水野和夫のレビュー一覧
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ネタバレ日本はEUに加盟すべきと提言します
近代と言う無限に広がる空間の中で株式会社より遠くへ行くための最適な資本調達制度でした株式会社は不特定多数の株主からより遠くへ行くために巨額の資金を効率的に集めることができました。しかし21世紀の資本が過剰な時代により多くの首相止める必要はありません。
中世においてはリベラルアーツを重視しましただが16世紀に活躍したのは哲学科学経済の要素様を全て身に付けた人々でした。
1,930年代にヨーロッパとアメリカの一人当たりGDPは4,641ドルです一方現在の日本は23,569ドルと推計されます1930年の欧米の成果水準5.1倍となっています日本の経済状況はケインズが予測した通り1930年に記した我が孫たちの経済的可能性と言う論文の中で1,000年後には100年後にはヨーロッパとアメリカにおける平均的な生活水準はおよそ4倍に引き上げられていると思いました。
ところが検事も心配していました富の蓄積がもはや高い社会的重要性を持たないようになるそのうちゼロ金利時代が到来すると財産としての貨幣愛はありのままの存在として多少忌々しい量的なものとしてまた衰えを泣きながら精神病の声専門家に委ねられるような半ば犯罪的で半ば病理的な性癖の1つとして見られるようになるだろう
もはや無限の包丁が不可能な事は明らかですからポスト近代システムを一定の経済圏の需給体制を作りその外に富谷罪が出て行かないようにすることが必要ですその条件を満たすには閉じて言う事ですが月になります。 -
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ネタバレ【文章】
読み易い
【気付き】
★★★★★
【ハマり】
★★★★・
【共感度】
★★★★★
フロンティアが無くなってしまった現代において、常に成長し続ける事は不可能。閉じた空間で投資を行う事は、将来の不良債権を生んでいるのに等しい。それはつまり、資本主義の限界。
資本主義の本質は、蒐集による無限の資本増殖。
資本主義と民主主義が繋がるには、経済成長という媒体が必要不可欠。
世界の富豪上位8人の資産総額 ≒ 下位36億人の財産、
一人の能力が、下位50%の平均的な能力の4億5千万倍あるとは到底説明がつかない。
「より遠く、より早く、より合理的に」を求める結合するための技術(蒸気、IT)がグローバリゼーションとエネルギーの多消費を促進してきた。
今後も資本主義に邁進していくのならば、宇宙を開拓していくしかない。
現金から電子マネーに切り替えるとき、中央銀行がマイナス金利によって徴税権を得ることに等しい。
ゼロ金利は、これ以上生産力を増やす(投資)必要が無いというサイン。不便(貯蓄の必要)が無い理想の社会が実現したということ。
今後は「より近く、よりゆっくり、より寛容に」を戦略とした成長を前提としない社会システムが望ましい。
採掘に掛かるコストの増大により、化石燃料のエネルギー収支比は年々下がってきている。 -
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もはや、資本主義は終わった
『近代』とは経済的にみれば『成長』と同義語であり、資本主義は成長をもっとも効率的に行うシステム。『中心』たる欧米諸国は『周辺』(フロンティア)を広げることによって利潤率を高め、資本を増殖させてきた。そのためにグローバリゼーションを叫び、規制緩和をさせ、ひたすら『蒐集(しゅうしゅう)』に励んできた。ところが、もはや地理的な“周辺”はなくなりつつあり、かつては安く入手できたエネルギー(石油など)も高騰し、システムの限界がはっきりと見えてきている。
--地理的な「周辺」がなくなったために、アメリカは「電子・金融空間」に利潤のチャンスを見つけた
『電子・金融空間』とはITと金融自由化が結合して作られる。アメリカは世界中の余剰マネーをウォール街に呼び込み、途方もない利潤を生み出しました。だが、これも2008年のリーマン・ショックで崩壊しました。しかも『国民国家』の主体たる中間層を豊かにしたわけではなく、富を集中させ格差を拡大させた。世界的な『低金利』は、もはや投資先がない、投資しても利益が上がらないことを示している。 -
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ネタバレ今日の書籍は「国貧論」水野和夫著。著者の略歴を紹介すると、早稲田大学大学院経済学研究科修了後、八千代証券(現三菱UFJモルガンスタンレー証券)に入社後、2010年退社、同年内閣府官房審議官、法政大学教授と素晴らしい肩書を持った方だ。
本書は簡潔に言えば「反リフレ派、ゼロ経済成長下でのマクロ経済運営、資本主義の限界論」であり、「アベノミクスの失敗」を理論的に詳述したものであり、これからの日本の経済政策の良き道標となるべきものだ。アベノミクスに限界を感じている方はぜひ読んで欲しい。
まず、近代において「成長がすべての怪我を治す」時代だというと、19世紀は「経済主義の時代」、20世紀を「技術の時代」だと特徴づけられる。
しかし、その原則が通用したのは「新大陸発見」などによって、実物投資空間が無限に広がっていた時であり、アフリカまでグローバリゼーションが進んだ21世紀において、物理的な空間は「閉じて」しまったのである。
それでも、資本は自己増殖した。カネがカネを生む新しい空間、金融資本市場のバブル化である。このような資本主義は雇用を新たに創出するどころか、バブルが崩壊するたびに大リストラを断行して、賃金水準を引き下げていく。詳述は避けるが日本も例外でなく、国民の賃金は下がり続け、一方で大企業は史上空前の利益を叩き出している。
著者はそもそも、小泉純一郎内閣や安倍晋三内閣の「改革なくして成長なし」が間違っていると述べる。
なぜなら、誰が成長しているかというと株主が成長しているに過ぎないからだと喝破する。賃金は1997年以降、年平均で0,79%下落している。
また雇用について検討してみると、安倍政権が誕生して以来、正規雇用が5万人減少し、非正規雇用が162万人増加している。
結論として政府が成長戦略をとればとるほど、家計は困窮化していったのだ。
それに対して、企業とりわけ資本金10億円以上の大企業からみれば法人減税も実施されるなどし、大企業のROE(株主資本利益率)は2012年4,1%から2015年に7,4%に達した。
したがって、著者はいま問わなくてはいけないのは、「成長戦略」を誰のために実施しているかであるという。
すなわち、アベノミクスは家計でいえば、生活の程度が「上」(1%)の人と資本金10億円以上の大企業のための「成長戦略」であるということだ。
政府が企業に欧米並みのROEを求めれば求めるほど、人権費圧縮が生じ、生活の程度が「中の中」以下の人々のDI(「今後の生活がよくなる」から「悪くなる」)を引いた値は一段と悪化することになる。
では資本主義の将来はという点に筆者は「資本主義と結びついたグローバリゼーションは、必ず別の周辺を生み出す。グローバル資本主義は、国家の内側にある均質性を消滅させ、同じ国の内部に「中心」と「周辺」を作り出す。そもそも資本主義はその誕生以来、少数の人間が利益を独占するシステムに他らないという。
20世紀までの資本主義は、原油などの資源がタダ同然で入手できる前提で、日米欧の先進国が富を総取りできた。しかし、グローバリゼーションが発達し、新興国や途上国の人々全員が資本主義の恩恵を受けるチャンスがあるという前提になると、「安く仕入れて、高く売る」といった近代資本主義の成立条件は崩壊する。
したがってその過程で、資本は国内に無理やり市場を作り、利潤を確保しようとする。その象徴がサブプライムローンであり、日本の労働規制緩和である。すなわち日本では労働規制の緩和により、非正規社員を増やし、浮いた人件費や社会保障費を利益に計上、株主に配当した。
この結果一部の富裕層にますます資本は集まり、その一方で搾取される貧しい人々が増える。
こうした問題に対して金融緩和と財政出動で対応して世界に先駆けて、バブルを経験しデフレに陥ったのが日本に他ならない。
ここでアベノミクスのキーワードである日銀の金融緩和について考察する。金融緩和がインフレを起こすには、貨幣が物やサービスへの需要に結びつく必要がある。そうして需要不足が解消された時、初めて物価は下げ止まり、雇用も拡大して賃金も上がるのである。
アベノミクスで安倍総理が自らの手柄話にする「株高」であるが、株式とは企業の業績見通しを反映して、値が付けられる。円安でトヨタの株価が上がるのは自明だろう。
そして日本の株価全体が上がっている現況は、本来は日本国のGDPがこの先、上がり続けると見通しを立てなければ生まれない。しかし統計を見れば明らかなように、1997年を最後にGDPは上がっていない。
結論から書くなら、アベノミクスは小泉純一郎総理の以来の「成長戦略」の帰結として破綻したのである。つまり、いまアベノミクスの数年間の当否が問われているのではなく、小泉政権以来の十数年間の経済政策が誤っていたといえよう。
続いて、資本主義の後にどのような社会・経済システムが生まれるかを考察する。筆者は資本主義は利子率、もしくは利潤率によって決定づけられると考える。ある額の資本を投下して極力多くの利潤を得ることが資本主義の基本である。
利子、つまり金利はもっとも重要な数値となる。その利子率が低いということは、資本主義経済において利益が上がらない状況を意味し、大変大きな問題であり資本主義体制が根詰まりを起こしていると考える。
中世ジェノバでの1%という低金利状態の際には陸(スペイン)から海(イギリス)への覇権の交代に伴った、様々な資本主義の主体の変更が行われた。
しかし、現実のアフリカのグローバリゼーションが何を意味しているかというと、この星のこれ以上の資本主義を発展させる空間がないということだ。
本来的に資本主義は少数の人間が利益を独占するシステムとして歴史に登場した。1870年~2001年の間、地球の全人口のおよそ15%が豊かな生活を享受した。先進国たる日本もこの中に招待された一員だった。
「一億総中流」が実現したのもこの時代である。一つの国家内での国民経済の均質化は、先進国の特徴とも言えたが、それは残りの85%の世界の後進国の人々の犠牲の上に築かれた資本主義社会の昇華でもあった、
つまり、21世紀になるまで資本主義のルールを決めてきた先進国の15%の人々が、残りの85%のから安い資源を輸入して、高い付加価値をつけて輸出し、巨大な利益を享受してきた。したがって、資本主義が決して世界の人々を豊かにするシステムではないことは明白である。
では、このようなグローバル資本主義の解決策、ポスト資本主義とは何ぞや?ということになる。それは一言で言うと、ゼロ成長社会を構想するということだ。
ゼロ成長社会とは、経済的にはまず純投資がなくなることを意味する。投資は減価償却費の範囲内のみで行う、といったことだ。あとは消費だけが基本的な経済の循環をつくっていくことになる。
例えば、家計でいえば自動車1台の状態から増やさずに、乗り潰した時点で買い替えるということである。
買い替えサイクルだけになると、例えば内需で売れる自動車が600万台だったのが、翌年は500万台、翌々年は550万台と多少の増減で推移していくが、少子高齢化で人口減少しているため、台数のピークは人口が9000万人で横ばいになった時、定常状態になる。
これは名目成長率でも言い替えられる。97年から名目GDPは毎年1%弱下がり続けている。ピーク時に524兆円であった名目GDPは、2014年は485兆円までに縮小し、金利もほぼ同じテンポで下がっている。それでも一人当たりのGDPは4万6千ドルで、アメリカ並みになる。
しかし、日本にはストックとして、1,000兆円の借金があり、フローでも毎年40兆円の財政赤字を作っている。この借金をどうすればいいのか?「ここのこそ日本が模索すべき「定常状態」のゆたかさを享受するヒント」が隠されている。
定常状態を維持するのに欠かせない条件、ゼロ金利、ゼロ成長、ゼロインフレを日本はすでに手にしているといってよいだろう。しかしこれだけでは不十分で、基礎的財政収支(プライマリーバランス)を均衡させておくことが必要になる。
このプライマリーバランスをゼロにするためには、増税はやむを得ない。消費税も最終的には20%近くの税率にせざるをえないだろう。だが、ここで問題なのは、財政均衡の打開策として、累進性の強い法人税や金融資産課税を増税するしかない。
現在の経済システム化では、富を生むものは金融資産しかない。資産が資産を生むという状況を作る政策を政府・日銀はとってきたのだから、そこで増えた分から税金を取るしかこの危機的な税制状況を抜けられる術はないものと思われる。
そこで、もっとマクロな視点での日本のゼロ成長時代の制作だが、日本国内をブロック化することで、企業のナショナルブランドは無価値になる。リージョナル(地域)ブランドを作るには、分社化が必要になる。巨大総合スーパーは近代の遺物であり、ポスト近代は地域特化型のスーパーである。売上高の11%を占める企業利潤を人件費に順次振り替えていけば、人件費はおよそ1・5倍に増える。その一部を家計は地域金融機関に利息ゼロの株式預金として預ける。株式預金は預金保険機構の対象外とする。地域住民が地域金融機関を通じて、企業の利害関係者となるのである。株主の構成が近代とは全く異なることになる。
すなわち、利子率がゼロとなった21世紀の現在、中世から800年たって、利子を生まない世界(すなわち資本主義の終焉)になったので、中世同様、ゼロインフレが正常となってインフレは例外状況になったのである。
そこであらたな「中世」へ向かうには我々の世代はどうすればいいかを本書では詳述している。これは誤解を恐れず書くなら、新たな「中性化」ということかもしれない。中世かをいくつかのポイントからみてみる。
■人口─2050年以降、人口成長率ゼロないしマイナス
2050年になればアフリカ大陸を覗けば、人口の伸び率は全部、マイナスかゼロになるため、それ以降は人口についても確実に中世の時代だといえる。
■価値観─「世代間の価値観の収斂」(見田宗介)
社会学者の見田宗介が言っている「世代間の価値観の収斂」といいうことがある。NHKの世論調査では、今の親子は価値観の差が全くない。数値化され昔「2」ほどあったものがいま「0,01」となっているという見方だ。例えば親子のファッションが一緒になる。
■社会─「相続の黄金時代」(ピケティ)
ピケティによれば、21世紀は「相続の黄金時代」である。中世も相続社会で実力のある人も、親から財産をもらわないと財産を築けなかった。相続の黄金時代というのはフランス革命の前の時期のこと。21世紀末にまたそのようになりそうだ。
■権力構造─「帝国の時代」(ジャンマリ―ゲーノ)
ジャンマリ―ゲーノに言わせれば21世紀は「帝国の時代」である。債務問題を抱えたギリシャは、気の毒にもドイツのメルケル首相に頭をさげないとユーロに留まれないという事態に陥った。最近はギリシャが開き直っているように多少開き直っても良いのではないか。
そこで上記も踏まえた筆者の日本への処方箋だが「地方分権」である。我が国の500兆円経済は、5つのブロックに分けるには、ざっと一つが100兆円規模になるように塩梅するのである。
人の移動は、甚だ不自由なのがよろしい。例えば地方の若者が高校を卒業して地元の国公立大学を目指すなら、学費は免除、中央の東京大学や東京工業大学に入るというなら学費は2倍にするのである。優秀な成績で地方の大学を卒業した若者は優先的に地元の地方自治体や地方銀行、その地に本社のある会社に採用させる。
会社も東京本社を引き払って地元に戻るなら、法人税を東京より割安にするのがいい。交通も域内の料金は無料にして、域外に出るときはしっかり徴収する。日本に存在する400万社すべてグローバル化などをする必要性はまったくない。大半はドメスティックなままで何の不都合もないのである。
資本主義の限界を金利から見るには、現在EU加盟国で10年国債利回りが2,0%を下回っているのは2015年には18か国になり、超低金利は日本固有の問題ではなく、近代化を終え成熟化した先進国共通の問題となったのである。大半の先進国の10年国債利回りが2,0%を下回っているのは、先進工業国がこれ以上優良な投資先がないという事実を反映している。
金利から見れば、明らかに近代システムの終わりなのである。それは同時に統治システムからいえば、国民国家の時代の終わりであり、経済的には資本主義巣システムの終わりを意味している。
利子率ゼロ(=利潤ゼロ)の世界とは、資本が豊富な社会にほかならない。資本係数(=民間資本ストック/実質GDP )が世界で最も高い日本とドイツでゼロ金利が実現してのは、何も無理に移動しなくても(遠くにいても)豊かさが手に入るようになったからである。
日本のコンビニの普及がそれを示唆している。そうであれば利潤を正当化する理由はなくなる。利潤が正当化されるのは、国民があれもこれも欲しいといっているときに、数年の我慢(経済的には貯蓄)を強いることで、企業利潤と家計の貯蓄を合わせた資金で工場、店舗、オフィスビルを建設したからだった。
その結果供給力を増やし、家計は欲するものを手にすることができたのだった。ところがいまや企業利潤は将来の損失、とりわけリストラ費用と化しており、全く合理性を欠く。
しかし、ゼロ金利となったいま、企業行動で正当化されるのは、固定資本減耗の確保であって、利潤極大化ではない。利潤ゼロとなれば、当然配当もゼロとなる。預金金利ゼロと整合的である。リスクはもはや株式よりも1000兆円を超える借金を抱える国が発行する国債の方が高い。
その国債利回りがゼロとなった段階で、国債は出資証券化したことになり、次に起きるのは株式の債券化である。国債は利子という現物給付から日本人が国内に住んで安全、安心のサービスの給付に変わったのだ。
ところが、事実上ゼロ金利になった1990年代半ば以降、人件費はエネルギー高騰に伴って売上高変動比率が上昇する程度において、売上高人件費比率が低下するようになった。一方、売上高に占める企業利潤と固定資本減耗の比率は24%で安定している。すなわち、本来最終利益が損益計算書の一番下の項目であるばずなのに、現実は人件費が最終項目となっている。
とここまでかつまんで本書を紹介したが要は、利子率(=利潤率)が0%というのは資本主義の終焉を意味しており、そのような現在の日本でこれ以上「改革」を進めると、企業経営者は、利潤率がゼロであるために、人件費を抑制するのである(=アベノミクスによる非正規雇用社員の増加)。
それに対応するには、地方分権が必要である。またプライマリーバランスを均衡化するには消費税、法人税、金融資産税の増税が避けられない。その様な中で日本国民個々の給与所得を上げるには、人、モノ、カネの動きを東京一極集中にするのではなく、日本国土を十二分に活用すべきであり、地方に活力を与えるような経済施策を遂行すべきであると筆者は述べているのだ。
この書籍はゼロ成長の日本国で啓示となる書籍であろう。「アベノミクスは上手くいかったな~」と思われる方ぜひ本著を手に取ってください。みんなで日本を「ゼロ成長でも持続可能な国家」に変えていきましょう! -
Posted by ブクログ
衝撃を受けた本でした、この本の著者である水野氏が「資本主義の終焉」を書かれたときにも感じましたが、この本では更に踏み込んだ内容が書かれています。
今から40年ほど前に「ノストラダムスの大予言」という本が流行りまして、その中で今でも明確に残っている内容は「共産主義はなくなるだろう、資本主義はなくならねばならない」というものでした。
丁度、ソ連が崩壊してアメリカを中心とする資本主義が勝ったような状況だったので、当時は信じられませんでしたが、国債の金利がゼロ近くやマイナスになることは、投資をすることに魅力がなくなる、いわば中世のような時代が来る、という水野氏による説明で、私の中で繋がりました。
また、現在アメリカでシェールオイルを中心にエネルギー不安がなくなるのでは、と個人的に思っておりましたが、エネルギー収支比で考えると、シェールオイルは「2」である(消費可能なエネルギー割合が50%程度、通常原油は「30」で90%以上使用可能)エネルギー収支比は年を追うごとに下がっている(p223)図が衝撃的でした。やはりエネルギー危機の時代なのかもしれません。
更にこの本では、スペイン・ポルトガルがなぜ栄えたのかとずっと疑問に思っていたことが解消された(それ以前に栄えていた、イタリア・ジェノバの投資)かが分かり、良かったです。このお陰で、その後に、オランダ・イギリスが栄えたことも分かりました(彼らが投資先を変えた)
経済に関する世界史の勉強も一緒にできて嬉しかったです。最後に日本はどうすべきかという提言で面白い内容(EUへの申請をし続ける)がありましたが、私は「日英同盟復活」もしくは「日米英同盟」というもの面白いなと思いました。
以下は気になったポイントです。
・大きな歴史の見取り図をもとに言えば、13世紀初頭に始まった資本主義が最終局面を迎えている、投資をしても利潤を得ることが極めて困難なので、利潤が得られるのであればなりふり構わない「蒐集(しゅうしゅう)」を行うようになった、これがグローバリゼーションの正体である(p4)
・資本主義の終焉という歴史の危機を乗り越えるために必要なシステムは、結論を言うと、このあと世界が100年かけて移行していく「閉じた帝国」が複数並び立つ世界システム(p16)
・これまで5000年の金利の歴史において、2.0%という水準を複数年にわたった切ったこと(資本を投下しても利潤が獲得できない)は過去に一度、中世から近代への移行期である、1611-1612年のイタリアのジェノバのみ、実物投資空間から資本が蒐集できなくなったことを意味する(p17、19)
・長い16世紀に起きた大転換とは、陸の中世封建システムから、海の近代世界システムという変化、陸で囲まれた地中海という閉じた経済から、七つの海でつながった無限の経済圏で資本を蒐集するようになった(p19)
・オイルショック(1973)までは、交易条件が1を超えていて(仕入れが売り上げの比率)先進国が有利、それ以降は資源国が有利となった(p31)
・富の追求という経済的側面から見れば、中世と近代の間に断絶はない、中世と近代を分けて考えると資本主義の本質を見誤る(p34)
・15世紀末の「印刷革命」が、地中海世界と北部欧州を結合(これによりオランダの長期金利は6.3%に上昇)、19世紀の「動力革命」が欧州と新大陸(南北アメリカ)を結合、20世紀末の「IT革命」で全地球を結合した、現在の第四次産業革命は、工場をインターネットでつなげるIoT、ビックデータ活用、AIの活用である(p59、73)
・金利の下限をなくす最も簡単な方法は、現金を廃止、電子マネーに切り替えること、マイナス金利により中央銀行が徴税権を手に入れ、民主主義の破壊となる(p83、88)
・最低金利国は、イタリア→オランダ→イギリス→アメリカ→日本、と変遷してきた。これは高い利潤を上げることのできないくらい成熟した経済に到達していることを占める(p107)
・16世紀のスペイン皇帝は何度も借金不払い宣言をして債務を逃れてきたが、イギリスは1688年の名誉革命で国債を発行して資金調達をした。国家債務の信用力は、国家のモノの生産力であった、イギリスは、東インド会社・南海会社・イングランド銀行を設立して信用を高めた(p113、114)
・1991年のバブル崩壊は、際限のない生産力増強は国家の信用を崩壊させるとわかった点で、1559年のカトー・カンブレジ条約と同じ位置づけ(p115)
・2016年10月に、習主席は「核心」の称号を得て権威を高めた、これを得たのは、毛沢東・鄧小平・江沢民だけ(p121)
・真っ先に大海原に出たのは、地中海世界という閉じた世界で利潤を得られなくなった、スペイン・ポルトガル、それを経済的に支援したイタリア。しかし海を渡った先の陸で、陸の国としての古い統治方法をつづけた、オランダ・イギリス新しいルールを自国に有利になるようにつくりあげた(p123)
・世界経済は次のうちの1つしか選べない、1)ハイパーグローバリゼーション+国家主義(新自由主義)、2)ハイパーグローバリゼーション+民主主義(世界政府)、3)国家主権+民主主義(国民主権国家システム)、これらはいずれも資本主義の終焉という危機に対処できない。現代の危機は、西ローマ帝国の崩壊に近い(p133、139)
・ゼロ金利であった日本とドイツの21世紀の将来像は全く異なる、アメリカの金融・資本帝国とどう向き合うか、その姿勢の違いがあったので(p145)
・1ドル360円で為替が固定されるとともに、金1オンス35ドルと交換比率が決められた(p146)
・アメリカはドルの一層の下落を防ぐべく、日本と欧州(ドイツ)に利上げ回避を要請した、これが1987年のルーブル合意、それにたいして日本は利上げできなかったのでバブルが加速した、ドイツは1987年9月に利上げした(p149、150)
・実物経済で成長が見込まれないと、過剰マネーは、土地・株式に流れ込む(p167)
・中世システムにおいて、資本主義は周辺に位置づけられていた、資本家=高利貸し(商人)であった。中世社会の中心は、キリスト教関係者と封建貴族で、周辺に農民がいた。その周辺に、高利貸し・娼婦・宿屋、がいた(p177)
・教会は商業目的の会社には法人格を与えず、商人が資本を蓄積することを認めなかった、1代限りのパートナーシップ(組合)だけを認めた。高利貸しが築いた富は相続の段階で、教会・貴族が没収した(p177)
・主権国家とは、血みどろの宗教戦争を棚上げするための試みであった(1648:ウェストファリア条約)都市国家では小さすぎるし、神聖ローマ帝国では大きすぎるので、主権国家が誕生し、国境が画定した(p180)
・コペルニクス革命のポイントは、1)特権的な地球を、金星・木星と等価なものとした、宇宙は均質な空間となった、2)宇宙は閉じた空間ではなく、無限空間である、こうした宇宙観の転換は、政治・経済システムに大きな影響を与えた。さらに1世紀遅れて、ニュートンが時間も無限であると証明した、これが会社や貨幣の在り方を変えた。1602年にオランダ東インド会社が法人格を取得し永遠の生命を獲得した(p184、186、187)
・1609年にはアムステルダム銀行設立、最初の預金を受け入れて、信用創造が可能。1661年には、ストックホルム銀行が世界最初の銀行券(紙幣)を発行し、金・銀にとってかわった。無限にマネー供給ができる体制となった(p188)
・中世的な宇宙観(コスモス)の崩壊とは、1)地球は一惑星に過ぎない、複数の主権国家が存在する、2)万有引力の法則、主権国家がそれぞれ作用しあってシステムを形成、3)ケプラーの法則、それぞれの主権国家により共通の規則制度が承認される(p189)
・ペルー鉱山から持ち出された銀の量は、13兆ポンド=1800兆円=現在の日本の個人金融資産と同等、これが略奪(p191)
・EU帝国に、中国・ロシアを加えれば、ユーラシア大陸に、3つの閉じた「陸の帝国」が出現しようとしている、海の国は、北米とイギリス、日本は「陸の国」の内海化に位置する(p200、213)
・1930年代は、エネルギー収支比は「100=獲得したエネルギーのうち1単位を次の採掘のために確保しておけば残り99は自由に使える」、1970年代に「30」に低下した、大規模油田が二次回収(自噴でなくなる)となった、それば今では、10程度(p224)
・シェールオイルは、採掘コストが高いのは問題であるが、さらに深刻なのは、エネルギー収支比が「2」に近いこと(p227)
・イタリアは、マキャベリの提言を受けず、またコペルニクス革命の本質を見誤り、都市国家から国民国家へ転換するのを忌避したので、オランダとイギリスに主役の座を奪われた、30年戦争が始まった1621年ころに、投資家たちは、ジェノバ国債・スペイン皇帝がオランダ領で発行した国債を売却して、オランダ東インド会社の株式を購入、つまり投資先を、ジェノバ・スペインからオランダへ乗り換えた(p230)
・ケインズのいう、人間の生き方とは、「人生の目的として、人間交流の楽しみ=愛、美しきものに接する=美、ケンブリッジ知性主義=真を求める」である(p252)
2017年6月24日作成 -
Posted by ブクログ
今から2年前に、この本の著者の作品(資本主義の終焉と歴史の危機)という本を読んで、中学生の頃に、半分笑いながらよんでいた、ノストラダムスの予言に書かれていた詩を思い出したのを覚えています。その詩の内容とは、「共産主義はいずれ衰退する、しかし、資本主義も終わらせなければならない」という内容で、助動詞の「must」が話題になっていたので覚えていました。
さて、この本は、その本の続編もしくは、前作で資本主義の次に来るものが明確に書かれていなかったので、それを詳しく書くことが趣旨のようです。
資本主義の繁栄を支えてきた「株式会社」というシステムが、時代に合わなくなってきているようですね。大企業でも最後は行き詰って不正をすることになる、現在の状況は、かつての「中世」と同じ状況である、というのは、痛烈なメッセージでした。
今後株式会社が生き残っていくためには、今出の考え方を変えなければいずれ行き詰る、というのがこの本の結論のようでした。強烈な本でした。
以下は気になったポイントです。
・資本を含めたあらゆる「蒐集(しゅうしゅう)」は、必ず「過剰・飽満・過多」に行きつく。蒐集の尺度である利子率がマイナスになったということは、いよいよその限界が近いことの表れである(p12)
・20世紀末(1998年以降)には、新自由主義が世界を席巻し、国家は国民に離縁状をたたきつけ、資本と再婚することを選んだ。これは、株価と利子率の離婚を意味する(p13)
・家計所得を測る指標はいくつかあるが、最も適切なのは、一人当たり実質賃金である。これが、1997年1-3月期をピークに、最新まで年率:0.8%で減少している(p15)
・2000年度から、限界労働分配率が1.0を下回っている、長期間にわたって下回るというのは、労働の成果を認めないということに外ならない、近代の理念に対する資本の反逆(p22)
・1991-1999年度までの失われた10年の前半と、後半で分配の在り方が異なるのは、1995年の報告書がきっかけである。派遣労働の全面解禁への道を開き、労働の低賃金化に大きな役割を果たした(p24)
・経常収支が恒常的に黒字である、日本・ドイツ(供給過剰の国)と、経常収支が赤字である、英米(需要過剰の国)を同じ土俵にあげて、欧米並みにROEを高めろと言われれば、企業は経費の一つである人件費を下げるか、納入単価を下げさせるしかない(p28)
・MxV(貨幣数量:マネーストックx流通貨幣速度)=PxT(一般物価指数x取引量)、フィッシャーの交換方程式において、3つの前提が置かれた。1)貨幣の流通速度は一定、2)取引量は、実質GDPと比例、3)実質GDPは短期内には増大できない、つまり、貨幣供給量の変動は、長期的には物価にだけ影響する、新貨幣数量説となった(p37)
・日本とドイツは、10年国債利回りがマイナスとなっているが、これは日本とドイツが世界で最も「資本係数(民間資本ストックを実質GDPで割ったもの)」が高い国であることを示している。日本では、戦後2度を除いて一貫して上昇している(p49)
・コンビニの新規設備投資は、既存の設備を不良債権化してしまう段階にきている。新規出店をして、既存店の売り上げを上げるには、客単価を上げるか、来客数を増やすかだが、賃金が伸びていない状況下では、客単価は上げられない。一日二回の来店を促すのは、コンビニの定義に反する(p54)
・欧州では、遠い場所との取引には銀や金が使用されたが、領内では独自通貨を流通させていた。これは6-8か月流通したら回収、新しい通貨は、年換算で3-6%のマイナス金利となった。こうして集められたお金で、カテドラルを建てた。見方を変えると地方消費税であった(p60)
・生活が楽になったか否かは、貯蓄残高の中央値の増減で判断できる。2002年の817万円から、2015年の761万円へと減少している(p68)
・特許会社のなかでも、モスクワ会社と、後に設立された東インド会社(1600設立)は、永続資本だったという点も大きな変化であった(p84)
・コペルニクスが公表した7つの公理のなかで、ローマカトリック教会が支配する中世社会をひっくり返したのは、「地球から太陽までの距離は、地球から恒星までの距離に比べれば、取るに足らないほど小さい(地球と天上に君臨する神は、無限に遠いとした)」というもの(p92)
・コペルニクスらは、閉じて均整のとれた宇宙を、崩壊させて、無限の宇宙を登場させた。だからこそ、あらゆる分野が思想の転換を迫られた(p95)
・1721年、国家の都合により海賊行為は禁止。アフリカ大陸からアメリカへ奴隷を運ぶ際に、海賊が奴隷船を襲い、奴隷を解放し、船舶を奪うようになったため。奴隷貿易で繁栄するイギリスとイギリス資本主義にとって、海賊の撲滅が最大の課題であった(p100)
・奴隷貿易を行うのが国家で、奴隷を解放したのが、アウトローの海賊であった(p101)
・特許会社の多くは衰退したが、三大特許会社(東インド会社、イングランド銀行、南海会社)は重要になった。イギリス国債を大量に購入してくれるので(p102)
・イギリスは、世界に先駆けて、王国の借金ではなく、国民の借金(すなわち、国債)を発明した。これが、国民国家イギリスが、絶対君主制のフランスとの覇権争いに勝利できた大きな要因であった(p103)
・1820年以降、蒸気の力を得て、鉄道と運河の時代がスタートした。ここに、「より速く」が、大航海時代の「より遠く」、そして科学革命の「より合理的に」に加わったことで、近代を特徴着ける3つの原理がそろった(p133)
・日本とドイツという、その産業において最も成功をおさめた特別の国(マイナス利回りの国)で、不正事件が起きた。これは近代の限界を示す、なによりの証拠である(p143)
・AIを所有できる人は世界の中でほんの一握り、このように特定の人を対象とした商品では、売上に限界があるにもかかわらず、仕入れにあたる研究開発費は高騰、そのため企業利益が伸びない。そのために人件費がカットされる、これが資本主義の陥っている問題。(p157)
・20世紀の「技術の時代」は、17世紀の「科学の時代」からの累積の上に築かれていた。21世紀が引き続き「技術の時代」だと信じるのであれば、少なくとも「よりゆっくり、より近く、より寛容に」を目指す技術でなければならない(p158)
・成長力は、技術進歩・資本量・労働人口の3つが源泉である。資本はすでに過剰なので、3つとも成長に貢献できなくなった。このことから、近代みずから反近代を生んでいることがわかる(p161)
・政権の良し悪しは、株価ではなく、国債利回りで評価する。ゼロ金利が目標で、マイナスでもプラスでもダメ(p173)
・企業の負債総額と株主資本の比率を考えると、リスク顕在化するのは、0.3%、預金者が間接的に保有する国債は、預金の4割に相当する、506兆なので、預金者のほうが圧倒的にリスクを負っている(p179)
・中世に一般的であった現象(人口一定社会、定住社会、身分社会、定常経済、パートナーシップ形態企業=出資と融資曖昧)が、21世紀になって再び現れてきた(p184)
・出資(株式)と融資(債券)の垣根が曖昧であるのが中世の特徴だが、21世紀の代表例として、トヨタの新型種類株式「AA型」(2015.7)である。発行後5年間は譲渡・換金できないが、その後は、発行価格で買い戻しを請求できる、元本保証付きの株、配当比率も年毎に段階的に上昇する、これは利益のことしか考えない株主とは縁を切れ、というメッセージ(p191、192)
・株価暴落等のバブル崩壊は、実は、古代ローマ帝国や、中世のイタリアでも起きていた(p198)
2016年10月30日作成 -
Posted by ブクログ
大ベストセラーになった「資本主義の終焉と歴史の危機」の著者である水野和夫・日本大学教授が、朝日新聞と日本経済新聞に寄稿した書評と小論をまとめた一冊。重厚かつ読み応えのある本が並んでおり、できることなら、この本で紹介され本を全部読破したいと思ってはいる。しかし、この本で紹介されている本は、一般向けとは思えないほど難易も値段も高い本が多く、一般人にはおいそれと手が出せないのが現状だ。「資本主義は立ちゆかなくなる」と思うのならば、もう少し一般人向けに書かれた、安価で易しい本を紹介して欲しいなと思うのは私だけではあるまい。本書で紹介された本の中には、大学の授業で教科書として指定されている本も少なくないだろうが、1冊3,000円以上もする教科書を入手するのに、四苦八苦する学生の懐事情を、大学教員たちは慮ったことがあるのだろうか?メディアでは貧困問題や格差是正を訴えながら、自分の授業では、平然と高い学術本を教科書に使う著名教授。彼らの授業を受講する学生は「メディアではかっこいいこといっているのに、自分たちだって格差拡大に手を貸しているではないかと、冷ややかな眼差しを向けているに違いない。「『反安倍集会』を大学で開催しても、学生が参加してくれない」と彼らはこぼすが、その理由は自分たちにあるのだということを、よくかみしめてほしいものである。
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Posted by ブクログ
資本主義とは自由な市場原理における経済活動ではない。なぜならその市場のフレームやそこでのルールの策定は市場原理とは別の力(国家による政治力)によって決められているからだ。バブルが崩壊したとき公的資金という市場とは別に調達された資金が、資本主義のシステムを支えているのはそのいい例だ。本書は資本主義を歴史の線でとらえななおし、資本主義がどういう理屈で富を生み、やがてどういうふうに行き詰まっていき、どういう新たな市場を産み出していくのかを検証していく。そして著者たちは、金融バブル崩壊後の社会においては、もはや経済成長を前提とした展望はなく、資本主義という仕組みが歴史の中で大きな転換期を迎えている点を指摘する。
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Posted by ブクログ
とても(めちゃくちゃ)いい本でした。ラストのほうでは、桐島、部活やめるってよの高校生たちと社会が対応させられていたりして、対談の結論にもぐっときて、泣いてしまいそうでした。「アメリカ、覇権やめるってよ」には噴き出してしまいました(笑)。
石原千秋さんの『打倒!センター試験国語』で資本主義についてはこちらの本を、とあったので手に取りました。
人類学、人類史的な視点で資本主義(西洋史における近代)が語られていて、かつ、対談はつねに人間への真摯な思いで満ちていて、非常に救われました。私は資本主義のもたらしたものの大半は嫌いで、どうもこのやり方には救いはないのではないかと、昔から懐疑的で、近年の社会状況ではその思いはどんどん強くなっていました。しかし、その資本主義に深く関わる人たち(大澤さんは社会学者ですが)も、資本主義は終わるとはっきり言われていて、そして逃げずにその先をどうするのかということを専門的に考えてくださっていて、すごく勇気が持てました。経済学者の方、エコノミストの方、ぜひこうしたことを考えて、行動に移すのは難しくとも、ともかく考えていってくださればと思いました。もちろん私達市民の一人ひとりも考え、逃げずにぶつかっていかなければならない問題です。猶予はおそらくあと十年ほどということですので、自分も、この十年で、みんながこの後の世界を生きられるような社会作りの下準備を、少なくとも自分のできる範囲ではきちんと終わらせなければならないと感じました。
非正規雇用者をこれだけかかえている日本ですが、非正規雇用の労働者がはたしてどれだけの貧困に実際にさらされているのかということは、それぞれの方にそれぞれの事情と状況があると思うので、全体像としてどうなるかということは私はイメージできません。しかし、正規雇用の若い労働者が、体や命を犠牲にして働いているのを非常に多く目にし、非正規雇用でも正規雇用でも、つらい人はつらい目にあっているのだろうという、全体として若い人の労働に対しては暗い気持ちがあります。
これからの時代(資本主義が終わってから)のシステムは、「自分の命や心を大切にしながら、可能な範囲で一生懸命働く」という生き方を、どうやったら多くの人が実現できるかということに深く関わってくると思います。今の時代は、人々、とくに若い人々が、あまりにも健康を犠牲にして働かされすぎています。
私自身(27才)は現在、非正規雇用で働いていて、疾病者で、嗜好品などはほとんど購入できない状態ですが、しかし、全く絶望感や不安感とは無縁で、幸せに生きさせて頂いています。一番の理由は、本書でも言及されていた「寂しさ」を感じずにすんでいるからだと思います。そして、周りの非正規雇用者たちを見回しても、絶望を感じて貧困のなかで生きている人がいるか、といえば、少なくとも私の周りではそうではありません。大人たちの、非正規雇用=不幸のような図式は、私達の世代には肌感覚としてはそこまで馴染んでいないかな、という印象も持っています。正社員として一生を過ごしたことがないために、非正規雇用で一生を過ごすとそれに比べてどうなるのか、ということが、まだあまりよくわかっていないからかもしれません(出産や育児など、多額の費用が必要となる人生のイベントを経験するのは、今の収入ではものすごく難しいのかもしれません)。しかしともかく、雇用は保証されていなくとも、職場での信頼関係があり、家族や友人との絆を感じられている限り、人はそこまで「不幸」になることは、できないのではないかと感じます。
しかし、私自身が今のように幸せな状態で社会に参加することができるようになるまでには、資本主義社会の生んだ様々な構造によって奪われた沢山のものと、それを取り返すためのあまりにも長い戦いの時間がありました。親世代と比べて、自分たちの世代のほうが多くのものを奪われている、という実感はあります。それはほとんどが、人間性や人との繋がりに関わる問題です。資本主義が終わって次のシステムが来たとき、私達若い世代が思うことはおそらく一つだと思います。人と人とがばらばらにならずに、きちんと他人を信頼し、信頼される関係を誰もがもてる社会、その実現が目指されると思います。