中野翠のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
女性作家やエッセイストが綴る、お酒にまつわるアンソロジーエッセイ。
泥酔懺悔、という名に恥じず、お酒での失敗を赤裸々に語る人もいれば、全く逆で下戸だという人や別にそこまでお酒が好きではないという人まで様々。
お酒との付き合い方にもそれぞれスタイルがあり面白いです。
個人的におもしろいなと思ったのは、西加奈子さんの書く『名女優』の中の一説。「酔い方は、初めて泥酔したときに決まる」という話。
私は割とお酒に強いので泥酔したことはないのですが、小さい頃にウイスキーボンボンやちょっとお高めなラムレーズンアイスを少しだけもらって食べた時の、気分が高揚して楽しくなって、贅沢なあの感じを今も覚えていますし、実際今でもお酒を飲むとふわっと楽しくなる方です。
もしかしたら本当にこの説、あり得るのかも?? -
Posted by ブクログ
前年分と続けて読んだのがちょっと失敗だったかも。
かぶっているネタが多かったような気がした。あれ?またその話?って。
でも、それは続けて読んだ私が悪いんだと思う。年一回、ちゃんと出版直後に読むべきかと。(と、中野翠さんに関してはつい擁護したくなってしまう)
今回は、人との出会いを大事にされている様子がうかがえて、ちょっとだけ意外でもあり、私がそういうことをないがしろにしてきて後悔しているのでうらやましくも感じながら読んだ。
人の縁を大切にしている話は誰から聞いても良いものです。
意外だったのは、夫婦別姓について反対しているところ。
キャリアウーマンは基本賛成派だと思ってたから意外だった。
でも、私も、そういえば結婚前は「そんなのどーでも良い」と思っていたな、と思い出した。
すっかり忘れていたけど、「そこまで苗字にこだわる意味が分からん」と私も中野翠さんとまったく同じことを考えていたんだった。そのことを完全に忘れていた。
けれども、結婚して夫の姓に変わったとき、自分でも予想もしなかった喪失感に襲われたというか、これまでの自分が消えてしまうような感じがして、とにかく悲しかった。
なんの思い入れもない苗字だったし、家族のルーツにも興味なかったし、本当にどうでもいいと思っていたので自分でもビックリしたんだった。
そして、時間が経つとそのとまどいは薄れて新しい名前に慣れていくのも事実。
昔人事部で働いていた時、その会社では戸籍の名前ではなく旧姓を使うのがOKだったので、割と多くの女性が旧姓を選んでいたのだが、10年目くらいに「面倒だから」という理由で、夫の名前に変える人がものすごく多かったのを思い出します。(記憶では、ほぼ全員が変えていたような)
だから、きっと本当のところはどうでもいいことなんだと思う。結婚がうまくいってるかどうかにも左右されると思うが。
でも、どうでもいいと言いつつ、結婚した直後の自分のあの哀しみととまどいを思うと、私は夫婦別姓を支持するけどね。 -
Posted by ブクログ
どうも、私です。
ただいま絶賛禁酒10日中(そんくらいで自慢するなっ!)
お酒で「やらかした!」と冷や汗まみれ(あるいはゲロまみれ)な出来事はここ数年一度や二度はありまして。人の泥酔エピソードはふふふと笑っていられるが、いざ自分の身になるともはやホラー映画より恐ろしい。できれば宇宙の闇に葬りたいけれど、そういう時に限って記憶力を発揮し、うんこのように記憶は脳内にへばりつく(汚っ!)
この一冊は12名の女性著名人の、酒にまつわるエッセイが書かれています。酒豪と呼ばれる人も居れば、代々下戸な人もいる。酒で失敗した話や、酒に対する思いなど綴られていて、さまざまな視点が見れて。20代後半によく読んでいた角田光代さんの「損だけど」の一編を読み、「あ、私と同じだ!」と大変共感しました。「懺悔」と言えば大袈裟かもしれないが、やはり一つずつ小さい失敗がかさなると自己嫌悪にもつながる。
さて禁酒した理由は何かやらかしたと言う訳でもなく、酒を嗜む程度にする事ができない私には今必要な措置だと、「限度を持って飲む」を学習するにはどうしたらいいんだろう。一度アルコールでも入れば限りなく飲み続けてしまう事が酒の失敗談につながる事かなと思いました。
限りのある人生に酒に飲まれるではなく、好きな人と好きな酒を楽しく。うんこみたいな記憶を残すではなく、キラキラして宝石のような記憶を作っていけたらと思います。 -
Posted by ブクログ
中野翠さんの、早稲田大学の学生だった頃を自ら描いたもの。
中野さんは、大学・学部の先輩にあたる方なのだということを、本書を読んで知った。私よりも、ちょうど一回り先輩。
中野さんの学生時代と私の学生時代では、大学の様子も随分と違う。一番の違いは、学生運動・左翼運動の勢いの違い。中野さんが在学されていた頃が、日本での学生運動が、最も盛んだった頃である。中野さんご自身も、左翼系のサークルに参加されている。
私が在学中は、学生運動はゼロではなかったが、日常的にそれを意識することは全くなかった。それらは、大学に入学する前に、例えば、柴田翔の小説や高野悦子の日記や、少し毛色は違うが庄司薫の著作で知ってはいたが、入学後に実感することは全くなかった。
題名に惹かれ、懐かしさから手にとってみたが、あたりまえだが、中野さんの学生時代と私の学生時代は時代背景を抜きにしても別々のもの。読み物としては面白いものだったが、懐かしさみたいなものを感じることはなかった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ著者のファミリーヒストリー。
桜田門内で産まれたという曾祖母の中野みわの写真が印象的。目力があり端正な顔立ちの老婦人が着物姿で正座してカメラをまっすぐ見据えてる。
遠戚にあたる山村修氏のエッセイも読んでみたい。
この本を読んで知った”依田学海”興味深し。
理知的でしかも無邪気な人柄、けちくさいところがなく物にこだわらない…。著者も好きにならずにいられない人じゃあないかと書いている。
森鴎外の漢文の先生もしていたらしい。
あーでも中野いちまきもそう遠くない将来無縁仏になってしまうのかぁ。(お兄さんは娘がいて妹は嫁いで、著者は独身) -
Posted by ブクログ
1991年におこなわれた、橋本治と中野翠の対談。昭和天皇の崩御から始まって、「昭和」という時代とそれを支えてきた世代に対する批評が展開されています。
本書の読み方は二つあって、一つは、中野の考えに橋本がえんえんと注釈をつけた本として読むやり方、もう一つは、橋本のえんえんと続く議論の結論を中野がスパーン! と明快に(若干キレ気味に)取り出して見せた本として読むやり方でしょう。個人的には、中野翠という人については「林真理子の亜流」というくらいの認識しかなかったので、橋本の手引きによる「中野翠入門」として読みました。
読者の目を引くポイントとしては、今の男の子の通過儀礼は「やっぱり男と寝るしかないと思う」という橋本の発言ではないでしょうか。いまの男の子は通過儀礼というものがないから、「可愛い」少年のままで成長して、自分のなかで「可愛い」ということをどう位置づけてよいのかわからなくなっていると橋本はいいます。ところが、そういう男の子に「君は可愛いんだからいいじゃない」といってしまうと、「俺は可愛いと言われたぞ」という仕方で権力志向に走ってしまいがちで、それはつまらないと橋本はたたみかけます。そして、このようなごたいそうな「自分」の身体を、ふたたび他人のために譲歩できるものへと作り変える通過儀礼が、「男と寝る」ことだという主張が展開されることになります。
話題が次々と移っていくので全体の見通しのようなものを得るのはたいへんむずかしいのですが、むしろ対談の醍醐味はこうしたところにあるのではないかという気がします。 -
Posted by ブクログ
「都会的」っていうのはこういう人のことを言うんだろうなと思う。譲れない美意識を持っていて、オシャレが身についている。美しいものをこよなく愛するが、辛口評も得意とする。中野翠さんは私より十以上年上のはずだが、ずっと変わらず「ちょっと生意気な女の子」の感じが漂っていて、そこが好きなところだ。
いつも通り、よくぞ言ってくださった!と思うところが色々ある。
若い人の歌の詞に「一人じゃない」というのがやたら出てくるのを「傷つきやすく、もろい自意識を、小さな世界で自己憐憫的にかばう言葉として使われている」「根っこの部分は昔の演歌みたいだなあ」と。まったくね。中野さんは「ギャル演歌」って言葉をご存知かしらん。
私も前から頼むからやめてくれ~と思っているNHK気象情報の「春ちゃん」について、「ほんとうに何なの、あれ?私はあの手の絵が大嫌い」「アキバ系におもねるのは民放だけにしてもらいたい」いやあ、もっと言って!
売れっ子放送作家の下品なテレビCMをくさして「そうまでして若く見られたいのか、業界人臭を振り撒きたいのか。あさましい」。あははは。
誰が何と言おうと、私はAKBが、というよりそれに群がる人たちが好きじゃない。「ファンたちが『総選挙』の投票券欲しさに同じCDを何枚も買う、なあんて話を知ると、つい、『愚の骨頂』といったジジイ言葉が浮かんでくる」。高校で女の子の「人気投票」があったという知人の話を聞いて、中野さんは女子校で良かったと思ったそうだ。まったくなんであんな嫌なものを喜ぶのか。残酷だからか?イヤダイヤダ。
サッカーファンじゃない私にはわからない(というか興味がない)話題が結構ある。また、日韓・日中関係についての言及があまりにも素朴すぎる感じがして抵抗がある。それでもなお、十分楽しいお姉様のおしゃべりでした。