國分功一郎のレビュー一覧
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まだ自分には理解できない部分は多分にあったので、もっと知識や哲学に関する素養がついてから改めて再読してみたいと思いました。
能動態の対義語は受動態というのはよく知られていますが、ここでは「中動態」と呼ばれる概念について深掘りしていくものでした。
「私はあなたを愛しています」「私はあなたに愛されています」 これはよくある能動態、受動態の文章ですが、
「私はあなたに恋に落とされた」となると、恋をしているし(能動)、落とされている(受動)、という中途半端な態となっています。
その曖昧さや態の歴史を様々な哲学者を取り上げながら分析していく本でした。
國分功一郎さんって哲学者挙げて、批評して深掘り -
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ネタバレ國分功一郎の『天皇への敗北』を読んだ。わりとまともにこの国の民主主義と立憲主義の安倍以降の危機、中野重治、江藤淳、加藤典洋、天皇の戦争責任…などに関しての、著者の批評的整理が記してある。誰にでも読めるし、おそらく内容も理解しやすく書かれている。
内容の議論には正直なところ新鮮味やユニークさは無く、個人的には今更こんなことを…と感じたが、現在の我が国の政治社会の空気の流れとその源流、原動を鑑みれば、これをあらためてわかりやすく整理する必要があるということか。勿論けっして幼稚な内容ではないが、整理する必要があるという事態が極めて幼稚ではないだろうか。
新書サイズだし、國分だし、読みやすさは保証で -
Posted by ブクログ
受動態と能動態、どちらにも当てはまらない中動態について解説しながら人間の意志と責任について考える本。
言語学の部分は知見が少なく読みにくく感じたが、ギリシャ語から流れを読み解いておりとても丁寧に書かれている。
全てのものはお互いに作用し合っていて、最初の始まりを決めることはできない。
でも外部からの刺激をそのまま他に流しているだけではなく、外部からの刺激と、自身の持つ変状する力を掛け合わせて、それを外部へ伝えているという論調がしっくりきました。
全著、『暇と退屈の倫理学』よりも難解に感じました。
特にハイデガーの解説は難しかった…いつかちゃんと原本を読んでみたい。 -
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10年近く前、学生時代に一度読んだはずなのだが、内容はあまり頭に入っていなかった。たぶん、当時はまだ、言語学的な「中動態」の意味をよく理解していなかったことと、本書の中で扱われている思想家についても、あまり理解がなかったために、なるほどー、と思いながら、大部分を読み飛ばしてしまっていたのだと思う。
その後、サンスクリット語の概略を勉強したこともあって、「中動態」の存在について勉強したのと、アレントとデリダについては、けっこうちゃんと勉強したこともあって、かなり本の解像度が上がった。
アレントのところ議論は、アレントの思想が割と好きなこともあって、少し違和感もあった。アレントが、「意思」の概念 -
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ネタバレ哲学の先生に
様々な悩みが届けられ、答えてくれるQandA形式。
悩みに対してズバッと答えてくれるものもあれば
文章から読み取れる人間性をグッサグサに刺してくれたり。笑
新しい形の悩み相談というか。
それはこうですね、こうしましょう。
とか、そういうことではなく
その人自身の根本に着目していて、面白い。
悩み相談って
実際は人が全く違う人について考えるんだから
最適解に出会えることなんて少ないと思う。
その人の周辺情報を知らないと尚更。
でも、文章から感じる人間性を深掘っていく感じが面白い。
悩み相談をして、素直に誰かの意見に従える人は
多分そんなに深刻に悩んでいないと思う。笑
だ -
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戦後の憲法学は、日本国民が自ら憲法の価値を理解し、自らの手でこの価値を担うようになること、つまり憲法に対する成熟した態度を養うことを目指してきた。しかし、第二次安倍政権下で憲法が危機に瀕した際に、国民は自らの手で憲法を守ることができず、天皇に頼ってしまった。このことを著者は「天皇への敗北」と表現している。
この主張を一定理解はすれど、そのまま自分の意見とするかどうかには留保があるべきだと感じる。また著者自身もおそらく読者自身が自分で考え、自分の意見を持つことを歓迎するだろう。
哲学講話シリーズを読んできた読者としては、ほとんど哲学への言及がないことに面喰らったが、いま読むべき本ではあると思 -
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読む前
利他はほとんど存在しないでしょう
見返りを求めたり、「利他」的な行為をする自分に酔ったりしてるだけなのでは→結局は利己
でも、親が小さな子を守るみたいな行動は利他だといってもいい?
↓
いずれの章にも共通するものとして、「余白」「うつわ」、つまり自分の意志以外のものの介入を許しているということがあった。逆に、その介入を許さない場合、それは利他ではない
利他が「生まれる」(「する」ではない)時は、自然に、すなわち「オートマチックに」生まれるものであり、それは自分の意志ではなく何か大きな力がはたらいてこそのものである
3章〜5章で論じられていることが利他に結びついているのかあまりわからな -
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難しい!
この本の中では今までの常識を捨てて考えなあかんから読み進めるのに時間がかかった。
日本語を使いながら英語勉強してる時みたいな、量子力学の授業聞いてんのかなとかそんな気分。
途中で著者が分かりやすい例を持ち出してくれた時なんかはちょっと理解できた気がしたけど。
例えば「物思いに耽る」とか「人を好きになる」なんかは能動受動では表せない言葉の例として出てきた。
「責任のある世界は、人が人に応答する世界である」
「銃身からは決して生じえないもの、それは権力である」
何個か熱い文章もあった。
責任を問うときに感じる感情を無碍にしてもいけないし、無罪放免にするわけでもないけど、一旦「近代的 -
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最近YouTubeで政治系の動画にハマりまくっております
政治おもろい
という訳で、またしても國分功一郎先生に教えを乞う
政治動画を見るときの視点に深みとコクが加わるに違いない
コクってなんやねん
本書は政治哲学の基本概念をホッブズ、スピノザ、ルソー、ヒューム、カントといった先人たちの中に見出していく構成
最も印象に残ったのは國分功一郎先生がカントを評して言った「ヒューモラス」というカタカナ語だったりする
意味はユーモアであるとかってことで、英語で書くと「humorous」
発音の通りにカタカナ語になったわけだが…
「humor」はなんでユーモア?ヒューモアじゃなくて?
「humoro