羽生善治のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
『将棋初心者かつ羽生さんに興味がある人向けの詰将棋集』
一手詰の詰将棋集です。
問題数は81と多くはありませんが、解説が分かりやすく失敗図もあるので初心者には良い本だと思います。
また、駒の動かし方から詰め将棋のルールまで詳しく説明してあるので、将棋を知らない人でも本書だけで問題無く詰め将棋の問題を解けるようになっています。
タイトルに「羽生の」と付いているだけあり、羽生さんが監修したという事に留まらず、羽生さんに関する豆知識やインタビュー記事が載っていますので羽生さんには興味があるけれど、将棋はあまり知らないという人に向けた詰将棋本なのかなという感想を持ちました。
問題の解説も本の作りも全体的に分かりやすいので、とても良いと思うのですが、解説に偶に将棋用語的な言い回しがあるのでそういった所には違和感を感じました。
唐突に出るそういった言葉の使われ方で、この本のコンセプトであるだろう分かりやすさが少し損われている感じを受けました。
全体の感想としては、分かりやすさはとても良いけれど、問題数をもう少し増やして、将棋用語的な言い回しを無くせばもっと良いかなと感じました。
或いは雰囲気を出すためにそういった将棋の言葉を入れたいなら、この本のコンセプトとは少しずれる気がしますが将棋の格言をガンガン入れていって、その言葉に対して注釈をいれる所まで作り込んでいれば、星4の評価にしていたと思います。 -
Posted by ブクログ
【フレーズメモ帳】
人間には2通りあると思っている。不利な状況を喜べる人間と、喜べない人間だ。将棋界にも、最初からピンチを招こうと思っている人はいないが、ピンチに陥って奮い立ち、知恵を出せる人と怯んでしまう人がいる。不利な局面でも諦めずに、粘り強く淡々と指していくことが、勝負のツボを見出すポイントになり、逆転に必要な直感や閃きを導き出す道筋になると私は信じている。
一般に経験は人を強くするという固定観念があるが、いろいろと考え過ぎてしまい、一番いい方法にたどり着くのに時間がかかってしまったり…ネガティブな選択をしているときもあるのだ。そういうマイナス面に打ち勝てる理性、自分自身をコントロールする力を同時に成長させていかないと、経験を活かし切るのは難しくなってしまう。
「じっと見ていてもすぐには状況は変わりません。しかし、間違いなく腐ります。どうしてか?時の経過が状況を変えてしまうからです。だから今は最善だけど、それは今の時点であって、今はすでに過去なのです」米長先生
趣向には思想がなくてはならない。やたら目新しさで度肝を抜こうとするのではなく、その奇手が新たな地平を開拓する一歩でなければ、ただのこけおどしに過ぎないだろう。
物事を進めようとするときに、「まだその時期じゃない」「環境が整っていない」とリスクばかりを強調する人がいるが、環境が整っていないことは、逆説的に言えば、非常にいい環境だと言える。リスクを強調すると、新しいことに挑戦することに尻込みしてしまう。リスクの大きさはその価値や表しているのだと思えば、それだけやりがいが大きい。リスクを避けていては、その対局に買ったとしてもいい将棋は残すことはできない。次のステップにもならない。それこそ、私にとっては大いなるリスクである。いい結果は生まれない。私は、積極的にリスクを負うことは未来のリスクを最小限にすると、いつも自分に言い聞かせている。
何事においても事前の研究は大切であろう。大局観と事前研究があるからこそ、最善の戦略も生まれるのだ。
つまり、置かれている状況がその人にとって乗り越えられるか、乗り越えられないかの瀬戸際のときに感じるのがプレッシャーなのだ。簡単に、楽々と乗り越えられるハードルであれば、ほとんど感じないはずだ。プレッシャーを感じるのは、自分自身がそのレベルに到達していないからだ。プレッシャーを克服するには、経験が大きく役に立つ。机上の勉強や練習では養えない。実戦の中でいろいろな曲面にぶつかり、乗り越えることでしかみにつかないものなのだ。
将棋は勝つことが目的だが、勝とうとすることはある意味で、欲である。その欲が考えを鈍くしたり、度胸を鈍くするからだ。勝負に一番影響をするのは「怒」の感情だ。私は、プロになる前から、どんなに形勢が不利になっても感情を表情に表さないように訓練してきたつもりだ。
私が、日頃気にかけているのは、勝負の結果を次の日に引きずらないことだ。私は、対局が終わったら、その日のうちに勝因、敗因の結論を出す。そして、翌日には真っ白な状態でいたいと思っている。
集中力の基盤になるのは根気であり、その根気を支えるためには体力が必要。体力がないと苛立ちに負けて、考える力はまだ残っているのに、結論を急ぎたがり、最後まで集中して頑張り切れない。
私は、年齢にかかわらず、常に、その時、その時でベストを尽くせる、そういう環境に身を置いている。それが自分の人生を豊かにする最大のポイントだと思っている。
つまり、情報をいくら分類、整理しても、どこが問題かをしっかりとらえないと正しく分析できない。さらにいうなら、山ほどある情報から自分に必要な情報を得るには、「選ぶ」より「いかに捨てるか」のほうが重要なのである。生きた情報。学ぶのにもっとも有効なのは、進行している将棋をそばで皮膚に感じ、対戦者と同時進行で考えることだ。
新しい技術を開発するのに、ぎの解説書を読むことはプロセスとして大切だ。しかし、文献に書いてあることはすでに常識である。問題はそのあとだ。その先を目指すには、自分で手を動かすことが知識に血肉を通わせることになる。現場で、あちらの方向、こちらの方向と試行錯誤を重ねるうちに、生きた知識が積み重なり、ステップアップする土台ができるのではないだろうか。
どんなに読みの力や経験があっても、立ち合いで負けてしまうと、力を発揮する場面にならないで勝負がついてしまう。あっという間に土俵の外に放り出されてしまうわけである。そのため、大部分の棋士たちは、そういう知識とか情報に重きを置いて研究し、練習しているのが現状だ。その土俵は誰も避けては通れない。最先端で争っていると、そこを避けることは、逃げることでもある。勝負を逃げてしまうと、気持ち的にも逃げることになってしまう。そして、段々と消極的な作戦しか選べなくなってしまうのだ。
オールラウンドプレヤーであるため、「自分の得意な形に逃げない」ということを心がけている。自分の得意な形に持っていくと楽だし、私にも楽をしたいという気持ちはある。しかし、それを続けてばかりいると飽きが来て、世界が狭くなってしまう。息苦しくなって、アイデアも限られてしまうのだ。棋士の中には、「俺はこれしかやらん!」といって、一つの形ばかりやっている人もいる。それはそれで、その人の信念だからいい。
情報の量が増えすぎ、それへの依存度がどうしても高くなってしまう。
そんな中で、自分なりのスタイルや信念を持つことが、非常に大事になってきているのではないだろうか。それがないと根無し草と同じ、流されるだけになる。自分なりの信念やスタイルを持つことは、物事を推し進め、深めていくためのキーなのだ。
私が、将棋を上達するためにしてきた勉強法は、初心者のころも今も変わらない。基本のプロセスは次の4つだ。⑴アイデアを思い浮かべる、⑵それがうまくいくか細かく調べる、⑶実戦で実行する、⑷検証、反省する。
今は近道が他にたくさんできている。わざわざ一番遠い道を選んで行くのは損だという思いにかられる。その横では近道で通り過ぎてゆく人がたくさんいるのだから。自分自身で、「何をやってきるのだ」と思うそともあるだろう。逆に、昔よりも選択が難しいじだいなのかもしれない。しかし、遠回りをすると目標に達するのに時間はかかるだろうが、歩みの過程で思わぬ発見やであいがあったりする。私は、自ら努力せずに効率的にやろうとすると、身につくことが少ない気がしてきる。近道思考で、簡単に手に入れたものは、もしかしたらめっきかもしれない。基本は、自分の力で一から考え、自分で結論を出す。それが必要不可欠であり、前に進む力もそこからしか生まれないと、私は考えている。
私は、ロジカルに考えて判断を積み上げる力も必要であると思うが、見切りをつけ、捨てることを決断する力も大事だと思っている。
以前、私は、才能は一瞬のきらめきだと思っていた。しかし今は、十年とか二十年、三十年を同じ姿勢で、同じ情熱を傾けられることが才能だと思っている。直感でどういう手が浮かぶとか、ある手をぱっと切り捨てることができるとか、確かに個人の能力に差はある。しかし、そういうことより、継続できる情熱を持てる人の方が、長い目で見ると伸びるのだ。
やっても、やっても結果が出ないからと諦めてしまうと、そこからの進歩は絶対ない。周りのトップ棋士たちを見ても、目に見えて進歩はしていないが、少しでも前に進む意欲を持ち続けている人は、たとえ人より時間がかかっても、いい結果を残しているのである。
ペースを落としてでも続けることだ。無理やり詰め込んだり、「絶対ひやらなきゃ」というのではなく、一回、一回の集中力や速度、費やす時間などを、落としても、毎日、少しずつ続けることが大切だ。無理をして途中でやめてしまうくらいなら、「牛歩の歩み」にギアチェンジしたほえがいいと思っている。
「天才とは一パーセントの閃きと99パーセントの努力である」というエジソンの言葉は、どの世界にも共通する真理をついた言葉である。
個人のアイデアは限られている。何かをベースにして、あるいは、何かをきっかけにしてこそ新しい考えがいろいろと浮かぶ。「真似」から「理解」へのステップは、創造力を培う基礎力になるのだ。
取り残されないためには油断は禁物だ。今はこれがいいという勉強法でも、時間とともに通じなくなる。変えていかなければならない。私は、年齢とともに勉強法を変えることは、自分を前に進めるための必須条件だと考えている。
プロらしさとは何か?と問われれば
、私は、明らかにアマチュアとは違う特別なものを持っており、その力を、瞬間的ではなく持続できることだと思っている。私が大事にしているのは、年間を通しての成績である。どの世界においても、大切なのは実力を持続することである。そよためにモチベーションを持ち続けられる。地位や肩書は、その結果としてあとについてくるものだ。逆に考えてしまうと、どこかで行き詰まったり、いつか迷路にはまり込んでしまうのではないだろうか。