國分功一郎のレビュー一覧
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哲学的な視点から人生相談に乗る國分さんの本。まずすごいと思った点が、投稿者の背景や状況を細かく分析して、真の問題点をつきとめている点。投稿者の悩みは一見よくあるものだなあと思っていると、思いがけないところで本当の悩みや実態が隠されていることに気づく。文章を正確に読まなければ、多分気づかない。
そして浮き彫りとなった悩みへのアプローチも独特。よくある人生相談として、相談役が「俺/私はこう思う。だからお前もこうするべきなんじゃないか?」といった「俺/私流の考え」を押し付けであったり、「人生色々あるから前を向くしかない」といった抽象的な精神論で終わって、実質何も解決されないのを見かける(鼓舞される分には問題ないが、解決には至っていない)
一方本書は、序盤で問題点が整理されているので、客観的に実態を把握することができる。さらに明確な答えがない時もあるが、それは解説にもあった通り、自立を目的として、あえて自分で考える余地を残しているのではないかと思った。哲学書などを引用しているのはそういことなんだと思う。「考える」って大事だなあ。 -
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国分先生の著作を数冊読んだけど、これだけ毛色が違うので躊躇ってましたが、原発事故10年かぁ、いい加減考えないとなぁと思ってようやく読みました。
内容は思っていたほど難しくなくて、講義録なのもあって非常に読みやすかったです。途中のハイデッカーの引用は難しかったですが、要は結論を述べるんじゃなくて、対話の中から自然と結論に至ること、その過程が大事ということかな?
これに似たこと安部公房が言っていて、「小説の要点が書けたら僕だってこんな長い文章書かないよ、書けないから読者に体験してもらう、そのために無限に読み込める航空写真のような小説を書くことになるんだけど、それを読者は迷路って思うみたい、要点や結論はなくていいんです、その人が感じ取ったものが大事」みたいなことをインタビューで言うてたのを思い出しました。
話が飛びましたが、この本によると、そもそも戦後原子力爆弾はみんな反対したのに原子力発電は肯定してしまったのは、人間の根底に何ものにも頼らずに制限されずに生きたい、という願望があるからだ、その誘惑に勝てなかったのだ、と推察されていて、なるほどなと思いました。そういう悪魔的魅力が確かに原子力には当時あったのだろう、今だとAIかな?
私も日々、誰かと接触せず一人で承認欲求を満たして孤独を感じずに生きていくことができたら最強なのになぁできない自分はまだまだだな、、とか思っていたのですが、そもそも人間という存在がそう孤独や自立に耐えうるデザインをされていないのなら、無理な望みなのかもなぁ。。
問題山積み&リスク高すぎの原子力発電を使い続けるという選択は、自分の中ではないなぁとこの本を読んで改めて思いました。
しかし国分先生の本はいつもすごく丁寧に書いてあって哲学素人でも読みやすくて本当にいいわぁ。 -
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ネタバレ義両親の「ゴネ得」のQ&Aは圧巻。
以下引用
「ガリ勉は勉強ばっかりしているから問題なのではなく(中略)勉強しておけば大丈夫なんだという“信仰”をもっている点がまずいのです。(略)知識と考える力を身につけたいと思ったなら、ただそれをやればいい。しかし、それらを身につけたら自分の人生は大丈夫だと思っては大変な誤りを犯すことなります。(略)やりたいと思っていることをやればいいし、これじゃダメかなと思ったら立ち止まって考えればいい。ただ、「こういうことをやっていた人間はこうなれる」などとは思わないことです。」
「特にいまの若者は、無気力・無感動・無関心などと言われる。けれども、そんなことはない。一人ひとりはいろいろなことを考えている。でも、それを外に向かって発信するためのきっかけがない。どうすればいいのかも分からない」
「(グリューンの「自分自身に対する裏切り」)欠けるところのない無条件の愛情をずっと注いでもらって生きてきたひとなどいないからです。どんな親の愛だって、やはり多少は条件がついているのです。だから誰しもが心に多少傷を負っています。友人との関係、恋人との関係、社会や世界との関わりのなかで、傷を少しずつ回復しながら人間は生きていきます」
「「~が勉強したいんです」と言って大学に来るけど、入ってみたら本当にこれでよかったのか分からないってのがよくありますよね。あれも自分が勉強したいって言っているものが何なのかよく分かっていないから起こるのです。また、実際にいま自分が勉強していることが何なのかまだ十分に分かっていないのに、分かった気になってそれは面白くないとか判断を下していることもあります」
「人間の心はただ単に、これまで収集した情報が入っているだけです。別に無限の泉でも何でもないんです」 -
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来るべき民主主義
国民主権は主権者である国民が立法権を持つことだと定義されている。近代国家は統治の規範を公開性の高い法に求めてきたためである。しかし、行政府が立法府の定めた法の執行機関に過ぎないという前提が崩れ、行政府が立法府を超えた権力を持つ現在において、現状の国民の政治参加の方法は十分に民主的であるとは言えなくなってきている。さらに、民主主義国家では国民がいかにして立法に関与できるかのみが議論されてきたため、行政への国民の関与は制度的にほとんど認められていない。本書では、このような民主主義の欠陥に関して、小平市都道328号線建設反対の住民投票が無効化されたという著者自身の経験から論じられている。
カール・シュミットの「敵/友」の区別とアレントの多数性を踏まえた、政治とは多と一を結びつける原理的に不可能な営みであり政治の最大の危機は「敵」がまるでいないかのように振舞う時にこそ現れる、という主張が面白かった。「真に人民を代表するのは我々だけだ。」というポピュリストのレトリックは正にこの危機を表していると思った。 -
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著者たちとあまり学生時代を過ごした年代が変わらないので、この本でふれられている”あの時代”の雰囲気はよくわかる。なぜか浅田彰の本がベストセラーになって、ドゥルーズ=ガタリの『アンチ・オイディプス』などという本が平積みになったりしていた時代だった。ちょっと前には「朝日ジャーナル」などという雑誌があって、”人文的な教養”が価値のあるものと考えられていた時代でもあった。この本はちょっと懐古的に感傷的になっているような印象もあるが、それを踏まえた著者たちの現代への問題意識もわかる。ただ、両者がバックグラウンドとする仏哲学が『知の欺瞞』後にどれだけアクチュアリティを持てているか、単なる”妄想”になっていないかの自己認識みたいなものは聞きたかったな、とは思った。
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ネタバレ1950年代、核実験や核開発が進む中で、
「原子力の平和利用」に関しては誰も警鐘を鳴らさなかった。
ハイデッガーを除いては。
誰もが「原子力の平和利用」や原子力発電に夢を見ていた時代にあって、どうしてあの哲学者、ハイデッガーは核戦争よりも「原子力の平和利用」の方が恐ろしいと看破することができたのか。
とても興味深い考察です。
「意志」の限界を考え抜くことができたからであり、
「考える」ことができたからであり、
それが「放下」へとつながっていく。
哲学の姿勢でもって、
そして西洋の影響を受けながら西洋を疑い、
「放下」へ到る道に思いを馳せるとき、
私たちがいかに原子力から逸らされているかを思います。
それは、原子力から逸らされているかと同時に、私たち自身からも逸らされていることも意味します。
いま、社会や技術の変化の中にあって、
「放下」や「アンキバシエー」について思わざるをえません。
よいものとされる技術が隠しているものに関して、
私たちが開かれているか、
という問いだからこそ見えてくるものがありますね。
”放下という落ち着きの態度で、期待するのではなくて待つことによって、我々は世界という会域に降りていくことができ、そこで事象そのものの謎=秘密を思惟することができる。そうしたプロセスがアンキバシエーであり、このアンキバシエーこそは、この会話が論じてきたものであると同時に、この会話の歩みそのものであった。"
(pp.245-246) -
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現状の保育園事情からも日本は世界の先進国より随分遅れているし、保育園のみならず、幼児教育のこと、子供の権利のことを真剣に考えられていなかったことにただただ驚く。保育園にただ子供を預けられればいいという話ではない。 実際に自分がいくつも保活で保育園を見学して、狭い、汚い、交通量が多い立地など、小さい子供を預けるのに躊躇する保育園がいくつかあったことを思い出す。しかしどこにも受からなければ、その躊躇したところにも預けざる負えなかったかもしれない。実際にそういうことも起きているのが日本の現状でもある。
本当におかしい。子供は未来なのに。
子供の権利、保育士という命を預かる専門職の待遇改善など早急に対策をと願うばかり。イギリスはじめ欧米では子供の権利の視点が必ず考慮されているのは本当に羨ましい。 対談形式で読みやすく、日本の保育園事情を知るという意味でも行政関係者はじめ、直接保育園とは縁のない人達にも広く読んでもらいたい一冊。 -
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昨年は「保育園落ちた‥」のブログや、新規保育園の計画中止のニュースで「待機児童問題」という言葉を何度も聞いた。
だけど「待機児童」の何が問題なのか?本当には分かっていなかった‥問題は、保育そのもの。安心して「保育」を受けられなければ、親は働くことができない。もちろんそれは二人であろうがシングルだろうが、すべての「親」のこと‥。どんな職場であれ必ず「親」がいる。考えてみれば保育の問題は、働く人=この国に暮らすすべての人にとっての問題なのだ。いやいや‥日本、大丈夫だろうか?
この本はこどもが身近にいる、いないに関わらず、行政や政治家には課題図書にしてもらいたいし、なるべく多くの人(特に若者)が読んで考えてもらいたい。イギリスとの比較、対談形式なのも読みやすくてとても良かった。 -
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我々のこの民主主義・民主制は、ある種の欺瞞のもと、何か別のものが民主的と呼ばれているにすぎないのではないかーー。そのような疑問から出発し、政治哲学の大家たちの論を紐解きつつ、彼らの「自然権」「主権」「立法」「行政」などの用語法の細かな異同に目を配りながら、何百年も前に提起された諸問題が今もなお熟慮に値することを明らかにしてゆく。
初めて書店で見かけた時は硬くストレートな題名には好感を抱きつつもこれで本当に売れるのかと心配になったが、数ページ読んでそれが杞憂であることを確信した。とにかく解り易い。変に奇を衒った所は全くなく、極めて簡潔な文体で淡々と論が進められてゆく。あまりに噛み砕かれると却って頭に残りにくいこともあるが、手軽さが重視される新書というメディアにおいてはこのシンプルネスは重要だろう。
立法権から行政権への秘密裏の権限移譲をジョン・ロックの建前主義に求めるくだりは舌鋒鋭く読み応えあり。ここがこの本の肝と思われ、立法権と行政権の遠近に関わるテーマはその後も繰り返し現れている。