國分功一郎のレビュー一覧

  • 手段からの解放―シリーズ哲学講話―(新潮新書)

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    Youtubeの企画で朝井リョウがおすすめしていたため、手に取ってみましたが、、、
    あまりにも哲学的すぎて、私にはなかなか理解が追い付かない点が多かった。

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    2025年11月03日
  • 目的への抵抗―シリーズ哲学講話―(新潮新書)

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    面白かった暇と退屈の倫理学をより深化させた論考ということで気になって購入。
    コロナ禍の2020年と2022年にあった2本の講義を再録したもの。

    暇と退屈の倫理学については前半はちらっと言及があるくらいだったが、後半は浪費と消費の話から、目的と手段の話にまで広がって、暇と退屈の倫理学の補講のような感じで読めた。

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    2025年11月03日
  • はじめてのスピノザ 自由へのエチカ

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    とても面白かった。何年も前からぼんやりと考えては、うまく考えが進まなかったことを、ずっと前の時代の哲学者がかんがえていたのだなあ、と感慨深かった。

    スピノザの本質概念の転換のところがとくに面白く、いろんな人のいろんなあり方のそのままを肯定しよう、というやっと今になって広がってきた考えをそんなに前から考えていた人がいたのかあ、とびっくりしたし、スピノザの考え、いいなあ!と思うと同時に、哲学者の考えが難しいから全部賢い人のいうことだし、わからないけどなんか正しいんやろうなあ、みたいに思っていたのが、対比する哲学者の考えを知ることで、あー、そっちの理屈は肌に合わないわあ、とか、それは偏ってるんじゃ

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    2025年10月15日
  • 「利他」とは何か

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    「利他」に偽善的なものを感じつつも、必要なものだよなあという気持ちもあり、興味のあるテーマなので読んでみた。
    正直3章以降は難しすぎたのだけれど、伊藤亜沙さん、中島岳志さんの文章に、何度も視野を広げてもらった。以下、特に印象的だった部分のメモ。

    伊藤亜沙さんの文章では、効果的利他主義という考え方を知った。徹底的な「評価と比較」をして行う利他だ。
    例えば、他者のために働きたいと考える若者が、限られた給料のNPOに就職したりせずに、ウォール街でお金を稼いで寄付する方を選ぶというような考え方となる。
    利他の原理を「共感」にしないのが目的らしい。共感によって行う利他では、ふだん出会うことのない遠い国

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    2025年10月10日
  • 手段からの解放―シリーズ哲学講話―(新潮新書)

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    掲載された元の論文も読んでいたが、改めて面白かった。どうしてかはわからないけど善いとか心地よいとか美しいと感じる感性を呼び覚ましたい。
    あと、あとがきにあった目的に縛られた主体は経験を失う、という視点がすごい。窮屈さや寂しさを感じるのは経験によって何も蓄積されないからかもしれない。目的と手段に多様性は求められない。

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    2025年10月07日
  • 目的への抵抗―シリーズ哲学講話―(新潮新書)

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    「暇と退屈の倫理学」の國分先生の著書。
    実際に開催した二つの講義を下地として、書籍化。

    第一部は哲学の役割と題して、コロナ危機における権利の問題を、倫理と政治の観点で警鐘を鳴らしている。ジョルジョ・アガンベンの主張をベースに論を展開。
    生存だけが価値として認められることの問題、死者への敬意の喪失からつながる政治の不成立、移動の自由の制限がもたらす支配の問題について、どれも興味深い論考だった。

    第二部は不要不急と題して、目的による手段の正当化への警鐘を、ハンナ・アレントの主張をベースに論を展開。
    浪費と消費の対比や、動機づけや目的の超越など、普段では考えないことを、じっくり考える機会になった

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    2025年10月01日
  • 中動態の世界―意志と責任の考古学―(新潮文庫)

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    行為する、されるといる能動と受動の対比には人の「意思」が中心にそえられる。「意思」それは、過去を担う「記憶」との対比として未来を担う器官とする考えであり
    過去からの断絶を前提とする。行為の責任の帰属先を明確にするためにもその考えが必要な社会が現代である。しかし過去からの断絶とは本来的にありえない概念であり、何にも影響されない事象、行動はありえない。そうした意味でも現代の意思の定義はずれているかもしれない。

    中動態とは能動でも受動でもない第三の態ではない。受動、再帰、自動詞の意味を含む根源的な人と世界の関わりのあり様をしめした態である。
    言語の歴史的にも能動と受動の対立をベースとするパースペス

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    2025年09月21日
  • 手段からの解放―シリーズ哲学講話―(新潮新書)

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    「日常生活が目的の為の手段と化した皆に告ぐ。救いはあまりないが、ヒントはある。」

    拒食症はご存知だろうか。
    端的に言えば「食べたくても食べられない」病であり、現在私が罹患している病でもある。正確にはトレーニングを積んで飲み食いをゆっくりなら出来るが嚥下が苦手である。だがそこには「食事の楽しみを剥奪された人間」が確かに居る。

    本書はカントの快の分類を援用しつつ、「目的や手段を持たない、純粋に快適を享受する」ことが「目的達成の為の手段としての‘‘病的‘’行為」に貶されないように、「目的ー手段」に人生を従属させないことを説いている。本書の例をアレンジするならばこう言えるだろう。「喫煙は快適を享受

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    2025年09月21日
  • 手段からの解放―シリーズ哲学講話―(新潮新書)

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    現代社会では、あらゆる行動が何らかの目的に向かうことが当然視されている。
    その結果、「第四象限の純粋な享受を守る」ことは、ほとんど不可能に思える。
    目的を伴わない行動は奇異と受け取られやすく、自分自身もつい「何のためにやるのか?」と目的を探してしまうからだ。

    そんな社会で、私ができるささやかな抵抗は、第三象限と第四象限のはざまを意識的に往復することだと考えている。
    具体的には、
    • 何かを成し遂げるための手段として行動しながらも
    • その手段自体にも純粋な快を見いだし続ける
    つまり「目的に向かいつつも目的に縛られない」問いかけを日常に散りばめる。
    この生き方こそが、手段化された快の連鎖から自

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    2025年09月18日
  • 目的への抵抗―シリーズ哲学講話―(新潮新書)

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    『権力は「例外状態」あるいは「緊急事態」というものを巧妙に利用して、民主主義をないがしろにしたり、人々の権利を侵害していくことがある。』

    コロナ禍でアガンベンが上げた危機感の話は、自分が不安に思っているさまざまな状況にとても似ている感覚がある。自由や制約、受け入れてしまう状態など社会状況と個人が地続きになっていて今読んでいる『奪われた集中力』ととても親和性があるように感じる。

    ベルリンの壁のドキュメンタリーは見てみたい。
    後半は『暇と退屈の倫理学』の復習で改めて自由と責任について考える。質疑応答がとても興味深い。

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    2025年09月11日
  • 手段からの解放―シリーズ哲学講話―(新潮新書)

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    國分先生の講和シリーズで「目的への抵抗」に続く一冊。「楽しむ」とはどういうことかを考えるもの。「〇〇のために楽しむ」のは一見当たり前なのだが、単純に、自然に、楽しむことから離れているのでは。「浪費」ではなく「消費」させられていることも主客逆転。時々こういうことを考えるのは大事だなあと思う。

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    2025年09月07日
  • 中動態の世界―意志と責任の考古学―(新潮文庫)

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    ネタバレ

    自由意志の否定、行為は意志を原因としない
    言語は思考の可能性を規定する
    選択と意志の区別は明確である
    権力と暴力
    出来事を描写する言語から、行為を行為者へと帰属させる言語への移行
    中動態は主語が過程の内にあるのか外にあるのかを問う別のパースペクティブにおいて理解されねばならない
    異なった仕方の変状
    完全に能動たりうるのは神のみ。われわれは純粋な能動になることはできないが、受動の部分を減らして、能動の部分を増やすことはできる
    変状の画一的な出現を避ける
    中動態の哲学は自由を志向する
    妬んでいる時人は相手に自分を見ている
    人間は自分自身の歴史を作る。だが、思うままにではない
    善の性質を身に纏うこと

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    2025年09月06日
  • 中動態の世界―意志と責任の考古学―(新潮文庫)

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    ネタバレ

    100de名著のスピノザ「エチカ」、暇倫に続いて國分功一郎先生の本は3作目になる。

    1番難しかった。再読が必須レベル。たぶん25%も理解してないし頭に入ってない。

    暇倫よりもっと荒削りな書き口で、暇倫より前の作品かと思ったレベル。國分先生の中でも書き起こすのが難しかったんやろうと思う。

    中動態ってのも初めて聞いたし、結果この未知の態についてよくわかったのかわかってないのかも不明。矢印ではなく丸っと帰ってくるイメージのみ残った。

    ここ最近、悪手悪手で自滅するような人たちが多い。そういう人たちは責任を取れないのかなんなのか?と思っていた。広陵高校野球部のフロント陣とか、フジテレビの経営陣と

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    2025年08月30日
  • はじめてのスピノザ 自由へのエチカ

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    「エチカ」というスピノザの著作について、その存在を知ったのは、わたしの場合やはりPodcastからだった。
    知ってからもルソーの「エミール」とよく混乱した。カタカナのエで始まるなんか短い名前の本っていう括りだからかな。

    本で、活字で、ちゃんと読む…というのは、わたしにとってはとても意義がある行為なんだな、と今回改めて感じた。
    たぶんもう「エミール」と間違えたりしないと思う。

    さて、そんなわたしにとっては
    「暇と退屈の倫理学」以来2冊目の國府功一郎さんのこちらの著作、17世紀オランダの哲学者、スピノザが残した「エチカ」についての解説本である。
    「NHK100分de名著」に新たな1章を書き加え

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    2025年08月25日
  • 手段からの解放―シリーズ哲学講話―(新潮新書)

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    「目的への抵抗」の続きのような哲学講話だったので、読んでみたくなりました。

    楽しむとはどういうことだろう。楽しいって何なのだろう。と十数年考えてこの本を書いたと言う。

    カントのタバコ論からはじまり
    嗜好品、享受の概念についての解説。

    スポーツや旅行を楽しむことも含まれるかと思っていましたが、タバコやお酒、お茶、珈琲などを楽しむことについてなので、あくまでも嗜好についてでした。

    前半は専門的な語彙が多いので分かりづらいところもありましたが、後半は東大での講話はとてもわかりやすく、腑に落ちました。

    カントの嗜好や享受の説明で、五感によるレベルがあるようで、触覚と視覚と聴覚はレベルが高くて

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    2025年08月24日
  • 手段からの解放―シリーズ哲学講話―(新潮新書)

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    シリーズ前作に比べると、前半部は論考の形を取り後半部がそれを受けた講話という構成もあるが、内容自体もカント哲学の辺縁から嗜好や享受についての考察ということでなかなか骨の折れる内容。(JT関連との共同研究)
    言われてみると、嗜好品やアディクションへの考察が社会学や生理学的に説かれるものは目にしたが、それを哲学上の議論で目にかかることも少なく、込み入った話になりがちなのかもしれない。
    朱喜哲氏の連載に、似たような話があったような。

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    2025年08月23日
  • スピノザ 読む人の肖像

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    先日『はじめてのスピノザ 自由へのエチカ』をaudibleで聴いて、オーディオブックで受け止めるには限界があるなと感じていたのですが、性懲りもなくこちらもaudibleに出ていたので聴いてしまって、案の定難しかった笑
    スピノザ哲学のポイントを掴めた感じはまだまだしないので、その内紙版で読み直したいなと思うが、國分先生のガイドでスピノザという人物自体にも触れることでこれまでと少しイメージが変わる部分があった。特にスピノザの「神」についての理解や表現について、「神即自然」というスピノザの表現を微妙な時代状況の中でのレトリック的表現なのかなと捉えてしまっていたけれど、宗教的な側面を含めたスピノザの生

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    2025年08月18日
  • 中動態の世界―意志と責任の考古学―(新潮文庫)

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    能動態-受動態の対立する枠組みで物を考えることは現代人にとって至極当たり前のことに感じられる。しかしながら、歴史を遡ると言語にはより古いところに能動態-中動態という対立軸があった。
    能-受の対立に強く結びつく意志と責任の概念が、能-中の対立のもとで批判され、意志概念の不可能性が明らかになる。
    さらに、補遺では意志なき能-中的世界観の中における責任とは何かの論考が追加されており、論のさらなる進展が見られる。
    「暇と退屈の倫理学」と比較して言語的な分析が大半をしめており、ある程度言語哲学に慣れていないと読むのは少し大変かも。

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    2025年08月11日
  • 目的への抵抗―シリーズ哲学講話―(新潮新書)

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    コロナとアガンベンについてなど把握していない話は興味深く、『移動と階級』を読んだあとで掘り下げ方としてこういう思索のほうがやはり楽しめた。國分氏の著作では「講話」ということもあって読みやすい。

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    2025年08月10日
  • 手段からの解放―シリーズ哲学講話―(新潮新書)

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    カントの「快」に対する分析(快を①端的に善いもの、②美しいもの、③崇高なもの、④快適なものに分類)をベースとして、目的のために手段化する傾向の強い現代社会の問題を指摘し、④快適なもの(目的のための手段としての快ではなく、それ自体を楽しむ享受の快)の重要性を説くもの。

    カントについては名前を知っている程度で全く知識がなかったので、カントの議論を分かりやすく噛み砕いて説明されていて勉強になった。

    前半:論文をベースとしたもの、後半:講演をベースに文章化したものという構成であったため、前半パートでは難解であまり理解できなかったところもあったが、後半パートを読むことで理解が深まった。

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    2025年08月05日