國分功一郎のレビュー一覧

  • 暇と退屈の倫理学(新潮文庫)

    Posted by ブクログ

    おもしろい
    最初の数行でこれは時間かかってもいいからしっかり読みたいって直感して読み進めてったけど、数年経つと内容全然覚えてない…
    また読み返せるからこれは買っておいて良かった本

    0
    2026年02月19日
  • 暇と退屈の倫理学(新潮文庫)

    Posted by ブクログ

    とりあえず読み終えたことに満足。
    面白いと思うところもないわけじゃなかったけど、私には勉強として読む感じでした。
    でも、自分がこうしようと思っていたことが作者がこの倫理学の解決法とあげていたことに少しリンクしていたことが嬉しかった。その点から言うと、これからの人生を歩む勇気がもらえたなと思います。
    また読み返すだろうな

    0
    2026年02月18日
  • 暇と退屈の倫理学(新潮文庫)

    Posted by ブクログ

    むずくて全然わからんなーと思ってたけど、おもんない飲み会の帰りに読んだらめちゃくちゃ何言ってるかわかった

    全体的におもろいとことむずくてわからんとこが順番こにくる感じ

    0
    2026年02月18日
  • 暇と退屈の倫理学(新潮文庫)

    Posted by ブクログ

    退屈は人間にとって必要なものだった。
    なぜなら移動→定住→文明の発展のように人間に退屈という感情、思考かな?が湧いたからこそ人間はその才をさまざまに生かしながら発達してきたから。他にも退屈を感じられるからこそ人間はより良く生きようと試みたり、新しいものを常に生み出そうとするから。
    私自身は退屈がとても怖いと感じる。何もしていないと自分だけが置いていかれているような気持ちになる。これは一種の「とらわれ」?笑かもしれないけど。本書を読んで退屈は不快なものかもしれないけれど、悪いものではない気がする。退屈があれば、反対に自分が感じたいと思ったものに触れられるし、自分が吸収することができる。だから退屈

    0
    2026年02月17日
  • 手段からの解放―シリーズ哲学講話―(新潮新書)

    Posted by ブクログ

    昨今の過剰なまでの推し活産業への懐疑から、様々な書籍を読んでいるが、また新たな知見の発見となる本であった。例えば仕事や学業の辛さから逃れることを目的として、または自らの精神的な健康を目的として、推し活をすることをやたら推奨されている。産業からすればそれが一番手っ取り早く人々を依存させ、金銭を稼ぐことができるからだろう。しかし本当に楽しいもの、快適なものは提供されているのだろうか?何も疑問に思わず産業の言う通りに消費することが本当にいいことであろうか。

    0
    2026年02月16日
  • 暇と退屈の倫理学(新潮文庫)

    Posted by ブクログ

    暇とは何か。退屈とは何か。それは本当に主観的な感情なのか。それとも、近代社会が構造的に生み出した状態なのか。
    著者である國分功一郎は、古代から近代に至る思想史を横断しながら、退屈を倫理の問題として再定義する。
    刺激過多の社会において、私たちは退屈を回避することに最適化されている。しかしその回避行動そのものが、実は退屈の深化である。この逆説が中々目から鱗。

    退屈とは、世界との関係が断絶した状態であると同時に、新しい関係を開きうる契機でもある。刺激を消費し続けるのではなく、世界を再び見るための余白。それが退屈。
    正直に言えば、私はこれまで「暇」や「退屈」について真剣に考えたことがほとんどなかった

    0
    2026年02月16日
  • 暇と退屈の倫理学(新潮文庫)

    Posted by ブクログ

    前半は歴史的・政治的な話が多くてスっと入ってこないところがあったけど、後半は日常生活に当てはまって面白くて一気に読んじゃいました⚑⚐゛︎︎︎
    特にハイデッガーの退屈の形式→環世界の話がすごく刺さった!

    【 個人的なまとめ 】
    ~ 退屈の種類 ~
    ①第一形式…何かによって退屈させられること
    ⇒ 自分の今の生活にはほとんどない。例えば電車の時間(約15分)は仕事のお客様とのやりとりLINEと1日の振り返りを書くのに使うけどそれは自分にとって大事な時間で、そうじゃない時は本を読むようにしている。昔は退屈の気晴らしに携帯でSNSを見る毎日だったけどそれを辞めてからすごく有意義。大好きな仕事なので研修

    0
    2026年02月16日
  • 暇と退屈の倫理学(新潮文庫)

    Posted by ブクログ

    ・とても読みやすい。一文の区切りが短いのと、情報の出る順番が丁寧だからだと思う。Aという主張をするために、前提となる情報を出す。この基本に忠実な文体。新しい情報を出す前に入念に復習や補足まで行なってくれる。優しい塾の先生みたいなやり方だと思った。

    ・消費と浪費は違う。モノそのものの価値ではなく、それが新しいだとか、みんなが使っているだとか、そこに付与した記号を買わされることを消費と定義されていた。三宅香帆さんの著書「考察する若者たち」で言及されていた、「報われ消費」と近い考え方だなと思った。

    ・消費というと、現代ならスマホが一番近いような気がする。スマホには天井がない。延々と続く情報の海に

    0
    2026年02月07日
  • 暇と退屈の倫理学(新潮文庫)

    Posted by ブクログ

    人はなぜ暇の中で退屈するのか、そもそも退屈とは何か、退屈とどうむきあうべきか、を命題とした哲学書。暇を客観的条件、退屈を主観的状態と定義したうえで、過去の哲学者たちの主張を丁寧に追って展開されていく営みは、哲学という学問の面白さを感じさせる一方で、全てを理解しきれないもどかしさも感じる一冊だった。漠然と身近にあった暇という現象に対してこうした解釈がなされるのは非常に面白かった。
    人間は環世界を相当な自由度をもって移動できるから退屈するのであり、定住革命と同時に暇と向き合うようになり、供給側が需要を操作しているといる現代の高度消費社会においては、終わることのない観念消費のゲームとして資本主義が暇

    0
    2026年01月24日
  • 暇と退屈の倫理学(新潮文庫)

    Posted by ブクログ

    今まで読んだなかで一番難しかった本。

    暇や退屈は避けられない。
    でも、教養があるとそれを「消費」ではなく「味わう時間」に変えられる。

    0
    2026年01月12日
  • 目的への抵抗―シリーズ哲学講話―(新潮新書)

    Posted by ブクログ

    暇と退屈の論理学が大変面白かったが、内容としては本書の方が難解な印象。コロナ中に不要不急の外出が禁止されたことに対する違和感を発端に、人生と目的についての関係性を哲学的に講義した内容と捉えた。

    0
    2026年01月12日
  • はじめてのスピノザ 自由へのエチカ

    Posted by ブクログ

    スピノザの主著『エチカ(倫理学)』。その難解な迷宮に足を踏み入れるための地図として本書を手に取った。そこで示されていたのは、「どのように生きるか」という問いに対する、現代的で力強い視点であった。

    1. 世界の捉え方:神の「副詞」としての人間
    スピノザが説く神とは、外部をもたない自然そのものである。私たちは自立した個別の「名詞」ではなく、神(自然)という唯一の実体が特定の現れ方をした「様態」に過ぎない。

    本書で著者が用いた「私たちは副詞のような存在だ」という比喩は、非常に腑に落ちるものだった。私たちは独立して存在するのではなく、神という存在の「あり方」を表現している一つの現れなのだ。この世界

    0
    2026年01月10日
  • 暇と退屈の倫理学(新潮文庫)

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    いわゆる哲学書で気にはなっていた(積読状態)→「スマホ時代の哲学」から続けて読んでみた。
    関連する話題でもあり、相関もあって興味深い。(記憶が混同するデメリットもあるけど)
    分かりやすく面白いが、簡単ではないし読むのに時間はかかる。
    整然と論理構成をまとめて教えてくれる形式ではなく、ひとつずつ問いかけ、考察を加えるという形で物語的、あるいはドキュメンタリー的に進めていき、長旅に付き合う感覚。咀嚼して頭にすっとはいってくる訳ではなく、自分で頭を整理する必要がある。
    スマホ時代の哲学同様、ことばの定義に注意が必要。
    スマホに比べればトリッキーな語用は少ないのでまだ理解しやすいが。
    結論では、要は目

    0
    2026年01月03日
  • ドゥルーズの哲学原理

    Posted by ブクログ

    本格的にドゥルーズの解説を試みた本で、
    非常に難しい。
    どの程度理解できたかは不明。
    気になった点は2点。

    ドゥルーズの単著では唯一、提唱されているものと言っていいと思われる“無人島”という概念について。
    “他者こそが対象の対象性を保証しているとするならば、他者を欠くと自我を想定できない”。
    そもそも主観と客観というものが一般のレベルで意識されるようになったのは近代以降になる。
    その後、欧州から個人主義が広まって今日に至る。
    他者と他者のニッチにしか自我が存在しないなら、
    例えば、『自分探しにインドに行った人』は『インドに行ったことがある人』というニッチが得られるのかな、とか。
    自分を探すに

    0
    2026年01月02日
  • 暇と退屈の倫理学(新潮文庫)

    Posted by ブクログ

    暇と退屈について深く言語化されていた。
    日々の習慣を通して環世界を移動したい。
    「楽しむことは思考すること」

    0
    2026年01月01日
  • 暇と退屈の倫理学(新潮文庫)

    Posted by ブクログ

    生きるとは、習慣の連続である。
    生きていれば、お腹が空くからご飯を食べる。
    清潔に保つために毎日お風呂に入る、歯を磨く。
    健康を保つために運動をする。
    そんなことが死ぬまでずっと続く。
    あぁ、めんどくさい。退屈だ。なんか楽しいことないかな。
    そうして好きなことを見つけ、気晴らしする。
    だけど消費させられてるばかりでは、退屈からは脱することはできない。
    衣食住や、娯楽を心から楽しむ。
    心から楽しむためには、知識や教養が必要。
    そのために勉強する。
    そうすると見え方が変わってくる。人生がカラフルになる。
    退屈するのは間違いないが、少しでも彩りのある人生にしていきたい。

    0
    2025年12月23日
  • 暇と退屈の倫理学(新潮文庫)

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    筆者の考えを全て理解できたかと言われると、追いつかなかった部分もあるが、おもしろかった。
    消費社会に取り込まれてしまっているいま、“生きること”を取り戻す必要があるように感じた。
    自身の時間の過ごし方と、3歳の子どもの時間の過ごし方を見ていると、子どもは「人間であること」を楽しみ、「動物になる」ことができているように感じるのだが、第二形式を楽しむことには訓練が必要であるにも関わらず、訓練していなそうな子どもが楽しむことができているというのは、どういうことなのだろうか。楽しむことを大人になる過程で忘れる/失ってしまい、訓練により取り戻す必要があるということなのだろうか。
    自分は第三=第一形式に入

    0
    2025年12月20日
  • いつもそばには本があった。

    Posted by ブクログ

    國分功一郎さんの言葉が、最近とくに身に染みてくる。とくにアーレントを巡って。

    ほぼ同じ時代を生きて、あの90年代のクソな空気に反発し、そこから真摯に学んできたのだろう。

    私はそこまで学びに打ち込めなかったけれども、この人の危機感とか憤りとか、疑問などはものすごくよく分かる。だからこそ本を読み、考えるべし、ということも。

    長い学びの旅路の針路を示すブックガイドとしても、大変ありがたい。

    0
    2025年12月19日
  • 目的への抵抗―シリーズ哲学講話―(新潮新書)

    Posted by ブクログ

    本書の帯にも「暇と退屈の倫理学」の深化と書かれた國分さんの新作。コロナ禍の政策に対して、哲学者がいかに「社会の虻(あぶ)」として重要な提言をしていたかをわかりやすく解説。「目的の本質とは、手段の正当化にある」との指摘にハッとさせられる。Purposeを求める前に読んだ方が良いかもしれない。目的の奴隷になってはいけないことを学べる一冊。

    0
    2025年11月24日
  • 「利他」とは何か

    Posted by ブクログ

    「贈与」や「利他」がタイトルに含まれる本が増えていますね。

    現代に生きる私たちは、交換や利己によっぽど疲れているのでしょうか。

    ただ「贈与」や「利他」に漂う胡散臭さがあるのも事実。

    結局人間は純粋に利他的には生きられないのではないか。

    最近、私の考えていたことです。

    この本を読んで、その考えは合っていると感じるとともに、
    利他は意図せずしっかりと存在することも実感できました。

    それは自分という器を誠実に生きるということ。

    自分が全力になれることを全力でやることが、人類の歴史や系譜に奉仕することになるという作家・磯﨑憲一郎さんの言葉は、私たちの迷いを幾分和らげてくれるのではないでし

    0
    2025年11月13日