國分功一郎のレビュー一覧
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ドゥルーズやデリダなどの研究を専門にする哲学者が、自らが住む小平市の道路建設に反対する運動に関わる過程で得た現在の民主主義への違和感と課題についてまとめられた本。タイトルにもなっている「来るべき民主主義」は著者が専門とする哲学者ジャック・デリダの言葉だ。「現在の民主主義を見直し、これからの新しい民主主義について考えることが本書の目的である」とのこと。
その内容を端的に言うと、実際の決定は行政機関によってなされるのに、立法権に間接的に選挙で関わることが担保されているが、行政権には公式にアクセスする手段がないということが問題だということになる。立法権の優越は、近代民主主義における欠陥だというのが -
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豊かな社会の道しるべ : 「小さな参加の革命」(3/3) 山崎亮×國分功一郎
この対談記事を読んで、読んでみたくなりました。
民主主義の胡散臭さに自然と距離をおきたくなる自分と、民主主義国家と言われる国に住む自分にとって何らかのカタチで上手いこと理解し、自分のスタンスを固めたいと思う自分が交差する中で、この本と出逢いました。
公務員であり、また市民活動を行政職員、市民団体、有志ボランティアと協働で行っている私にとって、この本の提案は、私が可能性を見出し、実践していることと、とても重なり合う部分が多かったです。
議会の変革のみならず、住民が自ら『自分ごと』を起点として、仲間と共に政策を考 -
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ネタバレいろいろと忙しくて本が読めないことは、人生的に暇で退屈することと矛盾することではないんだということをいろいろとちょっと複雑に書かれていた。
個人的には飽きるという言葉をよく使うけれど、
つまりもっと今とは違う生き方とかしたい、という欲でもあり、
でもそうやって今を否定してばっかではいられないので、
いろんな可能性にあふれている世の中でも、
今ここで自分が実現できる気晴らしを実践してそれを実感して毎日を送っていくことはまあまあ大事だなーと思った。
あとは、現実逃避に対しては否定的なイメージがあるけれど、
日常という現実ばかりが大事な現実ではないのかもしれないなーとあらためて思った。 -
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注の部分を抜いても400ページ超ある文庫で、断続的に読んでいたこともあり、読み終わるまでに一カ月ほど時間がかかった。このままでは読み終えることができないと思い、GW中に一気に読むことにした。
読み応えのある本だったが、哲学的な内容であるため、自分の中で消化できていない、理解できていないモヤモヤした読後感が残るのは悲しいところ。
ただ、暇と退屈についての考察は自分の経験上から、なるほどと思うところもあり、読み物としてはこの手の本としては面白いところもあった。
この本、売れているので、本当によい本なのだろうし、読んでいてもなんとなくいい本なのだろうなという気がする(そこまで自分が評価できるレベルに -
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ネタバレただ漠然と暇と退屈の抽象的な議論がされているのかと思いながら読み始めたが、全くそんなことはなかった。これは人間の生き様を抽象的かつ具体的に議論できる根幹となる倫理学だ。であるからこそ、自分にも容易に投影できた。
時間を忘れて夢中になれることが自分には無いことをコンプレックスのように捉えてきた人生だった。「自分には何か没頭できるものがあるはずだ」「自分には天職があるはずだ」と。その退屈さに対して無理矢理に自分の進むべき方向を「決断」してきた。その決断が大きかったうえに、あまり幸福とは言えない経験を辿った過去がある故に、とても響く内容だった。
退屈さを受け入れ、思考する。そんな簡素な結論は自分には -
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安保法制や憲法改正を掲げ日本中に大きな議論を巻き起こした第二次安倍政権。そんな政権から日本国憲法を守るためには、結局天皇の一言に頼るしかなかった。保守は憲法改正を断念せざるを得ず、当初は反天皇制であったはずのリベラルもそんな天皇を利用するしかなかった。立憲民主国家において日本国民の力で守るべき憲法も天皇の力を使うことでしか守ることができなかったことは、いわば日本国民の「天皇への敗北」である。
戦後の日本人の多くは、旧帝国の第二次世界大戦時の戦争責任は否定しないものの、大日本帝国の国民ではなく戦後生まれ変わった日本国の国民として、どこか「被害者意識」を持ってしまうのはなぜか?
では日本人が本 -
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暇と退屈を過去の哲学者や思想家のスキームなども紹介しながら土台を整えつつ、
暇と退屈をメタ的に考えた書籍
そして倫理というからには、一定のすべきまでを提示している。
個人的に印象的だったところを雑多メモ
17世紀パスカルのうさぎ狩りの例
今から兎狩りに行く人にすでにとれた兎を渡しても彼らは満足しない。兎狩りそのもの、つまり気晴らし的なこと、プロセスへの没頭的なところが欲望原因であり、兎はその対象になっているだけなのだと。これは現代社会のいろいろなところに見て取れるたとえである。
暇の誕生
狩猟採取や遊動的な暮らしは、その日暮らしで、常にやることがあり、移動により新しい土地に新しい景色、新 -
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ネタバレ物を享受することが気晴らしと退屈が絡み合う生を豊かにする。
しかし、今の消費社会は享受することを困難にしている(妨害している)。
だから我々は楽しむ訓練によって享受できるものの数を増やし、失われた贅沢を取り戻す必要がある。
めっっちゃ簡単に言えば、楽しむ訓練(教養を身につけるが1番わかりやすい)によって視野を広くすれば、受け取れる物の数は増えて人生ハッピーになるねってことかな。環世界を構成する要素が増えるたびに思考を余儀なくされ、それはすなわち享受であり贅沢である。だから豊かになるって意味だと自分は受け取った。
まぁその通りだと思う。色んな楽しみを知っている人の方がそりゃ豊かだもんね。
退屈