伊藤比呂美のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
【本の内容】
「夫と話すことがありません」
「赤ん坊と二人ッきりでいると息がつまりそう」
「パート先で好きになった15歳下の男性が遠くに転勤して寂しい」
次々と寄せられる読者からの身の上相談に答えるのは五十代前半の詩人兼回答者・伊藤しろみ。
不倫、セックス、子離れから、更年期、離婚、親の介護まで、迫力と説得力たっぷりに語りたおす。
女の人生の絶望と希望が詰まった一冊。
[ 目次 ]
卯月―ふうふのせつくす
皐月―おんなのぜつぼう
水無月―子ゆえのやみ
文月―みをこがす
葉月―へいけいのこころえ
長月―ちうねんきき
神無月―みんなのしつと
霜月―りこんのくるしみ
師走―これから
睦月―おおきくなつたら
如月―えろきもの
弥生―さいごはかいご
[ POP ]
新聞連載の身の上相談を下敷きに、不倫、子育て、セックス、離婚、嫉妬、更年期、介護などを「あたしの身の上」に引きつけた詩人が、言葉の芸を尽くして全身全霊で答える。
ほとんど呪術的と言える独特なリズムを宿した文体が素晴らしく、理不尽なことを受け入れざるを得ない「絶望」がどんなに大きくても、その先に開き直った明るさを感じさせてくれる。
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
ここのところ精力的に本が出る。ご両親を見送り、更年期を乗り切った伊藤比呂美さんは、ひときわ静かな凄味を増したようだ。
本書はタイトルからして気合いが入っている。気軽に手に取れる新書版だけど(実際読みやすいんだけど)、私は、うーん、うーんと唸りつつ、立ち止まり立ち止まり読んだ。まだ感想がうまく言葉にならないので、特に長く立ち止まった所を抜き書きしておくことにする。
-母と娘-
・母は娘には教えたいことがいっぱいある。自分の踏んだ轍のいいところは踏んでほしい。良くない轍は踏まないでもらいたい。当然の親心です。しかし同時に、母は母であるというだけで、娘に対して、ふつうの人と人との関係より、ずっと絶対的な、強大な、むこうが否定したくても否定できない立場にいる。
・わたしたちが一人一人違う母であるように、娘たちも一人一人違う娘です。どの娘も、どんなかたちであろうとも、一人一人の人生を生き抜こうとしているのであります。
母としては、一人一人の娘たちが、「あたしはあたしだ」という人生の極意をしっかりつかめるように、見守り、受け入れたい。そのためには、いずれ、かわいがったり期待したり心配したりするだけじゃなくて、突き放す、かかわらない、忘れてみるということも、必要になってきます。
-父と娘-
・あらゆる可能性を与えていただきたい。可能性を前にしたときに、自分が進むかどうかは別にして、女であるからという理由で怖じ気づいたり、ためらったり、あきらめたりすることのないようにしていただきたい。それはもう、ちらりとでも、そんなことのないように。
・父親が、女という性を持つ娘を全面的に受け止めているか、家庭の中で女がいかに自由か、身を持って、いな身を挺して、アピールしていただきたい。まず、妻への態度、家事のやり方、テレビの見方、社会で起こる事件についての意見、等々、生活のすべてにそれは出てきます。
-LGBT-
・自分が誰か、何をしたいのか、セクシュアリティも、アイデンティティも、自分の中でも、理解するのに時間がかかります。計算やミステリーなら結論が出ないといけませんけど、なにしろ人生ですから、結論は、いつ出ても、ついに出なくても、OKです。
-嫁と姑-
・結婚の最大の苦労はココです。今まで「あたしはあたし」が人生の命題だった。はじめは他人だった夫も、いつのまにか日々の暮らしの中で慣れて、彼の前で、「あたしはあたしよ」と生きる方法をつかめてきた。ところが、姑をはじめとする夫の家族の前に出てみたら、自分ははじっこのすみっこに追いやられ、「あたしはあたしよ」で生きられないというところなんです。
・盆に正月、法事に慶事と顔を合わせ、文句を垂れ流しながらやり過ごしているうちに、自分も姻戚も老いていく。死んでいなくなる人もいる。新しく加わる人もいる。老いて、穏やかになってつきあいやすくなるか、頑なになってつきあいづらくなっているか。いずれにしても、人も、人の関係も、変わっていくはず。時間はかかりますが、その変化が救いです。
-性教育-
・それ(十代のセックス)を頭ごなしに否定してはいけない。否定からは、何も生まれない。しかしまた、私はこうも思います。……親は、親の意見を、子を思う心から生まれてくるさまざまな意見を、言い散らすことをやめてはいけない。言い散らすことで、子どもが反発しても、やめてはいけない。それが親の親らしさなんですから。
-近所の目-
・「人の目を気にしなさい」。これもまた、親の呪いの一部です。いい子になれという呪いの一部で、親の呪いの中ではいちばんたいしたことのないものです。
・変人として生きること。これがひけつです。だれもみな、少しずつ、変人になりうる素質を持っています。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ仏教に関心を持ち ザッピングしていくと伊藤比呂美さんの本にたどりつき初めて読みました。
ご自身の事を詩人と言っているが 「かたり」なのでしょうか?何度も復唱して書かれている文章には呪文のようなリ感じでリズム良く読めたりもする。詩集ではないし不思議な気持ちで読みました。
粒粉のことは 私も同じ思いだと読んで初めて知った。変な人と思われるから私は人に言わなかった。だから動画も見たけど、著者のようにお気に入りには入れてない。 本ってこういう”ざっくばらんな”と思えるが繊細な人に出会えるから面白い。
著者の介護のお話に興味を持ったので、また新しい愛読書ができました。 -
Posted by ブクログ
伊藤比呂美は苦手だ
手に取ってみた本は多くないし、
最後まで読んだ本は ほぼ皆無
この本もすんなりとは読めず 途中であきらめ
気になって また手に取り
それを繰り返して よろよろと やっと最後まできた
上野千鶴子さんの解説が 素晴らしかった
(文体が私に読みやすかったせいもあるだろう)
これは 詩 なのだろうか
散文ではない と思う
祈りだ と上野さんは言った
50代のおんなが抱える苦を あけすけに
絶望ぎりぎりのところで 踏ん張っている姿を
バイリンギャルの娘の言葉(音と文化と)が作る薄い壁を
言葉の意味でなく 音で伝えて
老親の介護、認知症、
思春期の子どもの生き難さ
夫の更年期
英語と日本語を行き来する もどかしさ or 救い?
やっぱり 詩 なんだろうな
初めて最後まで読めた 伊藤比呂美の本
追加です。
やばいです、この本
言葉のリズムが頭から離れない
掴まれてしまったみたい -
Posted by ブクログ
伊藤比呂美さんは私と同世代で同性。デビューの時の印象も覚えています。そしてあれから30年余り過ぎて改めて興味が湧きました。
同世代の女性ですから考えていることや体験が非常に”分かる”のです。
読んでいて、先に亡くなった佐野洋子さんが書いた「シズコさん」を彷彿しました。
いくら感覚的に分かるといっても、さすがに向こうは書くことでお金を稼いでいるプロですから中身をここまでさらけ出すのかという根性の違いを見せつけられ、3人の子育てと離婚、再婚と繰り返して相当年上の英国人のご主人と一緒の生活やご両親の介護経験など芸能記事風にいえば、壮絶な生き方のトーンはやっぱりあちらの方が数段上です。
もともと詩人の彼女ですから、賢治や中也など沢山の歌人の魂が乗り移ったかのようなことばがちりばめられ、崖っぷちにいるような体験の数々は時折ユーモラスでさえあります。
娘に面倒を見てもらう状態になった彼女の母親が
”どうしてこうなっちゃったんだろう、あたしは何か悪いことをしたかしら。”
とつぶやく場面はドキドキします。
さんざん苦労しながら、苦労をしょいこんで
この苦が
あの苦が
すべて抜けていきますように・・
とひとは死ぬ間際まで祈り続けるのだろうとつくづく思います。 -
Posted by ブクログ
[ 内容 ]
寝たきりの母を持つ詩人は、死とはどういうものか知りたかった。
他の人にあけすけに聞けない、「でも石牟礼さんなら」。
これまで多くの苦しみと死を見つめてきた作家は、切実なことをぐさりと言われたような気がした。
こうして十二月の穏やかな日、二人は語りはじめた。
老いと病、介護・看護、家族の死、さらには『梁塵秘抄』。
そして「いつかは浄土へ」という祈りに至る安らぎの対話。
[ 目次 ]
第1章 飢えと空襲の中で見たもの(パーキンソン症候群―読めなくなる、書けなくなる 声が出なくなるかもしれない ほか)
第2章 印象に残っている死とは(祖母の死 あの世は「良か所」 ほか)
第3章 それぞれの「願い」(『あやとりの記』―流々草花 お経はどこで習いましたか ほか)
第4章 いつかは浄土へ参るべき(『梁塵秘抄』を飛び飛びに読む 「我等も終には仏なり」 ほか)
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
もったいないので、少しずつ読んだ。上野先生の散文だと、「恋愛病」と「亡命者」が好き。読んでると、どうしても上野さんの笑顔が浮かんできてしまって困った。愛とか恋とか、もう疲れたって思っていて結婚したいと思うけど、結婚も同じように疲れるみたいだから、多分わたしも最後には上野先生みたいに、おひとりさまになるんだ。子どもも産まず、だけど女の仲間たちに囲まれて生きていくのは、ときに孤独を感じるかもしれないけど、でもいいのかもしんない。今はただ強くなりたい。死んじゃうときに、淋しいとか思わないで死んでいけるようになりたい。
わたしは決めた。いつかこの本の第二弾を編集者として出版します。上野先生に頼みにいこう。 -
Posted by ブクログ
森見登美彦さんが竹取物語、宇治拾遺物語を町田康さんが担当しているのがキャラクターを表していて面白い。そして作家さんが各々「俺が書きそう」「編集部から割り当てられただけだけどお笑い担当なんだな」と言っているのが笑えた。
今の若い人の言葉と昔のかしこまった言葉の混ざり具合がおもしろかったです。
→言葉は純粋にやっていくと滅びるんですよね。やっぱり混ぜていかんとね。ただ、混ぜるのもコツがありますね。バンドをやってるとき、よくあったんですよ。各パートでレコーディングした音を最終的にミックスダウンで一つに混ぜるわけですけど、みんな目立ちたいから自分の音量を上げたがる。それでムチャクチャになって全体のバランスを見始めるんです。
ええバランスじゃないとね、なんぼ音上げても聞こえへん。よっしゃあ関西弁でいったろかいと思っても、全部が全部、関西弁やったらうるさくて聞こえへんかもしれん。ミックスするときはバランスをとらなあかんということです。何でも一緒ですよね。
町田さんは『宇治拾遺物語』という原曲を忠実に再現するんじゃなくて、カバー曲を新しくつくって聞かせているんだなって。
→ 仰るとおり、カバーですね。でもメロディーは絶対に変えてません。メロディーとは話の筋です。展開や結末を変えるようなことはしてないです。ムードも変えてません。暗い曲を明るい調子でやったりはしてなくて、もとのムードがより活きるようにやってます。弾き語りの曲にいろんなオケをつけたみたいな感じですね。原文にないことは書かない。原文から聞こえてくる音以外はつけない。だから原文を潰してやろうとか、原文と闘ってやろうとか、そういう意識はまったくなかったです。
このやりとりが心に響いた -
Posted by ブクログ
世の中の女性で一番好きな伊藤比呂美さんの本なのに、星3つにするのは心が痛いが、まあ、これは軽い対談本なのでいいとしよう。
阿川さんには申し訳ないけど、私はとにかくしろみさんが好きなので(何度も言う)、しろみさんの言葉だけを追っていきたいわけです。けれど、年上で育ちの良い阿川さんの主人公感が半端なく、もっとしろみさんの言葉が聞きたいのに、という消化不良感が残りました。阿川さんごめんなさい。ただ、しろみさんが好きなだけなので。(しつこい)
消化不良ではあったけれど、枝元ほなみさんのことが語られているので、これは胸に沁みた。あとがきも、とてもとてもグッときました。
にしても、しろみさん、片付け下手すぎるのさすがです。