倉本一宏のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
摂関期の平安京の下級官人や庶民の姿を古記録から浮き彫りにしようとしたもの。
当時については、天皇や道長などの摂関家、それに公卿ぐらいしか書かれておらず、極めて興味深いテーマ。
しかしながら、当時の記録は全て公卿の日記であり、下級官人や庶民も彼らの目でしか出てこない。到底全貌はわからないものの、それでも雰囲気は味わえる。
驚くのは、平安京の王朝の緩さ。
内裏まで盗賊や庶民が出入りし、ろくな警備もされず、犯罪者もすぐに許される。
死罪がない平和な時代と著者はとらえているようだが、官憲が機能しない時に犠牲になるのは弱者であることは必然。
厳しい規律を行うことは自らも正さねばならないが、平安貴族は -
Posted by ブクログ
平安時代の下級官人の置かれていた状況、人事への一喜一憂やその勤務振り、生活の実相を、「古記録」を用いて明らかにしようとするもの。
摂関期になると下級官人が昇進できるのは限られたポストまでとなってしまっていたが、役人にとって人事は何よりも重要。悲喜こもごもが語られる。また、この時代何よりも求められていたのは、儀礼という政務を「先例」、次第通りに行うことで、ここでも失敗の例が残されている。
その他、闘乱、殺人、勤務の懈怠など様々な出来事が紹介される。もちろんこうした古記録に書かれる出来事は、珍しいと思われるからこそ記録に残されたのであろうが、それにしても驚かされるようなことが次から次へと出 -
Posted by ブクログ
ネタバレ下級官人の業務・日常・取り巻く社会を御堂関白記・権記・小右記などの記録から導き出している
そこかしこに実資(大河ドラマではロバート秋山)の名前がでてくる、日記にマメな貴族さん
興味深かったのは、触穢に対するこだわり(本朝独特の忌む風習)は疫病と関係あるのではないか、天然痘等の最悪の死を前提に考えると忌引き等で出仕を一定期間憚る事が自然に思える
当時は天然痘は大部分の人がり患していて、顔にアバタがある事がデフォであり、鉱物性の化粧品で白く厚塗りをしていた理由もうなづける
【疫病の流行】疱瘡・麻疹など
989、993、994、995、998、999、1000、1001、1005、1008、1014