國分功一郎のレビュー一覧
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今まで自分の中で悪としてきた「暇な時間」に対する考え方が一変した。暇と退屈は同一なものではないという新しい知見を獲得できた。
人間は暇と付き合って生きていく生き物で、それが人生である、とすんなりこうも言われると、大変人生の捉え方が楽になった。どこか自分は生き急いでいて、暇な時間をとにかく生産的な時間に変えようと苦しんでいたのが馬鹿馬鹿しい笑
他にも結論で述べられていた、「この本を通読することで、あらためて人に説明できるレベルまでインプットできてなくても、確実に読む前の自分ではなくなっている。」的な文は、大変心に残った。読書をすることで、それを意味ある何かにさせなくてはならないと思わなくていい。それを通読するだけで今ある何かとして、多少なりとも存在すると。これからの読書モチベが高まる言葉でした -
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豊かな時間と、不自由なく使えるお金があるにもかかわらず、どこか「退屈」。満たされない気持ちが続いていたので、読んでみた。
>この本が言いたいこと
「楽しむための訓練」をして、物事を深く受け取る(=浪費する)能力を取り戻そう。人間は、時には動物のように目の前の世界(食事、芸術、趣味など)に深く没頭し、時には人間らしく立ち止まって思索する。この2つを往復しながら、「贅沢を贅沢としてちゃんと味わえるようになること」こそが、退屈な消費社会を生き抜くための「倫理」。
>気付き
ディズニーランドに行った。素晴らしい音楽、温かいおもてなし、全て贅沢。とんでもない浪費。
初めてのオーケストラ鑑賞。古くから人間はこのようにして退屈を凌いでいたのだと実感。 -
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ネタバレ俺は牛丼を食べてるのかな、食べさせられているのかな。
承認欲求と所属の欲求の両輪があるとして、その2つが同じくらいのサイズだと人は安定するのかな。
市場というか経済の中で合理的じゃないものに時間を使ってたり、好きだと、もう変態になるじゃないですか。
目的がない純粋な手段というのは一体何なのだろうか。
最も価値の高いものは、ある人の時間であり、それをこんなに使ったんだぞっていう事実なんでしょう。お金を使うなんて、全然大したことない。
遊牧民の方にストレスはありますか?と質問したら、ストレスという言葉が全く伝わらなかった。
人生を目的で敷き詰めて、たった一つの目的に集中させることは、人にものすごくストレスをかける可能性がある。
番組のアンケートで休みの日は何してますかっていう質問がよくあるんですけど、ほっとけって思いますもんね。だって休みの日なんだから。
独身の人でも家に帰って暇な時間があったら、ネットフリックスのかネットなどのエンタメで埋めるじゃないですか。これは不思議な現象。暇に慣れてない。
自己啓発は要するに、世界も他人も変えられないから自分の心持ちを変えようという方向性である。
享受の快を得るには、設定された目的ー手段が入っていないこと。
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若林さんと國分功一郎さんの対談本。第一回の対談が行われた頃からいつかの刊行を楽しみにしていた一冊。全5回にわたって現代の社会に生きる中での違和感について2人であれこれと話す様子が収められています。
若林さんファンとして日頃の活動はもちろんのこと著作も全部読んできているし、國分功一郎さんも『中動態の世界』で大ハマりして以降多くの著作を読んできていたので、二人のこの5年間の関心の変遷がよくわかったし、何より私自身の問題意識とも重なる部分が大いにある(だからこそ二人の活動や著作を追ってる訳で)ので非常に面白く、あっという間に読んでしまった。
中心的な課題として置かれているのはやはり行きすぎた新自由主義。しがらみから解放された自由な競争社会の中で、効率が追求され、みんな疲れてしまっているのでは?という辺りの話題について扱われるのは最近の人文系の書籍の中では珍しいことではないですが、二人ならではの対談になっているのがやはり良いですね。基本的には若林さんが質問して、國分さんが自身の研究も含めた哲学的、理論的な部分からの解説を行う応答をするのですが、それだけで終わらず若林さんがしっかり自身の生活や仕事の中での感覚での比喩を行ったり、別角度の話題提供をして、それに國分さんが刺激されて…と進んでいく対話が心地よかった。これ動画とか残してないんだろうか。見たい。
過剰な新自由主義への対抗としては、競争の中で孤立してしまった個人同士がもう一度つながる方法を模索するみたいな話もよく聞きますが、二人の対談では近年の國分さんのテーマである「目的と手段」という方面での掘り下げが行われていたのも良かったですね。特に「遊び」については個人的にも注目のキーワードだったのでもう少し考えていきたいし、國分さんの著作もその二冊については『目的への抵抗』をaudibleで聴いただけになっていたので改めて二冊とも読んでみようと思いました。 -
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購入から3年近く本棚を温めてくれていた。なかなか手が伸びなかった理由はいくつかあって、タイトルが堅そうなこと、文庫とはいえ分厚いこと、勇気を出して開いても序文がなんか違う感じだったこと、が原因だったように思う。
それでも読もうと思ったのは、青山ブックセンターの360人選書で挙げられていたから。積読されていた3年間においてもことあるごとにオススメされていたが、ついに読むべきタイミングというのがきたのであろう。
そして素晴らしすぎる本でした。
「暇」であるとか「退屈」であるとかを考察するために必要とされることの多いこと多いこと。
本著の中盤までは、狩猟採集から農耕へのシフト、消費と浪費、個性、有閑階級などから考察が進められており、その全てが有益でありました。
これだけ多くのことに触れていきながら、わたしが一度も挫折することなく読み進められたのは、知的好奇心を満たしてくれるような構成、著者の言葉を借りるなら「学びの方法」を感じさせてくれるような内容なのだからだと思います。
現在の社会の多くが文化産業という名の「消費者」の時間をどれだけ簒奪できるか競争に終始している状況で、「暇と退屈の倫理学」が未だかつてなく必要とされている気がします。わたしが数年越しに手に取ったのも、心のどこかでそんなことを感じていたのかもしれません。
万人におすすめできるすばらしい本です。 -
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最後にアーレントが出てくるのは反則でした。これによって、前著『目的への抵抗』の続編的な立ち位置だと最後に再確認できました。
前半の論文パートはライトな哲学好きには少し難しいお話でしたが、後半の講話部分で再読したような感覚になり、理解が深まりました。
話変わって個人的な出来事です。僕はただ本が好きで、その中でも哲学とか社会学、修辞学を好んで読んでいます。それをある日知人に言ったところ、「それを読んでどうなりたいのか、生きづらいのか」などと言われました。理由の分からない不快感を感じたものの、その時は上手く答えられませんでした。ただ本著でそれが少し分かった気がします。僕は目的はなく、ただ読書が楽しい、学問を修めることが楽しい(享受、あるいは第三象限)のです。それが知人には目的がなく、ただ読むという行為に納得が見出だせなかったのでしょう。今ならキメ顔で「じゃあ君はなぜコーヒーを好んで飲むのかい」と質問返しができる気がします。
今述べたのは軽めの事象ですが、この状態を笑って過ごせるのは現代が平和だからなのかもしれません。終盤に著者は警鐘を鳴らしました。第三象限が汚染される危険性です。田舎の僻地で日々を勤しむサラリーマン(僕)にすらその危険が迫っていました。資本主義の思想的な侵食は、思ったより深刻なのかもしれません。
最後には「経験」「習慣」という2つの概念の登場で幕を閉じました。「目的」「手段」から一歩距離を置き、次はどういった展開を見せてくださるのか。楽しみです。(第三象限) 素敵な一冊でした。
余談ですが部数を飛ばしている『暇と退屈の倫理学』といい、國分先生のご著書はテーマが違えど論旨が一貫しており、とても読み易いです。若林さんとの共著も楽しみです。 -
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これ、メチャクチャいい本です!
ぜひ読んでほしい。
「暇と退屈」のコアな部分のおさらい。
新自由主義社会、成果主義社会で何が失われて、何を取り戻すのか、2人の実感を元に具体例を挙げて示そうとしてくれてる本。そして,その難しさと、その魅力。
若林の真摯さがとてもとてもいい。(あとがきは頑張りすぎ笑 でもそこも好感が持てる)
國分功一郎の「暇と退屈の倫理学」を読んでからこの本を読むか、この本を読んでから國分功一郎の著作を読むか、どちらがいいかなと思いつつ読んだ。
できれば先に共有できることがあった上で読んだ方が理解が深まるとは思う。
けど、この本は多くの人に薦めたいから、(特に若い人たちに)読んでようが読んでなかろうが、まず読みやすいこの対談を手に取って、丁寧に書かれた補註(伝わることを願って書かれているからとてもよい)に刺激を受けて、また一冊と、世界が広がるといいなと思う。
この本の感動は、千葉雅也の「現代思想入門」を読んだ時と似ているな思った。とにかく、読者にわかりやすく伝えようというホスピタリティに溢れている。好感度が高い、著者たちの誠実さが伝わる本。
あといくら稼げるか、どのくらいお金を残せるか、そんなことを考える自分を、ちゃんと暇を作れよ!と反省させてくれた。
「ネタバレ」した社会で、勝ち組になろうとするのはカッコ悪いね。
たくさん本を読みたくなった。なんかうれしい本です。
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「結局、最近は多様性だのダイバーシティだの体のいい言葉ばかり並べてるけど、実のところどこにそんなものがあるんだろう」というのは私が常日頃思っていることなんですが、その疑問がお二人の対話を読むについて少しずつ解きほぐされていったような感覚がありました。別に多様性だけをテーマにした本ではないし、私自身の疑問に対する正解を示してもらえるものでもないですが、視野が広くなる感じですかね。うまく言語化できませんが。。
そして、人は本当の意味で自立していないと外的要因に対して思っている以上に無力だということ。このこと自体は大半の人が認識していることですけど、じゃあどうすればいいのか、どうやったら自分軸で幸せになれるのかっていうことのヒントをくれる本でもあると思います。
すごく読みやすい本なので普段はこういったジャンルの本を読まない方にもおすすめです。
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3日で読み切った。現在の右傾化した政治のもと、天皇上皇が戦後新憲法によって象徴天皇制のもと立憲主義と憲法擁護、憲法の実践してきたのは平成の天皇だと思う。退位の時の天皇の記者会見は国民に深く刻まれていると思う。在任中に戦争がなかったことを涙しながら語られていた。
国分功一郎が国民は天皇の憲法擁護の姿勢に深くひれ伏すのである。安倍晋三の改憲に待ったしたのも天皇だと。
加藤典洋、中野重治、江藤淳、高橋弘樹などの論考を引き合いに天皇への敗北を導きだしている。、とくに加藤典洋のアジアの人たち2000万の犠牲者に謝罪する前に310万の日本人犠牲者に謝罪しろとした意見に多くの識者が反駁したように加藤典洋には否定している。天皇の戦争責任にも言及して、戦後81年戦争責任を国民的議論をしてよいのではないかとしている。
今のヒステリックな理由のわからなはな好戦的な右傾化した政府、理由のわからぬ皇室典範改正などがされた社会だからこそもっと議論すべきだし、この本は光を放っている。