断片的感想、備忘ノート、散文詩の一節、過去の追憶、目にした風景の描写、日記、手紙などを一冊にまとめあげた手記体の小説。風景描写、あらゆる想念、思考、追憶など、とても緻密で密度が高く、一寸の隙もない。だけれども文章はもたつくことなく、迸るような勢い、速さがある。そして時にはゆっくりと、緩慢になる瞬間も
...続きを読むある。まるで音楽のように。人々の他愛のないお喋り、或いは悲しみや絶命の絶叫、パリの騒音として。人が生きていることの旋律がページから、文章の行間から、立ち上り、響いてくる。雑音をも含む寂寥と美しい音楽として。読み始めは風変わりな印象からシュルレアリスムの自動筆記のように感じたけれど、読み進めるうちに絵画、あるいは写真のように思えました。一枚一枚、並んだそれらは最後、見終わった時に全体を眺めて見ると巨大な一つの絵画になっている――それはマルテという人の肖像画だ。不安や孤独、眠れぬ夜の絶望的な陰影と優しい母の光のランプ、色褪せた追憶の淡い色彩とで描かれたマルテの顔だ。そのモザイクの中にリルケ本人の顔も隠され、だまし絵の如く描かれている。