國分功一郎のレビュー一覧

  • いつもそばには本があった。

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    國分功一郎さんの言葉が、最近とくに身に染みてくる。とくにアーレントを巡って。

    ほぼ同じ時代を生きて、あの90年代のクソな空気に反発し、そこから真摯に学んできたのだろう。

    私はそこまで学びに打ち込めなかったけれども、この人の危機感とか憤りとか、疑問などはものすごくよく分かる。だからこそ本を読み、考えるべし、ということも。

    長い学びの旅路の針路を示すブックガイドとしても、大変ありがたい。

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    2025年12月19日
  • 暇と退屈の倫理学(新潮文庫)

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    定住生活の開始により探索能力有り余り、退屈発生。退屈により非日常、切り離された今日を求める。他方、生物は安定を好む。一方、ヒトは環世界移動できる、しようとする、でも、習慣化によって安定する。が故に退屈が生まれる。そのため、新たな環世界でどうぶつになりたがる。この堂々巡りが、第一=第三形式に陥らない第二形式か?それでは、そもそも何故退屈は生じるのか。安定は過去の記憶に潜む痛みを呼び起こしてしまい苦しめるから。これが退屈の正体では。以上が本書の私の理解。簡単に纏めることなんてできないけど、備忘録として。この類いの本、あまり読まないので、最後まで通読できて良かったです。

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    2025年12月19日
  • 暇と退屈の倫理学(新潮文庫)

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    ネタバレ

    Audible!!

    よくある「明日から使える!」系のビジネス書じゃなくて、ひとつのテーマを徹底的に深掘りして、論理を積み上げていくタイプの本!
    なのでかなり難解だけど読み応え抜群でした。

    【学んだこと】
    ◆「暇」と「退屈」は別物
    ヒマ:客観的(あの人は暇に見える)
    退屈:主観的(この仕事は退屈だ)

    目指すべき状態は「暇だけど、退屈していない人」
    成り易いのは「退屈しているのに、暇がない人」

    ◆退屈は3つに分解できる
    ① 電車を待つ退屈(奴隷モード)
    「電車まだ?早く来い」ってイライラしてる時。これは時間や外部の状況に支配されてる「仕事の奴隷」と同じ状態らしい
    ② パーティの退屈(気晴ら

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    2025年12月13日
  • 暇と退屈の倫理学(新潮文庫)

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    再読してまた考えてみたいと思わせてくれる本

    難しそうな本だけど序章で引き込まれた。「好きなこと」とは何か?私が好きなものは暇を紛らわすためのお気に入りの気晴らしではないか?
    選んできた学問も、選ぼうとしている職業も、人生の気晴らしのために選んでいるのか?それはそれでいい気もしてる。

    コスメやアニメグッズ、ファッションの情報を得にSNSを見てしまうが、あれは「欲しいものがあるから探してる」のではなく、「欲しいものを探してる」行為だなと思った。実際、SNSを見て購入に至ったケースが山ほどある。
    あの購買ケースは私の欲望を満たしてはくれないことが多い。それはあの購買が「浪費」ではなく「消費」だか

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    2025年11月30日
  • 目的への抵抗―シリーズ哲学講話―(新潮新書)

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    本書の帯にも「暇と退屈の倫理学」の深化と書かれた國分さんの新作。コロナ禍の政策に対して、哲学者がいかに「社会の虻(あぶ)」として重要な提言をしていたかをわかりやすく解説。「目的の本質とは、手段の正当化にある」との指摘にハッとさせられる。Purposeを求める前に読んだ方が良いかもしれない。目的の奴隷になってはいけないことを学べる一冊。

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    2025年11月24日
  • 「利他」とは何か

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    「贈与」や「利他」がタイトルに含まれる本が増えていますね。

    現代に生きる私たちは、交換や利己によっぽど疲れているのでしょうか。

    ただ「贈与」や「利他」に漂う胡散臭さがあるのも事実。

    結局人間は純粋に利他的には生きられないのではないか。

    最近、私の考えていたことです。

    この本を読んで、その考えは合っていると感じるとともに、
    利他は意図せずしっかりと存在することも実感できました。

    それは自分という器を誠実に生きるということ。

    自分が全力になれることを全力でやることが、人類の歴史や系譜に奉仕することになるという作家・磯﨑憲一郎さんの言葉は、私たちの迷いを幾分和らげてくれるのではないでし

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    2025年11月13日
  • 暇と退屈の倫理学(新潮文庫)

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    退屈から逃れるためには、「人間であること」を楽しむことで「動物になること」を待ち構える。いろんな物事に対して、疑問を持ったり、どうすればより良い物を作れるかなど、思考をできるのは人間だけ。その思考によってある種フロー状態になり動物のように物事に入り込んで楽しめる。仕事で重要な姿勢のようにも感じた。
    本書の内容は普通に面白かったがそれ以外に、著者は高校生の頃から自分の哲学を意識しており、それを実際に本書で実現させたという部分のストーリーが興味深かった。

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    2025年11月09日
  • 暇と退屈の倫理学(新潮文庫)

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    読む前には難しそうな話だと思っていたけど分かりやすく書かれており自分事として考えながら読み進めることが出来ました。
    ワクワクする人生を送れるよう沢山勉強したいと思いました。

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    2025年11月05日
  • 暇と退屈の倫理学(新潮文庫)

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    相当前から、「人は、ただ生きる以外に、なぜ仕事なり人との交際なり遊びなり、何かをするのか」が疑問だった。自分なりにいろいろ考えていた。読み進めるうちに、この本がまさにその疑問に答えるものだと分かった。

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    2025年11月03日
  • 手段からの解放―シリーズ哲学講話―(新潮新書)

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    Youtubeの企画で朝井リョウがおすすめしていたため、手に取ってみましたが、、、
    あまりにも哲学的すぎて、私にはなかなか理解が追い付かない点が多かった。

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    2025年11月03日
  • 目的への抵抗―シリーズ哲学講話―(新潮新書)

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    面白かった暇と退屈の倫理学をより深化させた論考ということで気になって購入。
    コロナ禍の2020年と2022年にあった2本の講義を再録したもの。

    暇と退屈の倫理学については前半はちらっと言及があるくらいだったが、後半は浪費と消費の話から、目的と手段の話にまで広がって、暇と退屈の倫理学の補講のような感じで読めた。

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    2025年11月03日
  • 暇と退屈の倫理学(新潮文庫)

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    暇と退屈を気晴らししながら生きるのが人間らしいってこと?
    気晴らしのはずの催しの中で退屈を感じるのは、その気晴らしを受け取るための教養がないから…って分かるような分からんような。難解な映画見てる時の気分とか?

    トカゲはトカゲの、ミツバチはミツバチの、ダニはダニの世界を生きているってところが好きだった!

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    2025年11月02日
  • 暇と退屈の倫理学(新潮文庫)

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     長い探究を続けた先の結論は、びっくりするくらい単純。でもその結論に至るプロセスを紐解いていくことで、自分の無意識下の行動や思考が理解できる範囲に入り込んできて、どこか安心する。
     私は未だに自分が何で満たされるかを知らないから、いつまでたっても満足できない。でも満たされないことを楽しんでいる気もする。まだ自分のこの感覚を言語化することはできないけれど、全てを言語化できるなら芸術はここまで発展していないと思うし、わからないままなのも案外楽しいかもしれない。どんなことも考え方次第だね

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    2025年10月26日
  • はじめてのスピノザ 自由へのエチカ

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    とても面白かった。何年も前からぼんやりと考えては、うまく考えが進まなかったことを、ずっと前の時代の哲学者がかんがえていたのだなあ、と感慨深かった。

    スピノザの本質概念の転換のところがとくに面白く、いろんな人のいろんなあり方のそのままを肯定しよう、というやっと今になって広がってきた考えをそんなに前から考えていた人がいたのかあ、とびっくりしたし、スピノザの考え、いいなあ!と思うと同時に、哲学者の考えが難しいから全部賢い人のいうことだし、わからないけどなんか正しいんやろうなあ、みたいに思っていたのが、対比する哲学者の考えを知ることで、あー、そっちの理屈は肌に合わないわあ、とか、それは偏ってるんじゃ

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    2025年10月15日
  • 「利他」とは何か

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    「利他」に偽善的なものを感じつつも、必要なものだよなあという気持ちもあり、興味のあるテーマなので読んでみた。
    正直3章以降は難しすぎたのだけれど、伊藤亜沙さん、中島岳志さんの文章に、何度も視野を広げてもらった。以下、特に印象的だった部分のメモ。

    伊藤亜沙さんの文章では、効果的利他主義という考え方を知った。徹底的な「評価と比較」をして行う利他だ。
    例えば、他者のために働きたいと考える若者が、限られた給料のNPOに就職したりせずに、ウォール街でお金を稼いで寄付する方を選ぶというような考え方となる。
    利他の原理を「共感」にしないのが目的らしい。共感によって行う利他では、ふだん出会うことのない遠い国

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    2025年10月10日
  • 手段からの解放―シリーズ哲学講話―(新潮新書)

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    掲載された元の論文も読んでいたが、改めて面白かった。どうしてかはわからないけど善いとか心地よいとか美しいと感じる感性を呼び覚ましたい。
    あと、あとがきにあった目的に縛られた主体は経験を失う、という視点がすごい。窮屈さや寂しさを感じるのは経験によって何も蓄積されないからかもしれない。目的と手段に多様性は求められない。

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    2025年10月07日
  • 目的への抵抗―シリーズ哲学講話―(新潮新書)

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    「暇と退屈の倫理学」の國分先生の著書。
    実際に開催した二つの講義を下地として、書籍化。

    第一部は哲学の役割と題して、コロナ危機における権利の問題を、倫理と政治の観点で警鐘を鳴らしている。ジョルジョ・アガンベンの主張をベースに論を展開。
    生存だけが価値として認められることの問題、死者への敬意の喪失からつながる政治の不成立、移動の自由の制限がもたらす支配の問題について、どれも興味深い論考だった。

    第二部は不要不急と題して、目的による手段の正当化への警鐘を、ハンナ・アレントの主張をベースに論を展開。
    浪費と消費の対比や、動機づけや目的の超越など、普段では考えないことを、じっくり考える機会になった

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    2025年10月01日
  • 中動態の世界―意志と責任の考古学―(新潮文庫)

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    行為する、されるといる能動と受動の対比には人の「意思」が中心にそえられる。「意思」それは、過去を担う「記憶」との対比として未来を担う器官とする考えであり
    過去からの断絶を前提とする。行為の責任の帰属先を明確にするためにもその考えが必要な社会が現代である。しかし過去からの断絶とは本来的にありえない概念であり、何にも影響されない事象、行動はありえない。そうした意味でも現代の意思の定義はずれているかもしれない。

    中動態とは能動でも受動でもない第三の態ではない。受動、再帰、自動詞の意味を含む根源的な人と世界の関わりのあり様をしめした態である。
    言語の歴史的にも能動と受動の対立をベースとするパースペス

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    2025年09月21日
  • 手段からの解放―シリーズ哲学講話―(新潮新書)

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    「日常生活が目的の為の手段と化した皆に告ぐ。救いはあまりないが、ヒントはある。」

    拒食症はご存知だろうか。
    端的に言えば「食べたくても食べられない」病であり、現在私が罹患している病でもある。正確にはトレーニングを積んで飲み食いをゆっくりなら出来るが嚥下が苦手である。だがそこには「食事の楽しみを剥奪された人間」が確かに居る。

    本書はカントの快の分類を援用しつつ、「目的や手段を持たない、純粋に快適を享受する」ことが「目的達成の為の手段としての‘‘病的‘’行為」に貶されないように、「目的ー手段」に人生を従属させないことを説いている。本書の例をアレンジするならばこう言えるだろう。「喫煙は快適を享受

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    2025年09月21日
  • 手段からの解放―シリーズ哲学講話―(新潮新書)

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    現代社会では、あらゆる行動が何らかの目的に向かうことが当然視されている。
    その結果、「第四象限の純粋な享受を守る」ことは、ほとんど不可能に思える。
    目的を伴わない行動は奇異と受け取られやすく、自分自身もつい「何のためにやるのか?」と目的を探してしまうからだ。

    そんな社会で、私ができるささやかな抵抗は、第三象限と第四象限のはざまを意識的に往復することだと考えている。
    具体的には、
    • 何かを成し遂げるための手段として行動しながらも
    • その手段自体にも純粋な快を見いだし続ける
    つまり「目的に向かいつつも目的に縛られない」問いかけを日常に散りばめる。
    この生き方こそが、手段化された快の連鎖から自

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    2025年09月18日