夏川草介のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
【物語に感じた印象】
黎明の森
澄み切った冷気と凛とした樹々たちが、新しい一日のはじまりを教えてくれる。
そんな夜明けの森の中に立っているかのように、自然と背筋が伸びて、心が洗われる作品であった。
【感想】
初読みの作家さん。
土俵である医療小説ではなく、民俗学をテーマにした本作が、記念すべき初読みの一冊目となった。
本書を読む前、ノンフィクションを読んでいた私は、その作品が抱える重苦しい雰囲気にガッツリと呑まれてしまっていた。そういった理由もあって、生命力に溢れた木の表紙に惹かれて手に取ったわけだが、それが大正解であった。
なんて美しい国なのだろう・・・
なんて美しい言葉なのだろう・・・
丁寧に描写された言葉を辿っていけば、日本ならではの美しい四季、その土地の空気感、色鮮やかな風景が頭の中に映し出されていく。
そして、改めて日本の美しさに気づくとともに、失われつつある日本人の感覚が、私の中にも残っていたことに安堵した。
立派な御神木に胸を打たれて頭を下げたり、美しい夕日や朝日を見てありがたいと感謝したり、勝負時には手を合わせて願ったり・・・
これらの無意識の行動は、誰かに教えられたわけではない。太古より日本人の心に根付いている、目に見えない存在を感じての行動であったと初めて自覚した。
また本書では、同様の言葉を何度も目にした。毎回ニュアンスを変えて、登場人物の口から語られているのだが、作者の夏川さんからの強いメッセージ、警鐘のようにも感じられた。
「目に見えること、理屈の通ることだけが真実ではない。そのことだけは忘れないことだ」
現代は何事にも「エビデンスは?」、「根拠を示せ!」、「数字は?」と言われる世の中だ。
そして、その中でも最もエビデンスが重要視される医療現場に身を置いて、エビデンスのない判断はリスクをはらむと十分理解している作者が綴った言葉であったからこそ、重みを感じ、説得力があった。
エビデンスがない、目にも見えない、数字でも語れない、それでも確かに存在しているものはある。その中に、日本人の本来の心が生きている。
すっと心に沁みて、自分の在り方すら変えてしまう物語だった。そして、日本人として、読むことができて本当に良かったと思う一冊だった。
できれば続編も読みたい。
【心に残った言葉】
「巨木を敬い、巨岩を祀り、巨山を拝して、自らを世界の一部に過ぎないと考えてきた日本人の感覚は、完全に消え去ったわけではない。今もそこかしこに確かに息づいて、人の心を支えている。だからこそ・・・・・・」「だからこそ、この国は美しいと思うのだよ」(p.75)
「今君が目にしているもののひとつひとつが、この国が積み上げてきた歴史そのものだ。それも、もう二度と目にすることはできないかもしれない貴重な風景だ」(p.216)
「目に見えないものがある、理屈の通らない出来事がある、どうしようもなく不思議な偶然がある、そういう感じ方が、自分の生きている世界に対する畏敬や畏怖や感謝の念につながるんです。もし、目に映ることだけが全てだと考えるようになれば、世界はとてもシンプルで、即物的です。そういう世界だと、自分より力の弱い者を倒すことは、倫理に反するどころか、とても理にかなった生き方になるかもしれません。つまり勝てばいいんですから」(p.229)
「昔のこの国の人たちは、美しいとはどういうことか、正しいとは何を意味するのか、そういうことをしっかり知っていた。しかしどんどん木を切って、どんどん心を削ってきた結果、そういうことがわからなくなってきちまったんだ。わからなくなっただけならまだいいが、途方に暮れて、困り果てたあげく、西洋にならって、なんでもかんでも金銭ずくで計算して、すっかりモノの価値をひっくりかえしてしまった」(p.311)
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Posted by ブクログ
”人間”の話でした
医療の最前線で自らの身体そして心、つまり命を削りながら現場に立つ医師たち
そんな彼らに我々患者は何ができるのか?何を返すことができるのか?
そんなことを考えました
彼らはきっと言うでしょう
感謝されるだけで十分だと
だけどそこに甘えてしまって本当にいいんでしょうか?
「ありがとう」と引き換えに彼らを聖人君子という名の牢獄に閉じ込めてしまってはいないでしょうか
患者としてできることはないか?そんな考えがそもそも間違っているのかもしれません
我々もまた患者である前に人間なのです
彼らが医師である前に人間であるように
答えは見えないけれど、スタートは見えた気がします
我々は皆等しく”人間”なのです
そこから始めましょう
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Posted by ブクログ
ネタバレAudibleで聴きました。
ちょうど新聞小説「カンパニュラの祈り」も読んでいたため、二つの作品に登場する医師たちの「死」との向き合い方を、どうしても比べながら聴くことになりました。
「カンパニュラの祈り」では、臓器移植によって誰かの命を救おうとする一方で、移植元となる患者の命を軽んじ、結果として明らかな殺人行為に踏み込んでしまう医師が描かれます。
一方、「勿忘草の咲く町で 安曇野診療記」には、死期が迫った高齢患者に対し、過度な延命処置を行わず、本人の生命力が尽きるのを静かに見守る医師が登場します。周囲からは陰で「死神」と呼ばれていましたが、彼は、わずかな延命のために治療薬や輸血用血液を大量に消費し、医療スタッフを疲弊させることは避けるべきだと考えている人物です。限られた医療資源を、これから長い人生を生きられる患者にこそ使うべきだという、現場の現実を踏まえた信念を持っていました。
二つの作品に登場する医師は、どちらも「命の選別」をしているように見えました。しかし「勿忘草の咲く町で 安曇野診療記」を読み終えたとき、その印象はまったくの誤解だったと気づきました。「カンパニュラの祈り」の医師は命を奪った加害者であり、「勿忘草の咲く町で」の医師は、限られた医療の中で最善を尽くそうとする、まぎれもない医師でした。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ良心に恥じぬということだけが、我々の確かな報酬である。24時間365日診療できる病院を維持することを忠実に守りながら、家庭を犠牲にする古狐先生。小さい子供の世話をしながら、医師としての仕事を悪評を浴びながら続ける進藤先生。いずれも医師であり、人間である二面性のバランスをどうとるか、が大きなテーマとなっている本作。非常に悲しい結末ではあるが、医療現場の苛烈さを痛烈に描写したメッセージ性の高い小説だと思う。1人の人間が亡くなるということは、そこに紐づく絆が途絶えること。のような文言があったが、そんな絆を1つでも増やし、後世に繋げられるような人生にしたいと思った。
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Posted by ブクログ
現在の日本における高齢者医療について考えさせられる作品でした。
信州の松本市の北にある安曇野市、梓川のほとりにある病院が作品の舞台。夏川さんの繊細でスッキリとした風景描写と医療のプロフェッショナルの側面と素直で明るく優しい人柄を併せ持った登場人物たちが活躍するストーリー。「神様のカルテ」シリーズとほぼ同じ社会を背景にしています。
「神様のカルテ」では医療の現場の過酷さ、医師の葛藤を柔らかなタッチで描いていましたが、本作のテーマは高齢者医療の現実。
自分自身の経験からいうと、内科、整形外科に行くと高齢者ばかりが目につきます。社会の定義としては私自身も前期高齢者ではあるけれど、その私から見ても明らかに私よりも年上の方々が多い。眼科、歯科では多少年齢層が混ざるかも知れませんが。
作品では日本の地方の医療の課題と位置付けられていますが、決してそうではない。高齢者医療の課題は今や日本社会全体の課題といえるでしょう。
夏川さんの優しい語り口。人間的に魅力的で優しい登場人物たちが神様のカルテやスピノザシリーズのように医療そのものの課題や死についての考え方など、ともすると暗くなってしまうような課題・問題を柔らかく、思わず引き込まれてしまう描写の一方で深く考えさせられるのだけれど、高齢者医療の話は難しいですね。何が正論なのか?答えを出しにくい課題を投げかけられているような気持ちになってしまいました。
ストーリー自体はまだまだ若いけれどもしっかりした地元出身の看護師と東京出身で学生時代から信州にいる研修医の視線で医療の現場を鋭く描いています。
今や自宅で亡くなる人はほとんどいません。圧倒的に病院で亡くなる高齢者が多いようです。まあ、昔と異なり現在の家族のあり方、少子高齢化の進行、救急医療の充実といった背景があるのでしょう。しかし20年後はどうなるのだろう?と考えると、少し怖くなりますね。そもそも人がいなくなるので、学校や病院も少なくなります、、、
読んでいて、んっ!?と立ち止まってしまったページがありました!「神様のカルテ」とクロスしているところがあったのです。実際に居酒屋には登場しなかったけれど、「イチさん」がいい感じで登場。ふと、温かい気持ちになりました。
しかし、この作品は「神様の」や「スピノザ」のように続編を描くのは難しいかも知れません。高齢者医療の問題や医療の現場の課題は、今後を見据えるとあまりにも切実すぎます。