穂村弘のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
穂村弘(1962年~)氏は、札幌市生まれ、上智大学文学部卒、1986年に連作「シンジケート」で角川短歌賞次席(同年の受賞作は俵万智の『サラダ記念日』)、1990年代には加藤治郎、荻原裕幸等とともに「ニューウェーブ短歌」運動を推進した、現代短歌を代表する歌人の一人。エッセイスト、絵本の翻訳家等としても活動している。
本書は、月刊誌「ダ・ヴィンチ」に連載されている短歌投稿コーナー「短歌ください」の2010年11月号~2013年4月号をまとめた単行本を加筆・修正の上、2020年に文庫化したものである。尚、2008年5月号~2010年10月号をまとめたものも、2014年に文庫出版されている
私は50代の会社員で、最近短歌に興味を持ち始め、これまで俵万智、穂村弘、東直子、枡野浩一、木下龍也、岡野大嗣、九螺ささら等の歌集や短歌入門書、いくつかの現代短歌のアンソロジーを読み、半年ほど前から新聞短歌に投稿している(最近ぽつぽつ採用されるようにもなった)。
また、穂村氏の作品では、歌集『ラインマーカーズ』、入門書の『はじめての短歌』、『短歌という爆弾』、エッセイ集の『鳥肌が』(講談社エッセイ賞受賞)、『蚊がいる』、対談集の『あの人と短歌』等をこれまで読んできた。
本書については、以前より目にしつつも、せっかく読むならプロの歌集の方がいいだろうと思い、敬遠していたのだが、本屋でパラパラとめくってみると、木下龍也、岡野大嗣、九螺ささら、木下侑介など、後に歌集を出す人々の作品も多数含まれており、上記の2008~2010年のものと一緒に購入して丁寧に読んでみた。
読み終えてみて、若く、感性の鋭い人たちの歌には感心しきりなのだが、一方で、私が現在モチベーションとする新聞歌壇にはこうした歌はほとんど選ばれておらず、日常に起こったことを日記のように詠んだ歌が大半である。その背景としては、投稿者の母集団の年齢層が異なること(「ダ・ヴィンチ」は主に10~30代、新聞歌壇は主に50代以上、だろうか)が大きいと思われるが、また、選者も、媒体の性格や投稿者の母集団の指向を意識した上で、選んでいるのかも知れない。
そうした意味では、短歌とは様々な作風があり得る、実に幅の広いものだと改めて感じると同時に、若い人たちの感覚も取り込みつつ、色々な作風の歌を作れるようになりたいと思う次第である。
また、この「短歌ください」や、かつて枡野浩一が少女向け月刊漫画誌「キューティ・コミック」に連載していた短歌投稿コーナー(ここから加藤千恵や佐藤真由美が出た)が、こうした機会がなければ短歌に興味を持つことすらなかったかも知れない若手歌人の発掘に貢献しているというのは、実に素晴らしいことだと思う。
(2022年3月了) -
Posted by ブクログ
穂村弘(1962年~)氏は、札幌市生まれ、上智大学文学部卒、1986年に連作「シンジケート」で角川短歌賞次席(同年の受賞作は俵万智の『サラダ記念日』)、1990年代には加藤治郎、荻原裕幸等とともに「ニューウェーブ短歌」運動を推進した、現代短歌を代表する歌人の一人。エッセイスト、絵本の翻訳家等としても活動している。
本書は、月刊誌「ダ・ヴィンチ」に連載されている短歌投稿コーナー「短歌ください」の2008年5月号~2010年10月号をまとめた単行本を加筆・修正の上、2014年に文庫化したものである。
私は50代の会社員で、最近短歌に興味を持ち始め、これまで俵万智、穂村弘、東直子、枡野浩一、木下龍也、岡野大嗣、九螺ささら等の歌集や短歌入門書、いくつかの現代短歌のアンソロジーを読み、半年ほど前から新聞短歌に投稿している(最近ぽつぽつ採用されるようにもなった)。
また、穂村氏の作品では、歌集『ラインマーカーズ』、入門書の『はじめての短歌』、『短歌という爆弾』、エッセイ集の『鳥肌が』(講談社エッセイ賞受賞)、『蚊がいる』、対談集の『あの人と短歌』等をこれまで読んできた。
本書については、以前より目にしつつも、せっかく読むならプロの歌集の方がいいだろうと思い、敬遠していたのだが、本屋でパラパラとめくってみると、九螺ささら、木下侑介、虫武一俊など、後に歌集を出す人々の作品も多数含まれており、購入して丁寧に読んでみた。(本書の続篇『短歌ください 明日でイエスは2010才篇』には、木下龍也、岡野大嗣らも登場する)
読み終えてみて、若く、感性の鋭い人たちの歌には感心しきりなのだが、一方で、私が現在モチベーションとする新聞歌壇にはこうした歌はほとんど選ばれておらず、日常に起こったことを日記のように詠んだ歌が大半である。その背景としては、投稿者の母集団の年齢層が異なること(「ダ・ヴィンチ」は主に10~30代、新聞歌壇は主に50代以上、だろうか)が大きいと思われるが、また、選者も、媒体の性格や投稿者の母集団の指向を意識した上で、選んでいるのかも知れない。
そうした意味では、短歌とは様々な作風があり得る、実に幅の広いものだと改めて感じると同時に、若い人たちの感覚も取り込みつつ、色々な作風の歌を作れるようになりたいと思う次第である。
(2022年3月了) -
Posted by ブクログ
穂村弘(1962年~)氏は、札幌市生まれ、上智大学文学部卒、1986年に連作「シンジケート」で角川短歌賞次席(同年の受賞作は俵万智の『サラダ記念日』)、1990年代には加藤治郎、荻原裕幸等とともに「ニューウェーブ短歌」運動を推進した、現代短歌を代表する歌人の一人。エッセイスト、絵本の翻訳家等としても活動している。
本書は、月刊の「NHK短歌」テキストの連載「穂村弘、対して談じる」で、穂村弘が短歌好き16人と対談した内容(2016年7月号~2020年6月号掲載分)を、加筆修正の上まとめたものである。対談者は、歌人、小説家、エッセイスト、漫画家、翻訳家、詩人、俳人、女優、ノンフィクション作家、翻訳家、シンガーソングライター、ブックデザイナー等。
私は50代の会社員で、最近短歌に興味を持ち始め、これまで俵万智、穂村弘、東直子、枡野浩一、木下龍也、岡野大嗣、九螺ささら等の歌集や短歌入門書、いくつかの現代短歌のアンソロジーを読み、半年ほど前から新聞短歌に投稿している(最近ぽつぽつ採用されるようにもなった)。
また、穂村氏の作品では、歌集『ラインマーカーズ』、入門書の『はじめての短歌』、『短歌という爆弾』、エッセイ集の『鳥肌が』(講談社エッセイ賞受賞)、『蚊がいる』をこれまで読んできたが、穂村氏は、間違いなく、現在最も人気が高く(一般人を含めた知名度の高さという点では、やはり俵万智だろうが)、私のような素人歌人を含めた短歌ワールドに最も影響力があると言って過言ではない歌人であり、穂村氏が様々な文筆関係の人々とどのような議論をするのかが興味深く、また、自分の作歌の参考になるのではないかと思い(穂村氏は「日経歌壇」の選者にもなっている)、本書を手に取った。
読んでみると、それぞれの対談に面白みがあったが、自らの作歌と新聞歌壇への投稿という観点から興味深かったのは以下のような点である。
◆アララギが生んだ「対象をありのままに写し取る(写生)」という作風が、「生活をそのまま歌えばいい」、「日記のように書けばいい」と誤解・了解され、単純化された形で広まったことが、現在の新聞歌壇を支えており、そのために、短歌は限られた人のマニアックなものとして衰退することなく生き長らえ、定型詩人が最も多い国・日本を作っている。
◆短歌には、自分の信念・主義・信条をそのまま書いてしまってはダメである。短歌とは微細なことに影響を受ける表現であり、十年後も変わらない(可能性が高い)信念・主義・信条は短歌の表現とは言えない。
◆「反論の余地がないこと」、「身も蓋もないこと」を詠った歌、更には「批評性」を持った歌(石川啄木など)は、歌人にはあまり人気がない。歌人は、批評性があるものを生理的に好まず、大きな空っぽのある人、巨大な天蓋みたいな人を好む性癖がある。理屈よりもパッション。
◆これまでは「言葉の翼を広げて、高く飛ぶのが良い歌だ」と思っており、今橋愛、雪舟えま等の「格闘技における飛び技」のような歌を推してきたが、いつしか、斉藤斎藤や永井祐の「格闘技における寝技、締め技、関節技」のような歌の地味な凄みに惹かれるようになった。
(2022年2月了) -
Posted by ブクログ
ネタバレこの間の"家ついて行っていいですか"に出てた東大生が短歌勉強し始めようとしてて、読み返そ〜ってなった作品。(去年、昼休みに何度か読んでた^_^)
怖い歌はいい歌、なんですよね本当に!
私が好きな短歌を少しだけ↓
(といいつつたくさんありすぎて絞りきれず)
“カーナビが「目的地です」というたびに僕らは笑った涙が出るほど”
“台所座り込んでは頬寄せた泣いてくれるの冷たい器械”
“蝉が死んでもあなたを待っていますバニラアイスの木べらを嚙んで”
“名も持たぬ流星すべり落ちてゆく 海よかれらの自慰をみていて”
“こんにちは私の名前は嚙ませ犬 愛読書の名は「空気」です”
“君が今二酸化炭素吐き出した だから私は胸が苦しい”
“薬より効くのを私知っている コップ一杯あなたの唾液”
“脱がしかた不明な服を着るなってよく言われるよ 私はパズル”
短歌もめっちゃ良い上に、穂村さんの講評がほんとにグッとくる。私は語彙力がないから勉強にもなる。家ついて行っていいですかに出てた東大生にぜひとも読んでもらいたい!!笑