國分功一郎のレビュー一覧

  • 哲学の先生と人生の話をしよう

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    人生相談といえば、聞かれたことに対して共感したり、たまには本人の思想も混ぜこみながら指摘するくらいのものしか出会ったことがないが、國分先生は違った。言い回しや書かれていない部分を含めて、思い込みや歪みを暴いていた。文章をここまで洞察できるのかと感嘆した。

    たまにボロカス言ってる箇所もあって痛快だったが、自分にとって耳の痛い話もあった。

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    2026年05月24日
  • 中動態の世界―意志と責任の考古学―(新潮文庫)

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    ネタバレ

    哲学というのは、ここまで日常的な概念(意志/責任)を深く掘り下げられるのかと感じさせられる。確かに自分たちは「意志」という概念を能動的なものとして捉えているし、これを責任をもたらす重要な概念として捉えている。しかし、あくまでも意志は無数のファクターにより導かれた結果であり、完全に能動とも受動とも言えず、故に中動態という忘れ去られた態を参照し直す必要がある。これに取り組んだ一冊。
    「意志」を純粋な能動と捉えることは、即ち過去との断絶(影響したファクターの無効化)を意味し、これはある種の全能感をもたらす。しかし神ではない人間はあくまで中動態の世界に生きており、様々なファクターの影響を受けつつ、自由と強制の狭間を行き来しながら生きていることを自覚する必要がある。そしてきっと、これを自覚することは自分だけでなく、他者に対する配慮にも繋がりうる。また、スピノザの「自己の本性の必然性に基づいて行為する者は自由である」という考え方も、この中動態の議論に奥行きをもたらしてくれる。即ち、人は社会の中で求められる役割や自分が担いたい役割の葛藤を抱える中で、自分の本性の必然性(例:ワンピースで言うところの「海賊王におれはなる」と同じか。海賊王に「なりたい」ではないのがポイント)に従い行為することができれば自由になれる、ということ。但し、この「自分の本性」なるものにどこまで敏感であることができるか、は極めて難しいことのように思う。それは日々の生活の中から浮かび上がるものかもしれないが、ここでも中動態の世界に生きている、つまり自分は導かれながらかつ自分で選択もしながらここまで進んできた、ということを自覚することで、少しずつ自らの本性に耳を傾けることができるのではないだろうか。
    また、個人的にはあとがきに書いてあった「読めよ。さらば救われん」という言葉も好きである。生成AIを駆使し、過去の議論や論文をさらっと読めるようになっている時代であるが、やはり地道に読むことこそが自分の思考を形成し、また救ってくれるものであると信じている。

    特に印象に残った箇所は以下
    ・私が何ごとかをなすとき、私は意志をもって自分でその行為を遂行しているように感じる。また人が何ごとかをなすのを見ると、私はその人が意志をもって自分でその行為を遂行しているように感じる。しかし、「自分で」がいったい何を指しているのかを決定するのは容易ではないし、そこで想定されているような「意志」を行為の源泉と考えるのも難しい(p.25)
    ・中動態を定義したいのならば、われわれがそのなかに浸かってしまっている能動対受動というパースペクティブを一度括弧に入れなければならない(p.109)
    ・能動と受動の対立においては、するかされるかが問題になるのだった。それに対し、能動と中動の対立においては、主語が過程の外にあるか内にあるかが問題になる(p.120〜121)
    ・言語が思考を規定するのではない。言語が思考の可能性を規定する。つまり、人が考えうることは言語に影響されるということだ(p.152)
    ・ある単語の不在は、出発点ではなくて結果である。たとえば、「オオカミ」という単語をもたない言語があるとすれば、それはその言語の使い手たちが、オオカミを別に認識する必要をもたなかったからに過ぎない(p.154)
    ・こう考えると、選択と意思の区別は明確であり、実に単純であると言わねばならない。望むと望まざるにかかわらず、選択は不断に行われている。意志は後からやってきてその選択に取り憑く(p.183)
    ・権力は相手の行為する力を利用するが、暴力は行為する力そのものを抑え込む(p.203)
    ・ハイデッガーはつまり、意思することは忘れようとすることだと述べている(p.287)
    ・われわれはどれだけ能動に見えようとも、完全な能動、純粋無垢な能動ではありえない。外部の原因を完全に排することは様態には叶わない願いだからである。完全に能動たりうるのは、自らの外部をもたない神だけである(p.361)
    ・その自由をスピノザは次のように定義している。すなわち、自己の本性の必然性に基づいて行為する者は自由である、と(p.366)
    ・だが自由意志や意志を否定することは自由を追い求めることとまったく矛盾しない。それどころか、自由がスピノザの言うように認識によってもたらされるのであれば、自由意志を信仰することこそ、われわれが自由になる道をふさいでしまうと言わねばならない。その信仰はありもしない純粋な始まりを信じることを強い、われわれが物事をありのままに認識することを妨げるからである。その意味で、われわれが、そして世界が、中動態のもとに動いている事実を認識することこそ、われわれが自由になるための道なのである。中動態の哲学は自由を志向するのだ(p.368〜369)
    ・完全に自由になれないということは、完全に強制された状態にも陥らないということである。中動態の世界を生きるとはおそらくそういうことだ。われわれは中動態を生きており、ときおり、自由に近づき、ときおり、強制に近づく(p.411〜412)
    ・やはり、「読めよ。さらば救われん」こそが研究における真理である(p.482)

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    2026年05月23日
  • 目的への抵抗―シリーズ哲学講話―(新潮新書)

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    コロナ危機で顕在化した別の危機。目的合理的な行政権力によって、人間らしさが蹂躙されていく。そしてその暴挙が、けっこうあっさりと正当化されていく。ちょっと待て。「目的」を問い直し、「自由」を取り戻そう。これが本書の主張だ。

    「何となく」「仕方ないよね」なんて言っているうちに、世の中がいつのまにか悪い方へ悪い方へ転んでいく。これでいいのだろうか。そんな危機を感じたら、この國分さんの声を受け止め、自らの頭で少しずつ考えていこう。自由に生きるために。

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    2026年06月29日
  • 天皇への敗北―シリーズ哲学講話―(新潮新書)

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    コラムの亡命の箇所、2026年の最低最悪の衆議院選挙の話かと思ったら12年前の選挙だった。不意打ちの解散によって争点もハッキリしないままに自民党が票を集めるのは10年以上前も今も一緒だったらしい。

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    2026年05月26日
  • 近代政治哲学 ──自然・主権・行政

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    政治哲学というのは難しい分野ですね。
    有名な政治哲学者が、主権とは何かを突き詰めて考えて、国家がどの様に関わり合い管理すべきと考えたかを一つの軸としてまとめた入門書です。
    主権をどう捉えるかかは当時の社会背景が多分に反映されており、宗教戦争が蔓延していた時代は、ホッブズを始めに、人間は放っておくと戦争を起こすために国家が管理すべきという悲観的な見方が広がり、逆に人間は共感し合う存在だというルソーやヒュームを始めに楽観的な見方が根付く時代も。
    人間の本質は何か、国家がどう管理すべきかは古くも新しいテーマだとも言えますね。

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    2026年05月04日
  • 中動態の世界―意志と責任の考古学―(新潮文庫)

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    初めての世界に躍り出た気分である。
    分からないところ、理解や想像が及ばないところも含めて、初めてであり、新たな概念に出会った気分である。

    『責任という虚構』にも参考文献として載っていたのと、『暇と退屈の倫理学』に感銘を受けていたので読んだ。

    ここまで読書をしてきて、精読する欲求がようやく芽生えてきた。そして精読をするには書くという行為が同時に必要であると感じる。
    國分さんの著書はどれも論理的で読みやすい。何より構成が秀逸である。大いに参考にし、書きながら精読していきたい。

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    2026年04月26日
  • 哲学の先生と人生の話をしよう

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    質問自体が自分事と感じないものについても、回答の考えや言葉が刺さる、というものが多くあった。
    個人的に印象に残ったのは↓
    4.女性との接し方が分からず、ホモソーシャル的な空気に逃げてしまいます
    20.交際相手が自分の言葉で話してくれません
    28.相談というのは、どうやってすれば良いでしょうか?

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    2026年04月25日
  • 天皇への敗北―シリーズ哲学講話―(新潮新書)

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    安保法制や憲法改正を掲げ日本中に大きな議論を巻き起こした第二次安倍政権。そんな政権から日本国憲法を守るためには、結局天皇の一言に頼るしかなかった。保守は憲法改正を断念せざるを得ず、当初は反天皇制であったはずのリベラルもそんな天皇を利用するしかなかった。立憲民主国家において日本国民の力で守るべき憲法も天皇の力を使うことでしか守ることができなかったことは、いわば日本国民の「天皇への敗北」である。

    戦後の日本人の多くは、旧帝国の第二次世界大戦時の戦争責任は否定しないものの、大日本帝国の国民ではなく戦後生まれ変わった日本国の国民として、どこか「被害者意識」を持ってしまうのはなぜか?

    では日本人が本当に「先の大戦について反省」するにはどういう態度が相応しいのか?ベストセラー哲学者國分先生が憲法学と戦後の文学者たちの二つのアプローチから迫っていく。

    いま、再び急速に民主主義へ挑戦する権力が力を持ちつつあり、民主主義が危機に晒されている。第二次世界大戦とどう向き合い、膨れ上がる傲慢な権力へ対抗していくのか、それぞれがこれを読んで内省するべき一冊。

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    2026年04月25日
  • 手段からの解放―シリーズ哲学講話―(新潮新書)

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    快を得る手段である嗜好品の話が冒頭に出てきて、最後に出てくるまで、カントに関する長い知的冒険だった。1部は論文をベースとした堅めの解説文、つまずきながらも何とか読み終えたら第2部は語り口調で親しみやすく、少しは理解が進んだか。崇高なものや美しいものに比べ、快楽をもらたす嗜好品とは。
    現代社会への危機感を警告するのではなく、哲学を通じて掘り下げて掘り下げて、1周して同じところに戻ってきたときに、同じ景色が違って見える、読み手なりに哲学の面白さを感じることができるのが奥深い。

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    2026年03月23日
  • 言語が消滅する前に

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    人間の意志というものは、それほど明確でないし、あやふやで信念もない。それを厳格に日の下に当てようとして、矛盾が生じる。また、世の中はエビデンスや法的根拠など分かり易い説明に逃げ、責任回避している。逃げずに、どうゆって説明するか。そこで求められるのが言語だろう

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    2026年03月22日
  • 哲学の先生と人生の話をしよう

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    自分だったらここまでバッサリ言われると心が折れるかもしれませんが、第三者視点から見るととても面白かったです笑

    國分先生が変に寄り添わず、情報不足があれば容赦なく詰めたり、独りよがりな相談であれば指摘するのは読んでいるこちらも背筋が伸びました。ただ、こういう風に言ってくれる人や機会はかなり貴重だとも思いました。

    特に印象に残ったのはプラス思考のお話です。プラス思考とは考えることを放棄すること。物事のネガティブなところから目を背けることと言われ、確かにと思いました。

    世間ではプラス思考=いいことだと言われがちですが、そうやって考えることを放棄するのは違う気がします。

    関連しているかはわかりませんが、生成AIが基本ポジティブな返答をするのも、人間が思考を放棄するのを助長するかもしれません。現代社会において、生成AIは必要不可欠なものになりつつありますが、頼りすぎないようにしたいと思いました。

    あとは一人で思い詰めず、人に話すこと。自分の仲の思いや感情を言葉にして「物質化」するのも大切だと思いました。泣くことはすっきりすると言いますが、もやもやした思いも言葉によって形にすることですっきりすることができるかもしれません。

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    2026年03月14日
  • 手段からの解放―シリーズ哲学講話―(新潮新書)

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    昨今の過剰なまでの推し活産業への懐疑から、様々な書籍を読んでいるが、また新たな知見の発見となる本であった。例えば仕事や学業の辛さから逃れることを目的として、または自らの精神的な健康を目的として、推し活をすることをやたら推奨されている。産業からすればそれが一番手っ取り早く人々を依存させ、金銭を稼ぐことができるからだろう。しかし本当に楽しいもの、快適なものは提供されているのだろうか?何も疑問に思わず産業の言う通りに消費することが本当にいいことであろうか。

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    2026年02月16日
  • 目的への抵抗―シリーズ哲学講話―(新潮新書)

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    暇と退屈の論理学が大変面白かったが、内容としては本書の方が難解な印象。コロナ中に不要不急の外出が禁止されたことに対する違和感を発端に、人生と目的についての関係性を哲学的に講義した内容と捉えた。

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    2026年01月12日
  • ドゥルーズの哲学原理

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    本格的にドゥルーズの解説を試みた本で、
    非常に難しい。
    どの程度理解できたかは不明。
    気になった点は2点。

    ドゥルーズの単著では唯一、提唱されているものと言っていいと思われる“無人島”という概念について。
    “他者こそが対象の対象性を保証しているとするならば、他者を欠くと自我を想定できない”。
    そもそも主観と客観というものが一般のレベルで意識されるようになったのは近代以降になる。
    その後、欧州から個人主義が広まって今日に至る。
    他者と他者のニッチにしか自我が存在しないなら、
    例えば、『自分探しにインドに行った人』は『インドに行ったことがある人』というニッチが得られるのかな、とか。
    自分を探すには自分を見るよりも他者を観察するほうが大切、というのは分かっていたことのようでなかなか難しい。

    2点目は5章の小題にもなっている「権力と欲望」。
    “権力”と聞くとどうしても上の立場からの圧力のようなものを想起するけれど、ここでの“権力”は下の立場からも発生するとする。
    まさに現在、〇〇ハラといった言葉が権力を持つような状態を指していると思う。
    人は自由を指向していてもいつしか権力を握りしめてしまう。
    結果として“自身”の広がりは“他者”への抑圧と表裏一体になってしまう。
    なぜ人は自由を得るには至らないのか。
    現在の“多様性の社会”はただの権力と権力のせめぎ合いになってはいないか。
    ただ、認めること。
    その単純で困難な一点を、いつか人類は突破できるのか。

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    2026年01月02日
  • いつもそばには本があった。

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    國分功一郎さんの言葉が、最近とくに身に染みてくる。とくにアーレントを巡って。

    ほぼ同じ時代を生きて、あの90年代のクソな空気に反発し、そこから真摯に学んできたのだろう。

    私はそこまで学びに打ち込めなかったけれども、この人の危機感とか憤りとか、疑問などはものすごくよく分かる。だからこそ本を読み、考えるべし、ということも。

    長い学びの旅路の針路を示すブックガイドとしても、大変ありがたい。

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    2025年12月19日
  • 目的への抵抗―シリーズ哲学講話―(新潮新書)

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    本書の帯にも「暇と退屈の倫理学」の深化と書かれた國分さんの新作。コロナ禍の政策に対して、哲学者がいかに「社会の虻(あぶ)」として重要な提言をしていたかをわかりやすく解説。「目的の本質とは、手段の正当化にある」との指摘にハッとさせられる。Purposeを求める前に読んだ方が良いかもしれない。目的の奴隷になってはいけないことを学べる一冊。

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    2025年11月24日
  • 「利他」とは何か

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    「贈与」や「利他」がタイトルに含まれる本が増えていますね。

    現代に生きる私たちは、交換や利己によっぽど疲れているのでしょうか。

    ただ「贈与」や「利他」に漂う胡散臭さがあるのも事実。

    結局人間は純粋に利他的には生きられないのではないか。

    最近、私の考えていたことです。

    この本を読んで、その考えは合っていると感じるとともに、
    利他は意図せずしっかりと存在することも実感できました。

    それは自分という器を誠実に生きるということ。

    自分が全力になれることを全力でやることが、人類の歴史や系譜に奉仕することになるという作家・磯﨑憲一郎さんの言葉は、私たちの迷いを幾分和らげてくれるのではないでしょうか。

    利他を考える前に、自分の器を磨き信じることが大切だなと感じ、今日も私は本を読むのでした。

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    2025年11月13日
  • 手段からの解放―シリーズ哲学講話―(新潮新書)

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    Youtubeの企画で朝井リョウがおすすめしていたため、手に取ってみましたが、、、
    あまりにも哲学的すぎて、私にはなかなか理解が追い付かない点が多かった。

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    2025年11月03日
  • 目的への抵抗―シリーズ哲学講話―(新潮新書)

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    面白かった暇と退屈の倫理学をより深化させた論考ということで気になって購入。
    コロナ禍の2020年と2022年にあった2本の講義を再録したもの。

    暇と退屈の倫理学については前半はちらっと言及があるくらいだったが、後半は浪費と消費の話から、目的と手段の話にまで広がって、暇と退屈の倫理学の補講のような感じで読めた。

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    2025年11月03日
  • 哲学の先生と人生の話をしよう

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    授業で読んだ國分功一郎さんの評論が面白く、手にとってみた。
    哲学は難しいという印象があったが、寄せられた質問に答えていく形式になっていて読みやすかった。
    人生の話をしよう、という名前の通り寄せられた質問からその人の生き方なども考察した上での解答で読んでいて驚くことが多かった。

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    2025年10月27日