夏川草介のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
とてもとても良かった。
まず、夏川草介氏の書く小説の文体が好き。
今回はオーディオブックで聴いたのですが、目で文字を追って読んでも、耳で音として聞いても、スーッと心地よく入ってくる綺麗で粋な文体が好きです。
ストーリーも良かった。
医師を経験されていた作家さんだからこその、切実な医療に対しての想いがにじみ出ていて、読者に届いたと思う。
主人公の雄町哲郎だけでなく、見方によっては対局な考えを持つ飛良泉教授、哲郎とは違う路線を歩む花垣准教授、三人三様の想いが伝わってくる。
だけど、三人とも目的は一緒なのですよね、たぶん。
エピクロスというキーワドも、興味深かった。
あ、「スピノザの診療所」を読んでいなかったので、読まなくてはー!
お医者様にお世話になる可能性がある人(つまり皆)にお勧めの一冊。 -
Posted by ブクログ
ネタバレシリーズ第2弾。
1巻も良かったけど、2巻の方がさらに面白く、作品の中に引き込まれました。現代医療のリアルな問題と理想の医療が描かれていて、心に沁みるセリフがたくさんある。
「マチ先生や花垣先生のような人に医者になってほしい」と思う。そして、飛良泉教授のような人も必要なのだと思う。
哲郎が龍之介にフルートをプレゼントするシーンは泣けた。
【メモ】
P.54「人が、自分の権利ばかり口にするのは、自分ひとりで生きていけると思っているからです。
でも人生はそんなに甘いものじゃない。生きていくことの哀しみを知っている人間は、理由などなくても、誰かの力になりたいと思うものですよ」
P78 「旦那が主夫やってくれてるの。子育てしながら医者なんてできるわけないでしょ。まあ、アルバイトで小銭稼いでいることを、『医者をやってる」って言ってる医者ママたちは沢山いるけど、夜に呼び出されることのない医者なんて、普通に医者とは言わんでしょ」
P79 「私が医師として全力で働けるのは、旦那が全面的に支えてくれてるからー。もし旦那も働きたいって言ってたら、私はこんな風には働けない。男も女も両方社会で活躍することこそ男女平等だって、よく言うけどさ。そんなの平等でもなんでもない。女まで男みたいな考え方をするようになっただけだと私は思ってる」
「人にはね、いろんな役割があるの。私みたいに社会に出て必死で働くっていう役割もあれば、その人の帰ってくる場所をつくったり、子どもを見守ったりする役割もある。本当は両方とも同じくらい大事なのに、一方が『活躍すること』で、もう一方が『活躍できない』っていう考え方そのものが、古い男社会の価値観だって話よ。女が男のように振る舞えば、男女平等になるわけじゃない。大事なことは、それぞれの役割に敬意を払うってこと」
P140 「亡くなる瞬間に手を握って別れの声をかけてやるというのは、テレビドラマでよく見かけるシーンですが、本当に大切なことはそういうことではないと思います。亡くなるまでの時間を、つまり生きている間の時間を、どうやって寄り添いながら積み上げていくか、それが一番大事なんだと私は思っているんです」
P196 「医局の外だとか内だとか、検問があるわけじゃない。出入りするのにパスポートがいるわけでもない。そんなことは出末な問題です。我々にとって大事なことは、患者をどうやって治療するか、それだけじゃないですか」
P320 「医師という仕事に誇りを持って、生き生きと医療現場を駆け回っていらっしゃった。私の書いた記事にもしっかりと目を通す先生で、少しでも勝手な解釈を入れると大変な叱責を受けたものです。社会にまちがった情報を流すことは、医師が医療ミスを犯すことと同じくらいに重大な罪であると」 -
Posted by ブクログ
『エピクロスの処方箋』(夏川草介)を読み終えた。前作『スピノザの診察室』も非常に心に残る傑作だったが、今作はその感動を何倍も大きく超えてきた。
何度も目頭が熱くなり、静かに涙を拭う瞬間があった。今年読んだ小説の中で、間違いなくナンバーワンの一冊だ。読み終えた今も、この物語の世界観にずっと浸っていたいという余韻が抜けない。
主人公の「マチ先生」こと雄町哲郎は、かつて大学病院で将来を嘱望された優秀な内科医だ。特に内視鏡の操作技術は「神技」と称されるほどピカイチ。しかし日常生活の身の回りのこととなると途端にとんと疎くなる、愛すべきギャップを持った人物である。彼が輝かしいキャリアを捨て、京都の小さな地域病院「原田病院」へ移った背景には切ない理由がある。亡くなった妹・ナナさんの忘れ形見(甥)である小学4年生の龍之介くんを引き取り、育てるためだ。身寄りのない龍之介くんと真摯に向き合うため、多忙を極める大学病院を離れる決断をした。
そんなマチ先生の根底には、前作のスピノザ、そして今作のエピクロスに通ずる深い人間哲学がある。「医療では、人は救えない。人を救うのは、人だ」——ただ病気や病変を治すための処方箋を出すのではない。冷静沈着で達観しながらも、患者のためにできることを一つひとつ積み重ね、心穏やかに過ごせるための「安心感」まで処方しようとする彼の姿勢に、何度も心を打たれた。
今回の物語の大きな軸は、かつてマチ先生が激怒させ、医局を去るきっかけとなった絶対権力者・飛良泉教授の父親の手術だ。マチ先生の腕に全幅の信頼を寄せる仲間・花垣准教授とともに、この極めて難易度の高い症例に挑むことになる。大学病院特有の政治的思惑や権力闘争が渦巻く中、本来そうした泥臭い事情を嫌うマチ先生だが、物語を貫くのはどこまでもまっすぐな人間ドラマだ。
特に存在感を放つのが、大学病院から研修に来ている南茉莉先生だ。思惑や立場に振り回されがちな大人たちに対し、「患者の意思はどうなんですか?」と、物事の本質を真っ直ぐに問いただす。このブレない姿勢が本当に心地よく、胸を突く。そして憎いのが、マチ先生と南先生の関係性だ。南先生の側には深い尊敬を超えた恋愛感情に似た思いが見え隠れし、無意識かもしれないマチ先生とのやり取りに、読者としてはハラハラ・やきもきさせられっぱなしだった。また、まっすぐに健やかに育つ龍之介くんの存在も、この物語に温かい光を注いでいる。
この小説は単なる医療ドラマにとどまらず、現代の「医師不足」や社会構造の根深い問題にも鋭く切り込んでいる。権利ばかりを主張し、私利私欲や楽な方へと流されてしまう風潮。全体を見渡し、本当に何が必要なのかを自分で考えて選択できる人間が減っているという現実は、決して医療界だけの話ではない。
自分自身が教員として日々現場に立っているからこそ、この問題は痛いほど胸に響いた。「楽な方に流れるな、目先の私利私欲に流されるな」と子どもたちに伝えていくことの大切さ。そして、多様な背景や事情が絡み合う現実の中で、それを貫くことの難しさ。自分自身の生き方や、教育者として何を伝えていくべきかを強く考えさせられた。
感動で涙が溢れる名場面の連続でありながら、深い社会的メッセージと人生哲学が込められた圧巻の傑作。近いうちに必ず再読したい。この素晴らしい世界観と「処方箋」を、ぜひ多くの人に味わってほしい。 -
Posted by ブクログ
雄町哲郎先生は、腕は一流で、医師として、そして一人の人間としての確かな哲学を持っている。患者にとって何が一番いいのかを考えながら向き合う姿がとても印象的だった。こんな医師に診てもらえたら、穏やかな最後を迎えられるのではないかと思う。そんな哲郎の生き方が周囲の人たちにも影響を与えていくところもよかった。
エピクロスの哲学と絡めながら物語が進むところも面白い。エピクロスのいう「快楽」とは、激しい喜怒哀楽ではなく、「いつも平穏で、心が穏やかでいられること」なのだという。そんな毎日を過ごせることが幸せだという考え方にとても共感した。心が穏やかになるような、素晴らしい本だった。 -
Posted by ブクログ
P54
世界はすさまじい速度で変化している。古びた本から得られるものなど何もない。それどころか間違ったことが書かれている。それなのに、いまだに一部の人間は、はるか過去に書かれたくだらない作品に執着している。ここに並べた書物をみたまえ。どれも過去の醜い陋習にとらわれた、頑迷にして時代遅れの作品ではないか。そんなものにとらわれてはいけない。人間は、もっと自由で、もっと豊かな存在なんだ。
P89
人は年を重ねた分だけ、視野が広がるとは限らない。大切なものは心で見なければいけないのに、心の目はあっという間に曇ってしまう。子供のころはあんなに大切にしていた本を、時とともに忘れてしまうように、気づかないうちに大事なことをどんどん失って、それだけ身軽になったつもりでいるんだよ。
P227
言葉は望遠鏡のようなものだ
見たいものはよく見えるようになるが、それ以外はかえって見えなくなる。