國分功一郎のレビュー一覧
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やはり最高に面白い。単行本版を読んでから数年の間に國分功一郎さんの著作も『暇と退屈の倫理学』『責任の生成』『言語が消滅する前に』『目的への抵抗』などなど読んできていたので本書の議論についても新たな気づきや理解が深まるところが多かった。補遺も國分さん自身が思考を深め、進めてきているから社会的な実践に関わるポイントが明快で素晴らしい。
個人的には最近國分さんとは別の角度からアーレントのことを考えていたのでアーレントが「区別」の人であることに色々と思いを馳せた。
國分さんがアーレントに質問したかったこと、私も私なりの関心から同じことを聞いてみたい。
“一度でよいので実際に会ってお話をしてみたか -
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高校・大学生向けの講話を書籍化。語りかける文体なので、肩ひじ張らず読みやすい。上に、國分先生の語り口が優しく、構成力もさすが。
ジョルジョ・アガンペンの論考を引合に出しながら、コロナ禍における自粛や不要不急といった対応を分析し、人間の本質に迫る。『暇と退屈の倫理学』で述べた贅沢を楽しもうという主張から更に論考を進め、「信じる」ことの大切さ、目的に縛られない行為の自由の大切さへと思考は深まっていく。
まさにコロナ禍体験者の一人として、行政主導で人間の基本的な主権への制限を無批判に受け入れていた。
感染拡大を防ぐためには必要なことであったと今でも納得はしているけれど、一事が万事このように受け身 -
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ネタバレかつて、出来事を描写する言語は、行為を行為者に帰属させる言語へ移行した。ここで、選択(プロアイレシスorリベルム・アルビトリウム)と区別される意志が、本来多くの要素の協働から実現される過程であるはずの行為を、ある主体に私有化させその責任を占有させることを可能にする装置として現れる。
名詞から非人称動詞が生まれ、非人称動詞から中動態が生まれ、中動態から、自動詞、自発、受動態が派生したと考えられる。ひいては、能動態も中動態から派生したと憶測することもできる。中動態と能動態が対立するパースペクティブは、やがて能動/受動のパースペクティブに取って代わられ抑圧されたが、現在の言語でも例外的なイディオムと -
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カントの「判断力批判」を元に、快の対象を四つに分け、そのうち「ただ快適なもの:享受の快」を重視する議論を展開する内容。(p85の図がわかりやすい)
これと混同されがちな快として、「設定された目的にとって手段として有用なもの:目的達成の快」がある。
たとえば健康はそれ自体が快適だが、健康であろうとする目的で運動をするとか野菜を多く食べるとかは純粋な享受の快ではないとされる。(p82)
お酒の例で言えば、お酒を味わって楽しんでいることは享受の快だが、アルコールに酔いたいという目的のための手段として使われればもはや享受の快は失われている(p92)
その最たる例がドラッグであり、これは正に目的 -
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コロナ禍で行われた自由への強力な制限について取り上げる中で、その必要性には頷きつつも、「目的のためにはどんな手段も正当化されてよいのか?」という切り口で自由とは何かを考えるという筋。
【前半】
現代の哲学者アガンベンはコロナ禍で人々の移動や経済活動、葬式で集まることさえも制限を正当化された事態について批判した。
これによってアガンベンが逆に批判される(炎上する)ことになったが、ソクラテスの言うように哲学者は社会の虻として(p45)ぼんやりしがちな人々の目を覚まさせる役割があるため、アガンベンはそれをしたのだろう。
逆に、役割を果たしていない者の例として教会と法律家を挙げている。「教会は信よ -
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国分さんの解説するスピノザの思想は、万人に寄り添ってくれるような思想で、自分にとってはすごく心強い考え方であった。
特に印象に残っているのは、自由であるとは能動的であり、能動的であるとは自分の力が表現できている時であるという。また、スピノザは自由を度合いで考える。完全な自由になることはできないが、人間は生まれてから体の使い方を覚え、言語を覚え少しずつ自由になってきた。大人になってからもそれは同じで、自分の力を最大限に表現できるコトを模索していかなければならない。
完全な自由は存在しないが、その自由の度合いを高めることはできるという考え方はすごく勇気をもらえた。今の情報社会では、他人と -
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行間からその相談者の心の奥底に迫り寄っていく國分さんおそるべしという感じで毎晩寝る前に(PERFECT DAYSスタイルまだやってます)セブラル相談ずつ読み進めてった。言わないことにこそ本質が隠れているというのは仕事をするうえで意識していきたい、ので、その行間読み取りテクニックを学ぼうと思ったが、解説で千葉さんが言うてたように、急ハンドルすぎて(この千葉さんの比喩すき、自分なら路肩に一旦停車するって言うてたんジワジワ)テクニック学びとれず。毎相談これはズバッと回答か?寄り添い回答か?と半ばヒヤヒヤドキドキしながら読んでた私はカブトムシ…とりあえず真似ぶことから始めていきたい。行間を読み取る。そ
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東大で行われた学生向けの講義録。平易でわかりやすく、身近な話題を深堀されている。
2回の講義に分かれており、初回はコロナ禍における「不要不急」について、第二回はそこからさらに広げ、目的、手段、遊びに展開していく。
初回では、コロナ禍の中で、ジョルジュ・アガンベンを引きながら、通常の民主的プロセスを経ずに不要不急のイベントが延期され、緊急事態宣言の名のもとに行動制限をされることに関する哲学的な考察。感染症対策の是非という観点は一旦脇に置いた上で、アガンベンの批判の論点は以下3つ
1. 生存のみに価値を置く社会
a. 感染症対策の目的は、国民の健康維持であるが、健康の維持という名目であれば、あらゆ -
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これはいわば、自由を求める者たちへの指南書だ。
スピノザは言った。「物事それ自体に善悪は存在しない。善悪を決めるのは組み合わせだ」と。目から鱗でした。例えば、毒キノコはそれ自体が悪いのではない。人間と掛け合わせると悪い作用が働く。動物が食べても問題はない。すべては組み合わせなんだ、と。さらに人間は無意識と意識でできているから、真の自由は手にすることができないと言う。だからこそ己の真理、己の美学を探究する必要がある、と。
自由を手にすることはできない。限りなく自由に近づくには、自分に合った組み合わせを見つけなければならない。自分にとっての真理とは、自身が変わっていくことで生まれるのだから、と -
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ネタバレ國分功一郎先生が、ボダン、ホッブズ、スピノザ、ロック、ルソー、ヒュームの政治哲学を簡潔にまとめてくれてる良書。
一般意志が行政には適用されず、立法にのみ適用される事が重要っぽい。
ロックに手厳しくて笑った。
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以下備忘録
①ボダン
西洋社会においては9-13世紀に封建国家があり、14-16世紀にかけて緩やかに衰退した。
封建国家では領土の概念は無く、政治的アクター同士の(複雑な)契約関係そのものが国家の概念。
慣習が法として、信仰が規範として成立している時代。宗教戦争以後、国家の体制が論じられるようになる、その嚆矢がボダン
内容は、絶対主義国家、主権概念。
国 -
ネタバレ 購入済み
より多くの人に読んでほしい。
2024年12月読了。
ず〜っと気にして買っていたのに、中々手が伸ばせずに積ん読状態だったのだが、数年前にTVでオードリーの若林さんが称賛していたのを見て興味が湧き、読み始めたのだが、自分はうつ病を患っており、その時は具合が悪く途中で手を止めてしまった。
その後(つい最近だが)思うところがあり、改めて初めから読み返したところ、夢中に成る面白さで、半日弱で読み終えてしまった。
哲学書でこんなに読み易い本は、早々お目に掛かれない良書だと思った。そして若い読者にも理解しやすい書き方で、現国のテキストに使われたのも頷ける内容だった。
中身を多くは語るまい。読み終えた人だけが、感想をスタート地として -
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『エチカ』のエッセンスを、近代社会のとは異なる価値観として捉えて論じていく。現代人の常識からは、まさにOSの入替を要求される内容である。
本質というとガチガチに固定された不変の形状という認識であるが、スピノザは個々人の活動能力を高める力であるという。人間を画一的に定義するのではない、人間に対する寛容さ、温かな眼差しを読み取ることができる。
近年徐々に広がりつつある個人を尊重し認め合う風潮は、スピノザ的な感覚なのではないかとも思う。
一旦は読み通したが、各章を自分なりにまとめ直したいと思える良著。国分さんの文章は主張が押し付けがましくなく、読みこぼしてしまう読者にも優しく手を差し伸べてくれる