にしけいこのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ジェイムスを読みたくて。ハックルベリー・フィンを読まなきゃなぁ、その前にトム・ソーヤだ!と手に取った本作。あまりにも名前が有名な少年が主人公のアメリカ児童文学だが、初読みだ。読んでみて、こんなにトム・ソーヤーのことを知らなかったのか自分〜と驚いた。
まず、想像するような天真爛漫のわんぱくいたずらっ子ではなかった笑 想像をはるかに超える非道徳な(?)子どもだった…え、これが名作なのか??と思って読後にネットで解説を読み漁っちゃったもんね。
なるほど、模範的で規範的な子供が主人公でないというところがまず当時の児童文学における革命だったのか。そこがアイデンティティだったのね。それなら納得。思えば欧米の小説の子供って、日本の小説に比べるとヒーローぽさや正義感や爽やかさやに欠けると感じることが多々あるが、トム・ソーヤーが起源だったのかぁ。
まあどんなかというと、学校やお手伝いはサボりまくる、大人を欺きまくる、友達をたぶらかす、教会でズルを働いて表彰されようとする、生死に関わる大嘘をかまして家族に心配をかけるのを厭わない、殺人事件を目撃しても大人に報告しない、などなど。
読む前に持っていた印象と違いすぎてもはや面白かった。ディズニーランドのいかだで行く島のアトラクション、トム・ソーヤだよね。確かにそのシーンあるわ。だけど、少年の大冒険☆というエピソードではなかったわ。悪友と家出して怠惰な生活を送ったあげく町をあげた行方不明事件を引き起こし家族を悲しませたっていうエピソードだったわ。自分の葬式に呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン、サプラぁーイズ!じゃあないわ。
とまあなんだかスッキリしなかった。ちなみにハックルベリー・フィンももちろん出てくる。え、君は浮浪者の子供なのかい。これまた想像と違いましたわ。だってハックルベリー・フィンの冒険では、黒人のジムと大脱走なんでしょう、白人の裕福で勇敢な少年、みたいな想像を勝手にしてたわ。先入観とか勝手な思い込みってすごいわ。何が言いたいかと言うと、ハックルベリー・フィンの冒険を読むのも楽しみだわ。 -
Posted by ブクログ
クリエイターとして成功したのちの闇の部分を描いたような13巻。
夢の実現のために邁進する創也に、挫折でなく実現後の絶望を見せつけるかのようなリアルイベントの結末となったように思います。
夢や野望に付随する光と闇の両面。それは成功と挫折というような、二つに別れているものではなくて、表裏一体で分かちがたい存在だということを見せられてしまったのかなぁ。
暗躍する組織の得体のしれなさが、13巻の物語に影を強くもたらしているのですが、個人的には成功者が持ってしまった暗さに慄いてしまいました。
いずれ向き合う時が来るであろうこの問題にをどう乗り越えてゆくのか。
内人とコンビであることが、その一助になることは間違いないでしょうけども。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ元学校の先生だったという、はやみねかおるの作品を、自分も学校の先生なのに読んだことがないなあ、と思って買って持っていたら、中学一年生(積読しているうちに、もう三年生になってしまったが)の生徒から「先生も都会トム読んでるの! おれも読んだ」と喜ばれた。令和の中学生にも刺さるんだなと思うと、これだけ時間が経っても、同じ何かを共有できたような気がして嬉しい。
創也が追っていた伝説のゲームクリエイター栗井栄太が、コンピュータゲームに限界を感じて、R-RPG(リアル・ロールプレイングゲーム)を作ろうとしていたという展開に割と驚いた。最近流行りの「リアル脱出ゲーム」や「街歩き謎解き」、「TRPG」とか、ちょっと違うかもしれないけど、少し前に流行った「ポケモンGO」や「Ingress」といった位置情報ゲームとかは、街を歩くこと、実際にゲームを体験することがコンセプトになってる。そういう意味で、栗井栄太と同じ発想なんじゃないかと思う。まちとむが書かれたのが2004年だと思うと、先見の明とでもいうもの感じてしまった。
ただ、創也が栗井栄太と出会って、同じように最高のR-RPG「第五のゲーム」を作ることを宣言した動機は、もっと中学生らしいとでもいうものだった。もう一人の主人公、並外れたサバイバル能力を持つ内人との「冒険」が楽しかったからである。
中学校の昼休みを見ていて、今でも面白いなと思うのは、休み時間になるとボールを持って外に出て、昔ながらの外遊びをする生徒たちが、たくさんいることである。3年生になってもボールを投げ合う姿を見ると、まだ子どもだよなと思ったりする。
これだけ時が経っても、まちとむを面白いという中学生がいることは、体を使って外に出て遊ぶ「冒険」の魅力が、まだ、終わってないことを意味しているんだと思う。これを読んで、中学生と共通の話題にできたことが、嬉しかった一冊だった。 -
Posted by ブクログ
トム・ソーヤーの友人にしてトラッシュ(白人貧困層)で浮浪児のハックは父親からの暴力から逃れ、逃亡奴隷のジムと自由州に逃れるためにミシシッピ川を下る冒険に出る。
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トム・ソーヤーの冒険のスピンオフ的作品にして原作を超えると評価の高い本作です。冒頭に、この本に何らかの教訓や批評を求めるなかれ、と書いてありますが、まあ無理な話でしょう。ストーリーを通じて権威主義・資本主義をあて擦ったり奴隷制を批判したりという記述が出てくるし、最後のトムの怒りのセリフはどう読んでも奴隷制批判です。トム・ソーヤーの冒険に出てくるインジャンジョーにせよ本作のジムにせよ、アメリカ社会が何を踏み躙って増長してきたのかを問わずにはいられないマーク・トゥエンの心情が読み取れますが、同時に冒頭の記述のように予防線を引いておかないといけない事情もあったのかもしれません。
そんなこんなですが、アメリカ中西部〜南部まで、ミシシッピ川を中心に広範囲に旅をしてアメリカという社会を俯瞰するように展開する本作はさすがの読み応えでした。しかし終盤にトムが阿呆を開陳しなければハックやジムがあんな危機に陥ることがなかったと思えば、男子の阿呆は度し難いという普遍的な教訓を伝えるためのお話とも言えるかもしれません。 -
Posted by ブクログ
なんだか色々動き出してきましてワクワクしております。
「世界は、さめない夢を見ておわる。」
はやみね先生に過去何があったのかは想像するしかないのですが、先生が書く女性キャラはどうしても苦手なキャラが多くて私はいつも歯ぎしりして読んでおります←
まぁ真田女史はわりと好きです(笑)
いや、内人くんの気持ちはわからんでもないが、堀越さんは…
お世辞にも趣味がいいとは言えn(ry)
きっとお父さんもこの手のタイプにころっと騙された結果、教育ママかなと思うとやるせない←
番外編の真田女史のお話非常に面白かったです。
(やることはメンヘラっぽいが…日記のくだりとか) -
Posted by ブクログ
はやみねかおるの代表作で、知ってはいたが、読んだことはなかった。現役中一の子が面白いとおすすめしてきたので、いまさらながら読んだ。
読んでみて一番感じたのは、いたるところで顔を出す、中学生の趣味や感覚の時代感だ。
物語のキーアイテムになっているコンピュータゲームや、「六番めのゲーム」を作りたいという登場人物の夢。まだ、ゲームやパソコンといったものが、一部のコアなオタクたちだけのものだった平成の時代の匂いを感じさせる。
そういった時代感を思わせつつも、物語の中核にあるのは、やっぱりマンホールの下と、テレビ局の冒険だ。暗い下水道、不気味なねずみの群れ。普段は入れないスタジオや倉庫。そこには、小学生の頃、初めて学校探検をするときのような、行ったことのない場所に足を踏み入れる、純粋なワクワク感が詰まっている。
主人公の二人のバランスも面白い。
学校では、もの静かで成績優秀な優等生「竜王創也」は、憧れのゲームクリエイター栗井栄太に会いたいというだけで、危険な下水道に行き、テレビ局を勝手に歩き回る。それに付き合わされる「内藤内人」は、頭がいいにも関わらず無計画な「創也」に振り回されながらも、おばあちゃん譲りの生きる知恵でピンチを乗り越えていく。
物語の中で一貫しているのは、「お勉強ができること」と「生き抜く知恵があること」の違いで、「冒険に向かう好奇心」と、「冒険と乗り越える力」の違いだ。それぞれの違いが、二人の中学生に割り振られて、二人は名コンビになる。塾通いに追われる「内人」が、ピンチを乗り越えていくところが、個人的には好きだ。
好奇心さえあれば、見慣れた都会も冒険の舞台になる。
何の変哲もない場所で、冒険の夢を諦めた子たちに読んでもらいたい本だった。物語の初めに書かれた、次の言葉が、すごく印象に残る。
ミシシッピ川がないから、トム・ソーヤになれなかった……。
ぼくは、そう思っていた。
だけど、ぼくのまわりには宮川と徳川山があり、楽しい友だちがいた。
だから、ぼくは、いつだって冒険していたんだ。
大人になったいまだってー。
もし、トム・ソーヤになりたかったら、きみのまわりを見わたしてごらん。
そうすれば、いろんなものが見えてくる。
そして気がつくはずだ。
ぼくたちは、いつだってトム・ソーヤだってことに。