり夫婦間の子育てにおける分担や福利厚生に関するネタを取り上げているところ反発意見も少なくないことなど受け、現代においても本著で多くの女性たちが虐げられる「固定観念」は根深く残っているなと。シャルロッテ・ベーレント=コリントの章ラストで付される苦言にはスカッとするが、成長を求められているのはあるいちカテゴリの人間ではなく、我々一人一人と捉えるべきかなと思う。