猪瀬直樹のレビュー一覧
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やはりここ数年の中で1番大きな変化は5Gがインパクト大きいのだろうなという気がしている。具体的にどう変わるのかはまだ実感出来ないが、いよいよ自動運転が当たり前に導入された時にオレの仕事(配送)はなくなってしまうのだろう。でもあまり悲観的にならず、必ず他にチャンスはあるはずだから今から取り組むべきだ。その1つが落合氏の言うメカニカルアーツかも知れない。今からでも遅くないやれるだけやってみよう。今自分は大阪住みだが、いつか東京に出て地方と行き来する2拠点生活か、頻繁に地方を訪れる生活を実践してみたい。「観光客」としてその土地その土地を訪れてインプットすることを通して新たなアウトプットを生む可能性に賭けてみたい。その時にはやはりモチベーションが大切になってくる。高いモチベーションが生産性も判断力もあげるだろう。とはいえオリンピック以後の日本は景気が悪くなるとか、もう暗黒時代が到来するかのように語られることが多いが、いたずらに落ち込んでても仕方がない。両著者のように希望を持ちたい。これだけのインフラが整った国は他にそうないのだから、そして何処よりも早くこの危機を経験する事は乗り越えられた時、日本にとって大きなチャンスとなり得るかも知れない。だって何が成功で何が失敗なのかなんてその成否はないのだから。
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購入済み
20代後半地方OLの感想
タイトルに惹かれて購入
統計データを元に将来の日本を予測すると言うより、
これからのテクノロジーと融合する日本を希望的に描写している内容と感じた。
日本には絶望しかないと思っていた私の考え方を、むしろテクノロジーによって社会が変わっていく面白い時代に生きていると、180度覆してくれた落合陽一さんのビジョンが詰まっている。
猪瀬直樹さんは、著作を読んだことがなかったけれども、歴史的な日本の背景や、官僚文化について都知事経験者の説得力があり、読みやすく、勉強になりました。
本作に関連して平成最後の夏期講習、Yahoo!安宅さんのプレゼンをYouTubeで見たりと楽しめるので、2021年以降の自分と社会を考えるきっかけの一冊としておすすめ。 -
Posted by ブクログ
落合 陽一さんと、元都知事の猪瀬直樹さん共著で書かれたもので、東京2020と日本では東京オリンピックに向けた議論が盛んに行われているが、それより未来にむけた議論がなかなか行われていない現状について言及しいた。
たしかに、政治となると有権者の多くが高齢者であり、政治家も若い人はあまりいません。そうなると、ここまで近視眼的ではないものの、数十年先を見据えた政治などできるはずない。
現時点で困っていることに対応するだけでなく、数十年先を見据えた未来を見据えながら行動する必要がある。もっともっと、若い世代が政治や世の中のことに関心を持って、世の中を動かしている当事者なのだと意識して活動していくことが大切なのだ。 -
Posted by ブクログ
現代の日本社会が江戸時代の武士組織に由来したものであることを論じたものだが、中世に地方が役を果たせば職業を保護するかたちの下で発展し、江戸時代になると、検地をしてもらうことでの百姓が土地の所有権を持ち、自立して市場経済が発展していったという流れもおもしろい。
騎馬民族征服説は今はほぼ否定されているが、応神・仁徳政権が強力な騎馬を持っていたことは確からしい。蘇我氏あたりが中心になって、大陸や朝鮮半島に学んで軍隊と官僚制をつくったと考えられる。
8世紀に発行された貨幣の流通は畿内に限られ、11世紀の初めから150年間は貨幣が使われなくなったが、12世紀半ばに中国からの宋銭が大量に輸入されて以降、貨幣経済に移行した。鎌倉時代に中国からインディカ米が入り、谷間や湿地帯に栽培できるようになったことが、人口増加を牽引した。
鎌倉時代の武士社会では、分割相続が一般的だった。御家人たちは、恩賞でもらったあちこちの土地に一族を派遣して全国に散らばり、血縁のネットワークで全国を統治していた。地方では領国内の安全を保障する代わりに、手下の武士に対しては軍役、農民には年貢、町人には地代といったそれぞれの職に応じた物やサービスを納めることを要求した。
鎌倉幕府が設置した問注所という裁判機関が判決を出すと、強制執行できる力と権威があった。室町幕府になると守護が裁判を開いて裁定を執行するようになり、地域的なつながりを基盤とした属地的な社会になっていった。地域権力ができていき、自国を強大にするために、用水を掘ったり、各種の職人を招致した。役を果たせば職業を保護するかたちの下で民の力が上がり、産業の多角化が進み、人々の暮らしはよくなっていった。
大陸から仏教が伝わり、多くの寺が建てられた平安時代までは、宗教が高度な知識と技術を独占し、天皇の権威が付け加えられたため、大きな権威を持つ宗教卓越国家だった。地域が力を付けると、必然的に宗教や権威は否定されていき、経済卓越国家になっていった。同業者組合に商売する権利を与える座を認め、上納金を得ていたのは、多くが宗教施設だった。戦国大名は座を解体することによって、役を取ることができるようにした。1650年頃には、各大名が検地を実施して寺領を大幅に減らし、数か所の寺や神社をひとつにまとめ、僧侶の人数も強制的に減らした。寺は、葬式と宗門人別改帳による戸籍管理の役割を果たすようになった。
広大な平野の地域では、組織が縦型に編成されて中央集権的になりやすい。濃尾平野は東国の武士の伝統があり、都に近いため経済的に豊かで、交通の便もよく、中央集権的な気風が天下を取ることに有利に働いた。畿内は宗教の権威が強く残っていたため、地元の権力が育たず、強い大名が生まれなかった。
室町時代までは経済政策はなかったが、江戸時代になると、用水路の開削や溜池の造成などの経済を好転させる政策を行うようになった。西日本の大名がいる領国では、農業投資が行われて豊かで人口も増えた。畿内は非領国だったが、資本が潤沢で、工業生産の土壌もあったため豊かだったが、結婚年齢が高く人口は増えなかった。天領の関八州ではきちんとした自治が行われず、人口も減り続けた。東北は領国だが大名があまり面倒を見なかったため、飢饉が来ると農民は飢え死にした。
江戸時代の百姓は、検地をしてもらうことで所有権を確定でき、その土地を売買することもできた(田中圭一「百姓の江戸時代」)。将軍や大名が法の支配をして、農民の人権や財産権が保障されたため、市場経済が発展した。百姓は、強い家意識を持つようになり、仏壇や墓地も持つようになった。戸籍簿にあたる宗門人別帳に載せされなかったが、百姓も名字は持ち、墓石に彫り込んでいた。
江戸時代に世襲権を持つ武士の割合は5%くらいだった。幕末から明治維新にかけて活躍した下級武士は、ほとんどが徒士と呼ばれる人たちで、馬には乗れないし、主君から給付・安堵された所領である知行も持たなかった。世襲では算盤御選で能力を問われ、使用人がいないので、身の回りのこともすべて自分でやったため、精神的にも肉体的にも鍛えられていた。
明治維新は下級武士が権威を奪い取ったもので、江戸時代の権威主義はそのまま続いた。現在の官僚の人事制度や戦後の日本的経営の組織感は、江戸時代に求められる。現代の企業の行き詰まりの一因は、組織に長くいる者が高い権限や地位を与えられ、組織に強い忠誠心が求められ、セクショナリズムになりやすいなど、江戸時代の武士組織を踏襲しすぎていることにある。 -
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ネタバレこの人が2500万円をバッグに入れられなかったから…。
猪瀬直樹が東京都知事時代を振り返り、これからを語る。
猪瀬直樹は悲しいかな若かった。石原慎太郎ほど親分気質で悪くなれなかったんだろうな。だから消された。
市民は政治家にクリーンな人柄を求める。それでは東京をまとめられない。東京にはマキャベリズムが必要なのである。それを理解できない都民ェ…。
今東京に必要なのはやはり「生産性」なんだけれど、なかなかどうして浸透しない…。お年寄りはSNSができないなら、いろんな本を読んで勉強してほしい。
小池さんがいろいろぶっ壊した後に、もう一度猪瀬さん都知事ならないかなー。絶対無理だろうな。せめて、このくらい理性的な人になってほしい。
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ミカドの痕跡を近代史や海外から掘り起こし、天皇制と近代日本について論じた力作。あたかも枝ぶりの良い巨木を眺めるようなスケール感はあるが、枝葉が広がり過ぎてしまった感も否めない。もう少し剪定をして小ぶりにまとめて欲しかった。 ただし、西武グループと皇室の関係を描いた第一部の「プリンスホテルの謎」は抜群に面白かった。 西武という企業の経営のカラクリが分かるばかりではなく、堤康次郎、清二、義昭、というそれぞれの時代に君臨した稀有な親子の内面にまで肉薄するノンフィクションの傑作だと思う。第二部では「ミカド」という日本では馴染みのないオペレッタが、欧米では広く日本に対するイメージ形成に影響したこと、第三部では明治天皇の「御真影」や志賀重昂の「 日本風景論」という書物が、日本人自身の心性や文化に深く影響を与えたことを論じている。いずれも切り口が斬新でジャーナリストとしての猪瀬氏の力量に感服。東京都知事になって味噌がついてしまったのはくれぐれも残念。
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Posted by ブクログ
戦後のセキュリティの歴史を、1964年の東京オリンピック前後に興った2つの民警(民間警備会社)、セコムとアルソックを通じて読み解く本です。
重要で興味深い点が3点あります。1つは日本で全く無かった産業が生まれた時のマーケティング(オペレーションや営業)がどのようなものであるか。1つは非競合的かつ排除不可能という公共財の典型である警察について、民間がビジネスとして行い、それが産業になるということ。1つは綜合警備保障の現会長による「110番から119番へ」という言葉に象徴される、時代によって求められる「保障」が変わってきている、あるいはその範囲が拡大しているということ。
ノンフィクションとして面白いのは、セコム(創業当時は日本警備保障)と綜合警備保障(アルソック)の創業者のキャリアが、前者はアメリカの新しい文化を取り入れた商人の息子であり後者は警察官僚出身であるという好対照さが、そのまま創業当時のマーケティングの手法にも表れていることで、それが猪瀬氏得意の芳醇な脇のエピソードの挿入により物語が深くなり没入させる作品となっています。
「110番から119番へ」という言葉からも分かるように、当初は犯罪からの保障が主だったところ、不慮の事故からの保障が重視されてきています。両者が高齢者見守りサービスに力を入れているのは正に時代を反映しています。そして、119番保障の時代にあっても、民警が果たす役割と産業が成立することは、翻って官がやるべきことが何かを考える足がかりになることでしょう。