國分功一郎のレビュー一覧
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この本をすめすめてくれた方への私のメールの一部を貼り付けて感想とします
「さっそく、まずは哲学者國分功一郎さん「来たるべき民主主義」を読みましたが、とても勉強になりました。年齢の割に世間知らずということでしょうが、主権者たる国民が政治に関われるのが立法府のみでこれを民主主義というのはおかしい。生活に密着する多くの決定は行政機関でなされる事が圧倒的に多い。行政が道路を決めたら反対するすべもない。住民に説明するだけでよい、了解をとる必要がない。というのです。
署名を集めても住民投票を議会は拒否できるし、住民投票までたどりついた小平市の事例は町長が後出しで投票率が50%を超えないと開票しないということにしてしまったそうで否決に至ります
こういう理不尽?は許せないのですが現在の政治、行政の仕組みではなんともし難いのですね
國分さんは住民投票に直接関わって、中沢新一さんや道路によって分断される雑木林の自然観察団体とも連携するなど、哲学者でありながら社会的な問題に関わっていらっしゃることがよくわかりました。社会学というのは、社会の仕組みを分析してよりよい方法を提言していくと自分は思っています。ここでは議会制民主主義は否定せずに住民投票制度を追加してよりよい民主主義を実現していく方法を提言していました。実現できればとてもすごいことです…」 -
Posted by ブクログ
道具的で記号化してきた現在の言語。
実存主義、エビデンス主義、メタファー、心の闇、アレントやスピノザ、ハイデガーなど引用しながら國分功一郎さんと千葉雅也さんの言語に対する想いも含め、近年変化していく言語をどう取り戻すのか、そもそも言語とはなんなのか、そして言語無き人間とは存在するのか。
例えば「これは違反だ」とか「違法だからダメだよ」とテレビでモザイク入れて、悪い人を煽ることが当たり前ですが、その一つ一つの問題を法外まで考えている人は叩かれてしまう。
しかもその法外までを考えていくと、自分で考えて言語化しなければならないからめんどくさい。そうなると、もう法律がそうなんだからと言って、エビデンス主義が強くなってしまう。
本当は法外にこそ正義があるのかもしれないのに。
元々たくさんの言語によって法律ができたのに、その法律も記号のようになってしまった。
では今の言語ではない、人間らしい言語とはなんなのか、とても難しいかもしれませんが、とても大事なことなのかもしれません。
課題はあるようですが、もしかしたら中動態という概念が一般的になれば、社会が良くなる気もしてきました。
政治や公共的な問題を考えるには哲学が必要なのかもしれませんね。 -
Posted by ブクログ
利他という言葉を最近になってラジオで耳にし興味を持つようになりました。なんとなく自分よりも相手や周りのために尽くす意味合いかと思っていましたが、利他にも色々あるらしいです。
本の内容は全体的に難しく感じましたが、利他について考える行為自体がとても大切な事なのだと感じた。何のための利他なのか、誰のための利他なのか。
一章 伊藤亜紗さんの
・利他は自分のためになる?
・数値化によって消える利他の感情
・他者のコントロール
・信頼と安心
が良かったです。
利他的な行為を行う上で自身が気をつけること、利他的な行為を相手から押し付けられた時の考え方等自分と相手の関わりの中で客観視するヒントを貰えたように思います。本の内容の中には心理学の返報性の原理やアドラーに結び付けられる箇所もあると感じました。
中島岳志さんの
・利他は私たちの中にはない
も良かったです。自分に置き換えて考えると分かりやすい。なるべく自然体でいたいですね。普段から気負わず背負いすぎず自分らしく過ごしていけば良いのだと思いました。 -
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伊藤亜紗の「利他」についての概論が一番よかった。
なぜ今、「利他」なのか、ということが、まず知りたかったので、ジャック・アタリの合理的利他主義や効果的利他主義についての説明がありがたかった。
中島岳志のいう「利他」は合理的利他主義とは違い、湧き起こるものであること、親鸞のいう若松英輔の「利他」は民藝の文脈からの「ウツワ」にその本質を見出すものであった。特に中島岳志に関しては、意外。ここだけではわかりにくいので、中島岳志の「思いがけず利他」もこの後読んでみようと思う。
國分功一郎の言う中動態がなぜ「利他」と繋がるのか興味があったが、なるほど「義」がそうであったか。つまりはやむに止まれぬ、湧き起こる気持ちとしての「利他」を語るには中動態で説明できるということだ。
これは腑に落ちた。
自分の中に訪れるものを受け取るということ。
中動態は依存症や同調圧力に屈するような、自分の意志を超えてしまうマイナスの面ももちろんあるが、こういったプラスの面ももちろんあるのだ。(中動態はプラスもマイナスも無いので当たり前なのだが)
「利他」の「意志」を中動態で捉えると、中島岳志のいう「利他」と相通じる。そう考えると、納得できる。
(でも、中動態の説明は難しかった…。)
磯崎憲一郎のいう「利他」は文学の書き手がいざなわれる「利他」について。
いずれも、人間は「ウツワ」であり、「意志」は自分が作るものでなく、向こうからやってくるものだ、というのが彼らの「利他」の考え方だ。
それぞれのアプローチで「利他」が書かれているが、読み終わってもなお、世に広めるのは、最初に紹介された合理的利他主義、効果的利他主義でいいじゃないかという気持ちは変わらないな。
まずは、それで動こうというコンセンサスをみんなが持つ。情けはなにより自分のため、でいいではないか。
そうでなければ、間に合わないくらい、今世界はのっぴきならない状態にあるんじゃないかと思うのだが…。
ジャック・アタリのいう合理的利他主義「情けは人の為ならず」でないと、現代社会に届かないと(私は)思う。
「利他」とはそうではない、という彼らの主張の方が正しいのか見極めたい。
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Posted by ブクログ
対談をまとめたもののため、二人の中で共通の知識、言葉選びがあるため理解できていない部分がある。
ところどころ日本語ではなく英語の横文字を調べなくてはならず、少しずつ読むもののやはり何度か読まないとつらい。
(言語を扱え人たちが選んだ言葉だと思うので、選び方にも意味があるということなのか)
これまで読んできたお二人の書かれた著書は、まだ読む対象が一般の人に向けたものだったことがよくわかった。
それでも面白く読めた。
能動的の対義語として存在し、消滅した「中動態」についての話、
個人的に体感のあった、LINEスタンプによる言語の変化。
エビデンス主義、責任回避の話などがあった。
勉強が足りないので、まだ挑むには早かったかな…「現代思想入門」と同じで、触れられている哲学者たちの考え方に興味が湧く…どんどん濃いほうに向かってるのでここからが本番かな… -
Posted by ブクログ
國分さんの著書をもっと読んでみたくて手に取った本。そういう動機で読むのに適切だったかどうかは分からないけど笑
限られた相談文から状況を推測していくのが見事で、探偵とか、はたまた占い師ってこんな感じなのかも〜と思った。自分だったらなんと言うだろう?と考えながら読んでみると、バッサリ切り捨てるようなところと掬い上げるところが國分さんと違うところが結構あった。
そんなこんなで、私は読解能力とか想像力がないなあ…と思ってしまっていたけれど、千葉雅也さんの解説がとてもよかった。自分とは違う人間、それでいいんだ。(私はすぐに他人と比べて自分を誤っていると思ってしまう傾向があることに改めて気付かされた)
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Posted by ブクログ
原子力に関する哲学講義録。
1950年代に原子力(原爆ではなく)に対する危険性を指摘していた、唯一の哲学者ハイデガー(本書ではハイデッガー)に焦点を当てる。
彼が著した数少ない単行本のなかで、原子力の問題を指摘しているが、その著作の最終的な答えが「考える」。何とまぁシンプルかつ深い。が、本書は哲学講義録だけあって、読み進めていけば、自分も考えさせられる。
「科学は考えない」(ハイデガー)とはまた刺激的(^^;
第四講(終講)では、フクシマ後、明らかに非合理な原発推進が何故行われるかを、哲学の義務として考え、それは太陽の贈与を受けない自立したエネルギーを欲望するナルシズムだ、と説明。
うーん、分からんでもないけれど、現実は、ムラの掟に逆らえないとか、飯のタネとかもっと単純な理由の気がする。まぁ「考えて」いない、ということかな?