國分功一郎のレビュー一覧

  • 「利他」とは何か

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    そうそうたる顔ぶれがそれぞれに「利他」について説いているんだけど、何となく見えてくるものがある。特に、伊藤亜紗と中島岳志の利他論に学ぶところが大きい。すなわち……。
    利他とは、人のためになることのようなとらえ方が一般的だと思うけど、それを意識的にするのは「利他」ではない。何らかの気持ちのメカニズムが働くにせよ、本人的には説明がつかないうちに、自分のためでなく動いてしまうことが利他なのだ。
    一生懸命に利他的なよき人物であろうなどと努めてしまうが、そんなことを考えているうちはまだまだということだろう。考えてみれば、利己的な言動だってわざとそうしているのではなく、自然とそうしてしまうからこそ利己的なのだ。利他がその対極にあるのだとすれば、やはり自然と自分のためにならないこと、人のためになることをしてしまうのが利他というわけ。これが大きな学びだった。

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    2023年08月15日
  • 未完のレーニン 〈力〉の思想を読む

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    ネタバレ

    浅学ながらレーニンの表層的な生業についても多くは知らない中で
    彼の打ち立てた思想を深掘りする本書はいかほど通読を重ねれば血となり肉となるかはその重厚さの前では判然としないものの
    版元(初出の講談社選書メチエ)への印象としてこのような学究の営みを、手近なものとして差し伸べてくれることへの信頼は一層深くなった。再読。

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    2025年02月07日
  • スピノザ 読む人の肖像

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    『たとえば、三平方の定理のような数学の定理を証明する時のことを考えてみればよい。その証明が真であることは、何かに照らして真であるというより、その証明自体によって示されている。証明を終えた時、証明を行った本人にはそれが真であることが分かる。確かに三平方の定理自体は公共的に共有されうる。しかし、それが真であることは自ら証明してみないと分からない。そして証明してみれば分かる。真であることは公共的に共有されるものではなくて、各自によって経験されることだと言ってもよい。スピノザがイメージしている方法としての道もまた、それ自体で真であることの明らかな観念から別の諸々の観念が導き出され、それらの真であることが次々に理解されていく、そのような経験の連鎖である』―『第ニ章 準備の問題/スピノザの方法』

    共通一次世代の理系少年であった自分にとって社会科系の暗記を前提とする学科は敬遠の対象だった。数学や物理の公式や化学でも周期律表とかイオン化傾向とか暗記しなくてはいけないことが結構あるじゃないかと反論する文系の人々も多いだろうけれど、それはレゴのブロックの特徴を理解するような作業であって、肝心なことはそのブロックを使って何かが作り出せることに満足感が伴うということなのだ。ブロックを文字と言い換えてもよい。文字を覚えることが目的になるのは嫌だが覚えた文字で文章を読んだり書いたり出来ると面白い、ということ。そういう訳で(って、どういう訳だ?詳しくは池田央(1981)『得点の分布と科目間の調整―共通―次学力試験を例として―』[行動計量学8巻1号]を参照」)五教科七科目の内の社会科系二科目の選択はリンシャセイケイ(倫理・社会、政治・経済。後にこの二科目の同時選択は不可となる)だったのだが、高三の選択授業で受けたのも倫理・社会で、そこで覚えたスピノザといえば、神は至る所に存在する、という「汎神論」というやつだ。当時は「スピノザ=汎神論」という符合として覚えていたのだが、汎神論って結局八百万の神々みたいなこと言ってシャーマニズム的だなあなどと勝手に考えていても点数は取れたのだから、やはり当時の社会科系の試験には問題があったのだと妙な感じで思い返してみる。その反省という訳ではないのだが、歳を取ったせいか実際にスピノザは何を言っていたのかが気になって本書に手を伸ばす。著者の國分功一郎には「中動態の世界―意志と責任の考古学」や「暇と退屈の倫理学」で馴染みがあったこともきっかけの一つ。しかし、この探求の徒の主たる研究課題がスピノザだったとは知らなかった。

    「中動態の世界」で、言語に残る先人達の思考の痕跡を考古学よろしく探ってみせた著者の思考はとても数学的だ。数学的という言葉で自分が意味したいのは、ユークリッドの示した思考方法に倣ったものということで、「点」や「線」などの「定義」を示した後、誰もが真理と考えることのできる「公理」を構築し、そこから「定理」を導き出し「証明」する、というもの。哲学といえば「デカルト」な訳だけれど、デカルトもまたそのような「公理系」に則した思考をした偉人だし、いわゆるXY座標系(Cartesian座標系などとも言われるが、DesCartes[ラテン語名Cartesius]が提唱したことに因んでの名称)で知られるように数学にも足跡を残している。哲学的な考察を重ねることとはすなわち普遍的な真理を求めることであり、その為には不動の一点(デカルトにとっての「Cogito ergo sum」のようなもの。実際にはフランス語で記した「方法序説」の中の「Je pense, donc je suis」らしいが、どうしても「コギト」と参照されるよね)から命題を証明していくという道筋は数学的になる訳だ。その國分が「読む人」と称するスピノザもまたデカルト的な(すなわち数学的な)思考を積み重ねた人であったことが本書からこれでもかと伝わってくる。

    ただし、この一冊は(他の國分の著作同様、と言ったら言い過ぎかも知れないが)判り易い入門書ではない。よく理系の人々の書き物に対する警句として「数式を入れたら誰も読まなくなる」とか言われるけれど、差し詰めこの本もそんな一冊である。理系の癖として、判り易くする為に(そしてその意図は論理を丹念に追う者にとっては確かにその通り)数式の展開を記す訳だが、そこで拒絶反応が起きて論理展開を追わなくなってしまった読者には、その先の理屈が解らなくなるという状況を生み出す。さすがに本書に数式は現れないが、スピノザの論理を追う為に一つひとつの言葉の定義を見定め、解釈(証明)をしていく本書の構成は、すらすらとその流れを追えるものでもない。何度も同じところを読み返しては、ああそうか、と納得するという行為が求められる(そんな苦労をしなくても読み通せる読者も居るとは思うけれど)。

    『ここからスピノザは、『エチカ』においてある意味で最も有名なテーゼを導き出す。自由意志の否定、あるいは意志の自由の否定である。論証は次のように進む。虚偽の観念は何かそれを虚偽たらしめる積極的なものをもっているわけではなく、観念の混乱や欠損のゆえに虚偽である(第二部定理三三、三五)。人間は自らの自由意志によって行為しているという「意見」こそ、そのような虚偽の一例に他ならない(第二部定理三五備考)。意志の自由という考えは原因についての認識の欠損にもとづいているからである。「そうした誤った意見は、彼らがただ彼らの行動は意識する [conscius]が彼らをそれへ決定する諸原因はこれを知らない[ignarus]ということにのみ存するのである」(第二部定理三五備考)(中略)同じことは第一部の付録でも指摘されている。「彼らは自分の意欲および衝動を意識しているが彼らを衝動ないし意欲に駆る原因は知らない」(第一部付録)』―『第四章 人間の本質としての意識/自由意思の否定』

    最新の科学的事実に基づく解釈によれば、人間の行動の始まりに際して、左脳を中心とした意識が立ち上がるより先に意識下の脳の活動があり、それによって次の行動が決定されるという。意識は気付くだけなのだ。著者は、これを(現代科学の新常識とスピノザの論理展開から導き出されるものの奇妙な呼応を)指摘するのだが、それによってスピノザの見立てを現代科学で権威付けするかのようでもある。そしてそんな例が幾度か出てくる。それが少しばかり気になる。基本的に著者の読みが論理的に展開するのを追うことは気持ちの良いこと(そう言えば内田樹のレヴィナス論考も似たような読書感を与えてくれる)なのだけれど、もちろん、スピノザの慧眼は当時知り得なかった科学的事実を先取りしていた可能性もあるのかも知れないけれど、それが如何に優れた観察と推量から提唱されていたものだとしても、証明可能な事実の積み重ねが在った訳ではない。なのでそんな風にスピノザを持ち上げることは行き過ぎのようにも感じるところがある。

    そんなことをしなくても、スピノザの徹底した原点の定義の明確化への志向と論理展開の凄みは十分に伝わってくる。特にそれがよく表れていると思ったのは「エチカ」の執筆を中断してまで記したという「神学・政治論」で示される、エデンの園のリンゴの実の逸話だ。スピノザは神を「完全なる存在」と規定し、もしリンゴの実を食べることが真に禁忌であったのなら神はアダムがそれを食べることを容易に阻止出来た筈だ、と結論する。だとすればアダムがリンゴの実を食べたこともまた神の意図の一つであったと解釈されなければならず、そうであるなら、その行為に託された意味(神の意図)とは人間が持つ特質の表れの一つである筈で、それが自由意志への希求(欲望)あるいは好奇心ということへ繋がるのだと展開する。そこからはパンドラの箱を開けたように権威主義的教会の一般的な聖書解釈・教条との摩擦が生じるのだが、それでもスピノザは完全なる存在の神という定義とその神からアダムに託された人間の自由な意思を求める精神という特質こそ信仰なのだと主張する。それは無神論者であると非難されることへの反証であった筈だが、スピノザの聖書解釈が権威主義とは相容れない解釈であることをいよいよ明白にもしてしまう。その展開を読み説く國分の文章を辿ることは非情にスリリングである。

    もちろん、本書を読んだからと言ってスピノザの哲学を理解したとは到底言い切れないが、判り易い入門書ではなく、こんな解説書を読むことで開ける地平というのも確かにあると実感させてくれる一冊だと思う。因みに、本書で得た知識を基にいわゆる一つの生成AIとスピノザについて会話したら、驚くほど面白かった、ということを記録しておこうと思う。たとえAIが神の如く振る舞ったとしても、それを面白いと思えることこそ人間の特質に違いないのだから。(この文章は、一部あるいは全て、生成AIが作成したもの、ではありません)

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    2023年05月20日
  • 近代政治哲学 ──自然・主権・行政

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    各政治哲学者の思想が紹介されたうえで、「民主主義とは何か」を最後の問いを読者になげかける。
    あまりに当然であり自明であった「民主主義」がいいという無邪気な精神から、すこし距離を置くことができたと思う。
    あとがきのまとめ方が素晴らしく、読後感がすっきりする。

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    2023年04月02日
  • いつもそばには本があった。

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    わずか125ページの小著だが、人文学的知とはどういうものなのかを教えてくれる。特に論文の引用数だけで全てを評価しようとする風潮に警鐘を鳴らしている。

    著者達が読んだ本を紹介しながら、往復書簡のように話が展開していき、たいへん勉強になる。

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    2023年03月31日
  • 哲学の先生と人生の話をしよう

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    人生に対して漠然と不安を感じている人には是非読んでもらいたい(その種の発言をする友人に勧めたい)。相談について作者が応答する形になっているが、そもそも相談者の方々の文章もわかりやすくてすごいなと思った(わかりづらい点も少々あったが、ある種の葛藤を感じられて良かった)。作者の答えも質問の内容から(文章のみのため可能な限りで)相談者の悩みの核をついていて、読者の視野を広げてくれている。明確な答えがズバッとあるわけではない点、信用も置けるし、人生への汎用性もあるように感じた。

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    2023年03月24日
  • 言語が消滅する前に

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    面白い!

    とても面白かった。対談本なのですらすら読めてしまうのだが、内容は決して軽いものではなくて、いくつも考えさせられる事柄があった。「ちょっとここのところを考えてから次を読もう」と思い、本を閉じて、考えるのだが、「もうちょっと読みたいなあ」と思ってしまい、考え切らずにまた読んでしまう、という本だった。多分、何回も読んでちょっとずつ考えることになると思う。個人的には、千葉雅也さんの、「僕はマイノリティとして、差別されても別のクラスタでありたいと思っています。それに、こっちはこっちで逆に異性愛文化を小バカにしたりするわけだから、それはもうお互い様です。」という発言がリアリティがあっていいなと思った。

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    2023年03月10日
  • スピノザ 読む人の肖像

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    スピノザに惚れ込んでから、手当たり次第スピノザ本を読んできたが、この本は新書の体裁ながら、第一級のスピノザ研究である。現時点で日本語で読める最上のスピノザ解釈ではないかと思える。
    著者が10年以上かけて書き上げたというのは、むべなるかな。
    一切の外的なるもの=超越的なものを必要とせず、すなわち目的論を徹底排除し、内在的なるもので世界と人間を語り尽くすスピノザ。
    この哲学の射程は驚くほど広大である。

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    2023年01月09日
  • スピノザ 読む人の肖像

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    読み終えた僕らは、岩波新書らしからぬ煽りに煽った帯コピー「この思考は、人間のすべてを根底から覆す」が、全然大げさではないことを体感する。
    スピノザという至高の読む人と、國分功一郎という気鋭の読む人との対話を通じて、読むこと、読み継ぐことの難しさと楽しさ、素晴らしさを体感できる一冊でもある。
    難解なテキストを薄めることなく、がしかし読み外さないように丁寧に根気強く、時にユーモアに時に切実に、日本語で導ききった國分功一郎の仕事、狂気の沙汰レベルに凄まじい。

    スピノザが示した道としての「方法」や第三種認識は、仏教徒の柳宗悦が民藝運動に込めてた「不ニ」や道元の悟りにも通じるのでは?と思った。だとしたら、民藝を経由して、’ものづくり”についても考えたい

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    2023年01月10日
  • スピノザ 読む人の肖像

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    スピノザの著作を想定される時系列でその人生でのできごととも関連させながら、紹介していく。そのため、「エチカ」の執筆を中断して、「神学・政治論」を書いたということを踏まえて、エチカの前半と後半の間に「神学・政治論」の解説がはいる。そして、「神学・政治論」の議論が「エチカ」の後半にどう影響を与えたかが検討される。

    一応、スピノザの「人と作品」という体裁はとっていて、それなりに入門書的にわかりやすいわけだが、内容的には、新書のレベルではなく、新しい研究動向まで含めたところで、著者の最新のスピノザ解釈を示すものになっていると思う。

    わたしは、そこまでスピノザを読み込んでいるわけではないのだが、これまで読んだなかで、一番、「わかった」気がした。

    スピノザはなんだかいいことを言っていそうなんだけど、それがなんだかわからないというモヤモヤをかなりのレベルでクリアにしてくれた気がする。

    たとえば、スピノザは自由意志の存在を否定しているのだが、それなのにどうして「エチカ」、「倫理」を語ることができるのか?みたいな基本的なところで、わからなかった。そして、これまで読んだいくつかのスピノザ入門書ではそこがなんだか腑に落ちない感じがあったのだ。

    「エチカ」は、神の存在証明からスタートするわけだが、やはりスピノザが問題にしているのは倫理なのだな。

    とある意味、当たり前のことを確認した。

    にもかかわらず、それを自分の言葉でまとめることがまだできないというもどかしさは残る。

    いずれにせよ、これがこれからのスピノザ入門の基本図書になるのではないかな?

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    2022年12月10日
  • 言語が消滅する前に

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    Audibleで。対談本を聴くのはなかなか良いですね。

    前半國分さんの『中動態の世界』について考える補助線が引かれた感じでよかった。千葉さんの『勉強の哲学』も読んでみたい。

    考えたいことが色々あったけど「勉強のあり方」とあとは「帰責性と応答性」については特に、NPO等の評価と結びつけて「帰責性評価と応答性評価」という形で考えてみたい。NPOの評価への忌避感は帰責性の言語への恐ればかりにとらわれているのが原因なのでは。主体者をエンパワメントする評価の可能性を現象学の方面から探っていたけど、応答性のキーワードも考えてみると面白そう。

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    2022年12月04日
  • スピノザ 読む人の肖像

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    既にある著者「はじめてのスピノザ」より何歩も踏み込んだ内容でありながら、はじめての読者にも寄り添ってくれる内容だと思う。

    神の定義、
    第一〜第三認識という概念、
    受動と能動。

    自由という概念がぼくの外にあるんじゃなくて、ぼくは自由になったときに、それが自由だと気づく。自由の定義づけじゃなく、あくまで個々がぐるぐると認識を更新していく中で実践的な自由の在り方を提示する。


    ドゥルーズのも読んでみようかな

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    2022年11月14日
  • スピノザ 読む人の肖像

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    一歩ずつ立ち止まって、ターンイングポイントだよと言ってくれたり、後回しにしましょうと提案してくれたりと、懇切丁寧な解説をしながら伴走してくれます。
    が、理解できない。何度も読むしかない。難しい。

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    2022年11月11日
  • 言語が消滅する前に

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    哲学する威力を思い知る。ラディカルな視点を提示しつつも、それで全て事足れりとはしないバランス感覚。対談が成功している稀有な本。

    ・依存症からの回復とは回復し続けること
    ・コロナ禍でのアガンベンの発言
    ・理系の数学、文系の言語

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    2022年05月29日
  • 未完のレーニン 〈力〉の思想を読む

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    レーニンという人物が何故、資本主義、国家をこの世から暴力革命という非民主的な方法で破壊して、ソビエトという民主体制を作る矛盾した事をしたのか?、コレ全てがレーニンによる完全な論理によって行動されていた事を示してくれる驚愕の名著。
    レーニンの革命はまだ終わるどころか始まってもいなかった事を購読後我々に教えてくれるだろう。

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    2022年03月25日
  • 言語が消滅する前に

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    それぞれ異なるテーマについての対談だが、言語が消滅しようとしているという危機意識がこの本の最も深いところで共有されている。個人的には最近言語から遠ざかってしまっていたので、このタイミングで読むことができて良かった。

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    2022年03月19日
  • 言語が消滅する前に

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    タイトルに惹かれ、昨今の言葉の誤用を嘆いた内容なのかなと軽い気持ちで手に取ったらもっと深く切り込んだ内容でした。
    著者の方々やきちんと内容を知らずに購入したので、こちらが不勉強なため中々理解が難しかったです。

    漠然と今まで自分の中で考えていたこと、気になっていたことが次のステップに進むようなヒントを貰えた気がします。
    昨今蔓延る自己責任論。どうしてこうなってしまったのかピンとくるものがなかったのですが言語が思考に影響しているのではというのは自分の中では今までになかった視点だったのでとても興味深く面白かったです。

    お二方の著作を読んだ方がこの対談をより理解できると思うので読む順番大事かもしれません。

    IQの値が離れすぎていると会話がスムーズにいかないと聞いたことありますが読んでいる中でそんな気持ちになりました。
    だいぶ「リッチ」な会話をしているように思えました。

    インターネット、SNSの普及でこれから先の時代がどうなっていくのか。
    年を重ねたことで今生きているこの瞬間も絶えず変化し続けるもので未来から見てようやく何があった時代なのかがわかるのだと悟りました。
    若い頃は、過去の歴史を見ても今から切り離して考えていて今の時代の問題に気付きませんでした。

    止められない流れはあるだろうけど、そこの中でも自分の価値観や意識を保っていかねばと思いました。

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    2022年02月13日
  • 言語が消滅する前に

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    とても面白かった。同世代ということもあり、私にとっては難しい内容の所があっても、肌感覚で分かる部分もあり、楽しく読んだ。恥ずかしながら、千葉雅也氏のことは本書で初めて知り、勉強の哲学を読み始めた。キモ友、欲しくなりました。

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    2022年02月02日
  • 言語が消滅する前に

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    現代に生きて社会の病的に感じることや不安について清々しいくらいに切り込んでいて、もやが晴れる気分で読みました。お二人の俯瞰した視点から自分だけでは見えなかった世界について考えを巡らすことができました。また、言語そのものが消えて行く過程にあると実感は湧かないものの、消えつつあるとはどういうことか、感覚思考も変わる新時代が来る心の準備をさせてもらいました。

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    2022年01月06日
  • 言語が消滅する前に

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    中動態、勉強、コミュニケーション、エビデンス主義などなど、様々なトピックが、「言語」の横軸で横断的に議論されている1冊でした。とくに第3章「「権威主義なき権威」の可能性」が、示唆に富む内容が個人的に多かったです。

    現代的なコミュニケーションは、何でも明確に表出することを求める、明るみの規範化が問題となっている。そうではなく、人には「心の闇」が必要である。言語化できないような不合理性があることで、曖昧なかたちのままで自己を認識できたり、どこか他者を信じれたりする。

    それに関連して、エビデンス至上主義は、ある種の民主主義の徹底でもあるけれど、全てを明るみにしなければいけないとか、エビデンスだけで全てがわかって、合理的に判断できるのだと勘違いしてしまっている。

    言語が果たす役割の大きさと可能性を感じされられた1冊でした!やっぱり國分さんと千葉さんの本は面白い。

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    2022年01月02日