井伏鱒二のレビュー一覧
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ネタバレ最初は人間相手の医者だったが、オウムと話をしている時に他の動物の言葉も学習すれば話すことができることを知り、それから動物の医者になった。
ドリトル先生はたくさんの動物の治療をしたので世界中の動物たちに知れ渡ることになり、アフリカのサルたちがたくさん流行り病に侵されており助けを求められる。
そこからアフリカへ行きイギリスへ戻るまでの物語。
道中色々なことが起こりそれらを解決して前に進んでいく。
動物と話すことができるという時点でファンタジーであり、話の展開が面白い。
他の人が触れられている人種差別の問題はあるが、作者の生きた時代は自然とそういうものだったのだろうと思う。それらについて現代の子どもが嫌悪感を示すかどうかは分からないが、そういう時代がありまた世の中の認識が変化していったことに触れるきっかけとなってもいいと思う。 -
Posted by ブクログ
これは傑作。センスオブワンダーに溢れてるし、その描写がいちいち美しい。短い1文にもハッとするフレーズがあちこちにあるのだが、水族館に捕まってしまったフィジットの妹クリッパが故郷、憧れの海を思い出す場面が特に素晴らしい。「すてきな、ひろびろとした、なにもかもすがすがしい、わが家のような海!貿易風がおこす波のしぶきなどものともせずに、大西洋の波濤をとびこえて、うずまく青い波の底におりてゆくなんて、なんてすばらしいんでしょう!空が夕焼けで、波のあわがピンク色に映える夏の夕暮れどき、もしも小エビを追いかけてゆくことができるなら!ひっそりとした無風帯の昼さがり、波の上にねころんで、熱帯の太陽に、おなかを暖めることができるなら!インド洋の大きな海草の林の中を、手に手をとって通りながら、おいしいポップポップの卵をさがすことができるなら!真珠やミドリ石の窓が海底にかがやいている南アメリカ北岸の、サンゴの町の竜宮で、もしも、かくれんぼができたなら!南洋の海の、かすかに青い、うすむらさきのイソギンチャクの野原にピクニックにゆけたなら!メキシコ湾の、よくはずむ海綿の寝床の上で、トンボがえりができたなら!沈んだ船の中を歩きまわる、あの冒険ができたならーそれからまた、北東の風に波のあわだつ冬の夜、寒さをのがれて、暖かい暗い海底めがけてもぐってゆけたなら!」
私、水族館は大好きなのだけど、こんな美しい海から遠ざけて狭いアクリルの水槽に魚たちを閉じ込めてると思ったらこれからは申し訳ないって気持ちになってしまうかもしれないな…。
じっくり丁寧に英国ドリトル先生の日常を描いた後の航海のテンポの良さ、そして後半、意図せずに王様になってしまい、なった以上は王としての務めを果たし続けようとするあまり、本当の自分がやりたいことはなんなのかを見失ってしまうドリトル先生の姿に身につまされるものがあった。
ここは白人優位主義というよりも、人間と文明の歴史を寓意的に描いてると感じた。火を持たない地元の民に火を教える所で危うさを感じたが、その後、ドリトル先生は王となり、赤ん坊を救ったり、劇場を建てたり、学校で教えたり、たぶん自分自身が理想とする支配者であるべく昼夜を問わずに統治を行う。良い独裁者であり続けるためには自分を捨てて尽くさねばならず、先生の本当にやりたいことは、個人の趣味や関心は捨てねばならない。ドリトル先生は今回は自分を優先して王座を捨て島から出ていったが、島に残っていたとしてもいずれは死ぬのだから、独裁者に頼らずに住民自らの手で文明を手懐ける仕組みを導入すべきだったかもしれない。優秀すぎる人はなんでも自分でやってしまうんですよね…。
おうむのポリネシアが策略を使ってドリトル先生をドリトル先生自身の心から救い出すところ、説教くさくなくていい。それと準備周到な仲間たち(笑)。ドリトル先生が王を辞められない言い訳に対してポリネシアが言うセリフも良かった。劇場建設なんか遅れたっていいし、赤ん坊の病気も疝気くらい、昔からかかってるって。そりゃそうだ。英国に戻ってのエンディングもシニカルで良くて、これ本当に子供向けなのかなと。 -
Posted by ブクログ
冒険小説でありミステリでもあるこの作品は、最後まで先が気になって目が離せなかった。
まあ、最後の最後はちょっと肩すかしではあったけれど、犯人の謎を解き明かすのが本筋ではないのでしょうがないか。
ドリトル先生がその歌声にほれ込み、彼女のためのオペラをつくった、緑のカナリアのピピネラ。
普通カナリアで鳴くのはオスなのだが、ピピネラはメスだって家事や育児に追われていなければ唄える、と。
そんなピピネラの数奇な一生。
籠の鳥として鳥屋で生まれ、宿屋に買われてからも、飼い主が点々と変わる。
貴族の家、炭鉱の労働者、軍隊、裕福な未亡人、そして窓ふき屋。
ここまでが第一部。
第二部では一転、籠から飛び出し、野鳥として生きるピピネラ。
しかし籠の中で生まれ育ったピピネラは、長い時間飛び続ける体力もなければ、風をやり過ごすすべも知らない。
何よりもエサのありかもわからない。
結婚して子を育てようと思ったり、誰にも頼らずたった一羽で生きていこうと思ったりしたものの、やっぱり自分は人間が恋しい。
人間のそばで生きるように自分は生まれ育ったのだと気付くピピネラ。
失踪してしまった一番大好きな飼い主の窓ふき屋を探す旅に出ることにする。
第三部は、窓ふき屋との再会。
しかしまたまた、ひとりと一羽は引き離されてしまう。
こんどこそ窓ふき屋を見つけ出さなければ、とピピネラはドリトル先生にこれまでの出来事をすべて話す。
ドリトル先生のもと窓ふき屋を探し出すために、犬のジップと雀のチープサイドも協力して…。
籠の鳥としてのピピネラの生活も、野鳥としての生活も、そして窓ふき屋を探す冒険も、どれもこれも面白かった。
時々ガブガブが口を挟んでは、周りのみんなに突っ込まれているところがいいリズムになって、中だるみになる部分がなかったのもよい。
シリーズで一番好きかもしれないなあ。 -
Posted by ブクログ
「山椒魚」:言わずと知れた井伏鱒二の処女作(大正12年)です。お話自体は有名な小説ですので、あらかたの筋はみなさんご存知かも。2年間を文庫本12ページで読み切る短編です。標準の文法から逸脱しながら、抑制の効いた文章が綴られています。問題はラストの蛙のセリフですよね。色んな読み方ができると思います。私は「今でも」というセリフから、いつから蛙がそのような心持になったのか非常に気になりました。
「本日休診」:昭和24年に第1回読売文学賞にも輝いた作品です。映画化もされました。本日休診って言うとなんだかほんわかした感じがしますが、実際には、東京蒲田を舞台に、戦後の貧困にあえぎながらも何とか生にしがみついている人たちの風俗を赤裸々に活写した作品です。お金がないので治療を拒否して死んでいくエピソードなど胸をうちます。
「多甚古村」:徳島のある村の駐在さんが日記を井伏に送り付け、それをもとに日記風の小説にした昭和14年の作品です。これも映画化された作品です。日中戦争のさなかとは言え、のんびりした田舎の風俗が描写されます。でも、ところどころに「非常時」とか「日本が一番強い」とか「出征兵士の見送り」とか戦争が影を差します。駐在という権力装置の末端にありながら、村人に頼られる姿。一方で、権力に対し遠まわしに批判を示す村人。駐在さんを取り巻く環境は一様ではありません。文章の端々におっと思わせる作品です。
山椒魚
本日休診(読売文学賞)
多甚古村
第1回読売文学賞
著者:井伏鱒二(1898-1993、福山市、小説家)
解説:立松和平(1947-2010、宇都宮市、小説家)