國分功一郎のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレ84年生まれゆとり世代代表(?)と75年生まれ就職氷河期世代の、新旧社会学者の対談集。
消費社会のありかた、農業やデモ活動の理想(日本のデモは礼儀正しいらしい)、保育園と女性の就労問題、食料危機と住民運動などなど。幅広く論じていくおもしろい逸書。
シングルファーザー経験もあり食通でもある國分功一郎に、負けないぐらい、豊富な知識と的をついた意見で攻める古市憲寿の対談をうまく構成。たまに古市のちょっとドラスティックな切り返しに國分が答えないまま章が終わってしまうのが残念だが、日本の各地を見学しながら社会問題を論じていくというスタイルに感動。
フランスは理性の国でオトナになれという外圧が酷いから、反動で日本の幼稚なアニメや漫画が人気を集めているという説には納得。専業主婦のピークは1975年で、すでに過去のものになりつつある、日本の商業施設は功利主義に反するように、余白をつくっているなど、おもしろい切り口で諸相を語る。
「抜け道」とあるように、現代社会の王道をはずれても生きていけるよ、と示唆するような提言の書ではない。ただ雑学として読むとおもしろい。 -
Posted by ブクログ
対談形式なので読みやすい。もっと雑然とした内容かと思っていたがそうではなく、しっかりまとまっているのは構成が速水健朗さんだからか。IKEAやコストコに行ってみたことで消費論について語ったり、これからの農業について、コミュニティについて語ったり、食や保育、政治参加にまで話が及ぶ。こうして読むと哲学というのは無用のものでいて、世間にどう相対して解釈するかの基準を作ってくれるのだなあと思う。
國分さんは著書を読んだ時、人としての感情がないくらいに超絶頭が良さそうに思ったが、実際はドライながらもかなり暖かそうな人のようだ。
とにかく頭が良い人同士の対談。面白かった。 -
Posted by ブクログ
小平市における都道建設に伴う住民投票を中心に、参加型民主主義の在り方について論じた本。
たとえば道路を建設する際には、東京都などの自治体が計画を策定し、小平市などの基礎自治体に照会した上で建設が決定され、住民向けの説明会が実施される。
このプロセスについて、おかしいと感じるかどうか。つまり、決定されるまでのプロセスには住民の意思が介在する余地はなく、説明会は建設が決定事項として一方的に通達されるだけである。
小平市においては、この都道建設計画に反対するというよりも、プロセスに主権者たる住民の意思が反映されない民主主義の在り方に疑問を持ち、住民投票が行なわれるまでの流れが描かれている。
住民投票は行なわれたものの、この住民投票条例が可決された直後に市長によって修正法案が出され、投票率50%以下ならば開票すらせずに却下される後付けルールが作られる。この市長が当選した際の投票率は37.5%だったにもかかわらず。
結果として都道建設計画は進められ、地域の憩いの場となっていた雑木林は潰され、200億円もの予算をかけて府中街道と100mも離れない隣接した新道路が建設されることになる。200世帯以上が立ち退きを余儀なくされる。
果たしてこのプロセスは民主主義と呼べるのか。参加型民主主義とはどのようなものなのか、議論の呼び水として読んでおきたい。 -
Posted by ブクログ
政治とは、複数の人間(多)と単数の決定(一)を結びつける営みであり、多と一を結びつけるためには、何らかの権威が必要。かつては宗教的権威や伝統的権威がそれを担ったが、近代の政治体制では、国家という権威に民衆を従わせなければならず、編み出されたのが「主権」という概念だった、つまり、主権に基づいて定められた法律が統治者を拘束するということで、主権とは立法権に他ならないと考えられていた。
しかし、現代の国家は極めて複雑で、立法権によって社会を統治するということは困難になっている。にもかかわらず、民主主義は立法権をコントロールすることで社会を統治しようしていて、行政権をコントロールする仕組みがない。(パブコメとかはあるけど役に立たない)
こうした分析は鋭いと思うし、勉強になる。
タイトルにもなっている「来るべき民主主義」というのは、ジャック・デリダの言葉なのだそうだ。つまり、民主主義とは常に不十分なもの未完成のものであり続ける。しかし、どうせ無理だからと諦めるのではなく、より完全な民主主義を目指して取り組んでいかなければならない、そういう意味なのだそうだ。
末端とはいえ、一応行政権に身を置く立場としては、肝に銘じておかねばならないと思う。 -
Posted by ブクログ
スピノザを専門とする哲学者が、地域開発計画への個人的な関わりを題材にして、民主主義についての考察とその実践への手掛かりについて、新書読者層へ訴えた本。國分は、武蔵野の風情の残る雑木林が、道路新設計画で無くなろうとすることに反対し、行政との折衝を通じて、「民主主義」が人々には誤った形で認識されていると考えるに至った。間接民主主義における議会は、立法府として主権を表わす機関には違いないが、そこでは法を作るのであり、実際の行為を意思決定するのは行政である。ところが主権者である地域住民が、個別の事案で行政に対して対等に交渉できる仕組みがない。
これを解決するために、住民投票の制度の改良や、ファシリテータの役割の重要性などを説いていく。
具体的で面白い政治学入門という感じの内容だ。東京近郊の知識人的な個人の尊厳に重きを置きすぎて実際のどろっとした社会に適用可能なプランなのかどうかは疑問だが。 -
Posted by ブクログ
車両通行が減りつつある中で、なぜか東京都小平市に50年前の道路建設計画が復活。住民の憩いの場をつぶして幹線道路を作るという計画に住人が反対、住民投票が行われるが…
住民の生活に直接影響を与える決定は、議会よりも行政で決定されている現実があって、従来では住民の行政への参加は首長の選挙という形が取られてきた。
しかし、ここに来て住民投票やオンブズマン制度などの行政への参加法が確立されてきたが、さらに多くの手段が必要なのではないかというのが筆者の主張。
議会制民主主義を肯定して、新たな制度を作ることを「強化パーツをつける」と表現している。革命は必要なく、変化が必要なのだというのがすごく腑に落ちた。