伊東潤の作品一覧
「伊東潤」の「読楽」「デウスの城(文庫版)」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
- 作者をフォローする
- フォローすると、この作者の新刊が配信された際に、お知らせします。
無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで203万冊以上配信中!
「伊東潤」の「読楽」「デウスの城(文庫版)」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
早稲田大学卒。2003年『戦国関東血風録』でデビュー。2011年 『黒南風の海』で「本屋が選ぶ時代小説大賞2011」受賞。2013年『巨鯨の海』で第4回山田風太郎賞受賞。 他に『義烈千秋 天狗党西へ』、『王になろうとした男』など多数の作品を手がける。
ビジネス・実用
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
ビジネス・実用
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
ビジネス・実用
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
Posted by ブクログ
氷川丸は、1930年に日本郵船がシアトル航路用に建造した豪華客船。
1941年に病院船として改装され、終戦までの3年半、南方戦線へ24回の航海を行い、3万人にのぼる戦傷兵を収容し、内地へ搬送、終戦後は復員輸送にも使われた。
国際法によって保護されていたとはいえ、軍事輸送に使われていたり、暗号電報が打たれた場合や何らかの加害行為に加担していたと解釈された場合には、保護を失うということで、グレーゾーンが存在し、攻撃を受ける危険性は皆無ではなかった。
この小説は、そんな氷川丸に海軍の軍医として乗船した河野順平(架空の人物)の目を通し、初航海から終戦までの波乱に満ちた収容活動をドラマチックに描いた長編作品だ。
小説とはいえ、登場人物のほとんどが実在した歴史上の人物であり、南洋諸島で繰り広げられた戦闘の様子も史実に基づき克明に描写され、ノンフィクション作品と言っても過言ではない。
ただ、登場人物の言動や順平が体感する軍部の理不尽な行動を通じて、勝ち目のない戦争を始めた国への痛烈な批判姿勢を随所に示す意図で筋道が立てられているのは確か。
印象に残ったのは、戦況が悪化する中、次々に搬送されてくる戦傷兵に対し、医薬品が不足、トリアージで命の選別が行われるほど過酷な病院船内部の描写。
暑苦しく、膿臭や排泄物の悪臭が入り混じる病室、手や足の切断が茶飯事のように行われる日々、南方特有の疫病に苦しむ兵士に対し、応急処置しかできない医師の葛藤など、悲惨な場面がこれでもかというほど描かれている。
それにも増して、順平ら医療関係者が切歯扼腕する思いを痛烈に感じたのは、病院船の規程を尊重せず、傍若無人に振る舞う軍部の圧力。
ジュネーブ条約に基づく捕虜の扱いを無視して医療処置をさせなかったり、治療と投薬は士官優先としたり、軍部のため医薬品を没収したり、挙げ句の果てには、契約違反の引き揚げ船利用を命じた。
本土防衛のため、南洋諸島での基地拡大作戦が裏目に出て、圧倒的な戦闘能力を持つアメリカの前に次々と戦艦や空母が沈められ、基地が崩壊する悲惨で重苦しい描写が続く中で、順平が船員と交わす友情、船員の妹とのロマンスといったヒューマンな場面では、気分が和らいだ。
Posted by ブクログ
連合国軍は日本の病院船を軍事と誤認して、17-18隻を戦禍喪失させたが、意外にも日本は誤認したオーストラリア船セントー号しか沈めていないらしい。
これにより日本の病院船を沈めた人たちは無罪になったという。かなりなんだかなぁと思う。
でも今の戦争見てても病院攻撃してるもんなぁ。
山下公園に行けば氷川丸には会えるらしい。
河野順平は氷川丸の配属になった。国際法で認められた病院船だ。砲の一つもないので心細いと思うが、ない方が安全なのだという。一応狙われないことにはなっている。乗員は男だけで、軍の110人、船側215人の航海だ。ちなみに軍の人は医師だ。
太平洋戦争中の日本はあらゆるものが不足している。積み込むものを手配するのも至難の業だ。南洋の伝染病に対する薬まで用意しなければならない。船はトラック島に向かっていたが、行先変更でルオット島へ。軍医たちはクーラーのある部屋でのほほんとしているが、船員は熱中症を起こしてやってくる。物資が不足しているので休息と水分摂取で済ます。ルオット島に着くと、マラリア感染の者や負傷者が運び込まれた。ウエーク島からの輸送船が来ると一気に負傷者で溢れかえった。徹夜で応対する。ルオット島を出航、トラック島を目指す。また治療の日々が始まる。
こうした南洋の島は第一次大戦でドイツから奪って以来日本領になっている。陸軍の病院船はるぴん丸が撃沈された。みなが不安を口にするが、国際法的に登録されていなかった。宴会があり、翌日空襲警報で目が覚める。オペが成功しても出血で死亡していく。
ブラウン島で赤痢が発生したとの一報が入る。クェゼリン島に着くと患者が押し寄せる。設備の整った病院ならもう少し保存的にみられることでも、病院船では思い切った処置が必要になる。死亡しても宗教がわからないので黙祷で済ませる。
ウォッゼ島では厳しい空襲で酷い惨状を呈している。タロワ島でも焼け爛れた患者を収容し、再びウォッゼ島に帰るとまた空襲にあっていた。船内は悪臭が漂っている。横須賀に向けて出航することに。途中サイパンに寄る。まだ平和だった。しかしデング熱患者。民間人を助けたら怒られた。軍人しか治療してはいけないらしい。日本に着いて、病人とお骨を下す。船のメンテナンスと物品補充を行う。
パラオに向かって病人収容、ラバウルに向かう。ニューギニア方面からどんどん負傷者が運び込まれる。爆撃に会い、子猫を胸に死んだ兵がいた。患者たちの人気者になる。グアムで米兵二人がいて移送しろと言われるが、本人達が嫌がり説得を試みる。米兵を連れて船は日本に戻る。本土が空襲を受ける。
トラックに戻ると激務が待っていた。ラバウルに行くと負傷者多数。珊瑚海海戦。次はソロモン諸島のブカ島に津軽といけと。津軽は戦艦なので一緒に動くと攻撃対象にされてしまう。司令部には病院船がどんなものかわかっていない。患者をすし詰め状態にして横須賀へ。440人を運ぶ。
Posted by ブクログ
島原の乱を題材に、3人の小西行長の旧家臣(関ヶ原で改易)たちの目を通して描く。
まあでも、伊東潤さんは箒木蓬生の「守教」を一読した方がいいと思う。したかもしれないけど。生き方としても島原の乱を起こすタイプと真逆なのかもしれない。としても、ちょっとガサツという気がしてしまった。
関ヶ原の合戦が始まった。小西行長は西軍として参加している。小早川が裏切った。行長は落ちるしかない。伊吹山に分けいる。成り行きから加わったものの、あまり乗り気ではなかった。投降して首を刎ねられる。
九州の行長の領地宇土城では、加藤清正勢が攻めてきていた。宇土城は降伏開城した。小西を旧主として仰ぐものでも、信教も不問で加藤家に取り立ててくれるという。
行長の小姓だった善大夫は服部半蔵に囚われた。金地院崇伝に面会させられる。崇伝はキリシタンを探していたらしい。徳川の天下取りに際して、豊臣方に転ばないようにキリシタンを抑えて欲しいと言われる。
清正の熊本城天守が出来上がった。左平次は清正の家臣になっている。彦九郎は宣教師として生きていくことにした。善大夫は家康に拝謁する。キリスト教信者の岡本大八と有馬晴信が争い、その裁定に善次郎は関わる。家康のキリスト教への心象が悪くなる。
家康と秀頼の会見に付き従った清正が重体になって帰国。左平次は禁教令が出た場合には棄教すると約束する。棄教しない者を追放、棄教したと偽って家中にいる者は殺せと命じられる。
やがて禁教令が出される。効果があまりなく、繰り返し出される。左平次はついに棄教し、家中の取り締まりに乗り出す。
バテレン追放令がでて、教会は破却され、宣教師達は国外追放。彦九郎はしかし布教を諦めてはいない。フェレイラ神父と中原ジュリアンの潜伏を助ける。
大坂城内は牢人でごった返していた。善大夫は明石全登と会う。生きるように説いても受け入れられなかった。大坂冬と夏の陣が終わる。
キリシタンの取り締まりがだんだん厳しくなってきて、肥後藩宮津に指導者たちを集めることにした。指導者たちは村々で一揆のように裏切らないという名簿を作ってしまえという。
善大夫は棄教して崇伝の元にいる。京都にもキリシタンが多かった。52人のキリシタンを説得したが、無駄だった。死刑になった。
彦九郎のところに宣教師トマスがやってきて、転んだふりをして長崎奉行所を探るという。天草屋八兵衛という商人を連絡係に使うことになった。
松倉重政が島原城を作ろうとしている。ありとあらゆるものに税をかけて徴収している。
家光の代になる。加藤家が改易になる。左平次は仕官しようと頑張るが、結局平蔵の食客になる。
知恵伊豆と呼ばれる松平綱重の名代となった善大夫、大目付井上政重の名代となった左平次、そしてキリシタンの彦九郎が九州に集まる。彦九郎は益田甚兵衛のもとでお世話になっていた。そのうちには13歳の子供がおり、四郎を名乗っていた。