栩木伸明の作品一覧
「栩木伸明」の「トーイン クアルンゲの牛捕り」「アイルランド紀行 ジョイスからU2まで」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
- 作者をフォローする
- フォローすると、この作者の新刊が配信された際に、お知らせします。
無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで202万冊以上配信中!
「栩木伸明」の「トーイン クアルンゲの牛捕り」「アイルランド紀行 ジョイスからU2まで」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
ビジネス・実用
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
Posted by ブクログ
「The Day We Got Drunk on Cakeケーキを食べて酔っぱらった日」
友達の所にいった僕は、友人の夫の悩み事解決を頼まれるが、何となく気が乗らない。何度となくルーシーという女性に電話すると。
ルーシーという女性が僕にとってどんな存在なのか、というのが電話の経緯で次第に明らかになっており、主題は実はこれだったと気づく。それにしても、もう一押しが足りないのか、押しても結局はダメなのか。失恋は、まだ決定的ではない気がするのだが。
「Raymond Bamber and Mrs Fitchレイモンド・バンバーとミセス・フィッチ」
集まりで地味に座っていたレイモンド・バンバーは、ミセス・フィッチから話しかけられる。彼女は集まりのメンバーの何人かと知り合いのようだ。自分を褒めてくれるミセス・フィッチに嬉しくなって、ついつい話し込んでしまうレイモンドだったが。
途中から話題が変な方に傾いていき、あれあれ、この女性危ない人?と思いきや、実は真実を言ってたりして。乗せられてしゃべったレイモンドの見立てが正しいのか、それとも周囲のミセス・フィッチ評が正しいのか、それともミセス・フィッチは本当に真実を言っているのか。いずれにも受け取れるオープンエンド。
「Miss Smithミス・スミス」
トレヴァーには珍しいホラー。ミス・スミスは学校の先生で、生徒のジェイムズは彼女に気に入られようとするが、なぜか裏目に出てばかりで叱られる。ミス・スミスは結婚して子供が生まれるが。
直接的にジェイムズとミス・スミスの子供に関係がある描写はないが、それまでの経緯で読者を何となく誘導していくイヤミス。
「Afternoon Dancing午後のダンスの集い」
友人と4人でダンスをするのが楽しかったアリス。しかしその友人が亡くなってしまい、一人でダンスの集いに出向いたアリスが感じたのは。
何となく感じていた好意が実はさほどでもなかったと気づく。ラストに流れる音楽がヒロインをぱしん!と打っているようで。
「Autumn Sunshine秋の日射し」
問題児の末っ子が彼氏を連れてくる。。これまでに娘三人が結婚し、そのうち二人が相手を連れてきたが、牧師の父親はどれも気にいらなかった。それでも亡き妻はいつも相手の良い所を見つけ出してきた。
結局花嫁の父親ってこんなもの、という諦観と、今は亡き妻への愛情がうっすら感じられる。
「Mulvihill’s Memorialマルヴィヒルの形見」
実直なマルヴィヒルは亡くなってから危ない趣味が見つかってしまい、笑いものにされる。どころか、その秘密の趣味を会社の取引に利用されてしまう。あんまりだと思ったある人は。
勧善懲悪のニュアンスもあるが、全体的にはユーモア。「ミス・スミス」の対極。
「ミス・スミスMiss Smith」「アトラクタAtracta」「秋の日差しAutumn Sunshine」「聖人たちSaints」はアイルランド・ストーリーズに収録済み。
Posted by ブクログ
姉の死で帰郷したアイリ―シュは、地元の青年ジムといい雰囲気になるが、ブルックリンに恋人ト二―がいるため、結局アメリカに戻る。選択理由は、単に愛情だけではない。アイルランドよりも、アメリカの方が、圧倒的に就職先があり、収入も良い。つまり、暮らし向きが楽なのだ。
1976年のロングアイランド。アイリーシュは夫のトニー、十代の娘、息子とともに新興住宅地で暮らしている。ある日のこと、見知らぬ男が彼女を訪ねてくる。トニーがその男の妻を妊娠させたので、赤ん坊が生まれたら連れてくるというのだ。「留守なら、玄関先に置いて帰るからそう思え」と。赤ん坊の姿を絶対に見たくない、と夫に宣言したアイリーシュは、その夏80歳の誕生日を迎える母親に会うために、アイルランドへの帰郷を決める。姉が急逝したあの夏以来、25年ぶりの帰郷である。
舞台はエニスコーシーへ。アイリーシュは懐かしい顔と再会する。幼なじみのナンシーは夫のジョージに先立たれ、苦労の末に今はフィッシュ・アンド・チップスの店をほぼひとりで切り盛りしている。そして、あの夏アイリーシュと恋に落ちたジムは、親からパブを引き継ぎ、いまだに独り身でいる。
アイリ―シュとの過去を皆が知っており、ジムとの仲に、皆が興味津々。そもそも、アイリ―シュとジムは、相手が嫌いで別れたわけではない。きっかけさえあれば、結びつくのは簡単そうだ。もし、二人が若くて独身ならば。
曲がった事が嫌いで、自分のではない子供を育てるなんて!と、夫とその家族に腹を立てて戻ってきたアイリ―シュ。だからといってジムの胸に一直線に飛び込むわけではない。自分には息子も娘もいる。ジムも、アイリ―シュに接近するが、秘密を抱えている。それぞれが大人になって、ずるさを身に着けた二人の会話は、核心を避けており、際どい。そして秘密は、いつかばれる時がくる。なぜなら、恋愛は二人だけのものではないからだ。真実を見極めた上で、家を出てきたアイリ―シュは、どう決断するのか。『ブルックリン』が朝ドラだとすれば、本編は主人公たちがそれぞれ大人になって、ややドロドロに傾きつつある夜ドラの世界へ。誰もがキレイなままでいられない。若者世代より、長く生きてきた世代の方が、共感できる内容に。
Posted by ブクログ
46歳のノ―ラ・ウェブスターは、近所の人達から‘先生’と呼ばれ尊敬された夫を亡くしたばかりだ。4人の子供たちのうち、2人の男の子はまだ幼く、娘達は故郷を離れており、夏の別荘を売っても生活費には足りない。そのため20年ぶりに知人の紹介で元の職場に再就職する。ところが始めたばかりの新生活は何かと軋みが出始める。
あの『ブルックリン』のヒロイン、アイリーシュの母親が、ノ―ラを悩ませる人として登場。「夫がいなくなったんだから、夏の別荘は要らないんじゃないの?」と、自分の息子に売ってくれないか打診しに来る。併せて「情緒不安定だったが落ち着いた」アイリーシュのその後がここで紹介される。住む場所は違っても、ノ―ラの過去は、これからアイリーシュが辿る道といくつかは重なる所があるのかもしれない。
著者の『ブルックリン』を「朝の連続ドラマ」と評したが、こちらもやはり朝の連ドラ向き題材だ。「誰々の妻」という肩書きでしか誰も自分を見ていなかった日常が、いきなり何もかも自分が先に立って決めなければならない日々になる。きちんと切り替えて、周囲からもその判断を褒められるソフトランディングなドラマにせず、どうしても自分の物差しで相手を判断しがちになり、言葉に出てこない相手の思惑まで考え込んで、余計な気をもんだりするノ―ラのより道迷い道行きどまりの三年間が綴られる。
離れている長女の事を
「フィオナは住みたい場所に住み、やりたいことをして、自分自身の人生を生きはじめていた。フィオナは、そこに住む誰もが彼女のことを知っており、将来がどうなるか細かいところまで丸見えの田舎町へ、列車に乗って帰らなくてもいいのだ。」
などと羨んだり、逆に彼女が連れてきた彼氏の前でノ―ラが新しい服を着ると、長女に羨まれたりする。このようなサザエさんの1エピソードのような日常の些細な事が描かれるかと思えば、ノ―ラの次女が参加する集会ではアイルランドの自主独立が論じられるなど国自身の歴史が登場。カメラに例えればノ―ラの一家からぐんぐんカメラが上に登っていき、最後にアイルランドの国土が映る、といったようにいち個人を通じてアイルランドという国を俯瞰して眺める事ができる。
コルム・トビーンが自分の故郷エニスコーシーを舞台に描いたシリーズ。
Posted by ブクログ
読み始めたら止まらないページターナーで流石は2023年のブッカー賞受賞作品。
極右政党が政権与党となり全体主義へと社会が変容していくことに主人公が翻弄される様を描くのはミシェル・ウエルベックの「服従」を思い出した。「服従」は露悪的で皮肉めいたユーモアも強かったけど、本作の不穏なトーンで徐々に普通の家族の日常が崩れてゆく語りは一貫してシリアスだ。
政府軍に与しある種幸せな飼い犬になるか、民主主義や自由という理想のために多くを失うかを読み手に突き付けてくるようで落ち着かない読後感がある。
物語後半の主人公エイリッシュの覚悟を決めた様子は痛切で胸を締め付けられる思いだった。ラストシーンには冒頭のエピグラフが響いてきてこの物語が特別なことではなく誰しも起こり得ることであり、パレスチナやウクライナで起きているという現実とも重なって物語から現実に引き戻されるような感じがした。
Posted by ブクログ
『ブルックリン』に登場した三人が、密かに三角関係の間柄として描かれていく。
夫の不実とそれにまつわる一族の態度に不満を持ったアイリーシュは、故郷でひとり暮らす母親の80歳の誕生日を祝うことを口実に、娘と息子と共に帰郷する。
そこで再会したのは、かつての帰郷時に恋人同士だったジム・ファレル。彼はアイリーシュから捨てられたあと、独身のまま街で親から引き継いだバブを経営している。彼は密かにアイリーシュの旧友ナンシーと付き合っており婚約を予定しているのだが、アイリーシュに再会すると、激しく心が揺れる。2人を両天秤にかけるのだがどう考えてもアイリーシュに大きく傾いている。が、彼女との過去の経緯もあり、確実な言葉を待つが……。
表面的にはジムの二股状態には呆れるものがあるのだけれども、小さな街で商売している彼が慎重になる気持ちはよく分かる。さらには、ナンシーのことももちろん憎からず思っているわけで、できるなら誰も傷つけない形で決着をつけたかったのだ。
三者三様の心模様を知るのは読者のわたしたちだけ。そして、最後の最後にアイリーシュの母親が発した言葉に背筋が伸びる。
この、書かずに表現する手法はそのまま登場人物たちが「言わずにおく」ことにも通じる。これはアイルランド人の特性なのかなとも感じるのだけれど、どうなのだろう?
これは続編を読みたくなるよな、確かに。
いわゆる中年の危機の話なのだ、うん。
最後のほうはもう、読み切らないと本を閉じられなくなる。その緊迫感にやられました。ただの中年の三角関係がこんな風に読ませるものになるだなんて、本当にすごい。
そして、もう一度『ブルックリン』を読み返したくなる。