猪瀬直樹のレビュー一覧
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総力戦研究所の存在を公にしてくれた一冊。昭和16年の夏に机上演習として、各省や民間エリートが集められた日米戦争はすでに敗戦の結論を出していた。その発表に東條英機も在席していた。
陸軍大臣時代とは異なり、天皇からは開戦決議の白紙撤回を期待されて組閣することとなった東條英機は、時すでに遅い時局から、日米戦争回避へ動くが流れには逆らえず結局開戦。実際の戦争は真珠湾攻撃と原爆を除いて総力戦研究所の想定通り進む。石油を求め南進すると本国へのシーレーンを確保できず商戦は破壊されて石油は届かない。
本書では、何故敗戦するとわかっていたのに、正しい予測をした人がいて、内閣にその情報まで上がったのに、天皇は戦争反対だったのに、それでも意思決定に活かせなかった構造を描いていく。
戦後全く同じ状況でないにせよ、流れに逆らい意思決定ができるようになったのかは、いささか心許ない… -
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ネタバレ猪瀬直樹さんの「昭和23年冬の暗号」を読みました。同氏の「昭和16年夏の敗戦」と対になる作品でもあるけど、単独でも十分面白い。
昭和21年4月29日、つまり終戦の翌年の天皇誕生日に東條英機に代表されるA級戦犯は巣鴨拘置所、通称スガモプリズンに収監され、5月3日に彼らを裁く東京裁判が始まった。5月3日は翌昭和22年に日本国憲法が施行され、憲法記念日として国民の祝日となった。東京裁判が結審したのはさらに翌年の昭和23年11月12日になるが、極刑を言い渡された7人のA級戦犯の刑が施行されたのは、その年、昭和23年の12月23日、すなわち、後の平成天皇となる皇太子殿下の誕生日だった。日中戦争から太平洋戦争に至る一連の戦争責任について、天皇は訴追を免れ、東條英機を始めとする軍部の暴走、統帥権の独立を盾にシビリアンコントロールの効かない当時の日本の体制の問題としてかたづけられたが、そのメルクマールとなる日を日本国民、特に天皇家の心に深く刻ませる意味で、敢えてこの日が選ばれたという話だ。
日本占領軍の総司令官であるマッカーサーは、いかにアメリカ軍の犠牲を少なく、つまり低コストに日本の武装解除を進め、占領統治をアメリカ主導で進めるかが大きな命題であった。戦後生まれの我々は、原爆投下を契機に日本人は一夜にして、鬼畜米英から親米になったような勘違いがあるが、当たり前のように終戦を受け入れない勢力はあって、当然彼らは武装もしていて、徹底抗戦の構えを見せていたりもした。これを武力で押さえ込もうとすれば、硫黄島や沖縄のようにアメリカ軍にも多大なる被害が予想される。そこで考えられたしゅだんが、天皇を擁護し、戦争責任を一部の軍部に負わせるという作戦である。国家元首である天皇に本当に戦争責任が無かったのかは別の議論である。とにかく低コストにそしてアメリカ主導とするために迅速に事を進める必要があった。分断国家となったドイツの例もあるし、その後勃発する朝鮮戦争の例を見ても、世界の赤化を食い止める意味でも日本の占領はアメリカが主導権を握らなければいけないという強い思いもあったであろう。マッカーサーはそれを周到に実施したのに過ぎない。一方で、天皇家には「お前らの身代わりとして、軍人達は処刑されたんだ」という事を深く心に刻ませる意味で、天皇家に縁のある日にちを選んで、刑が執行された。なんとも。 -
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予言的
新版の終わりに収められている「我われの歴史意識が試されているー新版のあとがきにかえて」が秀逸だった。新型コロナウイルス感染症流行による小中学校の一斉休校に関する安倍政権の決定過程を斬った。それは新型コロナ感染症対策本部、関係閣僚・官僚による協議、首相秘書官兼補佐官官の首相への進言という三段構えから成り、日米開戦を決めた連絡会議と御前会議と同じく、きわめて不透明だった。
現在のコロナ対策は、これに分科会が加わり、首相の判断を判断を歪めている。
本書は、日米開戦時の東條英機首相を実直な官僚として描いた。開戦決断の責任は東條が負うが、実際の責任の所在が曖昧であった当時の風景と併せて。これは、実務能力の高さで首相に昇り詰めた菅氏とどこか重なる。今の日本の行く先が当時と同じく滅亡なのかと思うと、非常に暗い気持ちになる。
当時、国の若い精鋭を集めた「総合戦研究所」は、数字を積み上げたデータから日米開戦について「日本必敗」の結論を導き出した。政府は、東條を始め和平派・中間派の閣僚を抱えながら開戦を決断した。戦略物資などのデータを持っていながら、開戦に向かうようになぜか議論が進んだ。
データがあるのに、どうしてそういう解釈になるのか分からないような過程があり、政策が決まっている風景は、今と驚くほど似ている。本書は予言的であり、読んでいて引き込まれた。 -
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なかなかショッキングなことだ、アメリカとの大戦を始めるよりも前にすでに、日本政府は日本必敗の結末を予想していたと知るのは。
アメリカとの開戦の狼煙になった真珠湾攻撃が昭和16年の12月なのだが、昭和16年の夏には、総力戦研究所という日本政府機関がすでに開戦の結末を予測していたらしい。軍事力ではなく、国力比較によるシミュレーションからかなり正確に日本がたどる道を予測し、政府に報告していた。にもかかわらず、日本は戦争に突き進んだ。
総力戦研究所のことを初めて知ったのは、小川哲の直木賞受賞作、地図と拳を読んだときだ。作品中に、満州に設立される架空の研究所があるのだが、それが総力戦研究所をモデルにした研究所だとあとから知った。その後、昨年の夏、NHKで本作が原作のドラマ兼ドキュメンタリーが放送され、それを見て俄然この本に興味を持った(ちなみに元都知事の猪瀬さん作)。
この研究所はなかなかユニークな手法でシミュレーションを行っていた。各省庁や民間から優秀な30代数十名をかき集め、模擬内閣を発足。様々な模擬大臣たちが、自らの出身機関の持つデータや情報や知見を集め合わせ、議論を進め、開戦した場合どのようなことが起こりどのような戦術をとるか、そのために国内はどう差配するか、物資は、輸送は、食料は、兵力は。模擬内閣はあらゆる角度から模擬戦争運営を実施。
そして出した答えは日本必敗。どうやってもアメリカには国力の差により敵わなかった。このシミュレーションの詳細や、その後の顛末、戦後の研究所員のその後を本書は追っている。
興味深いのは、この結果を受けてもなお戦争に突き進まざるを得なかった日本文化と意思決定機関のあり方だ。天皇は開戦を望まなかった。開戦派の東条は天皇に忠誠心が高い人間であったため、首相になったあとは逆に開戦を中止しようと頑張った。それでもなお日本が戦争に突き進むのを止められなかった。その様子が克明にかつ分かりやすく描かれていた。
翻って今の会社組織などの状況を考えてみると、データドリブン経営なんて言葉が飛び交う80年後のニッポンだが、その本質は昭和16年から何ら変わってない気もしてくるのが薄ら寒い… いやはや、なかなか興味深く一気に読んでしまった作品であった。
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なぜあの戦争を止めることができなかったのか。
かつて戦前に実在した「総力戦研究所」は、その名とは裏腹に「対米戦必敗」を予測したのである。
キャリア半ばの官僚が内外から、あるいは民間組織に従事するものまで、幅広く集められた研究員は机上演習の名の下で、実際の戦況予測に基づいてあらかたの予測をし、日本必敗を結論付けた。
蘭印に進出をし、石油を確保せざるを得ないこと、
俗に言うシーレーンの確保が求められる中で、石油を内地に送り込むことが難しくなるとの予測。
国力、資源量ともに数十倍とも言えた日米の差を彼らは見事に数値化し、あるいは際限まで予測を立てた。
それらの予測は文字通り見事なもので、歴史を知る我々、あるいは地政学の重要性がこれほどまでに謳われている現代でこれらを予測、理解、納得することとは訳が違うのである。
また何より特筆すべきは、その思想環境にある。
東條当時の陸相は、彼らの数値的意見をつっぱね、
日露戦争での輝かしい成果を掲げ、勝ちに不思議な勝ち有りと言わんばかりに、勝利を信じた。
しかしそんな彼もまた、この結果を予測した1人ではなかっただろうか。
多角度からの忠誠心により、いくつもの葛藤に戦前、戦中、戦後に渡り、直面し続けた彼も戦争の突入を回避させたかった。
「なぜ戦争を止めることができなかったのか」、
この問いに対し、構造的な問題があるのは当然のことだろう。石破前首相は戦後80年所感において、軍の統帥権が天皇大権であったこと、それが即ち御前会議という、ある種形骸化した式典により決定がなされ、責任の所在が不明瞭であり、またその意思決定が実質的には政府と軍部による連絡会議による協議の上であったこと。
こうした構造の点を第一に指摘をしていた。
政治家たるもの、この指摘は極めて重要だ。
しかし、石破氏は本作の著者猪瀬直樹氏との対談において、このように発言する。
「国を変えるのは、最後は世論ですからね、政治家は、フォロワーではなく、あくまでもリーダーとして、その世論に訴えかけていく必要がある。」
これもまたご指摘のとおりだ。
しかしこれが現代の危うさなのだ。
構造的問題として、あるいは組織的にNoを突きつけれぬ点、または不明瞭な責任の所在を利用し、理知的でない判断を取ること。これらは確かに組織側として明確な教訓だ。
しかし、国を変えるのは世論なのだ。
構造である程度の抑止が叶っても、最後に変えてしまうのは世論なのである。
熱狂方向にある世論は、当時の日本必敗予測に際して、冷静な受け止めをできるだろうか。
軍部にも軍部の求めるものがある、
それは陸軍も海軍も然り、彼らにも各々譲れぬ条件があり、それは戦争を回避することではないのだ。
これはもう間違えなくバカの壁、だ。
経済界から見れば確実なマイナス要素も、
軍部は失業する兵士や士気、などを考慮すればプラス要素となりたる。
熱狂という名の集団心理の表出を我々は単に安心と捉えるのではなく、数値、そして相手の視線を真剣に捉えること。それがなし得て、初めて強固な民主主義を育める。 -
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おそらく10年ぶりくらいに再読、以前より戦前の官制や統帥部関係についての知識がついているのでより楽しく読めた。
この本の妙は総力戦研究所での論戦と実際の戦争への動きを見事にリンクさせている部分だと思う。陸軍省燃料課の石油確保をめぐる騒動と鈴木貞一による出来合わせの答弁、また実際に蘭印の石油を手に入れた後の顛末を研究所で論議の末両手を上げて降参のポーズをとる仕草に見事につなげている。ノンフィクションにも(むしろノンフィクションだからこそ?)文才が必要と分かる。
戦後80年、戦争前にこのような議論が行われていたこと、そして行われていながらなぜ戦争に突入してしまったのかは忘れてはならないと思う。 -
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最近読んだ2冊の本で取り上げられており、読んでみました。
対米戦前、若きエリートを緊急に招集し創設された「総力戦研究所」。そこでは開戦前に日本必敗を正確に分析していた。それでも、なぜ日本は開戦へと踏み切ったのか…
設立当初は分析結果を政府がどう活かすかという目的があったとは思うが、アメリカに石油を止められ「ジリ貧」に陥った政府はアメリカと戦うことが正当であるとする分析結果を求めるようになる。結論ありきと、それを正当化するための分析結果。結局、出所不明、計算方法不明、つじつま合わせの数字が開戦への正当な裏付けとして用いられた。あと、必敗という分析報告に対して東條英機の返答、ロシアにも勝てないと思っていたのに勝てただろ、ってのは読んで思わず頭を抱えてしまった。
開戦という国家の一大事、その意思決定の裏側を暴いた本。けれど、最近読んだ「サイエンスフィクション」という論文不正の本に、なんかよく似ているなあ、と思った。大なり小なり、どこの国、どの分野でも同じようなことが今も起きてるんでしょうね… -
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戦争が終わる時期の緊迫したやりとりがとてもスリリングでもあり、終戦を迎えた日本の様子を知ることができる一冊でした。
戦争犯罪人をA級、B級、C級と戦犯と区分されていますが、私は勝手にイメージからA級ほど重い罪とされたと勘違いしていました。この間違った解釈を本書で正すことができました。本書189ページにある一節を抜粋します。
A級戦犯に元首相や大将が多かったので、B級やC級よりランクが高いと誤解されているが、罪別に分類したにすぎない。「平和に対する罪」がA級である。B級は捕虜や非戦闘員に対する残虐行為で、これまでと同じである。フィリピンの「バターン死の行進」が捕虜の虐待にあたり、のちに山下大将や本間中将が処刑されることになる。C級はすべての民間人に対する残虐行為(ナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺はこれにあたる。「人道に対する罪」という概念が生まれた)である。
マッカーサーが日本を統治するために、緻密に仕掛けた「暗号」がミステリー小説を読み進めるが如く、展開されます。
とても充実した読書空間を満喫しました。 -
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ボリュームがあって後半は特に読むのが大変だったけど、面白かったです。前半だけでも読んでみて。
日本国の天皇(ミカド・プリンス)とは何か?を日本はもちろん海外からの視点でも少しづつ丁寧に、しつこくしつこく謎を解きほぐしていきます。世界一周して取材、スゴイ。
西武グループが皇族の土地を買い上げて建てた『プリンスホテル』の謎から堤康次郎の執念が明かされ、『ミカド』というゲームの謎はアメリカの「ミカド」という町からオペラ「ミカド」につながっていく。めちゃくちゃ面白い。
猪瀬氏は天皇を『空虚な中心』と表現しています。天皇を神聖化するための数々のタブーや暗黙の了解により、国民は天皇の実態をよく知らない「お上の存在」という意味でポッカリ空いた空間はイメージできますが、むなしい心持ちや、うつろな感じという『空虚』という表現はこの本を読むとよりしっくりきます。
そんな空虚な中心から日本のレジャーランド化や大衆の近代化の「うねり」を感じました。
私は日本人だから、この国の天皇とはどんな人物なのか?他の国からどう思われているのか?やっぱり興味があるんだなぁ。 -
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第二次世界大戦とは何だったのか?いや独ソ戦、独英戦は、日米の戦いとあまりに距離も遠く性質が違うものなので太平洋戦争=大東亜戦争とは何だったのかという疑問は子供の頃から頭を離れなかった。また日本中のインテリが集まってあの戦争を総括できていないので、俺ごときが考えても仕方ないと諦めていた。
この本は、あの戦争は近代ヨーロッパ文明に対する日本のアンチテーゼが根底にあったことを示していると思う。日本でも朝鮮や中国とタッグを組んで西欧に対抗しようという勢力はあったが、アジアはアジアでバラバラで纏まりがなく、ついに日本は中国を侵略してしまうのであった。日米の工業生産力が4:1といわれていて負けることは必至であったあの戦争の片棒を担いだのは日本の世論とそれを煽るマスコミ・ジャーナリズムがあった点もこの本の重要な一部となっている。 -
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ネタバレ「昭和16年夏の敗戦」に続く完結編と著者は書いていますが、これは日本人必読の書かと思いました。
ある女性が手にした祖母の日記に、「ジミーの誕生日の件、心配です」とあったことから物語は始まります。少しネタバレですが、ジミーとはいまの上皇様(天皇明仁)のこと。2・26事件から「日本のいちばん長い日」 (半藤一利)を経て、東京裁判・処刑までを追っています。東京裁判の開廷は憲法施行日(5月3日)、28人を起訴したのは昭和天皇誕生日(4月29日)、そして処刑されたのは次の天皇誕生日(12月23日)。そこに時限装置としての意図を見出しながら歴史を追う展開となっています。
天皇明仁は、皇太子時代の沖縄訪問(火炎瓶を投げつけられる)や、サイパン・パラオを含めて各地の戦没慰霊碑を回られていますが、これが背負った運命によるとすると、ご心痛もさぞ多かったものと拝察します。
文庫版に加えられた「予測できない未来に対処するために」も読みごたえあり、まるでいまの首相を彷彿させます。初めて知る部分も多く、歴史好きには見逃せない一冊です。 -
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猪瀬直樹『救出 3.11気仙沼公民館に取り残された446人』小学館文庫。
東日本大震災から早くも10年。気仙沼公民館に孤立した446人の避難者の救出劇を描いたノンフィクション。
命をつないだ情報のリレー。携帯電話の充電を気にしながらマザーズホーム園長の内海直子が家族に宛てた「火の海 ダメかも がんばる」という1通のメールがロンドンに暮らす息子に伝わり、信じれない奇跡を産み出す。
本作の舞台となった気仙沼公民館は東日本大震災で津波が遡上した大川と海の近い海抜ゼロメートルの非常に危険な場所にある公共施設で、付近には水産加工場や魚市場などがあったことを覚えている。気仙沼は津波だけでなく、津波火災により大きな被害を受けた。津波により車や船、家屋、木材などが流され、重油やプロパンガスに引火し、気仙沼湾が巨大な火の海となったのだ。本作に描かれた気仙沼公民館の奇跡の救出劇はラジオやテレビ、Twitterなどで知っていた。当時は確かにTwitterなどでは真実の他にデマや悪戯の情報が飛び交ったのを覚えている。
しかし、デマや悪戯はほんの一部で、多くの人びとは少しでも困っている人達の役に立とうと有益な生活情報をアップしたり、救援物資を被災地に回すためのネットワークになっていたのだ。
ここからは自分の体験談。
自分は当時、気仙沼から50キロほど離れた内陸部に暮らしており、毎週末、気仙沼に移住したばかりの義理の両親の家に食糧や飲料水、生活必需品などを届けに行っていた。その際、気仙沼の様子などをTwitterにアップしていたのだが、ある日、気仙沼出身だという関東地方に暮らす方からDMでコンタクトがあった。何とか気仙沼に食糧や飲料水などを送りたいので仲介して欲しいと言うのだ。当時は津波被災地への物流は途絶え、物資を送りたくとも送れなかった。自分の住所をDMで教えると程なくして、段ボールに4つ程の大量の食糧や飲料水などが届いた。その量にも驚いたのだが、Twitterでお礼を伝えると、すぐに気仙沼の義理の両親の家に向かい、近所一帯の家庭に配布した。その後、お礼状と共にお菓子などを送ったところ、被災地支援でお礼をしてもらったのは初めてだと感激された。そして、職場の有志による被災地支援の1つだから気にしなくとも良かったのにと言ってくれた。
また、Twitterである方から尋ねられるままに義理の両親が住む一帯の道路事情やライフラインの状況などを教えてあげたら、後に義理の両親の元に関東に住んでいるというTwitterの当人が菓子折りを持って、あの時は自分の両親と連絡も付かなくなって困っていたが、近所が無事であることを教えてもらい、本当に助かったと挨拶に来てくれたらしい。どうやら、義理の両親の家のすぐ近所が実家という方で最近、移住したばかりの家ということでピンと来たらしい。
本体価格800円
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