井伏鱒二のレビュー一覧
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ご近所文豪の穏やかで優しい目線の随想録
地元民として、荻窪から見た近代史、郷土史としても大変興味深かった。
著者の押しつけがましくない自然体の語り口も心地よい。
関東大震災の避難生活(早稲田球場、中央線線路避難)、
戦時下の徴用船の騒動などの若かりし頃の活動的なエピソードから、
先輩格としての文士らとの交流・支援と続き、
戦後、地元に回帰するも何やら死を想起させるエピソードが増えて、
やがて、特段意識していないと言いながらも老境の身を穏やかな荻窪の地で想うところで終わっている。
その他
・時系列の記述がやや奔放で不親切。回想の入れ子構造が多用。
・地理的描写も地元関係者でないと付いていくのが至難の技。
・意外と太宰との交流の記述は少ない。触れたくなかったのかもしれない。
・「荻窪」以外の記述も意外と多い。転居前は当然として、阿佐ヶ谷将棋会の比重が大きい。
しかし、当時の文学窶れの人は、ダメ人間なのに特権階級意識が高そうで、面倒くさそうである。
よくサークルクラッシャーしないものだが、著者のような存在が大きいのかもしれない。
・二二六事件は、著者は花火のような銃声を聞いているだけなのだが、以降伝聞→資料と進めていくところが無理なくさすがである。 -
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井伏鱒二の名作の一つ、珍品堂主人の増補版と云うので早速手にしてみました。
「風が吹かないのに風に吹かれている様な後姿」と云う珍品堂主人は、井伏鱒二のこの文章そのもの。飄々として掴みどころが無いような、それでいて優しさや可笑しみをじわじわと沁みらす名文を、たっぷり楽しめます!
逸品に出逢った時、攫まされたと知った時、巧くいったとニンマリする時、失敗してトボトボと弱い背中を晒す時、珍品堂の姿をあれこれと想像しながら読むととても楽しめたのですが、増補版の増補部分に注意しなかった自分が恨めしい。巻末の追加分白洲正子さんのネタバレ部分に少し削がれました…おおう(笑) -
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目次
・ドリトル先生とその家族
・船乗り犬
・ぶち
・犬の救急車
・気絶した男
・カンムリサケビドリ
・あおむねツバメ
・虫ものがたり
・迷子の男の子
ドリトル先生シリーズ最後の一作。
作者の死後に編まれた短編集なので、シリーズへの関係が希薄なものもあるけれど、動物たちが考え、行動を起こす様子が目に浮かぶように描かれている。
ドリトル先生の家の犬たちが、犬のための救急車を作ったことによるドタバタ「犬の救急車」
ドリトル先生の家の前に倒れていた男と、近所で起きた強盗と馬の失踪事件の謎を犬の探偵が解き明かす「気絶した男」
動物の飼育員になりたいという男の子にドリトル先生たちが振り回される「迷子の男の子」
などが面白かった。
ところで最後まで読んで今さらだけど、ドリトル先生って猫に冷たい。
すべての生き物にやさしいのに、猫及び猫属には冷たい。
なんで? -
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大ガメのドロンコのリューマチの治療を終え、ようやくドリトル先生は、大洪水が起こった前後の世界の話を聞くことができるようになりました。
世界のほとんどを支配していたのは、冷酷無比なマシュツ王。
彼は次々に近隣諸国を攻め立て、領土を拡大し、すべてを奪い、支配する。
彼が独裁政権を維持できたのは、優れた教育システムのおかげ。
言われたことに疑問を持たない、余計なことを考えない人間の創出。
国は国民である一部の人と、大勢の奴隷からなっている。
幸せなのは、もちろん国民のみ。
ノアの家族は渡された設計図通りに箱舟をつくり、渡されたリストの動物を箱舟に乗せる。
考えることはしない。
どうして彼らが神に選ばれたのか、この話の中では明かされない。
愚かな老人ノアとして描かれている。
ドロンコは彼らのほかに漂流している人間を見つけるのだが、リストに載っていない彼ら人間を助けるわけにいかないというノア。
ドロンコと彼の妻べリンダは、ここでノアと別れて人間エバーとガザを助ける。
洪水の後、なすすべを持たないノアたちに見切りをつけた動物たちは、自分たちの国をつくる。
そして生き残ったエバーとガザを捉えて、奴隷として使う。
ドロンコとべリンダは、エバーとガザを逃がし、人間が安心して暮らせる土地を探して旅に出る。
基本は冒険話です。
しかし物語の底層を貫くのは強い反戦の思想。
前作から18年もの歳月を開けて書かれた本書は、ちょうど第二次世界大戦が勃発してから終わるまでの時期と重なる時期に執筆されている。
重い病に侵された中、死ぬまでに書き終えたいという一心で書き上げた。
一度は水の下に沈んだマシュツ王の宮殿が姿を現わし、そこに大量の財宝が手つかずで見つかった時、いつも貧乏なドリトル先生のために持って帰ろうという動物たち。
それに対しドリトル先生はきっぱりと言う。
“この宝物は、盗まれたものだ。征服された王や、殺された王子から、取りあげられたものだ。この金貨は、―戦いで殺された、罪もない男や女や、子どもたちの、苦しみの声をあげておるのだよ。金(かね)―ああ、それが世界の悪の源だ。” -
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前半は長生きの研究にいきづまり、気が抜けてしまったドリトル先生を盛り立てようと、トミー・スタビンズ君と動物たちがいろいろ手を尽くす話。
ドリトル先生、何気に手がかかる。
そして後半は、ノアの大洪水のころから生きている大ガメのドロンコが行方不明ということで、探しに出かける話。
以前、ドロンコの語る太古のあれこれを聞き書きしたのに、それっきりになっていた原稿。
放置している間に原稿はびりびりび引き裂かれ、ネズミたちの巣になってしまった。
先生は再びドロンコの話を聞くことができるのか。
やっぱりね。
先生、整理整頓できない感じだしね。
次々新しい研究に手を出していると思っていたけど、まさか全部やりっぱなしってことはないよね。
全く子どもみたいなんだからさあ。 -
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前半は、ドリトル先生の帰りを待ちながら奮闘するトミー・スタビンズくんの話。
動物たちを養い、畑や庭の手入れをし、けがや病気の動物の診察をする。
先生が帰ってきたら、何にお金が必要になるかわからないからと、稼いだお金を節約して貯金に回すんだよ。
ドリトル先生より生活力あると思うわ。
そして、先生が帰ってきた後半。
動物たちを養い、畑や庭の手入れをし、けがや病気の動物の診察をする。
そのうえ、月での出来事を本に書き記したいと強く願っている先生。
時間がいくつあっても足りはしない。
そこで、執筆の時間を捻出するために、トミー・スタビンズくんに仕事を任せ、さらにゆっくり執筆するために考えた作戦が、『牢屋に入る』
人がいいなんてもんじゃないドリトル先生が、牢屋に入るためにさんざん苦労した挙句、予定の半分の帰還で強制的に出所させられてしまうあたりが可笑しくって。
しかし、善意の妨害にもめげず、不老不死の研究に余念がない先生の後ろ姿は、少し物悲しいような気もしてくるのである。
だって見果てぬ夢だと、先生以外は思っているのだから。 -
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月に到着したのはいいけれど、住民どころか植物以外の生き物の姿が見当たらない。
しかし、何かに見張られている感じだけはひしひしと…。
いつも動物たちから絶大の信頼を持って迎えられるドリトル先生も、月ではちょっと勝手が違う。
トミー・スタビンズ君は気が気ではないけれど、ドリトル先生は動じない。
植物しかいないのなら、植物の研究をすればいいのです。
でも、誰かがドリトル先生を月へ呼んだはず。
すべての謎が明かされた時、そこにあったのは雄大な時間の流れ。
そして、ドリトル先生と引き離されたスタビンズ君は、一人地球へと強制的に送り返されるのだった。
子供の時に読んだらドキドキしたかもしれない。
いつもと違う展開の話に。
とりあえずドリトル先生が月から帰ってくるのを楽しみに次の巻を読みましょうか。 -
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ネタバレドリトル先生の家の庭にある雑種犬ホーム。
そこに住む犬ケッチ先生の波乱に満ちた生活。
虫語の研究に熱中するドリトル先生。
そろそろ冒険旅行に出かけたいドリトル先生の家に住む動物たち。と、スタビンズくん。
そして、月から来たガ。
犬の主張
“私の目から見ると、人間はこの世のよいものを、自分たちだけで独り占めにして、ほかの生き物に対して、あまりにもいばりすぎるように思われました。”
一言もございません。
ドリトル先生の辛辣な一言。
“われわれは、今回、全くの雑種犬を最新流行の花形に仕立てることができた。それというのも、二、三人の上流社会の人の助けをかりることができたからだ。ジップ、けっきょく、すべては、ただ流行の問題だよ。単なる流行の問題であって、それ以上のものではないのだよ。”
現代にも通用するお言葉でございます。
虫の描写が多くて辛かった。
次巻の月世界の描写が楽しみ。 -
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ドリトル先生が作る動物園は、人間が動物たちを見るためのものではなく、動物たちが幸せに暮らす楽園のこと。
「ネズミ・クラブ」「ウサギ・アパート」「雑種犬ホーム」「アナグマ宿屋」「キツネ集会所」「リス・ホテル」
ドリトル先生の家の敷地の奥に、動物たちのために作られた動物園。
治療に研究に執筆にと多忙を極めるドリトル先生は、実際の動物園事業は、副園長のトミー・スタビンズ少年にお任せです。
なので、実は今回ドリトル先生が活躍するシーンは少ないのです。
しかし、日替わりで語られるネズミたちの物語はどれも面白い。
冒険の中に漂う哀切。
これはもしかしたら、ドリトル先生が出ない方が面白いシリーズになるのでは?
なんて思いはじめた時、様相は一変する。
まさかのミステリに。
悪人と名探偵。
ドリトル先生大ピンチ。
ああ、面白かった。 -
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ネタバレこれは面白かった。
特にオットセイとの脱出行。
サーカスから連れ出すのも大変でしたが、海まで旅するのがもう大変なんてもんじゃあない。
人目をはばかっている+オットセイは歩くのが苦手=八方ふさがり。
そこでドリトル先生は女性用の服を買って、オットセイを病気で体調がすぐれない女性に変装させ、馬車に乗せることにします。
しかしそれが、逃亡中の凶悪犯が女装していると誤解され、警察に追われることになります。
うまく逃げおおせて、ようやく崖の上から海へオットセイを投げ込むと、妻を殺して崖から投げ落とした男として現行犯逮捕されます。
ドリトル先生が考え抜いた作戦が思いもよらぬ誤解を受けて、窮地に陥っていく。
この繰り返しが楽しい。
だけど、借金を返すためにサーカスに入団したドリトル先生は、お金が貯まれば貯まるだけ、困っている動物を救うために、そのお金を使ってしまいます。
ああ、いるよね。
ものすごく仕事ができるのに、現実対処能力のない人って。
またはやらねばならない事よりも、目先のやりたいことにすぐ掴まってしまう人。
アヒルのダブダブが家事全般を請け負って、どんなに苦労していることか。
彼女だけは、ドリトル先生のそばにいない方が幸せな人生をおくれるのではないだろうかと思ったり。
でも、ダメンズに引っかかる女性のようにダブダブは「悪い人ではないの。私がいなければ彼はだめなの」なんて思ってドリトル先生のお世話をしているのかもしれないな。
そう考えると、深い話ではあります。 -
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ネタバレ動物好きな靴屋の息子トミー・スタビンズは、けがをしたリスをドリトル先生に診てもらった縁で、ドリトル先生の手伝いをするようになる。
最初は通いで。
そして住込みで手伝いをしながら、勉強も教えてもらう。
彼はいつしか、ドリトル先生が旅に出るときに連れて行ってもらうことを夢見るようになる。
この本は、子どもの時に読んでおくに限ると思った。
ドリトル先生と一緒に後悔すること、嵐にあって漂流しかける事、移動する島、巨大で透明なカタツムリの殻の中に入って、海底を歩いて旅をすること。
ドリトル先生は戦っても強い、スーパーヒーローだったこと!
どれもこれもわくわくドキドキしながら読めたに違いない。
だけど、残念だけど、僕は大人なんだな。
ドリトル先生が頑なに本職の水夫を雇うことを拒否したことに納得できない。
航海術を知っているわけではない。
今まで大丈夫だったんだから。私は大丈夫だから。
水夫のペースで時間に追われるのは嫌だ。自分のペースでやりたい。
いや、それはわがままでは?
少なくともトミーを預かり、アフリカの王子様バンポに航海を手伝ってもらうというのなら、もう少し責任を感じた方がいいのでは?
移動する島で成り行きで王様になってしまったドリトル先生は、王様として、原住民たちの文明化のために奮闘する。
大好きな博物学の研究すらできないくらい、毎日忙しいドリトル先生。
そこはすごいと思うけど、バンポは大学を3ヶ月休んで手伝うと言ってたはずだけど、島について早2年って…。
トミーの親だって心配してるはず。
ああ、つくづく子どもの時に読んでおけばよかった。
そうしたら、余計なことを気にしないですんだのに。 -
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ネタバレ初めてきちんと読みましたが、ドリトル先生すごい。
人間の病気を治すだけではなく、動物の病気を治すだけではなく、悪人を厚生もさせる。
今から100年近く書かれた本なので、人種差別とかもありますが、そういうことを抜いても、ドリトル先生の理想主義的現実対処能力のなさが、三国志の劉備玄徳みたいでいやだ。
動物が好きで、自分が引き取るというのなら、エサの心配をしなくてもいいように何らかの手立てをとらなくてはダメだろう。
「困ったなー。でも何とかなるよ」っていうのは、無責任というのです。
でもまあ、実際なんとかなってはいるんだけども。
動物たちも、ドリトル先生を助けることができるのなら、もっと早く手伝ってあげればいいのに。
自分たちが助かるために、黒人の王子の顔を白くする何て詐欺のような手口を使って脱獄しましたが、それでいいの?
など、突っ込みどころは満載ですが、誰からも嫌われない男、ドリトル先生。(この辺も劉備玄徳みたいだ)
とりあえず、シリーズ通して読もうと思います。
挿絵もロフティング。
これが、味があっていい絵なんです。 -
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昔読んだはずのオットセイの脱出劇が、どんなんだったかなーと思って再読。記憶にあった感じより脱出劇は短くて、後半4・5部はサーカスいろいろだった。
読んでみて思ったこと
・登場する動物(と人間)たちがイキイキしてやっぱりわくわくするな~ということ。どこを切り取っても自分だけの絵ができあがるような。人間でも動物でも同じ所、人間と視点が全然違う所、両方を感じながら、場面を想像して読ませる面白さは変わっていなかった。それって今更だけど結構すごいと思う。
・小学校中級以上対象とあったけど、欧米文化の下敷きがないと意味が分からん部分あるかなーと。「ズングリムックリ・デッカク」(マザーグース)とか、「日本語以外なら何語でも」(習得難度の高さで知られた)とか、「パンタルーン」(道化の型の一つ)とか。欧米の子供向けに書かれた文章だから?今はネットで何でも調べられるからいいのかな?でももったいない気もするなーと思ったり思わなかったり。
・先生の金銭感覚について。いつも文無しでもケセラセラ。なぜなら周りの動物たちが助けてくれるし、必要なら知り合いから借りればいいから。でも返す気はあるんだかないんだか、借金持ちの身で、目についた動物のために金をつぎ込み、受け取るべき報酬の催促を嫌がる。
…鈍感って悪意より罪。こんなの子供向けの文章に出していいのだろうか。天才ってどっかズレてる人多いけど。それともこんな大人になっちゃいけませんという反面教師?ダブダブの耳元で逃げちまえよと囁きたくなった。 -
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戦後間もない悲惨な社会生活を背景にしつつも、どこかユーモアを湛えている井伏鱒二の短編2編。
『搖拝隊長』は元陸軍中尉で任務中の事故が原因で頭がおかしくなった岡崎悠一を中心に、周囲の皆が彼の言動に困惑・翻弄されながらも、戦中と戦後の分かち難い社会思想の断絶をユーモアを交えながら描いた作品です。
何と言ってもこの作品の可笑しみは、いまだ戦争中だと錯誤している岡崎元中尉が突発的に繰り出す軍隊号令で、たまたま周囲にいた人間が否応なく巻き込まれてしまう様がとても面白かったです。狂人の言うことだとわかってはいても、これに面倒くさいながらも波風立てず従うか、あるいは逃げ出すか、または彼の自宅へ連れ戻すかの選択を迫られるわけで、そうした状況がとてもユーモラスに描かれています。
一方で、戦争中にさんざん聞かされ続け、しかも与太話に過ぎなかった戦争思想や軍隊号令を、戦後においてもさえ聞かされ続ける周囲の者にとってみれば、とてつもなくブラックユーモアな話であり、そうした彼らの反応の描写は反動としての戦後社会の風刺にもなっています。
解説によると、著者はマレー作戦に従事していたとのことで、途中で挿入されるリアルな軍任務の描写がその後の奇妙な狂人のふるまいに違和感なく直結していて、これまた見事な構成でした。
しかし、何かにつけて達観している岡崎元中尉の母親がもっとも凛々しく、この短編を大いに引き立てていたとも思います。
戦中・戦後の社会思想の変化を題材として、井伏ならではのユーモアに満ちた佳作だったと思います。
『本日休診』は東京は蒲田で開業した産婦人科医・三雲八春先生を中心に周囲で巻き起こるもろもろの出来事を描いた作品です。
おそらく当初は、たまたま休診日に一人病院にいることとなった三雲先生が、休診にもかかわらず忙しくも立ち振る舞うことになった様子をユーモアたっぷりに描く構想だったと思われますが、途中からあれっ?休診日でない話にぽんぽんと移っていって、う~む、これはさてはネタ切れだなと思っていたら(笑)、解説によると3回くらいに分けた雑誌連載物だったということなんですね。それで途中で構想が変わったということか。合点。(笑)
産婦人科医とはいいながら、専門外の盲腸手術をしたり刺青抜き手術をしたりと、大忙しの三雲先生には終始なぜかユーモアが漂っており、もう少し連載が続いても良かったのになと思わせる働きぶりでした。(笑)
それぞれのサブストーリーで三雲先生が診ることになった患者の多くは、戦後間もない頃の誰もが極貧の中にあり、またそれが故に社会からはみ出した者もいて、そうした世相がきっちり描かれているのですが、三雲先生の穏やかでほのぼのとしていそうな性格描写がこうした悲惨な社会の様子を和らげ、あまつさえユーモラスにも見えるという井伏らしい結合を見事に成し遂げている作品であったと思います。
作品自体はどこかユーモラスに覆われながらも、ラストはやはり社会への皮肉を重視した余韻溢れるものになっています・・・。