岩田健太郎のレビュー一覧
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ネタバレ本を読み進めて、やっと第5章や最終章で、筆者のいいたいことが伝わってくるようになる。読み始め 前半はやや冗長で、退屈な面もあった。現状批判がこれでもかと並ぶので、その物事両断的な筆致は賛成しかねる点もある。ただP.34の「主体性とやる気は違う。ぼくはそう考えている。 やる気はだれもが持っている。」との記述にドキッとさせられた。これは男子サッカーのラモス批判などに繋がっていくことになる。
後半になって主体性とはなにかとの意見が形となってくる。それは自律性と周囲との調和性ということらしい。自律性は主体性のいいかえに近いので我を通したり逆に怠けたりしない周辺調和が大切ということか。さてこれを社会人指導者として教えるべきか否か。調和性のなさは多くは個性とも思われるが叱ったりできるかもしれない。でも自律性の乏しい成人を回復させることができるか。
この本に出てくる話を総括すると まずい指導者/指導法はその学習者の主体性を阻害する、ともとれるから、下手な教育手法を押し付けないほうがいい、ということになろうか。詰込み型学習も鵜飼いの鵜に例えて主体性が育たないと批判、教育手法のPBLもそう、指導医講習会もそう、と 同じ手法で批判が展開されている。主体性のない悪い例としてアメリカ礼賛者やエビデンス至上主義者などが挙げられておりこれらは型にはまる思考者や、思考停止状態である。 最終章の男子サッカーのところも モデルや戦術など”手段と目的が倒立する”のも同じ構図である。
主体性の育たない教育として大学教育、大学医局制度も非難している。 たしかに昔から優秀な研修医は、全国的に有名でべらぼうに忙しい研修病院に2-3年働き、その後はどこに行こうとも自律的に自力で問題解決し、研鑽をつむくせがついている人が多い印象がある。 初期臨牀教育の大切さだが、そういった病院は決して、暗記物を押し付けたり、一対一の教育をしていたわけではない、むしろ放置状態といったほうが近い。 ただべらぼうに忙しい思いはさせる。 また場の雰囲気は 活気あり良かっただろう。 よき子弟関係の職場として老舗のすし屋などを思い出すが、そこの弟子もべらぼうに働き、かつ師匠には教えてもらうより怒鳴りつけられることが多いが、その師匠の所作は職人として濁ったところなく仕事に真摯な姿勢に弟子は尊敬している、現場の雰囲気は怒声が飛び交っても活気があるものである。
この本の最終章で礼賛している女子サッカー例でも練習は地獄のトレーニングだったとの記述がある。
主体性のあるいい後進が育つためには、場の雰囲気のいい、活気のある、尊敬できる先達がいないといけないのであろう。 -
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自分もかつて、今いる世界に入るのに1年間の【停滞】を経験したことがある。
その時の自分にしてみれば、とても辛い時期だったし、まわりの家族に言葉では表せないくらいの負担と迷惑をかけた。
その時、1年間「時間と居場所」を提供してくれた当時のProf.の寛大さには感謝している。
しかし、その後今の世界に入ってからは、まさしくすべてを犠牲にして疲労し尽くして頑張ってきた。Prof.を含めた「他者のまなざし」を第一にして・・・
そんな生活に疲れ、「二度と戻るか」と非主流派的な立場に身を置きながらも、命を削るような目に時々逢いながら仕事している。「そんなにdefensiveにならなくていいじゃないか!」と非難されながらも仕事している。だから、著書の中で岩田先生が言っている「仕事は価値のひとつではあるが、価値のすべてではない。家族を犠牲にして仕事の成果をあげることが正当化されるとは限らない。そもそもそんな人生を我々は望んでいるのか?」は響いた。
自分と自分の家族、そして自分が関わる人々の為に、その場に最もふさわしい時間の使い方をしていきたい。もちろん、他者の価値観や眼ではなく、「自分自身」に軸足を置いて。 -
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研修医の時に岩田先生の感染症の本にお世話になりました。これは医療系の雑誌で載ってたのを見て興味が湧いたので購入。わたしの勤める病院でも患者に「様」呼称を用いており常々違和感を覚えていたのタイトルに共感を覚えた。内容はわたしが想像していた接遇的なものではなく、「お医者さんごっこ」というファンタジーを患者と医者が能動的に演じ、楽しむことで治療というパフォーマンスがあがる、ということを中心に書かれたものでした。煙草の話やEBMなど同様のことを感じていたので、そうそうと思いながら読みました。岩田先生は頭がブーンブーンと速い回転数で回っていますね。
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本の帯にある内田樹の推薦文はちょっとずれている。しかし、だからと言って本書の価値が下がるわけでは全くない。私はこの本によって、適切な予防接種リテラシーを得ることが出来たのだから。
医学とりわけワクチンの功罪ある歴史からひもとき、世の迷妄を正してくれている。ネット上で出回っているワクチンに対する誤解は、ほぼこの本で解消できる。★5つにできなかったのは、新書では仕方ないのかもしれないが、新旧のワクチンの副作用(とりわけ死亡例)やその出現「率」が知りたかったからだ。
以下、興味深い記述。
・一般的に「あれか?これか?」という命題の立て方は、一つレベルの低い、幼稚な命題です。「あれも、これも」という考え方だってあるのです。
・耐性菌の問題。抗生物質ばかり使っていると耐性菌が増えて大事な抗生物質が効かなくなってしまう。だから抗生物質がワクチンを完全に代用することはない。
・一番恐ろしい病院は「うちには耐性菌も院内感染もありませんよ」と喧伝する病院です。
・アメリカ黒人へのタスキーギ実験。
・アメリカでは予防接種に関しては、副作用に苦しむ人のための無過失補償制度を運用している。
・最近発見される小児麻痺はすべてワクチンの副作用。
・任意接種の場合の救済制度。
・腸チフスワクチンを例に取った副作用の悪い書き方。
・MMRが自閉症の原因だったという論文はでっちあげ。
・EBMが生まれたのは、1990年代。
・子宮頸ガンワクチンを打つと不妊症になるのはデマ。 -
Posted by ブクログ
親として、昨今のHibや肺炎球菌、ポリオの生ワクチンなど、
予防接種について気になる話題が多い。
そんな予防接種の位置づけを理解する一冊。
現在の予防接種の大半は、
「打たなくても殆どの人がその病気にはならない」
というものもある。同時に、
「打っても殆どの人は何も(副作用が)起こらない」
また、
「打ってもその病気にかかってしまう」
ことも稀にあるが。
(例:インフルエンザ。実際には軽症化できたり無意味ではない)
しかし、ごく一部の事例をあげて予防接種が悪である。
という論調がおきている。(起きるから導入されない)
一部の予防接種は確かに運用が正しいか疑問。
それは打つリスクと打つことで受ける恩恵のバランスが取れていないからだ。
たとえばポリオの生ワクチン。
昨今ではポリオという病気が殆ど発生しないのに、
予防接種でポリオにかかってしまうケースがごく稀にある。
しかしリスクのない医療行為なんてありえない。
殆ど無視できるゼロに近い数字なだけでゼロではない。
そのリスクをとってもいいケースとのバランスが大事。
予防接種もリスクはゼロではない。
かかってしまえば重症化する病気であれば、
例え発生率が低くてもその恩恵は大きい。
また重症化が稀であって、感染力の強い病気であれば、
それを打つことで集団の予防になるし、
母数を減らすことで、重症化を抑えることが出来る。
10人1人が重症化する病気でも100人感染すれば、
10人に10人が重症化する病気と同じである。
個のためのが群れのためになる。
もちろん副作用によって苦しむことになる
ごく一部のケースを「運が悪かったね」で片付けるわけではなく、
そのことを認識して、ケアすることも責務である。
打って病気になっても、打たなくてその病気が広がっても。
どっちにしろ厚生労働省はマスコミなどに叩かれる。
ならばその事実を明確にして全てを受け入れられる仕組みを作ろう。