國分功一郎のレビュー一覧
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ネタバレ國分功一郎と古市憲寿。この2人の論客に共通するイメージは「中性的、もしくはフェミニン」な感じじゃないだろうか?「社会の抜け道」という一見、硬そうな政策論かと思わせるタイトルなのに、いきなり「IKEA, コストコ、ショッピングモール、農場→料理」と来る。さらに、デモ、公園、遊びときて、保育園→主婦論へと進む。
徹底的に「日常生活」を出発点として話が進んでいくのですごく読みやすい。それで、随所に哲学的考察が入って来るので勉強になる。哲学が生活と切り離されていた学問として形骸化していったのに変わって台頭してきた社会学。でも、社会学書をいくら読んでも読み応えはなかなか味わえないわけだが、この本はサク -
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至る所でひずんでしまっている社会。しかし、自分だけでは、自分の周りにいる人たちだけではどうにもすぐには変わりそうもない。
けれども、人間を天蓋のように覆っている制度や構造も完璧ではない、実は色んな所で水漏れをしている。
得てして人は革命や劇的な変化を望んでしまうけれども、水漏れから覗く半径1メートルのアクチュアルな世界を、少しずつずらして変化させていくしかない。
古市さんは現状をシニカルに観て肯定しているだけの社会学者だと思われている節があるけれども、むしろ現状を深く読み込み、そして読み替えた結果として現れたそうした社会の水漏れを大切に取っておこうとしているだけなのだと思う。國分さんが、そう -
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ネタバレ今の自分にこれ以上の評価をつける哲学に対する知識を持ち合わせていない。もっと哲学に対する造詣が深くなれば、あと⭐️2つはつけれるだろう。
とはいえ、⭐️3つ分の内容を以下に記したい。
習慣化することは、ある環世界に浸ることだと考える。ただ、習慣化しただけでは退屈してしまうので、人は新しいものを取り入れる。
この流れ自体が、1つの環世界となると、常に新しい物事を取り込みながらも、退屈のしない幸せな生活が待っているんじゃないかと感じた。
特に、自分自身が「習慣化」をテーマに生活をしているので、これからもこの本に書かれたことを指針の1つにしていきたい。 -
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難しい!
この本の中では今までの常識を捨てて考えなあかんから読み進めるのに時間がかかった。
日本語を使いながら英語勉強してる時みたいな、量子力学の授業聞いてんのかなとかそんな気分。
途中で著者が分かりやすい例を持ち出してくれた時なんかはちょっと理解できた気がしたけど。
例えば「物思いに耽る」とか「人を好きになる」なんかは能動受動では表せない言葉の例として出てきた。
「責任のある世界は、人が人に応答する世界である」
「銃身からは決して生じえないもの、それは権力である」
何個か熱い文章もあった。
責任を問うときに感じる感情を無碍にしてもいけないし、無罪放免にするわけでもないけど、一旦「近代的 -
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最近YouTubeで政治系の動画にハマりまくっております
政治おもろい
という訳で、またしても國分功一郎先生に教えを乞う
政治動画を見るときの視点に深みとコクが加わるに違いない
コクってなんやねん
本書は政治哲学の基本概念をホッブズ、スピノザ、ルソー、ヒューム、カントといった先人たちの中に見出していく構成
最も印象に残ったのは國分功一郎先生がカントを評して言った「ヒューモラス」というカタカナ語だったりする
意味はユーモアであるとかってことで、英語で書くと「humorous」
発音の通りにカタカナ語になったわけだが…
「humor」はなんでユーモア?ヒューモアじゃなくて?
「humoro -
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暇と退屈を歴史、哲学などの視点から考察した本。恐らく、本書は暇と退屈を以下のように定義している。
•暇: 義務に時間を拘束されていない状態
•退屈: 刺激がなく不快な状態
本書の興味深かったところは、(1)暇で退屈、(2)退屈と気晴らしの混合(気晴らしにも退屈を含む)、(3)何か退屈、という3つの状態が円環をなすという点だった。確かにこれは多くの人に当てはまる気がする。また、暇や退屈をネガティヴに捉えすぎないことと、暇=退屈だと誤認しないことが大切だと感じた。
単純に今の気分と合っていなかったせいであるが、正直なところ、タイトルから想像したほど面白い本ではなかった。「面白いかも」と思い次 -
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利他に関する論考集。
第一章の伊藤亜紗氏は、合理的利他主義や効果的利他主義といった利他についてのトレンドを概観し、その根底には利他の効果の数値化があること、数値化により漏れてしまったり失われてしまったりすることがあると説く。利他の効果を数値化することは、自らの利他的行為が相手に与える影響を規定することに繋がり、押しつけや他者の支配に繋がる。そうではなく、予測不可能性を受け入れること。予想外の他者の反応によって、自らの方が変わること。これを「うつわ的利他」と表現しているが、相手を享けることのできる利他が、良き利他ではないかと述べている。
第二章では、中島岳志氏が、贈与論から利他を考察している。