倉本一宏のレビュー一覧

  • 古事談 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典

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     説話集ということで、あまり肩肘張らずに読める一冊である。特に語釈がなくとも大意は取れるし、現代語訳と各話の背景事情についての解説が付いていて、理解が進む。
     主として遠い平安時代の話が多いが、人事を巡る人間模様や人物評価がゴシップ的にも興味深い。巻末の系図を見ていると、自分の成功や出世、一族の繁栄を願い、あるいは俗世を離れ出家の道を選ぶなど、それぞれに頑張ったのだろうなぁとの思いをシミジミと感じる。

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    2020年12月21日
  • 皇子たちの悲劇 皇位継承の日本古代史

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    ざっくりと羅列、地図のような本。
    時々時系列が入れ替わるので、自分が詳しくない時期の話については少しわかりにくかった。

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    2020年10月26日
  • 皇子たちの悲劇 皇位継承の日本古代史

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    ネタバレ

    タイトルは悲劇であるがそもそも15%
    7人中で1人しか皇位に付けないから
    その度に死が付きまとうと怨霊の話で
    大変である
    奈良時代の皇位継承の惨劇に比べても
    嵯峨天皇以降皇位継承に死は見えない
    まだ宇多天皇辺りまでしか勉強をして
    ないので後白河が出てきてホッとした

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    2020年08月08日
  • 蘇我氏-古代豪族の興亡

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    蘇我氏は大化改新で滅亡したという固定観念を覆す。生き残った一族は、その地位を藤原氏にとって替わられた。藤原氏がその後1000年にもわたり栄華を極められたのは、不比等の巧みな制度設計によるものなのか。

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    2020年02月09日
  • 内戦の日本古代史 邪馬台国から武士の誕生まで

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    『承久の乱』から『応仁の乱』まで新書で歴史を読み進め、ここで古代の戦乱に時代を遡る。最初は戦乱に焦点を絞らず、古代国家と外国との関係に言及。邪馬台国が九州に所在したという著者の見解に同意。日本は、天孫降臨を背景にした天皇制を拠り所にして、「前九年後三年の役」まででさえ、天皇家に取って代わろうとした者が現れなかった不可思議さに、改めて驚いた次第。

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    2019年08月03日
  • 藤原氏―権力中枢の一族

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    大化の改新で功績があったとされる藤原鎌足に始まり、天皇家とのミウチ的結合を基本戦略として日本古代・中世政治史の中で中心的役割を果たしてきた(その後近代史に至る中での時々政治の表舞台に顔を覗かせる)氏族である「藤原氏」について、主に古代国家の成立過程から院政期、そして中世の成立までを舞台として、どのようにして権力をつかみ、それを形を変えながらも後世にまで伝えていったのかを描く。
    本書を読んでいて、藤原氏の歴史をたどることは、まさに日本古代・中世政治史をたどるのとほぼ同義であると感じた。日本古代・中世史の良い復習になった。一方で、同じ「藤原氏」といってもそれぞれの家系や人物により、悲喜こもごも、そ

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    2019年07月05日
  • 内戦の日本古代史 邪馬台国から武士の誕生まで

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    バランスよく日本の古代史を学ぶことかできる。激しい内乱のなかった日本古代史についてコンパクトに概観できる。最後に語られる後三年の役が対比的に語られ、武士のじだいの過激さ、過酷さが見透される。義家はやはりやばい。

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    2019年05月17日
  • 内戦の日本古代史 邪馬台国から武士の誕生まで

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    島国である日本は地政学的に外部からの攻撃を受けにくく、また外部への攻撃もしにくいという特色がある。加えて、天孫降臨以降の天皇を中心とした統治がなされ、ある意味絶対的な存在に歯向かう輩も現れにく状況でもあった。そのため、意外に思うが日本では内戦は少なく、あっても規模は小さく穏やかであったという。なるほどと思いながら読んだのだが、分かったのはここまで。専門的過ぎてついていけなった。自分の中で、古代の内戦(外部との戦争も含めて)は穏やかなものだったというが、明治以降の戦争は規模は大きいし、残虐性も増しているのはなぜかという疑問がわいた。著者も同じようなことを考えたようで、あとがきに書かれていたことに

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    2019年04月04日
  • 内戦の日本古代史 邪馬台国から武士の誕生まで

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    日本が古代から中世までは、世界の歴史とくらべても、戦乱といっても小規模で、大量虐殺はあまりなく、多くは話し合いによって解決されていた。ということ。
    貴族武士から武士になって、明治維新から他国に侵略するまでになっていくという仮説は、興味深く面白く思えました。

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    2019年03月13日
  • 蘇我氏-古代豪族の興亡

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    蘇我氏と言えば歴史上では、蝦夷・入鹿親子が大化の改新(今は乙巳の変というようです)で権勢の極みから没落し、一族は歴史の表舞台から姿を消した印象が強かったのですが、本書ではそれが意外なほど長く存続していた史実を知りました。

    蘇我氏が渡来人の先進技術を取り入れたり、仏教の導入を後押ししたりと当時開明的であったのと同時に、豪族間の権力争いを一族に有利に進めていき、隆盛を得ると同時に、大王と姻戚関係を結んで権力の中枢での地歩を固めます。

    以降、馬子、蝦夷、入鹿と親子三代で権力を一層固めて行くのですが、乙巳の変で中大兄皇子と中臣鎌足を中心とするグループによる権力奪取により、蘇我本宗家は滅亡します。

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    2019年01月27日
  • 戦乱と民衆

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    白村江、大坂の陣、禁門の変など、
    時代はバラバラだが、戦乱の際に庶民が
    どう振る舞ったかという視点が面白い。

    意外にしたたかな、一般ピープルの横顔が
    浮かび上がる。

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    2018年11月25日
  • 戦乱と民衆

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    民衆の視点から戦争を再定義する。ここで取り上げられるのは、白村江、応仁の乱、大阪の陣、蛤御門の変。シンポジウムでの論説を掲載するもの。第2部として座談会も収録されているのだが、井上章一を交えたこの座談会が爆笑もの。なぜか「京都ぎらい」になっている。
    なかで倉本先生の「歴史から学ぶ教訓があるとすれば、ひとは歴史から学ばないということ、そして人は同じ過ちを何度でもくりかえすということ」に100%同意しちゃう。

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    2018年11月22日
  • 戦争の日本古代史 好太王碑、白村江から刀伊の入寇まで

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    ネタバレ

    7世紀の東アジアでは、地域覇権国唐が、朝鮮半島において新羅を援け、高句麗と百済と対立する展開を見せていました。

    ここに、かねてより百済と関係の深い倭国(日本)が、百済の救援要請にこたえる形で半島に出兵し、唐・新羅連合軍と一戦を交えることとなるのが、白村江の戦い(663年)です。

    百済・倭連合軍は敗れ、中大兄皇子や藤原鎌足は倭国の中央集権国家としての求心力を強化することに尽力し、唐からの脅威に備えるため、各地に防衛施設を整備します。

    この過程で、地方豪族の力が削がれ、中央権力が地方に行き届く律令国家成立の素地が作られたようです。これを最終的に完成させたのが、天武天皇です。

    白村江の一戦は

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    2018年11月10日
  • 戦争の日本古代史 好太王碑、白村江から刀伊の入寇まで

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    白村江の戦いについて理解しないと
    奈良時代以降の朝廷の外交が理解できない
    裏の歴史にも興味あるが、まず中大兄皇子
    非道・変態的な偏愛は捨て置いて、称制な
    るイミテーションの意味を理解してみたい
    本書ではわからないな・・・

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    2018年10月08日
  • 戦乱と民衆

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    「民衆はいつも戦乱の被害者なのか」という視点はとても面白く、個々の論考は良かったが、対談の中で一部の研究者が現代政治を批判していて一気に興ざめしてしまった。上記のテーマ設定とずれていて、専門分野の研究結果を離れて結局、権力批判しているのは何か筋が違う気がする。

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    2018年09月03日
  • 藤原氏―権力中枢の一族

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    以前読んだ「藤原道長の権力と欲望 御堂関白記を読む」
    がムッチャ面白かったので。
    他の方の評価にもあるように今回は淡々とした内容で
    面白いとかそういった感じではないかな。

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    2018年05月14日
  • 藤原氏―権力中枢の一族

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    古代日本を語るには不可欠の藤原一族の栄枯盛衰を描く。
    小説ではないのであくまでも事実を淡々と箇条書きの如く書き並べていく感じ。
    中臣鎌足から始まり、天皇家と絡み合いながら武家政権勃興まで。細々と江戸時代終焉まで続くけどその辺は大雑把。
    私も殆んどスルー。大筋においても話が細かすぎていま一つ読み物としての面白みには欠ける。最後まで読んだ自分を褒めてあげたい。
    マニア向け。

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    2018年04月16日
  • 蘇我氏-古代豪族の興亡

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    そもそも蘇我氏とは何か?

    大化の改新で敵役となった氏である。
    表題にある豪族とは何か?
    ウイキペディアによれば、
    古墳時代・大和時代頃までの
    地方の首長層、在地勢力を豪族と呼ぶ。
    つまりは、古代の地域の勢力を言う。

    本書のポイントは
    蘇我氏は大化の改新以降も
    氏として生き延びた、という点である。

    文献を駆使しながら、その興亡を追う。

    興味深かったのは、古代、朝鮮や中国との関わりが
    密であった点である。
    日本の朝庭を支える中心的氏であった蘇我氏は渡来人を抱え、
    その知識や経験を武器に中枢にいたのである。
    鎖国以降、海外との距離が広がったが、
    古代はむしろ朝鮮や中国など
    近隣アジアとの関わ

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    2017年11月25日
  • 戦争の日本古代史 好太王碑、白村江から刀伊の入寇まで

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    NHK「英雄たちの選択」で放送された「敗北!白村江の戦い なぜ巨大帝国に挑んだのか?」のネタ本。対外史を扱っていて、磐井の乱や丁未の乱のような列島内部の戦いは取り上げない。

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    2017年07月23日
  • 蘇我氏-古代豪族の興亡

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    蘇我氏が天皇家との外戚関係で権力を築いていったことは藤原氏の先例。同じく外戚を築いた葛城氏が没落し、蘇我氏は稲目から突然生まれるが、葛城氏とは蘇我の先祖伝承だと主張する。彼らは開明的な海外との取引を進めた一族で決して守旧派ではなかった!そして蝦夷・入鹿の死後も蝦夷の弟・蘇我倉麻呂一族(後の石川氏)によって実権は継続していたのであり、乙巳の変(大化の改新)は蘇我氏内部の抗争の色彩が強かった。壬申の乱では倉麻呂の三男連子の系統だけが天武側につき、他の兄弟は大友側に。反大海人派との負のイメージが強い蘇我の名前を捨て、石川氏に。そして藤原不比等の妻(連子の娘・娼子)を通して武智麻呂、房前、宇合へ、蘇我

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    2016年05月18日