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Posted by ブクログ
『オルガは一九五〇年代の初めにあちこち走り回って、失われた書類や破壊された記録を見つ出し、プロイセンでかつて勤めた国民学校教師として、自分に権利のあったちょっとした年金をもらえるようになった。それからは、ぼくたちの家でだけ、縫い物をするようになった』―『第一部』
ドイツの起こした戦争を背景に物語を描くベルンハルト・シュリンクは多くを語らないことで善悪の色彩を物語に鮮明に付さないままに描く。戦争の悲惨さを敢えて正面から描写しないことは、市井の人々にとっての戦争が如何なるものであったかを深く語り得る大きな力なのだが、時として戦争そのものを直視するのを避けるように描かれるのには何か良からぬ思想を肯定している意図があるかのようにも見え、例えばハンナ・アーレントのような批評の目には責任を回避しているとも捉えられかねないと思ってみたりもする。そして、その不穏さに気圧される感じが新作を手にすることを、時に躊躇わせることもある。
「オルガ」でも、戦争そのものは描かれないままに、第一次世界大戦前から第二次世界大戦後までの時間の流れの中を生きた一人の女性(オルガ)と、三人の世代の異なる男性(ヘルベルト、アイク、フェルディナント)との交流が描かれる。特に幼い少年と主人公オルガの交流は「朗読者」の構図を思い出させるが、その構図の導入は見事な仕掛けによって為され、効果的に記される一人称の代名詞によってそれまで描かれていた二十五の断章の意味はがらりと変化するのを目の当たりにする。その変化を認識して初めて、短く素っ気なく細切れに描写されたオルガの六十余年の人生譚が、伝え聞いた話を繋げたものから成っていたのだと判り、はっと胸を突かれたような感慨に浸ることになるのだ。
そこから始まる第二部は、一人称のフェルディナント自身の思い出の中のオルガの生き生きとそた描写。しかし、主人公にとってオルガとの思い出が如何に何ものにも代え難いものであるのかが訥々と語られても、不幸な事故によってオルガの人生に終止符が打たれたことが告げられた後は、急に物語の重力の中心が失われてしまったかのような印象が(それもまた作家の張り巡らせた伏線の一つなのだが)生まれる。不幸な環境に生まれ育ち自分自身の力で困難な時を生き抜いた女性ではあることは確かに伝わってくるが、そこからはむしろフェルディナント自身の不幸な身の上話に話が移っていくかのような展開。オルガのことは何処へ?と思わず問うてしまう仕組みがそこにはある。しかしその先に「朗読者」と同じように過去の歴史への探索と埋もれていた謎についての再認識、という展開が待ち受けている。
訳者あとがきでも述べられているように、最終章である第三部で待っているのは、物語の中心にありながら多くを語らない女性というシュリンクの小説の定番を覆して、自らの心情を書き連ねた言葉の洪水。その中で明かされる幾つもの真実。時間と共に変化することとしないこと。読む者は、それを既に語られた時間の経過と照らし合わせて読むことで、物語の流れを再び辿り、幾つもの伏線を(もしかしたらそれは、過剰に、と言うべきかも知れない)紐解いていくことになる。
例えば木内昇の時代小説が決して歴史の因果関係を語らないと感じるように、ベルンハルト・シュリンクもまた決まり切った歴史観に批評されるような物語を描かない。一人ひとりの人生の中に地政学的な歴史の必然という法則の入り込む余地は無いこと、その抗し難い時代の律動を背景にした個人の生活だけがどこまでも現実として存在すること、そんなことにこの作家は拘っているのかも知れない。
Posted by ブクログ
第一次大戦前のドイツ、祖母に引き取られたオルガは、農園主の息子ヘルベルトと仲良くなるが、農園主に反対される。ヘルベルトは英雄を夢見て北極圏の冒険に出かけるが、音信不通になってしまう。オルガは、祖母の反対を押し切り師範学校へ行き教師になる。行方のわからないヘルベルトに局留めの手紙を書きながら、オルガは第二次世界大戦を迎える。
第一部は、オルガとヘルベルトの若い日々と、ヘルベルトがいなくなったあとのオルガの日々をオルガが語る。
第二部は、大戦後オルガが親しくし家で裁縫をしていた家庭の息子フェルディナンドが、年老いたオルガを語る。
第三部は、オルガの死後フェルディナンドが手に入れたオルガのヘルベルトへの手紙により、オルガだけが知る真実が明かされる。
苦難の時代を果敢に生き抜いたオルガ。ドイツという国がたどった時代の中でのオルガの決断にあ然としてしまう。
Posted by ブクログ
"墓地を歩くのが好きな理由は、ここではすべての人が対等だから、とのことだった。強者も弱者も、貧者も富者も、愛された者も心にかけてもらえなかった者も、成功した者も、破滅した者も。霊廟や天使の像や大きな墓石も関係ない。みんな同じように死んでいて、もはや偉大であることもできないし、偉大すぎることなんてぜんぜんない。"(p.102)
"沈黙は学べるのだ――沈黙に含まれる、待機の姿勢によって。"(p.119)
"要求は出さず、期待もせず、一番いいのは、言葉では何も言わないことです。"(p.170)
"雪や氷、武器や戦争――あなたたち男は、そういったものなら扱えると思っているけれど、一人の女の質問には耐えられないのです。"(p.213)
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