國分功一郎のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ずっと以前から、私が求めていたものは利他だったんだなぁとわかった。
小さい頃から「意志が弱い」ことがコンプレックスだったけど、むしろその「余白」が私には力になっていたのかもしれない。
状況に身を置き、そこから生まれる力にほだされて、気づいたら動いてしまってきた。
「そうやって仕事増やして、自縄自縛してる」
これも真実だろうけど、それは「だから私はダメなんだ。バカ」ということに帰するのではない。
そもそも、状況に流されてまとまりがつかなくなったという物語の帰結で私をマイナス評価する必要なんてないのに、そういう気持ちにさせられてしまうのはなぜなのか。
他者から受ける評価への恐れ、かな。
もっと -
Posted by ブクログ
タイトルに惹かれ、昨今の言葉の誤用を嘆いた内容なのかなと軽い気持ちで手に取ったらもっと深く切り込んだ内容でした。
著者の方々やきちんと内容を知らずに購入したので、こちらが不勉強なため中々理解が難しかったです。
漠然と今まで自分の中で考えていたこと、気になっていたことが次のステップに進むようなヒントを貰えた気がします。
昨今蔓延る自己責任論。どうしてこうなってしまったのかピンとくるものがなかったのですが言語が思考に影響しているのではというのは自分の中では今までになかった視点だったのでとても興味深く面白かったです。
お二方の著作を読んだ方がこの対談をより理解できると思うので読む順番大事かもしれ -
Posted by ブクログ
中動態、勉強、コミュニケーション、エビデンス主義などなど、様々なトピックが、「言語」の横軸で横断的に議論されている1冊でした。とくに第3章「「権威主義なき権威」の可能性」が、示唆に富む内容が個人的に多かったです。
現代的なコミュニケーションは、何でも明確に表出することを求める、明るみの規範化が問題となっている。そうではなく、人には「心の闇」が必要である。言語化できないような不合理性があることで、曖昧なかたちのままで自己を認識できたり、どこか他者を信じれたりする。
それに関連して、エビデンス至上主義は、ある種の民主主義の徹底でもあるけれど、全てを明るみにしなければいけないとか、エビデンスだけ -
Posted by ブクログ
哲学的な視点から人生相談に乗る國分さんの本。まずすごいと思った点が、投稿者の背景や状況を細かく分析して、真の問題点をつきとめている点。投稿者の悩みは一見よくあるものだなあと思っていると、思いがけないところで本当の悩みや実態が隠されていることに気づく。文章を正確に読まなければ、多分気づかない。
そして浮き彫りとなった悩みへのアプローチも独特。よくある人生相談として、相談役が「俺/私はこう思う。だからお前もこうするべきなんじゃないか?」といった「俺/私流の考え」を押し付けであったり、「人生色々あるから前を向くしかない」といった抽象的な精神論で終わって、実質何も解決されないのを見かける(鼓舞される -
Posted by ブクログ
国分先生の著作を数冊読んだけど、これだけ毛色が違うので躊躇ってましたが、原発事故10年かぁ、いい加減考えないとなぁと思ってようやく読みました。
内容は思っていたほど難しくなくて、講義録なのもあって非常に読みやすかったです。途中のハイデッカーの引用は難しかったですが、要は結論を述べるんじゃなくて、対話の中から自然と結論に至ること、その過程が大事ということかな?
これに似たこと安部公房が言っていて、「小説の要点が書けたら僕だってこんな長い文章書かないよ、書けないから読者に体験してもらう、そのために無限に読み込める航空写真のような小説を書くことになるんだけど、それを読者は迷路って思うみたい、要点 -
Posted by ブクログ
ネタバレ義両親の「ゴネ得」のQ&Aは圧巻。
以下引用
「ガリ勉は勉強ばっかりしているから問題なのではなく(中略)勉強しておけば大丈夫なんだという“信仰”をもっている点がまずいのです。(略)知識と考える力を身につけたいと思ったなら、ただそれをやればいい。しかし、それらを身につけたら自分の人生は大丈夫だと思っては大変な誤りを犯すことなります。(略)やりたいと思っていることをやればいいし、これじゃダメかなと思ったら立ち止まって考えればいい。ただ、「こういうことをやっていた人間はこうなれる」などとは思わないことです。」
「特にいまの若者は、無気力・無感動・無関心などと言われる。けれども、そんなことは -
Posted by ブクログ
来るべき民主主義
国民主権は主権者である国民が立法権を持つことだと定義されている。近代国家は統治の規範を公開性の高い法に求めてきたためである。しかし、行政府が立法府の定めた法の執行機関に過ぎないという前提が崩れ、行政府が立法府を超えた権力を持つ現在において、現状の国民の政治参加の方法は十分に民主的であるとは言えなくなってきている。さらに、民主主義国家では国民がいかにして立法に関与できるかのみが議論されてきたため、行政への国民の関与は制度的にほとんど認められていない。本書では、このような民主主義の欠陥に関して、小平市都道328号線建設反対の住民投票が無効化されたという著者自身の経験から論じられて -
Posted by ブクログ
著者たちとあまり学生時代を過ごした年代が変わらないので、この本でふれられている”あの時代”の雰囲気はよくわかる。なぜか浅田彰の本がベストセラーになって、ドゥルーズ=ガタリの『アンチ・オイディプス』などという本が平積みになったりしていた時代だった。ちょっと前には「朝日ジャーナル」などという雑誌があって、”人文的な教養”が価値のあるものと考えられていた時代でもあった。この本はちょっと懐古的に感傷的になっているような印象もあるが、それを踏まえた著者たちの現代への問題意識もわかる。ただ、両者がバックグラウンドとする仏哲学が『知の欺瞞』後にどれだけアクチュアリティを持てているか、単なる”妄想”になってい