舞台は1960年代後半のアイルランドの保守的な町エニスコーシー。夫を亡くし空虚な日々をおくる40代半ばの主人公ノーラの心の変化が静かにゆっくりと内省的に綴られる。「秋から冬にかけての数ヶ月間、彼女の目標は、息子たちのために、そしておそらくは自分自身のためにも、涙をこらえることだった。」"Her aim in those months, autumn leading to winter, was to manage for the boys’ sake and maybe her own sake too to hold back tears."
モーリスの生前、ノーラは自分の役割を理解し果たしていたが、夫の死とともに自分のアイデンティティが消えかけていることに気付く。それでも以前働いていた会社に再就職し、髪を染め、ローリーに歌のレッスンを受けグラモフォン友の会に入ったりしている内に空虚な心は新しい生活の彩りに満たされて行く。ドラマチックな展開もないまま物語は淡々と進み終わる。小津安二郎の映画を観ているように喪失感の中の微かな喜びが心に沁み入って行くのを感じながら本を閉じた。
「これがひとりぼっちか、とようやくわかった。モーリスの死の衝撃がときおり、自動車事故のように全身を襲うことがあったが、それとは別種の孤独。今ここにあるのは、人混みの海原を錨を下ろさずに漂流するような孤独だ。心が奇妙に空っぽになって途方に暮れた。」"It was not the solitude she had been going through, nor the moments when she felt his death like a shock to her system, as though she had been in a car accident, it was this wandering in a sea of people with the anchor lifted, and all of it oddly pointless and confusing."